【4】ギルバート
どうやら私は、鷹の獣人・フェザーをうっかり使い魔にしてしまったらしい。
使い魔とは、魔法使いが自分の魔力の一部を分け与え使役するもの。
イクシスやクロードはヒルダに命を握られており、それで主従関係が成り立っているけれど、使い魔契約は命を代償としていない。
信頼関係の上に成り立ち、従属を約束させる代わりに自らの魔法属性の一部を分け与え、対象を魔法使いにしてしまう契約だ。
大抵は自分の思い入れのあるものや、懐いている動物や獣人に行うこの契約。
魔法の力を与えるから、主人のために頑張ってくれ。
本来は、そんなノリの契約となっている。
この世界の魔法は、発動するとき一人一属性しか使用できず、同時に他属性を展開することは出来ない。
魔法の属性は基本の六種に特殊な属性が一つ。その基本属性のうち、一人が持っている属性は一つか二つだ。
他の属性の魔法を使う才能があろうとも、使わなければ宝の持ち腐れ。
自分で使わない属性は、使い魔に付与して有効活用する。
それがこの乙女ゲーム『黄昏の王冠』の基本だった。
魔法を使える種族は色々いるけれど、獣人は生まれつき魔法を使えない。
そのため獣人は魔法使いの使い魔として属性を付与するのに丁度よく、人気があった。
ヒルダの中にあった、水の魔法の力を私はフェザーに付与したらしい。
つまりフェザーは私のせいで、水属性の魔法使いになってしまったのだ。
ちなみに使い魔契約は一生もので、使い魔にあげた属性を魔法使い本人が使うことはできなくなる。使い魔が亡くなった時のみ、属性が本人に返ってくるのだ。
まさか、フェザーを使い魔にしてしまうなんて予想外の事態だ。
私が死ねばフェザーも死ぬ。その誓約が交わされたと信じきっているため、フェザーが私にあからさまな敵意を向けてくることはなくなった。
一応イクシスの作戦は成功したといえるんだけど、フェザーの危険度は逆に上がってしまった。フェザーは水を操る力を手に入れてしまったのだ。
契約の際にど派手に水しぶきが上がり、閃光が瞬いたため……このことはすぐにクロードにばれてしまった。
「私を守るって約束してくれたし、もうフェザーは私を狙ったりしないわよ」
「誓約をしたと思い込んでいるうちはいいです。あの契約に拘束力がないことに気づけばどうなりますか? 今度は、前よりもやっかいな魔法の力を持っているんですよ!?」
クロードの眉がつり上がっている。
勝手にフェザーを牢屋から出した上、使い魔にしてしまったことで相当怒っているようだ。
「大丈夫。ギルバートにさえ会って誤解が解ければ、全てうまくいくわ! 使い魔の力も危険なことに使わないよう、責任持って私が指導するから!」
必死になって説得するけれど、クロードは首を縦に振ってはくれない。
「今回のは俺にも責任があるからな。フェザーがヒルダに危害を加えるそぶりを見せたら、容赦なく殺す。それでいいだろ?」
「お嬢様の無茶に荷担した、あなたの約束は信頼できません」
イクシスの言葉も、ばっさりと切られてしまう。
「クロードが私の安全を第一に考えてくれるのは嬉しいけど、やっぱりフェザーを処分したり、牢屋に閉じ込めたままっていうのは嫌なの。フェザーはとても友達想いで義理堅いよい子だから、絶対にわかり合えるはずよ」
お願いとクロードを見つめれば、諦めたように大きな溜息を吐く。
「……わかりました。今回は様子を見ることにします。ですが、フェザーが危険と判断した場合は、すぐに対処させてもらいます。次はありません」
「ありがとうクロード!」
本当はすぐにでも私からフェザーを遠ざけてしまいたいんだろう。
お礼をいえば、クロードは複雑そうな顔をしていた。
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しばらくして、獣人の国から便りが来て、ギルバートが屋敷に来ることになった。
断られたらどうしようと少し心配していたのだけれど、送られてきた文面はヒルダと再会できることを喜んでいるようだったので安心した。
到着したら執務室へ連れてくるようクロードに頼んで、今日ギルバートが来る予定だと伝えれば、フェザーの表情が輝いた。
「ギルに会えるんだな!」
普段ムスッとした顔しか見たことがなかったから、その顔はとても新鮮だ。
「フェザーはギルバートととても仲がよかったのね」
ギルバートってどんな子だったのと聞きたかったのだけれど、そこは聞かずに尋ねる。
以前ギルバートを忘れてしまったことで、フェザーを激高させてしまったからだ。
「あぁ。ギルはちょっとおっとりしてて、なんだか放っておけない奴なんだ」
優しい顔でフェザーはそんなことを言う。
友達のために怒ったり、そんなふうに笑ったりできるフェザーはとてもまっすぐで好感が持てる子だと思った。
「……なんだその顔は」
