【3】使い魔と契約と
イクシスがフェザーを取り押さえて、クロードを呼んでくれた。
「大丈夫ですか、お嬢様!」
「平気……」
強がった声は震えていて、へたり込んだ私をクロードがベッドの上に座らせた。
怖かった。殺されると思った。
フェザーは、本気で私を殺そうとしていた。
あの憎しみは私じゃなくて、ヒルダに向けられている。
そう思っていたから、私は今までフェザーの殺意をかわしてこれていた。
それでいて、側にイクシスもいたから……死亡フラグ満載の状況とは言え、危機感が足りてなかったのだ。
油断していた。
それで、舐めていた。
憎まれているのは私じゃない。
そうやってヒルダを自分の中で切り離そうとするのに、フェザーの憎しみのこもった目を忘れられない。
緩んだ緊張のせいで、涙が出そうになったけれど堪える。
ここで私が大事にしてしまえば、クロードは絶対にフェザーを許さないだろうと思った。
「すみませんお嬢様。やはり私がお側に離れずについているべきでした」
傷の手当てをしながら、クロードが顔を歪める。
まるで自分のことであるかのように、辛そうな顔をしていた。
状況を説明してほしいと言われ、フェザーの足枷の鍵をしまっていた小箱を探す。
箱は壊され、鍵はそこになかった。
部屋に戻ったら足枷を外されたフェザーがそこにいて、襲ってきたのだと素直に話せば、クロードが眉をひそめる。
「お嬢様はフェザーを獣人の国へ帰したいと思っているようですが、処分を検討する必要があるかと思います」
「……処分って、殺すということ?」
「はい」
優しい執事であるクロードの口から出た言葉に、絶句する。
ここは私の住んでいたニホンとは違う世界だと、目の前に突きつけられた気がした。
獣人は人じゃなくて、動物と同じ扱いで。
人を噛んだ犬は、保健所につれていかれて処分される。
それと同じ事だ。
人だろうと、動物だろうと。
本来私に誰かの命を奪う権利なんてないはずだ。
けれど、ここでは当たり前で。
そうするのが正しいのだと、嫌でも思い知らされるようだった。
「処分はしない」
ぞっとするような提案に、首を横に振る。
「記憶喪失になってから、お嬢様は変わってしまった。逆らう者は排除して、徹底的に潰すのがお嬢様のやり方だったはずです。それにフェザーを獣人の国へ帰すメリットはお嬢様になく、むしろデメリットしかありません」
目の前で膝をつくクロードが、聞き分けてくださいというように口にする。
「フェザーは主人であるお嬢様を殺そうとしました。それを野放しにして、またお嬢様が狙われたらどうするつもりなのですか。下手に獣人の国に帰して、あの国がお嬢様の敵にまわったら? 私はお嬢様に危険が及ぶことを、見逃すわけには行きません」
クロードの言うことも、頭では理解できている。
でもだからと言って殺して解決なんて、そんなのは間違っていると思った。
「フェザーはまだ子供よ? 元はと言えば私が今までしてきたことが原因なんだから、殺すなんてダメ」
悪いのは私なのに、クロードは一切聞き入れる様子がない。
ヒルダは主人で、フェザーは下僕。
ここに大きな隔たりがあるのだと、クロードは口にする。
同じ生き物でも、決して平等ではないのだ。
この世界の常識からすればクロードが正しい。
それはわかってるけれど、絶対に嫌だった。
まだ和解できる可能性があるのにそれを放棄するなんて。
そんなの……受け入れられるはずがなかった。
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あんなに叫んでも、誰一人気づかない。
不思議に思っていた私だけれど、ヒルダの部屋を護衛していた騎士は……殺されていたようだ。
まさかフェザーが……殺したの?
