【29】予知と運命と
「サキ、早くオウガのところに案内して! いくらオウガが強くても相手は異世界からの刺客なんだよ! 危険すぎるよ!」
「大丈夫、大丈夫。あいつ強いから」
慌てる私に対して、サキはどうにものんびりとしていた。
ヒルダの知り合いである、刺客二人組。
それがどんな奴らなのかは、知らない。
けど、林太郎や大地、そしてヒルダがやられた相手だ。
腕っ節があると言っても、ただの人間でしかないオウガが無事で済むわけがない。
「姉ちゃん、安心して。オウガ兄ちゃんは最強だから! なんてったって、この俺の魔法の師匠なんだからね!」
胸を張って、林太郎が請け負う。
「魔法の師匠……? オウガが?」
「うん。オウガ兄ちゃんも魔法使いなんだ。最初に見たときからそうだって俺にはわかったよ! それで、お願いして俺も魔法が使えるようにしてもらったんだ!」
指の部分が出た、いまいち何の意味があるのかよくわからない手袋を、林太郎が脱ぐ。
手の甲の部分には、竜を模したような模様があった。
それは私がフェザーに与えた使い魔の紋章とよく似ている。
「使い魔の紋章……? 林太郎は、オウガの使い魔なの?」
「そうだよ。姉ちゃんは、使い魔の存在も知ってるんだね!」
こういう話ができるのが嬉しいのか、林太郎のテンションは高い。
いつから使い魔をしているのかと尋ねれば、私が高校を卒業する前にはすでにオウガから魔法の力を受け取っていたようだ。
「もしかしてオウガは……異世界の住人だったり?」
「正解!」
思いつくままに口にすれば、よくできましたとサキが言う。
「あのバカは、メイコが死にかけたことを自分のせいだと思ってる。今のメイコが命を狙われていることも、何もかも……異世界人の自分と出会ってしまったせいだって思い込んで、一人で片付けようとしてるのよ」
それらは決してオウガのせいじゃないのに、バカな奴とサキが溜息を吐く。
そんな理由で、私をこれ以上危険にさらさないよう、オウガは側に張り付いていたらしい。
「あと、事故で即死状態だったメイコを助けたのもあいつよ。強力な回復魔法をかけて体を救った後は、魂を探して異世界に行ってたの。結局、メイコとは行き違いになったみたいだけど」
「オウガ……」
見えないところで、私のためにそんなに手を尽くしてくれていたなんて。
オウガはいつも、何も言わない。
そっとさりげなく、手をさしのべて助けてくれる。
そんなオウガの不器用な優しさが好きだった。
「どうしてオウガは、何も教えてくれなかったのかな……私自身のことなのに」
サキや林太郎には話してるのに、どうして私には言わなかったんだろう。
一番仲がいいのは私のはずなのにと、仲間はずれにされたような気分になる。
「あいつはメイコに嫌われることを何よりも怖れてるのよ。自分が誰かに好かれるわけがないって思い込んでるから、こんなに仲良くなったメイコでさえ、正体を知ったら自分から離れていくんじゃないかって疑ってる」
本当バカだわと、サキはあきれ果てたように繰り返す。
「臆病になって肝心なところでメイコを信じられないから、鷹に油揚げをかっさらわれるのよ」
「それをいうなら、鷹じゃなくてトンビだと思うけど」
「いいのよ、これで当たってるから」
訂正してくる林太郎に、はっとサキは鼻で笑う。
「ちなみにあたしは異世界人ではないわよ。この世界で生まれた、ちょっと未来予知が使えるだけの普通の人間」
「その時点で普通じゃないと思うよ、サキ姉ちゃん」
林太郎がツッコミを入れたけれど、サキは気にせずに続ける。
「正直なところをいうとね、メイコが魂だけで異世界に行く未来も見えてたのよ。それは回避不可能だったから、メイコが帰ってくるまで林太郎と体を守ってたの」
今まで黙っててごめんねと、サキが謝ってくる。
確かにサキは昔から、勘の鋭いところがあった。
けど、予知能力を持っているなんて言われても……すんなり飲み込めない。
戸惑っていたら、特技が占いくらいに思っておけばいいわと言われた。
「まぁそんなわけで、私の予知で敵に勝てる方法を何度もシミュレーションして。林太郎に、ヒルダを襲ってくる刺客を倒してもらっていたの」
オウガが異世界にいるせいで使い魔としての力は弱く、しかも使えない光属性の魔法使いである林太郎は、最弱もいいところだったらしい。
「でもね、この子凄いわよ。超激弱の癖に、自分が強いって相手に思わせるの上手いの。八割以上はったりでここまで凌いできてるから。後は逃げ足と運ね。最初の頃はヒルダも林太郎のこと、凄腕の魔法使いだと思い込んでたからね!」
「全然褒められてる気がしないよ、サキ姉ちゃん!」
笑い話のようなノリで口にしたサキに、不満げな声を林太郎が上げたけれど、はいはいと軽くあしらわれる。
雑な扱いに、ちょっぴり林太郎が涙目だ。
「まぁ林太郎のことは置いといて。ピオやクオにオウガをぶつけることで、工事現場にウルドが逃げてくる。それを林太郎が倒すっていうのが、今日のシナリオだったのよ。ただ、ティリアが来ちゃったのは予想外だったんだけど」
多分ヒルダの魂を向こうの世界に返したせいで、予知が狂ってきてるんだわとサキは言う。
「ちょっと待ってサキ! ピオとクオって、あの二人までここにきてるの!?」
彼らもまた、ヒルダの屋敷にいた少年だ。