好ましいなと思って眺めていたら、フェザーが私の視線に気づいて不機嫌な顔になる。 じろじろと見つめすぎたらしい。
「言っておくが、我はまだお前を信用したわけじゃないからな。ギルバートに会って真実を確認するまで……お前は我の敵だ」
面と向かってそう言って、フェザーは立ち去ってしまった。
やっぱりそう簡単に、ヒルダの好感度は上がらないらしい。
「よかったな」
横にいたイクシスがふいにそんなことを言ってくる。
「えっ? 何が?」
「ギルバートに会って真実を確認したら、信用してもいいってことだろ。今のは」
言葉の意味が分からず首を傾げれば、イクシスが笑う。
「そういうこと……なのかな?」
「そういうことだろ。フェザーは感情的なところはあるが、バカじゃない。メイコがどうして自分を処分しなかったのか、ギルバートと会わせようとしてくれているのか。その理由をちゃんと考えてる」
そうだったらいいなと思う私に、イクシスはやけに確信めいた口調で言う。
「何か根拠があるの?」
「最近のフェザーは、メイコのことを周りに聞いて回ってるんだ。これってお前を理解しようとしてるってことだろ?」
そんなことをフェザーがしてるなんて知らなかった。
「お前の頑張りをちゃんとあいつは見てる。あとはきっかけだな」
イクシスはそう言うと面白そうに笑った。
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「あぁ、こうしてまたヒルダ様とお茶が飲めるなんて幸せですっ!」
「そ、そう……よかったわ」
ギルバートが屋敷についたので、フェザーと会わせる前にまずは私が話すことにしたのだけれど。
出会った瞬間に抱きついてこようとするような、もの凄くテンションの高い子だった。
犬の獣人であるギルバートは、大柄で純朴そうな顔立ちの二十代前半くらいの青年で、太めで下がり気味の眉をしていた。
クリーム色の少し癖のある髪の中には、ぺたんとした犬耳があって。
ほんわかとした雰囲気からして、獣姿はゴールデンレトリバーとかそのあたりの大型犬なのかもなと思った。
「手紙にはヒルダ様が記憶喪失になったと書かれていましたが……ぼくのこと、本当に忘れてしまったのですか?」
「うん、ごめんね」
謝ればしゅんとした顔をされて、ちょっぴり罪悪感が痛む。
「……ここに来たのは、お前をどうして屋敷から追い出したのか、その理由を確かめたいってこいつが言ったからだ。別にお前のことをどうでもいいから忘れたわけじゃない」
まるで私をフォローするかのような言葉に、思わず横にいたイクシスを見る。
私の感情はイクシスには筒抜けで。
気にしなくていいと言われた気がして、少し救われた気持ちになった。
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「あぁ……それにしても、あなたから離れる以上の罰があるなんて……! んっ……思っても見ませんでした。さすがは……ヒルダ様です」
執務室のソファーに向かい合って座り、お茶を出してギルバートをもてなしているのだけれど。
……なんだかギルバートの反応が思っていたのと違う。
顔赤らめて、吐息もらして興奮してるように見えるんだけど。
ヒルダに忘れられて嘆いているようで、どこか喜んでるような……?
私の中の本能が、あまり突っ込むのはよくないと信号を発しているので触れないことにする。
それにしても、ギルバートはヒルダが大好きでしかたないみたいだ。
尻尾があったらはち切れんばかりに振ってるところだろうなと考えて、ふと気づいた。
「ギルバートには尻尾がないのね?」
さっきから何か違和感があると思ったら、これだ。
尋ねてみたら、それはヒルダ様にあげましたからと言われた。
「あげた……? 私に?」
「えぇ。大人になったらこの屋敷を追い出されると思っていたので。ヒルダ様の側に尻尾だけでも置いてもらって、殺してもらおうと考えていました」
新緑のごとき爽やかさでギルバートが口にした台詞が……驚くほど頭に入ってこない。
「尻尾を、自分で切って渡したの……?」
「はい、ヒルダ様以外に振る尻尾なんて、ぼくにはありませんから」
意味がわからなくてもう一度確認すれば、ギルバートはにこやかに頷く。
コーヒーに砂糖一つでというくらいの手軽さで言ってくれてるけれど、そんな軽い話じゃなかった。
「まさかとは思うけど、その尻尾って……これ、だったり……?」
「あっそれです! ちゃんと大切にしてくれていたんですね……!」
恐る恐るいつも愛用しているハンディーモップを見せれば、ギルバートが感激の声を漏らす。
フェザーがギルバートの尻尾だと思い込み、私を襲うキッカケとなった犬の尻尾を模したハンディーモップ。
執務室に置いて、ときどきもふもふして癒やされたり、机の上の埃を掃くのに使ってたんだけど……。
えっ、これどういうこと?
ちょっとおしゃれな癒やしグッズじゃないの、コレ!?