青ざめた私に、暗殺者の仕業だと思いますとクロードは否定した。
「フェザーに、協力者がいたってこと?」
「はい。でも安心してください。暗殺者のほうも速やかに始末しましたし、護衛の騎士も人数を増やすよう手配しました」
私を落ち着かせるように、クロードが微笑みかけてくる。
柔らかな表情で物騒な事を口にするクロードに、どうしても違和感を覚えた。
「イクシス、あなたにも事情を聞きたいのですが。いるのでしょう?」
クロードが問いかければ、その場にイクシスが姿を現す。
「何故あなたがいながら、お嬢様を危険にさらしたのですか」
「……ヒルダの感情が俺に伝わらないように、魔法で妨害されてたんだよ。てっきり感情を閉じることを覚えたのかと思ったんだが、胸騒ぎがして戻ってきた。空間も繋がらないよう細工されてて、駆けつけたらフェザーに襲われてた」
睨んでくるクロードにイクシスは答えて、悔しそうな顔で赤い髪をかく。
「すぐ来れなくて悪かったな。怖かったろ?」
乱暴な仕草で、イクシスが頭を撫でてくる。
労ってくれる気持ちが伝わってくるみたいで、思わず気持ちが緩んだ。
「主人であるお嬢様の頭を押さえるなんて、あなたは立場を弁えているのですか!」
側にいたクロードが、ありえないと声をはりあげる。
しかし、イクシスはそれを無視した。
「……泣いていい。お前の不安はちゃんと伝わってる」
ぶっきらぼうな声。
だけど、優しく肩を抱き寄せられた。
見上げれば、イクシスがこちらを見つめていた。
ヒルダではなく――私自身に向けられている眼差し。
強がるだけ無駄だと、言われている気がした。
「うっ……イクシス……」
「大丈夫だ。今度はこんな不覚とらねぇよ」
私を勇気付けるように、イクシスが力強い言葉をくれて。
安堵して、その場で泣き崩れてしまった。
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フェザーの証言により、協力者はヒルダの部屋を護衛している騎士の一人だったことが判明した。
彼はクロードの部下が見つけた時点で、すでに死んでいた。
逃げられないと思って、自害したのだろうという事だ。
どこの手の者か調査させると、クロードは言っていたけれど……色々ともやもやが残る。
詳しいことを、クロードが教えてくれないから尚更だ。
お嬢様が心配する必要はありませんだとか、不安なら護衛を増やしますだとか。
そういうことを口にするばかりだ。
「今のお前が、嫌なものを見て傷つかなくて済むように、目隠してくれてるんだろ。それをわざわざ暴く必要はないと思うけどな」
不満を漏らせば、イクシスが肩をすくめる。
「大体狙われるなんてよくある事だから、気にするな。誰から狙われてるかなんて、思い当たる節が多すぎて考えるだけ無駄だ」
ヒルダがこの領土を治めることをよく思ってない奴に、ヒルダの実家からの刺客、昔ヒルダが痛めつけた貴族。
他にもヒルダは、至る所から恨みを買っているらしい。
「どうして、実家からも刺客がくるの?」
「ヒルダは父親がエルフの王族で、母親は奴隷身分の花寄人だ。でもその魔法の才はエルフの中でも規格外で、王族として迎え入れられた」
イクシスが言うにはエルフは魔法優位な社会。
女の方が断然魔力が強く、女王制らしい。
ヒルダは人間とのハーフで、その上人間に嫁いでいるものの、王位を狙う姉妹たちに危険視されているようだ。
「何しろ、伝説の存在である竜を従えてるんだからな。危険視されても、しかたないだろ」
「竜と契約ってそんなに凄いの?」
イクシスは当たり前だと口にして、竜族がどれだけ恐れられていて強いのかを聞かせてくれた。
「そんな強い竜族であるイクシスを従えるなんて、ヒルダって凄いんだね」
「……別に油断してなければ、あんな奴どうってことなかったんだ」
感心してそういえば、むっとしたようにイクシスが口を尖らせる。
「じゃあヒルダが凄いわけじゃなくて、イクシスがうっかり屋ってことなのね?」
「それはそれで……なんかムカつくな」
イクシスは複雑な心境のようだった。
本当扱いが難しい。
「まぁともかくだ。おそらくは死んでいた護衛騎士が首謀者で、フェザーは利用されたと考えていいだろうな。鍵を盗んだのもそいつだろ」
フェザーの枷を外し、自由に飛べるようにした後、私を襲うよう唆して。
私とイクシスの仲違いも利用し、ヒルダを殺そうと企んだんだろう。
イクシスはそう考えているようだった。