エルフの国出身の、ハーフエルフの兄弟。
兄がピオで、弟がクオという名前だ。
金髪に碧眼で、美人系の顔立ちに少し尖った耳。
年は十四歳と十三歳なのだけれど、年のわりには言動が幼く、土いじりがお気に入りの優しい子達だ。
私にはよく懐いてくれていて、よく一緒に畑の世話をしていた。
「あっちの世界に執事と赤い竜がいたでしょ? あの二人はメイコに内緒でティリアを追いつめていたのよ。追い詰められたティリアは、メイコの体に入ってるヒルダのほうが、まだ始末しやすいと思ったみたいね。ピオとクオをこちらへ送り込んできたの」
最後の悪あがきみたいなものね、とサキは言う。
「ピオとクオは、命令ひとつで性格が残虐で冷たいものに変わるの。しかもヒルダが二人を傷つけるなっていうものだから、捕獲するのが大変だったわ」
二人は、エルフの国の研究所で実験動物のような扱いを受け、どんな命令でも聞く別人格を植え付けられてしまったのだという。
「あの二人、ヒルダとは父親違いの兄弟らしいの。誓約を結ばせて、ヒルダの側にいれば人格が変わらないようにしてあったみたいなんだけどね。ヒルダの体がなくて魂だけだと、その範囲も狭まるみたいで、かなり苦労したのよ」
ピオとクオがヒルダの兄弟。
そう聞かされてなるほどと納得する。
二人の顔立ちはどこかヒルダに似ていて、同じハーフエルフだからかなとばかり思っていたけれど、血が繋がっていたらしい。
「俺がどうにか、弟のクオのほうだけは確保したんだ。敵に連れ戻されないよう、ヒルダ様と手錠で繋いで、しばらく一緒に行動させることにしたんだけど……」
林太郎が言葉を濁す。
「何か問題があったの?」
「クオと手錠したまま、家に帰るわけにもいかないでしょ? それで一人暮らしをしてるサキ姉ちゃんの家で、ヒルダ様はしばらくすごすことになったんだ。でも、そこに大地兄ちゃんが現れて……ややこしいことになったんだよ」
ヒルダは、林太郎やサキに事情を話して協力を頼む一方で、私の義兄である大地には何も話していなかった。
しかし大地は、ヒルダの隠し事に感づいてて……どうして話してくれないのかと不満に思っていたようだ。
「大地兄ちゃん、俺を尾行してたみたいで……ヒルダ様の居場所を突き止めちゃったんだ」
そのとき、サキは留守で家にいなかった。
大地に問い詰められたヒルダはクオを彼氏だと紹介し、ここは彼の家でこれから同棲するつもりなのよと言い放ったようだ。
「……それで大地は納得したの? さすがに無理があると思うんだけど」
クオは十三歳にしては背が高く、見た目だけなら十八歳くらいに見えなくもない。
けど、いきなり現れた外国人の男の子を恋人だと紹介されて、すんなり大地が信じるとは思えなかった。
「まぁ、納得しないよね。俺でもそれはないなって思うもの」
やっぱり姉ちゃんもそう思うよねというように、林太郎が頷く。
ふざけてないで帰るよと、大地はヒルダを無理矢理連れ帰ろうとしたらしい。
「ただの義理の兄弟なんだから、あなたには何の関係もないでしょ。放っておいてくれるかしらってヒルダ様は言って、大地兄ちゃんを突き飛ばそうとしたんだけど……」
そこで一旦林太郎は言葉を切った。
私の顔色をうかがって、気まずそうにしている。
「どうしたの? 何か言いにくいこと?」
「大地兄ちゃん、その場でヒルダ様に……告白しちゃったんだ。好きだから、誰にも渡したくないんだって……あんなになりふり構ってなくて、必死な大地兄ちゃんは初めて見た」
「……はい?」
「姉ちゃんがヒルダ様と入れ替わってから、二人はとってもいい雰囲気だったんだ。恋人同士にしか見えないくらいにべったりで、いつもイチャイチャしてた」
思わず聞き間違いかと思って聞き返せば、林太郎が私から目をそらしてそんなことを言う。
「な、何よそれっ!?」
病院で目覚めた後、出会った大地の態度を思い出す。
――元のメイコさんに戻ったんですか?
そう落胆たっぷりに口にしていたのは、つまりそういうことだったらしい。
「ヒルダ様は、それでも大地兄ちゃんを冷たく追い返したんだけど……まんざらじゃなさそうだった。ドアしめた後で、真っ赤になってたから」
私がいない間に、そんなロマンスが繰り広げられていたなんて思いもしなかった。
どう反応したものかと困ってしまう。
その後で、林太郎は襲ってきたピオとウルドにやられてしまったらしい。
彼らはヒルダではなく、林太郎を直接狙ってきた。
サキと連絡がとれないようスマホを壊され、連携が取れないような状況に追いこまれたうえで、やられてしまったのだという。
そして林太郎が倒れている間に、大地が攫われてしまった。
クオと交換だと言われ、ヒルダは素直に従ったが……敵はそれを守らなかった。
ヒルダは大地を助けようとして瀕死の状態になり、そしてそれを異世界にいた私が感じ取ったということみたいだ。
「まぁでも、メイコが帰ってきてくれてよかった。このままメイコの体と一緒にヒルダが死んじゃったら、どうしようって思ってたのよ。何よりブチ切れたオウガが、エルフの国を滅ぼして、最悪この世界まで消滅させる未来が見えてたのよね」
「さすがにそれはないんじゃないかな……」
サキときたら大げさだ。
でも、ほっと胸をなで下ろすその様子は、冗談じゃなくて本気であるかのように見えた。




