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【6】夫婦にしか許されない行為

 フェザーからの魔力供給を終えて、起きたジミーに話を聞くことにする。

 手紙に書いていた通り、ジミーは元々幽霊で、ヒルダに捕まって魔法人形の体に閉じ込められていたらしい。

 けれど無理矢理かと思えば、少し事情が違うようだった。


 事故に遭い幽霊になったジミーだったけれど、特に人生に未練はなかったらしい。

 ジミーは生前、ロクな人生を送ってなかった。

 むしろようやく解放されたなぁと思いながら空間をさまよっていたところ、ヒルダに見つかって彼女の異空間に引き込まれたのだという。


 幼いヒルダは、ジミーを自分の異空間の中に閉じ込めた。

 頻繁に会いにくるヒルダと、幽霊のジミーはそこで交流を深めていった。ジミーにとって、それはとても幸せな時間だったのだという。


 けれど大きくなっても、ヒルダは変わらずジミーの元を訪れる。

 自分がいることで、ヒルダは他の人達と上手く関係を持てないでいるんじゃないだろうか。

 そう考えたジミーはヒルダを突き放した。

 怒ったヒルダはジミーを魔法人形の体に閉じ込めて……自分から離れられない誓約を刻んだのだという。


「ぼくはヒルダを迎えに行きたいんです。あの子はああ見えて、寂しがりやだから」

 そう言いながら、ジミーはふんわりと微笑む。

 優しい顔をしていた。


「ちょっと待ってよジミー。それだとまるで私が、ヒルダじゃないみたいな言い方に聞こえるんだけど……」

「あなたは、ヒルダではないでしょう? 魂の形がまるで違いますし、ヒルダの記憶なんて一切ないはずだ」

 戸惑いながら口にすれば、何を今更というようにジミーは言う。


「本当の名前は、メイコさんっていうんですよね。生前はぼくと同じ日本人だったはずです」

「……なんでそれを?」

 言い当てたジミーは、驚く私に少し申し訳なさそうな顔をした。


「何度かメイコさんの夢にお邪魔したことがあるんです。幽霊生活が長いから、そういうこともできるんですよ。メイコさんの夢に出てくる風景は日本のものでしたし……見知った場所もありました」

 生前はご近所同士だったのかもしれませんね、なんて言ってジミーは笑う。


「それはともかく、その体はヒルダのものです。ヒルダの魂の行方がわかるまでは、その体を使っていて構いません。ヒルダが帰るまでちゃんとその体を大切にしてください」

 釘を刺すようなジミーの言葉。


 てっきり私は、死んで生まれ変わり、ヒルダに転生したんだと思っていた。

 二十年間ヒルダとして過ごし、階段から落ちた衝撃で、前世の記憶と人格がよみがえったものだと……何の疑いもなくそう思っていた。


 なんでそう思い込んでいたのか。

 理由はすぐにわかった。

 前世で読んでいた小説のせいだ。

 日本で死んで記憶を持ったまま生まれ変わり、別の世界で転生して第二の人生を始める。

 そういう小説が私の中で流行っていたから、自分もそうだと思い込んでいたのだ。


 転生じゃなくて、正しくは憑依。

 同じようで、かなり違う。

 ヒルダが帰ってこれば、幽霊の私に行く場所はない。

 ……そう気づいてしまった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 私のほうの事情も聞かれたので、階段から落ちたあの日に、ヒルダになってしまったことを話す。