「けどな、例え利用されていたとしても、フェザーをお咎めなしっていうのはどうかと思うぞ。牢屋から出してチャンスを与えるにしても、誓約で縛るくらいは必要だ」
「誓約って、イクシスやクロードとやってる契約みたいなもの?」
イクシスは私の言葉に、そうだと頷いた。
「でも私にそれできるの?」
「今のメイコには無理だろうな。相手の真名を掌握するだけでも、コツや才能がいるし、誰かの運命を縛る魔法はかなり複雑で高度だ。失敗すれば己の身にはね返るから、危険も高い」
尋ねれば、あっさりとイクシスはそんな事を言ってくる。
「じゃあ無理じゃないの」
まぁ焦るなと、イクシスが宥めてくる。
「ようはフェザーに誓わせて、誓約したと思い込ませればいいんだ。本来の誓約がどういうものかなんて、子供にはわからない。それにプライドが高い奴だから口にしたことは守るだろ」
大切なのは――フェザーが誓いを守ると自らに約束する事だ。
イクシスはそう言って笑った。
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イクシスに、フェザーのいる牢屋へ案内してもらう。
「なんだ。もう我の処分が決まったのか」
現れた私に、フェザーはそう言った。
何もかも覚悟の上で、私を襲ったんだろう。
瞳には、未だに私への憎しみの炎が見える。
一瞬たじろいでしまったけれど、私の背後にはイクシスがいた。
それだけで、少し勇気が出てくる。
「ギルバートは獣人の国にいるわ。会いたくはなない?」
どうして私を殺そうとしたのかなんて、聞いたところで「憎いからだ」と言われて、会話が終了するのは目に見えている。
だから私はそう切り出した。
「……? 何を言ってるんだお前は」
「記憶喪失前の私は、ギルバートを捨てたわけじゃなくて、獣人の国に送り返していたの。これが渡航証明書よ」
意味が分からないという顔をするフェザーに、ギルバートの行方に関する報告書を突きつけた。
「これはどういうことだ。あいつはギルバートを捨てて……殺したんじゃなかったのか?」
報告書を読み、フェザーが動揺した様子を見せた。
「……殺したってどういう事?」
「我に鍵をくれた奴がそう言ったんだ。ヒルダの部屋にあったものだと言って、ギルバートの尻尾を俺に見せて。どっちが真実なんだ!?」
フェザーが錯乱した様子で叫ぶ。
ギルバートは、ヒルダに殺された。
そう、吹き込まれていたようだ。
大切な友人が、死んだなんて認めたくない。
けれど、生きているという希望を口にするのが、憎んでいるヒルダで。
その事が、余計にフェザーを混乱させているようだった。
「ギルバートが死んでいるか、生きているか。そんなこと、その目で確かめればいいことでしょう? 牢屋の中で悩んだところで答えが見つかるのかしら」
畳み掛けるなら今だ。
できるだけ偉そうに、馬鹿にした調子で口にする。
努めてヒルダっぽくしたつもりだけれど、こんな感じでいいのだろうか。
ゲーム本編にヒルダは出てこないうえ、私にはヒルダとしての記憶がない。
ヒルダとして覚醒する直前に、階段から突き落とされたシーンを辛うじて覚えているくらいだ。
他者を遥か高みから見下ろす感じで行けば……問題ないはずだと思っている。
「牢屋から出て、ギルバートに会いたいとは思わない?」
「……何を企んでいる」
ヒルダが、善意でこんなことをするはずない。
そう思いながらも、気にせずにはいられないらしい。
予想通りだ。
「簡単な事よ。私と誓約を結びなさい。その心に、私に従い守り抜くことを誓ってもらうわ」
「何故、我がお前などを守らねばならない!」
「別に私はいいのよ? ここであなたを殺しても。その場合、ギルバートがどうしてるのか一生分からずじまいになるわね」
激昂するフェザーを煽るように、くすりと笑う。
ぐっとフェザーは言葉を詰まらせた。
ギルバートがどうしてるのか、心配でしかたないんだろう。
「どうせ死ぬなら、心残りはない方がいいんじゃないかしら?」
「……わかった。誓約をしよう」
ギルバートの安否とプライドを天秤にかけて、ついにフェザーが折れた。
気位の高さはあるけれど、友情にはとても厚い子のようだと好ましく思う。
牢屋を守っていた使用人に扉を開けてもらい、フェザーを出す。
それからイクシスも含めた三人で、庭へと向かった。
青白い月の光の下、白い薔薇が咲いたエリアは幻想的だった。
「これから誓約の義を執り行うわ」
物々しく口にすれば、フェザーが息を飲む。