確かに質感リアルだなぁとは思ってたし、取っ手と根元のリボンがないと本物の尻尾にしか見えないけども。
まさか本当に……ギルバート本人の尻尾なの!?
ちょ、やだ。
やめようよ……。
私の癒しの時間がホラーに彩られていくよ。
まさかコレが本当に犬の尻尾だなんて、思うわけがないじゃないの……。
というかヒルダさん。
ギルバートくんの愛の証をハンディーモップにしちゃうってどういうこと!?
そしてヒルダもおかしいけど、ギルバートくんも大概だよ!
従順ワンコに見えるけど、どう考えてもその行動病んでる。
確信持って言えるよ!
人間に置き換えてみたら、あなた以外から貰った指輪は嵌めませんからと、薬指切り落としてプレゼントしたようなものじゃないの?
ヒルダは何故か尻尾受け取って、リボン付けてモップにしちゃってるけども、普通はドン引くよ!
目の前のギルバートは、二人の思い出の一ページといった顔で語ってるけど、そんな生優しいものじゃない。
やっている事は結構エグイというか、かなり重いです。
しかし、ギルバートはそんな猟奇的なできごとを普通に語ってるんだよね。
昔手をつないで公園歩いたよね、みたいなノリで。
純真でまともっぽく、人がよさそうなギルバートがそんな風に口にすると、こっちの反応が間違ってるんじゃないだろうかと思えてくる。
もしかして、これがこの異世界での愛情表現としては普通……だったり?
そう思って横に座っていたイクシスを見れば、私と同じくドン引きしていた。
どうやら私の感覚は普通だったようだと、安心する。
こう見えて、ギルバートは相当なヤンデレのようだ。
もはやこの時点でギブアップしたくなったけれど、話をさらに聞いてみれば。
ヒルダはギルバートの殺してくれという願いを、叶えてはくれなかったらしい。
「あなたはワタクシの所有物。勝手にその身に傷をつけるなんて許されると思ってるのかしら。不愉快だわ。殺す価値さえない」
そう言ってヒルダは、包みを一つだけギルバートに渡して外の世界へ放りだした。
中に入っていたのは獣人の国への行き方が書かれた紙と、そこに行くまでのお金。
それと渡航証明書と、一度ギルバートから取り上げたはずの獣人の登録証だった。
「ヒルダ様は優しくて残酷な方です。罰として獣人の国で、ぼくに待てを命じられた。死ぬよりもヒルダ様と離れて過ごすほうが、ぼくにとって辛いということをわかってる。ぼくの全てを理解して、最大の罰を与えてくださる……」
うっとりとした顔で、ギルバートは口にしていますが。
……もはや私には理解不能な領域に達していました。
助けを求めるようにイクシスを見れば、目が合う。
その顔は「ヤバイ、こいつが何を言ってるのか理解できない。助けてくれ」と私に言っていて、同士を見つけて安心した。
よし一旦落ち着こう。
あまりにも猟奇的すぎる愛に、頭がスパークしそうだ。
これヒルダさんがギルバート捨てたっていうよりも。
重すぎる愛に耐えられなくなって、ヒルダがギルバートを遠ざけただけじゃないの!?
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頭が痛くなってきたので、ギルバートとの話を早々に引き上げることにしました。
執務室の外には、クロードが呼んできてくれたらしくフェザーがいて、うずうずとしたように背中の翼をパタつかせていた。
親友に会えるのが嬉しくてたまらないというその姿を見て、可愛いなと思ってしまう。
「さぁどうぞ」
執務室のドアを開け中に入るよう促せば、こっちには目もくれずフェザーは部屋へ入って行った。
その純粋さが、ギルバートを見て後だとさらに好ましく思えた。
ギルバートもある意味純粋だとは思ったけど……フェザーがピュアホワイトなら、あっちはピュアブラックだ。
「お嬢様、それにイクシスも顔色が優れないようですが、何かありましたか?」
クロードが心配そうな顔で声をかけてくる。まともなクロードが、一服の清涼剤のようだった。
「それがね、クロード……」
抱え込んだ内容に耐え切れなかった私とイクシスは、洗いざらい事の顛末を説明した。
「なるほど、そういう事でしたか」
「……クロード驚かないの?」
きっと私とイクシスに共感してくれると思っていたのに、クロードは平然としていた。
「お嬢様は一度所有物としたものを、最後まで自分のものとして扱ってくれる。この身を捧げたのがお嬢様でよかったと、心底思いました」
胸に手をあてて、噛み締めるようにクロードが口にする。
……そんな美談じゃなかったと思うんですけど。
まともだと思っていたクロードも、実は結構アレなのかもしれない。
そんな事を思いながら横を見れば。
イクシスが私と同じで、残念なものを見る視線をクロードに送っていた。
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★本編との違い(本編【18】~【19】あたり)
◆獣人の国へ行かず、ギルバートを屋敷に呼び寄せている。