 元の世界ですでに死んでいることだけは……何となく口にするのが躊躇われた。


「お嬢様は……私の知るお嬢様ではなかったのですね」

「ごめんなさい、クロード」

「謝る必要はありません。いきなりお嬢様になって……辛かったでしょう?」

 優しくクロードが声をかけてくれる。

 いたわるような眼差しに、少し泣きそうになった。


「メイコ、お前……」

 イクシスが何か言おうとしたけれど、笑顔で封じる。

 大丈夫だからというように。

 きっとイクシスには、このもやもやとして……今にも叫び出したいこの気持ちが伝わってしまっている。

 皆の前でいうことでもないと思ったのか、イクシスは何も言わなかった。


 話を聞けば、ジミーは自由な霊体になってヒルダの魂を探しに行きたいようだ。

 けれど魔法人形の体に刻まれた誓約のせいで、体を離れることができないらしい。

 誓約を解除するために、魔法人形の体を壊して欲しいとのことだった。


 けれど素人の私達に、魔法人形の解体なんてできるわけがない。

 専門の技師にお願いしようという話になったのだけれど……魔法人形なんて特殊すぎて専門の技師が少なかった。


「獣人の国になら魔法人形の技師がいるんだが、遠いからな。この近くで魔法関係に詳しい奴を探すとするなら……」

「トワイライト魔法学園地区ですかね。あそこには世界各国から魔法使いが集まってきます」

 イクシスの言葉を、クロードが継ぐ。

 そのトワイライト魔法学園という名前に、物凄く聞き覚えがあった。


 トワイライト魔法学園は、乙女ゲーム『黄昏の王冠』の舞台となる場所だ。

 たしかにそこなら、魔法に詳しい人物が多いに違いなかった。


 アベル以外のゲームキャラに会っちゃって、余計な死亡フラグが立っちゃったりしないかな……?

 なんてちょっと不安になったけど、そもそもヒルダはゲーム本編前に殺されているから他の攻略対象との関わりはない。

 そもそも、本編が始まる五年前なので顔を合わせることもないだろう。


「それでは、魔法学園に魔法人形を解体できる人材がいないか連絡をとってみます」

「……ちょっと待って。直接行って頼む相手を見極めてから、魔法人形のことはお話することにしましょう」

 話がまとまりかけたところで、クロードを止める。


「どうしてですか? そちらのほうが確実だと思うのですが」

「魔法人形を解体できる人をなんてお願いして、実験大好きな変人が手をあげたりしたらジミーもただじゃすまないわ。元の世界で見た、この世界と似たお話の中でそういう人物が出ていたの」

 頭をよぎるのは、古くからいる魔法学園の教師の一人で、ゲームのサブキャラ。

 ある攻略対象のルートで、悪役として登場するのだけど……自分の欲を満たすためには後ろ暗いことにも躊躇なく手を染める人物だ。


「わかりました。なら、まずは情報収集してそれからあたりましょう」

「うん、悪いけど……お願いできるかなクロード」

「もちろんです。メイコ様、私に遠慮なさらないでください。例えあなたがお嬢様ではなくても。私は……あなたの味方ですから」

 申し訳ないなと思いながらそういえば、クロードがぎゅっと手を握ってくる。見つめてくる目は、頼ってほしいと言っているようで。

 そんな視線を……私がヒルダでないと分かった今、向けてくれるなんて思ってなかった。


 ヒルダに転生して、死亡フラグがいっぱいで。

 毎日考える暇なんてないくらいやることがあって。

 これは転生なんだから、もう私はヒルダで第二の人生を歩んでいるんだからと、できるだけ過去は振り返らないようにしてた。

 そうすることで、自分が死んでしまったということを……考えずに済んでいた。


 まずいなぁ。

 優しくされるだけで、泣きそうだ。

 自分が弱っていることを、はっきりと自覚する。


「……ありがとうクロード」

 ぐっとせり上がってくるものをこらえて、笑いかけたけれど。

 うまく笑えていたかは自信がなかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 ちょっと混乱してるから、一人にさせてほしい。