「私はあなたをギルバートに会わせてあげる。その代わりあなたは、私を守り従うことを約束しなさい。約束を破れば死が訪れるわ」
覚悟があるなら、これを受け取りなさいと腕輪を差し出す。
ヒルダのコレクションの中から適当に取ってきた腕輪だ。
何か形に残したほうが、約束を思い出しやすいかなと思って持ってきてみた。
「……お前を守り従うことを誓おう」
不本意だがというように、フェザーが腕輪を手に取ってはめる。
「よし、これで契約完了ね!」
「これだけなのか? もっと派手な何かがあると思っていたぞ」
一仕事終えたと清々しく笑えば、フェザーが胡散臭そうな眼差しを向けてくる。
「……第一段階がという意味でいったのよ。少しここで待ってなさい」
「わかった」
私の言葉に、フェザーは素直に従った。
「イクシス、どうしよう!?」
「知るか。魔法っぽい呪文を唱えて演出するくらいやってみせろ」
小声で助けを求めれば、イクシスがそんなことを言う。
魔法っぽい呪文か。
しかし、私はまだこの世界で魔法を見てない。
真似しようにもよくわからない。
ふと、思い出したのは、歳が離れた中学二年生の弟の事。
特に目が悪いわけでもないのに眼帯をして、コンタクトで瞳の色を変えて。
常に弟は翻訳するのに苦労する、意味のあるようで特にない言葉を口にしていた。
まさか、あいつが役に立つ日がくるとはね……。
「待たせたわね。それでははじめましょうか」
くっくっくっと弟の真似をして片目を隠しながら、低く含むように嗤う。
フェザーが怯えたように構え、イクシスがちょっと引いた。
これはかなり恥ずかしい。
しかし演出としては成功しているように思える。
それにしても、弟はいつもこんな冷たい視線に耐えているのか。
あの子ったらメンタル太いな!
ここは恥を捨てるんだ私!
覚悟を決めて、フェザーと手を合わせてそれっぽく格好を付けた。
「我が名はヒルダ・オースティン。深淵の深き底より目覚めし古の力よ、我の声に耳を傾けよ。煉獄の炎の化身よ、永久に鳴り止まぬ風の音よ。祝福の泉の精霊たちよ! 我の新たなる忠実な僕フェザーに、誓約の証しを施せ!」
目を閉じて、弟が普段使っているような言葉を適当に並べて、堂々とまくしたてる。
深淵の深き底って内容重複してない? とか、煉獄の炎ってなんだよとか冷静になって考えたら負けだ。
恥ずかしさのあまり、繋がる手が熱を帯びている気がする。
「おい馬鹿! 何してるんだ!」
そんな事を考えていたら、イクシスが焦ったように叫んで。
目を開ければ、私とフェザー足元に巨大な魔法陣のようなモノが出現していた。
発光するその大きな円の周りを水の壁が取り囲み、魔法の力と思わしきものが、まるで電流のように時折瞬く。
「ん、なっ!?」
驚いてフェザーと重ねていた手のひらを離す。
私達の周りに渦巻いていた水流が、しゅるりとフェザーの手の甲に吸い込まれていった。
全てが納まったときには、フェザーの手の甲に紋章が出現していた。
クロードやイクシスの胸に刻まれているのとは、また違った文様だ。
「何が起こったの?」
「お前、フェザーを使い魔にしてどうするんだ……」
呆然と呟いた私に、イクシスが頭が痛いというように額を押さえて呟く。
「い、今のは何だったんだ。この模様は一体……?」
フェザーは戸惑いを隠せない様子で、自分の手の甲に現れた、桜の花のような模様を見つめていた。
ここでフォローしておかなければと、ハッとする。
「それは私との契約の証。私の下僕になったからには、これくらいで驚かれては困るわよフェザー。あんなの【世界の運命を握る存在】の二つ名を持つ、私の力の一割にも満たないのだから。けど、久々に力を使ったせいかしら。封印されし右目の力が疼いている……!」
「こ、これより上があるというのか!」
前かがみになって顔を歪め、右目を押さえれば……私の迫真の演技に、フェザーが驚愕を顔に浮かべよろめいた。
効果は抜群のようだ!
しかし、イクシスがドン引いた顔でこちらを見ていた。
フェザーが立ち去った後、正気に返れば……羞恥心が私を襲った。
「恥ずかしい……死にたい……」
「あれを見てた俺の方が恥ずかしい。メイコの分の感情までプラスされてるから、二倍は恥ずかしい」
顔を覆って恥ずかしさに身悶える私に、イクシスが追い討ちをかけてくれた。
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★本編との違い(本編【14】~【17】あたり)
◆特になし
★6/23 文章を修正しました。内容に変更はありません。