【5】使い魔の最初の仕事
「これをお前にやる」
ギルバートが屋敷を訪れた次の日。
鷹の獣人・フェザーが私に突き出したのは、可愛らしい羽モチーフのピン止めだった。
「えっと……これは?」
「昨日街に行ったときに選んできた。受け取れ」
戸惑いながらも受け取れば、じーっとフェザーがこっちを見つめてくる。
もしかして付けろということなんだろうか。
前髪をピンで留めてみる。どうかなと尋ねれば、ふいっとフェザーは顔をそらした。
「……まぁ、そのなんだ。似合っている」
ほんのりと頬が赤い。どうやら照れているらしい。
まさか褒めてくれるなんて思わなくて、ニヤニヤしてたら、ふんとフェザーが鼻を鳴らした。
「それはお詫びの品だ。ギルバートのことでお前を疑い、二度も我はお前の命を狙った。許せとは言わない。ただ、悪かったと思っている!」
フェザーは眉をよせ、不機嫌な顔。
謝ってるというには偉そうだったけれど、そんな素直じゃないとこが少し可愛いと思ってしまった。
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「……その緩みきった顔はどうにかならないのか」
「いやだって、フェザーが私をお昼に誘ってくれるなんて思わなかったから」
屋敷に滞在していたギルバートが、名残惜しそうに帰っていって数日。
この日、初めてフェザーが私を部屋に招いてくれたのだ。
今までそっけなかっただけに、とても嬉しくてしかたない。
「……たまにはいいかと思っただけだ」
「そっか。嬉しいな」
にこにことしてたら、毒気を抜かれたような顔をしてフェザーは食事を食べる。
フェザーときたらさっきから食べてばかりで、何か言いたそうにしているのにいっこうに話す気配がなかった。
あまりフェザーが食べてるところを見たことはなかったけれど、食べ方はとても綺麗だ。
ナイフやフォークも使い慣れていると言った感じだった。
つい忘れがちだけれど、こう見えてフェザーって王子様なんだよね。
尊大で自信に溢れる態度は、王族と言われても納得なんだけど。
いつも木に登ったりしてるし、わりと野性味のある見た目をしているからギャップを感じてしまう。
なんとなく部屋を眺めれば、置いてある家具は重厚感があるものが多く、子供部屋というには格式高い。
ヒルダは少年達に一人一部屋与えていたけれど、私が二人一部屋に変更していた。
少年達同士仲良くなってほしかったし、ヒルダが少年達に与えた部屋は一人で過ごすには広すぎたからだ。
装飾もレイアウトも自由にさせていて、掃除も自分達でさせている。
フェザーの部屋は、馬の獣人・エリオットと同室。
エリオットは何事にも無関心なので、この部屋の趣味はフェザーのものなんだろう。
物もきっちりと整理整頓されていて、几帳面さがうかがえた。
「お前は……どうして我を処分せずに、チャンスを与えたりなんかしたんだ。また命を狙われるかもしれないのに」
ある程度食べ終わって部屋を観察していたら、ふいにフェザーが話しかけてきた。
「フェザーはちゃんと話せば分かってくれる子だと思ったから、かな。それにフェザーが私に対して怒るのも当然だと思えたしね」
射貫くような視線を受け止めて答えれば、そうかと呟いてフェザーはお茶を飲む。
紅茶って、一気に飲むものじゃないと思うんだけど。
もしかして、普段私とあまり喋らないから緊張しているのかもしれない。
全て飲み干して、フェザーはカップを置いた。
「……我は今までのお前のことが嫌いだった。傍若無人な振る舞いで、一領土の主だというのに周りを顧みない。そんな奴が記憶を失ったから全てを水に流して、仲良くしようと言ってきても到底受け入れられない」