 そう言って部屋に引きこもった。


 そうか、私死んだのか。

 深く沈んだ気分で、枕に顔を埋めて動かないでいたら、ノックの音がした。


「我だ……入るぞ」

 こっちの返事も聞かずにフェザーが入ってくる。

 話をする気分ではなかったけれど、起き上がってベッドの上に座った。


「何かなフェザー。できれば明日にしてほしいんだけど」

「何かな、ではないだろう。お前のせいで我は……酷い目にあった。謝罪を要求する」

 むすっとした、けれど少し赤い顔でフェザーがそんなことを言ってくる。

「謝罪って……? 何のこと?」

 首を傾げれば、キッとフェザーが私を睨んできた。


「お前はっ! 我の、我のファーストキスを、ジミーなんかに奪わせておきながら……とぼける気なのかっ!」

 ふるふると震えながら言われて、あっと口を開ける。

 ジミーとの話にすっかり意識を持っていかれて、フェザーのことを忘れていた。

 私達が話をする間、フェザーは心ここにあらずといった感じでベッドに横になっていたのだけれど、ようやく立ち直れたようだ。


 というか、ファーストキスだったらしい。

 それは悪いことをしてしまったなという気持ちになる。


「ご、ごめんなさいフェザー。クロードを止められなくて」

「謝ったくらいで済むと思っているのか! キスは神聖なもので、好きな人としかしてはいけないんだ! 何故我がジミーなんぞに、キスを奪われなくてはならない! しかもあんな……あんな……」


 フェザーが涙目で、悔しそうに唇を噛みしめている。

 花街出身の子達と仲良くしているから、そういうことには耐性があるかと思いきや、フェザーは想像以上に純情だったらしい。

 相当なトラウマを負わせてしまったようだ。


「あれは人命救助みたいなものだからノーカウントだよ! ねっ?」

「ねっ? じゃない! 大体お前は色ぼけで……お前が我を、使い魔なんかにするから……ジミーなんかと……」

 落ち着いてと手で制していたら、フェザーがくらりとめまいを起こして私のほうへと倒れこんでくる。


「えっ!? フェザー?」

 妙に体が熱く、顔が赤い。

 もしかしてと額に手を当てれば、熱があるようだった。


「大変! ちょっと待ってて!」

 自分のベッドにフェザーを寝かせ、冷たい水でおしぼりをつくり頭へと置く。

 すぐに医者を呼んで診せれば、魔力の消耗や精神的ショックからくる一時的なものだと言われた。


「フェザーを部屋に運びます。メイコ様は休んでいてください」

「今日はここで休ませるわ。ようやく寝たみたいだしね」

「ですが」

「フェザーは私の使い魔だし、私の代わりにジミーに魔力補給してこうなっちゃったんだから、面倒くらいみなきゃ」


 クロードは納得してない様子だった。

 二度もフェザーは私の命を狙った過去があるし、まだ信用はできないと考えているんだろう。


「姿は見せないけど、イクシスが見張ってくれてると思うから。何かあったら対処してくれるし、今の弱ったフェザーには何もできないわ」

「わかりました。メイコ様も……早く休んでください。顔色がよろしくないようですから」

「うん、ありがとう」

 普段なら、ここでもう一押しくらいしてきそうなものだったけれど、思いの外あっさりとクロードは引いてくれた。

 

 ベッドに横になって、少し汗でべたついたフェザーの前髪を掻き上げる。

 きりりとして鋭い瞳が隠れているだけで、いっきに幼く見えた。

「う……あ……、母上……兄上っ!」

 うわごとのように呟いて、フェザーが悲しそうに顔を歪める。

 何だか苦しそうで、何かしてあげたくなって、落ち着かせるようにその体を抱きしめてみた。


「……?」

「あっごめん、起こしちゃった? うなされてたから」

 ゆっくりと焦点があって、フェザーが夢から覚めたというように目を見開き、毛布を体に巻き付けてベッドから転がり落ちる勢いで後ずさった。


「なな、何で我がお前と一緒に寝てるんだ!?」

「フェザーが熱を出したから、私のベッドに寝かせてただけよ!」

 ヒルダは相当信用がないらしい。

 今までの行動を考えれば当たり前といえたけれど、そんなに距離をとらなくてもいいんじゃないだろうか。さすがに傷つく。


「なんてことだ……ジミーにキスを奪われただけではなく、お前なんかと我は床を共にしてしまったのか……!」

「いやちょっとフェザー! それ人聞きが悪いからね! 何もしてないってば!」

 フェザーときたら、この世の終わりだと言わんばかりに頭を抱えている。

 ばっさばっさと翼が羽ばたき、興奮しているようだ。

 少し下がってきた熱が、また上がるんじゃないかと心配になってくる。


「いいから今は寝て! 恨み言なら後でいくらでも聞くから!」

「お前は事の重大さをわかってないようだな。我とお前は……夫婦になってしまったのだぞ!」


 ん? 今フェザーは何て言った?

