【32】思わぬ再会
「ジミー……?」
ヒルダの屋敷にいた少年の一人で、幽霊のジミー。
魔力人形の体を捨てて、ヒルダの魂を探すために旅立って行った彼は、フェザーのファーストキスの相手でもある。
「そうです。イクシスさんやフェザーは元気にしてますか?」
その名前がすらりと大地の口から出てきた。
こちらの世界に戻ってから、驚くことが多すぎて頭がついていけない。
「本当に、ジミーなの……?」
「疑うのなら、証拠として何か話しましょうか。木の上にいるフェザーとおしゃべりするために、木登りの練習をして下りられなくなって、結局クロードさんに助けてもらったこともありましたね。皆でかくれんぼしたときメイコさんだけ薔薇の生け垣から出てこないと思ったら、スカートが破けてパンツが丸見えに……」
「大丈夫! もう信じたから!!」
思い出し笑いをする大地に、思わず声を上げる。
「夜中ですから、静かにですよ。メイコさん」
「結構いい性格してるわね……」
「ありがとうございます」
ふふっと大地は笑う。
目の前の大地は、少し飄々としていて。
大地というよりもジミーに近いような印象を受けた。
「メイコさん達のおかげで、こうしてちゃんとヒルダの魂に辿りつきました。ただし、生まれ変わって記憶は失ってしまいましたが」
大地は苦笑して肩をすくめた。
「ぼくは元々、この世界から来た幽霊だったみたいなんです。ヒルダを追って、この世界に辿りついたのはいいんですが、転生の輪に組み込まれてしまいまして。朝倉大地として生を受けました」
歩きましょうと行って、ジミーが私の横に肩を並べる。
ジミーが死んだのは二十年くらい前のこと。
中学生のときに、私が事故にあった交差点で車に轢かれて死んでしまったらしい。
すでに転生待ちの魂だった大地だけれど、私と同じように異世界へ迷い込んでしまい、今まで転生は免れていた。
しかし、この世界に足を踏み入れた瞬間に、時をさかのぼり、朝倉大地として生まれ落ちてしまったらしい。
「記憶をなくしていたのですが、根本はそうジミーだったときと変わってないです。こちらの世界でメイコさんに出会ったとき、初めて会った気がしなかったのは、異世界で出会ったことをどこかで覚えていたからだと思います」
あのときは失礼をしましたと、大地が謝ってくる。
葬式の最中にナンパみたいなことを言ったと、大地も後で反省していたらしい。
「ぼくはこの世界にいずれやってくるヒルダの魂に惹きつけられるように、朝倉大地になったんでしょう」
それはきっと偶然じゃなくて必然だったと、大地は言う。
ゆっくりとしたそのしゃべり方や持っている雰囲気は、言われてみればジミーのものとよく似ていた。
どこか達観していて、主張が少なく優等生っぽいところがジミーも大地も似ている。
波風立てず、相手にあわせようとするところも同じ気がした。
ただ違うのは、ジミーにはヒルダを探すという目的があったけれど、大地にはそれがなかったというところだろうか。
どこか切羽詰まっている雰囲気があったのに、今の大地には余裕がある。
ヒルダを探すという目的を忘れてしまったことによる焦りが、今までの大地にはあったのかもしれない。
「大地は……ヒルダのいる世界に行かなくていいの?」
「そうしたいのはやまやまなんですけどね。いきなり子供が二人もいなくなると、ぼく達の両親が心配ですから。それに、さすがに二人分の空間に四人入るのはさすがに無謀すぎます」
私がいなくなった後、両親にはぼくから説明しておきますよと大地が言う。
それは少しありがたかった。
「その代わりと言ってはなんですけど、これをヒルダに届けてもらえますか?」
手渡されたのは手紙。
前にも似たようなことがあった気がする。
「えっとこれは……」
思わず大地の顔をうかがう。
以前ジミーから手紙を受け取ったとき、その内容はまるで遺言書のようだった。
ヒルダは屋敷の少年達が、自分から離れていくことをよしとしない。
だからこそヒルダは、ジミーの魔法人形の体に、自分以外から魔力供給された際には冥界へその魂を連れ去るよう、凶悪レベルの魔法を仕込んでくれていた。
そんなヒルダにお別れを告げる、遺言書のような手紙を渡せば……何をしでかすかわかったものじゃない。
「ただのラブレターですよ」
にっこりといい笑顔で大地はそんなことを言う。
遺言書よりはマシだけれど、はっきりそう言われてしまうと……こっちが照れてしまう。
「もしもヒルダの気持ちがぼくと一緒なら、いつかこの世界にきてくれるはずです。そのときまで、ぼくは待つことにしますよ」
だからちゃんと届けてくださいねと、大地が私のリュックに手紙をしまった。
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ビルとビルの隙間に身を潜めて、オウガ達を待つ。
昼間の喧噪が嘘のように、人もいなければ交通量も少ない。
「……あの道路横の街灯の真ん中あたりに、異世界へ繋がる空間があります」
「大地、見えるの!?」
ずっと壁にもたれて黙っていた大地が、そんなことを言う。
「はい。今一瞬ですが、幽体離脱して確認しました」
「……それ、普通にできることなの?」
「霊体だと空間の裂け目って見えやすいんです。幽霊生活が長かったので、簡単に離脱可能ですよ。経験と積み重ねがものをいうので、メイコさんも慣れればできるようになります」
ふふっと笑って大地は言うけど、そんな慣れは嫌だなぁと思った。
その街灯の下に、しばらくするとオウガが現れた。
ピオやクオ、それに林太郎もいる。
オウガがおもむろにコートを脱いだ。
初めて会ったときと同じ異国風の衣装に、青いマフラー。
その服を見て、なんだかイクシスの竜族服に似てるなと思う。
「じゃあ、はじめるか」
そう言ったオウガの背中から、黒い翼が生える。
トカゲのような尻尾に、羊のような角。
その姿は……竜族のものだ。
――オウガって、竜族だったの!?