「そう……だよね」
フェザーのいうことはとても理解できた。
私がフェザーの立場でも同じ事を思ったはずだ。
だから、否定もせずに受け入れる。
「だが、我はお前を理解しようとしてなかっただけなのかもしれない。悪い奴だと一方的に決めつけていたからな。今のお前がしてることも全部偽善だと、中身を見ようとはしなかった」
俯いていた視線を上げれば、バツが悪そうにしているフェザーと目が合う。
「これからは……お前のことを少し知る努力をしようと思う」
それは小さな、小さな声だったけれど。
しっかりと私に耳に届いた。
「明日もまた、この時間にお昼を食べるつもりだ。お前の分も用意するよう頼んでやってもいい」
「えっ……?」
遠回しすぎる誘いに思わず声を漏らせば、フェザーに睨まれる。
猛禽類の獣人だけあって、フェザーが睨むと凄みがあった。
「……食べるのか、食べないのかはっきりしろ」
「食べる、食べます!」
苛立ったようにいわれて、勢いよく答えれば。
なら明日もこの時間に待っていると、フェザーは言ってくれた。
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「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
次の日、朝食を終えたところでクロードに声をかけられる。
「もしかして、ジミーのこと?」
「はい。今日で眠りについて丸三日になります」
私の言葉にクロードが心配そうに頷く。
ジミーは日本人ふうの顔立ちをした、ヒルダお気に入りの少年だ。
ヒルダの美少年ハーレムにおいては珍しく、どこにでもいるいたって地味……もとい目立たない顔立ちの子だった。
性格も温厚でとてもよい子なのだけれど、彼には一つ問題があって。
一度眠るとなかなか起きないのだ。
昔からそういう体質というのならまだいいけれど、こうなったのは一ヶ月くらい前から。
医者に診察させても、特に問題はないという。
つまりはお手上げの状態だった。
様子を見に行けば、ジミーはすやすやとベッドで寝ていた。
やっぱりただ寝てるだけのように見える。
先ほどまで医者がいたらしいのだけれど、やはり異常は見当たらないと、再度診断されてしまったようだった。
「やっぱり、精神的なものなのかな……」
屋敷の子達はそれぞれ複雑な事情を抱えて、この屋敷にいる。
ジミーがどうしてこの屋敷にいるのかといえば、ヒルダに拾われたから。
それでいてジミーは、ヒルダと出会う前の記憶が一切ないらしい。
十三歳という年齢にしてはやけに落ち着きすぎていて、縁側でお茶を飲んでいるのが似合いそうな子だ。
子供らしさとか、若さがないというか。妙に人生を達観している。
この間それとなく悩みはないかと聞いたら、じゃあ一つ頼まれ事をしてもいいですかと手紙を預かった。
自分が目覚めなかったときに開けてください、なんてジミーは言ってたけど。
……はっきり言って、遺言書を預かった気分だった。
希望を持ってよと必死に励ませば、自分はもう十分に生かしてもらいましたなんて言い出す始末だ。
決して投げやりなわけではなく、感謝に溢れた笑顔でいうから尚更質が悪い。
「ジミーから三日以上目覚めなかったら開けてって言われてたんだけど……」
手紙を見せれば、クロードはペーパーナイフで封を切って、中身を取り出した。
「……?」
クロードが眉を寄せて妙な顔をしたので、何が書いてあったのかと横から覗く。
「なになに……ぼくが倒れても心配することはありません。そもそもぼくはあなたと同じで精神体ですし、そもそも死んでいる幽霊です。その体も魔法人形であり、人ではありません?」
幽霊? 魔法人形って何?
