【34】王冠と少年達の願い
現在、オースティン家の領土は、クロードとイクシスが中心となって面倒を見てくれているようだ。
ヒルダはというと、あまり領主としての仕事に熱心ではないものの、少年達がやりたいことに対して寛容で、好きにさせてくれているらしい。
「ヒルダは思っていたより悪い奴ではなかった。言動は悪ぶっていて、我らを焚きつけたり煽ったりするが……結果的にはいつも、我らは助けられていることが多かったんだと気づいた」
フェザーが鳥族の国から逃げて、人間に捕まって。
そしてそれをヒルダが買い取った。
ヒルダはフェザーが屋敷から逃げるたびに酷いお仕置きをしていたけれど、逃げない限りは自由にさせていた。
「獣人はこの国では奴隷身分だ。酷い扱いを受けているものも多い。だが振り返れば、ヒルダが用意してくれた待遇は、決して悪いものではなかったのだ。我らは……守られていた」
この五年間で、フェザーはいろんなものを見てきたんだろう。
あの時の自分は子供だったというように、そんなことを口にした。
「母さんから引き離されて、最初は僕もヒルダ様を恨んでいましたが……今思えば、あれも必要なことだったのだとわかります。少々強引でしたが……あぁでもしないと僕は、あの人の呪縛から逃れられなかった」
アベルの母親はろくでなしで、ヒルダの屋敷に彼を売り払っていた。
いい子にするからと縋り着くアベルを置いて、お金とともに母親は笑顔で屋敷を出ていったのだ。
あの頃のアベルにとっては母親が世界の全てといった様子で、ヒルダを心底恨んでいたのだけれど、この様子だともう吹っ切れたらしい。
「ぼくやディオ、エリオットは最初からヒルダ様が優しいって、知ってたよ? だってぼく達をお店から買って、助けてくれたもの」
今更だよというようにベティが微笑み、花街出身の他の二人も頷く。
「まぁ、おれも感謝はしてるかな。ヒルダ様が誓約結んでくれなきゃ、今でもずっと暗殺者やってただろうしね!」
メアが笑い、蛇達が相づちを打つように縦に揺れる。
「……私がいなくても、皆ちゃんと頑張ってくれてたんだね。心配する必要なんてなかったみたい」
ほっと胸をなで下ろす。
皆の成長が嬉しくて、つい涙が出そうになった。
「ねぇ、それって……おれ達にお姉ちゃんがいなくても問題ないって思ってるってこと? だとしたら、おれ……物凄く怒るよ?」
そういう意味じゃないのに、メアが苛立ちを顔に浮かべる。
いつだって浮かべている笑みもなく、こうやって感情を出すメアは珍しかった。
「いやそうじゃなくて……」
「ダメ、絶対にダメっ! 向こうになんて帰っちゃ嫌なんだからっ!」
首をもたげる蛇達の迫力に押されていたら、ベティが勢いよく抱きついてきて、潤んだ瞳で見上げてくる。
「お姉ちゃん、ずるいよ……ぼくをこんな体にしておいて……お姉ちゃんがいなくて、寂しくて……こんな姿になっちゃったんだよ?」
人聞きの悪いことをいって、ベティが私の服をきゅっと握る。
必殺の上目使い。
男だとは到底思えない美少女の色香に、女の私でもくらりときてしまいそうだった。
「……僕のこと、前のご主人みたいに捨てないって約束した。だから、帰ってきてくれるの、信じてずっと待ってた。もう、どこにも……いかないで……」
横から馬の獣人・エリオットも抱きついてくる。
その声は、ずっと苦しくて寂しかったんだと伝えてくるようだ。
「お姉ちゃん、オレ達の気持ちをもてあそんだ自覚……ちゃんとある? こんなに好きにさせといて、いきなりいなくなって。責任はしっかり取ってもらわなきゃ」
逃がさないよと笑いながら、ディオが金色の瞳を細める。
じゃれつくように私に顔をすりつけてくるその動作は、猫がマーキングをするのとよく似ていた。
「っ! お前達、いい加減に主から離れろ! 主は我のものだ!」
私に抱きつく花街三人組を払いのけ、フェザーが抱き寄せれば、ベティが不満げに頬を膨らませる。
「えーフェザー恋人でも何でもないでしょ? 好きって言われてないし、返事待ちって聞いたよ?」
「それは……! だが、主は我の側にいたいといってくれた! 我のために、ここまで帰ってきてくれたのだ!」
「さっきお姉ちゃん、皆に会いたくて帰ってきたって言ってたよ? それってまだぼくにも同等にチャンスがあるってことだよね!」
焦るフェザーをからかうように、ベティがまた私にくっついてくる。
それを引きはがして、二人のにらみ合いがはじまった。
止めなきゃと思っていたら、肩を叩かれて振り返る。
近い距離に、いつの間にかエリオットが立っていた。
ふわふわとした白い髪には、スプーンのような耳。
大人姿になっても儚い印象は相変わらずで表情に欠けるけれど、以前は死んだようだった瞳には確かな光が宿っていた。
「あのね僕、フェザーから聞いて、ずっと前からヒルダ様が別人だってこと知ってた。フェザー、メイコの前で平気なふりしてたけど、いつも不安がってたから。ちゃんと……安心させてあげて?」
まっすぐに見つめて、エリオットがそんなことを言う。
屋敷で同室だったフェザーから、エリオットは色々相談を受けていたようだ。
友達を想うその声には、優しいものが感じられた。
「フェザーなら、メイコを大切にしてくれるから」
「……うん、ありがとうエリオット」
少年姿だったときに、お気に入りだった柔らかな髪を撫でる。
エリオットが気持ちよさそうに目を閉じて、私の手に身を委ねた。
「あーっ! エリオット抜け駆け!」
「なっ、エリオットまで……!」
ベティが叫び、フェザーがうろたえる。
エリオットは二人に一瞬目をやって、少し考えるように黙り込む。
そして、少年の姿になった。
「もっと、いっぱい撫でて……?」
「ずるいぞ、エリオット!」
対抗するようにフェザーも、少年の姿になって私に抱きついてくる。
ベティやディオもそれに習い、さりげなくメアも参加してきた。
「ちょっと皆! アベル、これどうにかして」
「……」
離れた場所にいるアベルに助けを求めれば、溜息を吐いて私の元へやってくる。
引きはがしてくれるとばかり思っていたのに、何を考えたのか、アベルもむすっとした顔でくっついてきた。
「ちょっとアベル!?」
「……自業自得というやつです。必要とされているということを、思い知ってください。あなたが、僕達とこの世界で暮らすというのなら……離してさしあげます」
アベルの言葉に、皆が私へと視線を向ける。
もうどこかにいったりしないよね?と、いくつもの目が問いかけてきていた。
「もう、どこにもいかないよ。私の居場所はここだから!」
「主!」
「お姉ちゃん!」
はっきりと告げれば、フェザーが嬉しそうに微笑んで、ベティやエリオットが抱きつく腕にさらに力を込めてくる。
メアの蛇がダンスを踊るようにうねり、ディオが悪戯っぽく笑い、アベルがふんと鼻を鳴らした。
賑やかなひととき。
こんなふうに皆と笑い合える日が来るなんて、最初ヒルダになったときは考えられなかったのにと、不思議に思う。
――皆のいる場所が、私の帰る場所。
そう思えて、いっぱいに手を伸ばして皆をぎゅっと抱きしめた。