オウガが私に隠していたのは、このことだったのか。
ちょっと驚いた。
それなら、サキや林太郎がオウガの強さを信じていたのも納得だ。
オウガが横に手を薙ぎ払うと、耳鳴りがする。
たぶん人避けの結界を張ったんでしょうねと、大地が口にした。
私達はオウガ達の姿を最初から認識しているので、問題はないとのことだ。
オウガが呪文を唱え始める。
竜族の言葉なのか、私には聞き取れない。
けれど目に見えない力のようなものが、オウガからほとばしっている気がした。
ほんのりとその体が光を纏い、詠唱が終わるとオウガがピオを抱き上げた。
「林太郎がうるさいから、逃がしてやる。もう来るなよ」
街灯の柱の真ん中に、ピオの体をオウガが押しつける。
ピオの姿が、柱に飲み込まれるかのようにして消えてしまった。
「次はお前の番だ。このあたりだから、助走をつけてジャンプして飛び込め」
オウガが街灯の柱の真ん中あたりを指さす。
兄のピオは背が低いから持ち上げてあげたけれど、クオならそのままいけると思ったんだろう。
クオがそれに従って街灯の柱に飛び込んで。
私もそれに続こうとしたら、大地がまだ早いとそれを止めた。
「オウガが空間を閉じ始めるまで、待ってください。そうでないと、オウガがすぐに追ってきて、捕まってしまいます。閉まるシャッターの隙間に、ギリギリで滑り込む要領でいきましょう。ぼくが林太郎くんとオウガの注意を引きつけるので、合図を出したらその間に飛び込んでください」
わかったと一つ頷けば、大地はまた壁に身を預けて黙り込む。
幽体離脱をしているんだろう。
遠くでガタンと大きな物音がした。
林太郎とオウガの注意が逸れたところで、大地が体に戻り、ビルの隙間から走り出ていく。
「林太郎。こんなところで何をしているんですか!」
「げっ、大地兄ちゃん!? どうしてここに!?」
「あなたが部屋にいないから、何かあったのかと探していたんですよ! こんな夜中から何をしているんです! オウガが連れ出したんですか!」
大地ときたらなかなかの演技派だ。
無理のない理由に、林太郎が困り果てている。
「……何でここにいるんだ、大地。結界を張っていたはずなのに」
「結界? 何をわけのわからないことを言ってるんですか? というかオウガ、その格好は何です? オウガの国の衣装ですか?」
オウガが街灯に背を向けて、大地と会話し始める。
大地が地面を足で、トントンと二回叩いた。
行けという合図だ。
ビルの隙間から飛び出すと、街灯に向かって全速力で走る。
「まぁ、そんなところだ。それよりもお前、今日の夕食の時間どこに……」
言いかけて、オウガが私に気づいた。
けどもう、街灯は目の前だ。
思いっきりジャンプして、その中心部分に飛び込む。
今の私に空間の裂け目が見えるわけじゃない。
街灯に勢いよくぶつかって行くのは少し勇気がいったけれど、躊躇なんてしていたら異世界へは行けない。
「メイコっ!」
オウガが叫んで、私へと手を伸ばした。
その指先が服の裾を掴んだ感触がしたけれど、すぐに私の体は空間へと飲み込まれて行った。