「お嬢様はこれが読めるのですか……?」
クロードは困惑した様子で、私に手紙を渡してくる。
それはどういう意味なんだろうとは思ったけれど、続きを声に出して読んでいく。
「ぼくはこの体を離れて、やらなくてはならないことがあります。なので、ぼくの体の処分をお願いします。もしもぼくがいない間にヒルダが帰ってきたら……その時にあなたがいる可能性は少ないとは思いますが、今までありがとう幸せだったと伝えてくれると嬉しいです……これ、どういうこと?」
「へぇ、ジミーのやつ魔法人形だったのか」
読み終わった私の疑問に答えるように、その場にイクシスが姿を現した。
私の不安を察知して、近くの空間に待機していたんだろう。手紙の内容も全部聞いていたようだった。
イクシスの説明によると、魔法人形は実体のない精霊や精神体の器となるために作られた、魔力を動力とする人形のことらしい。
おそらく幽霊のジミーを捕まえて、ヒルダが魔法人形の体に縛り付けたんじゃないかとイクシスは口にした。
「この手紙に書いてあることが本当だとすれば、ジミーが寝てばかりいたのは魔力切れのせいだな。ヒルダが記憶喪失になってから、ジミーは魔力の補給を受けてないはずだ」
イクシスの推測に思うところがあるのか、クロードが口元に折り曲げた指を持って行く。
癖なのか考え事をするとき、クロードはよくそうしていた。
「何か思い当たるふしがあるのか?」
「この屋敷に嫁ぐ前、お嬢様はよく研究室にこもって、変わったものを集めたり作ったりしていました。マナの木から切り出した材木にヨルガムの尻尾。虹色魂魄水、テロアマテリアル、コルダの実……いま考えれば、あれは魔法人形の材料だったんじゃないでしょうか」
イクシスに問われてクロードがあげた材料に、私は物凄く聞き覚えがあった。
それはゲーム内にでてくる、魔法の力で動く魂の宿る人形……『ホムンクルス』と呼ばれるものの材料だ。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』には錬金術の要素があって、私はそれが大好きだった。
ゲームの目的はあくまでも攻略対象と恋愛すること。
だから、直接攻略には関係ない要素なのだけれど、材料を集めて調合して、色んなものを作るというのが楽しかった。
それを売ってお金を貯めたりして、そのお金で錬金術の道具や本を買って、さらにレベルの高い物を作る。
これが結構中毒性があって、最高レベルを要求される賢者の石を作るために、恋愛そっちのけで熱意を燃やしたものだ。
どうやら魔法人形は、ホムンクルスのことらしい。
「魔法人形はたしか神木と呼ばれる種類の木からとれる材木と賢者の石、虹色魂魄水でできたはずよ。ちなみにヨルガムの尻尾からできる触媒、テロアマテリアル、コルダの実からできた魔法薬、竜の角で賢者の石ができるわ」
賢者の石を作ることができれば、魔法人形を作るのはそう難しくなかった。
ゲーム内では細工師に頼んで材木で人形を作ってもらい、そこに賢者の石を埋め込んで、虹色魂魄水を振りかければ魔法人形の完成だ。
何度も調合にトライしたから、攻略本がなくたってすらすらと材料を口にすることができた。
「お嬢様……覚えているのですか!?」
「えっ? あっ、えーとなんとなく?」
今の私は記憶喪失ということになっていたのに、うっかりしていた。適当に誤魔化したところで、イクシスが怖い顔で黙り込んでいることに気づく。
「どうしたの、イクシス?」
「……お前が言ったことが本当なら、あいつは魔法人形の材料を作るために、俺をわざわざ異空間から引きずり出したのかと思ってな。初めの頃、伸びるたびに毎回角を持ってかれたんだ」
どうやら材料の中に竜の角があったことで、イクシスはそのことに気づいてしまったらしい。
「この俺を無理矢理引きずり出して、屈辱的な誓約を結ばせて。それで目的が角の採取か。ははっ、そんなくだらない理由で俺は起こされたのか。本当バカにしてくれる……」
何だかイクシスから黒いオーラが立ち上っている気がする。
目が据わっていて怖い。かなりお怒りのようだ。
「まぁまぁ落ち着いてよイクシス! それより、ジミーくんを起こさなきゃ。魔力が足りてないなら、補充すれば起きるんだよね?」
努めて明るく尋ねれば、あぁと心ここにあらずな様子でイクシスは短く答える。
プライドがいたく傷ついたのか落ち込んでいるようにも見えたので、そっとしておくことにする。
仕方なくクロードに魔力の補充方法をきけば、その方法はキスらしい。
……この世界、キス大好きだな!