 意味がちょっとわからなくて固まる。


「ごめん、フェザー。私の聞き間違いなのかな。私とフェザーが夫婦になったって聞こえたんだけど」

「夫婦になっただろう。床を共にしたのだからな。我は生涯伴侶は一人、不誠実なことは絶対にしないと決めている。我が望んだことではないとはいえ、責任は取ろう。ただし、我と夫婦になったからには、お前にもそれを守ってもらう。今までのような色ぼけた行為は、夫として許さないからな」

 物凄く不本意そうに、フェザーはそんなことを言い放つ。

 

「……えっとね、フェザー。ただ一緒に横になって寝てただけなのよ、私達」

「そんなことは知っている。色ぼけたお前に教えてやるが、男女が床を一緒にして眠る行為は、本来夫婦にしか許されないんだ!」

 今までのヒルダの行為を非難するように、嫌悪感露わにフェザーが口にする。


 あの場にいたフェザーだけれど、茫然自失としていたから、私がヒルダとは別人だという話は聞いてなかったようだ。

 我が夫として、色ぼけたお前をきちんと導いてやるなんて言い出している。


 いや、フェザーが言ってることは正しい。

 正しいんだけど……床を一緒にするという意味を正しく理解してないような気がした。


「あのね、フェザー。床を共にするっていうのは、横になって一緒に眠るって意味じゃなくてね? その……あの……子作りをするってことなのよ……?」

 純情なフェザーにどこまで話していいものやら、悩んでようやくそれだけ言った。


 まっすぐ私を睨むような眼差しはどこまでも澄んでいて、こっちが汚れてるような気分になってくる。

 どうやって子供ができるの?と幼い子供に尋ねられて、動揺する親の気持ちが今ならよく分かった。


「知っていると言ってるだろう。床を共にするというのは、ただ横になって眠るわけじゃない。抱き合って眠ることだ。お前は我を抱きしめていただろう。そうしていると白い鳥の神様が、子供を持っていつかやってくるんだ」

「……」

「つまり我とお前は、夫婦でしか許されない行為をした。我はお前に恋をしてないから、姿は大人になってないが、お前のした行為はそういう類いのものだ」

 自信満々に言い切られて、本格的にどう返したものかわからない。

 フェザーは、お前は何も知らないのかと呆れた様子でさえある。

 ……何だか頭が痛くなってきた。


「イクシス、イクシス起きてる!?」

「あぁ……起きてるぜ……くくっ」

 どうしていいかわからなくて、守護竜であるイクシスに助けを求めれば、この竜ときたら腹を抱えて笑っていた。


「あー、面白いことになってるな。まさかそうくるとは思わなかった。鳥族の国出身で、よくここまで純真でいられたな」

「笑い事じゃないから!」

 目尻の涙をぬぐっているイクシスに突っかかれば、服の裾を引かれる。

 下に目線を向ければ、むっとしたフェザーの顔がそこにあった。


「何故竜を夫婦の寝室に呼ぶ。早々に浮気か」

「いや違うからね!?」

 思わずフェザーに突っ込めば、イクシスはツボにはまったらしく、ひぃひぃ言いながら笑い転げている。

 フェザーのおかげで、色々悩んでいたことも全部吹き飛んでしまった。 



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


★本編との違い(本編【28】~【30】あたり)

◆フェザーと夫婦?になってしまっている。

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 お相手が別の本編「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」「オウガIFルート」もあります。 よければどうぞ。
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