いや童話とか読んでても、お姫様の呪いをキスで解いたりしてるし、これが魔法の世界の常識なんだろうか。
あのゲームも無駄にキススチルが多かったっけ。
ジミーの寝てるベッドに近づけば、その姿に微かなブレが生じてることに気づく。
時折ノイズのように、ジミーの姿が一瞬人形のように見えるのだ。
どうやら手紙に書いてあったことは、全部真実のようだ。
「じゃあ、キスするわよ……?」
「……」
宣言してクロードを見れば、少々不満そうな顔をしていたけれど何も言わなかった。
ヒルダが誰かとキスをするというのが、あまり面白くないんだろう。
でも今は緊急事態だし、そんなことを気にしていられない。
これは人命救助のようなものだ。
しかし、本当にこんなんで魔力が補充できるんだろうか。
少し不安に思いながら口づけをしようとすれば、ドアがバンと大きな音を立てて開いた。
「……あれ、フェザーどうしたの?」
振り返ればそこには息を切らしたフェザー。
その手は赤い草を持っている。確かあれはゲーム内で、気付け薬の材料になる魔草だったはずだ。
「ジミーが目覚めないから、気付けになる草を探しに行ってたんだ。なのにお前はこんなときまで色ボケて……少しでも信用しようとした我がおろかだった!」
「違うのよフェザー! そうじゃなくて、ジミーには今魔力の補充が必要なの!」
軽蔑した視線を向けられて、慌てて叫ぶ。
事情を説明したけれど、フェザーはいぶかしげな顔をするばかりだった。
「魔力の補充方法が口づけだと……? 我を謀っているのか」
謀るだなんて難しい言葉をフェザーは使う。
キスで魔力を受け渡すなんて、何の冗談だよって話だよね。
私だってこの方法はどうかと心の底から思うもの!
「本当にこれが魔力の補給方法なのよ! そんなに疑うなら、フェザーが試してみたらいいじゃない!」
「……なるほど、その手がありましたね」
信じてくれないフェザーに叫べば、様子を見守っていたクロードがそう口にしてフェザーの背後に立った。
「な、なんだクロード」
「魔力の補給は、お嬢様でなくても魔法の力を持つ者ならできます。あなたはお嬢様の使い魔で、全く同じ質の魔力を持っている。これ以上に適任はいません」
肩をがっしりと掴まれて、にっこりと微笑まれて。
フェザーがいつになくうろたえていた。
「ちょ、何をするんだ! やめろ!」
「使い魔として、初めてお嬢様のお役に立てるんです。暴れないでください」
ぐぐーっとクロードがフェザーの頭を押して、寝てるジミーの顔に近づけていく。
抵抗するフェザーは翼をばたつかせているけれど、体格差がありすぎた。
軽くその唇がふれあった瞬間、さっきまで寝てたはずのジミーの腕が、毛布をはねのけてフェザーを捕らえる。
「んんっー!」
フェザーが悲鳴を上げたようだけれど、それすらもジミーの唇に吸い込まれたようだ。
「ふ……」
鼻から抜けるような息を漏らすジミーは、いつものジミーじゃなかった。
瞳がとろんとしてるのに、どこか貪欲な光があって、恐ろしいほどの色気を発している。
少し涙目になっているフェザーに、さらに唇を重ねて……。
「お嬢様、そんなに見てはフェザーが可哀想ですよ?」
いつの間にか後ろに回ったクロードが目隠しをしてきた。
いや、フェザーをジミーに差し出したのクロードだよね!?
突っ込みたいけど、目の前の光景が気になってそれどころじゃなかった。
指の隙間から少し見えたのは、フェザーの翼が硬直したようにピンと伸びて、それから刺激に堪えるようにピクンピクンと時折うごめいているところ。
あと凄くエロい吐息と水音が聞こえるんだけど……えっ、これフェザー大丈夫!?
抵抗する声が弱まって、甘く艶めいた響きが混じり始めてるんですけど!?
「相当魔力が不足していたみたいですね。まだしばらく続きそうです」
「ク、クロード、そろそろ止めたほうが……!」
「お嬢様の命を二度も狙った上、その言葉を疑ったんです。これくらいのお仕置きは許されるでしょう。それに……鞭で打つよりも効きそうですしね」
何だかんだでクロードは容赦がない。
ジミーがすっかり元気を取り戻して我に返った時には……フェザーは指さえも動かせない様子で。
どこかとろんとした焦点の合わない瞳で、肩で息をしてくったりとベッドに倒れこんでいた。
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★本編との違い(本編【20】~【27】あたり)
◆フェザーからもらうお礼の品が違う。
◆フェザーの部屋に招待されている。
◆ジミーへ魔力を注ぐ課程が、別のものになっている。
★12/2 説明不足だったので「魔法人形=ホムンクルス」の説明を付け加えました。