【27】囚われの鳥と、光の使者
オウガが出ていった後、服を着替えて出かける支度をする。
「さぁ、メイコ! 邪魔者もいなくなったことだし、遊びに行くわよ!」
十分後に私の家を訪れたサキは、元気いっぱいにそんなことを言い放った。
じゃあねと立ち去る間際、サキは私の肩を二度叩いた。
あれは十分後にここで待ち合わせという、私達二人の間で決められた合図だ。
つまり、あの手紙はオウガの気を引くためのおとりということだ。
私と二人で遊びたいときに、毎度サキが使う手なのだけれど……未だにオウガはひっかかる。
サキは遊び心があるというか、少し悪戯好きなところがあって、そういうところが私は結構好きなのだけれど。
オウガに言わせればバカにされているようにしか思えないらしく、二人の相性は本当に悪いんだろうなと毎回思う。
「サキ、あんまりオウガをからかったらダメだよ? あぁ見えて真面目なんだから」
「えー? 囚われのお姫様を助けてにきてあげたのに! 本当メイコは危機感が足りないわね。このまま行くとあんた、オウガに囚われて一生どこにも行けなくなるわよ!」
「確かに過保護だなとは思うけど、さすがにそれは言い過ぎ。オウガは責任感が強いから、前の事故を自分のせいだと思って過敏になってるのよ。今回の事故も防げなかったって自分を責めてるみたいだし……それが少し心配だったりするんだよね」
今のオウガには、昔のような余裕がない。
張り詰めていて、危うくて。
何かのきっかけで壊れてしまいそうな……そんな感じ。
私が大きな事故に遭って、二度も死にかけて。
また同じ事が起こることを、オウガは心底恐れている。
それはなんとなく気づいていた。
「二度あることは、三度あるからね」
「ちょっとサキ、不吉なこと言わないでよ!」
「問題は三度目が起こることそのものじゃない。不安定なオウガを刺激することが一番危ないんだ。あいつはメイコを鳥籠の鳥にして、囲ってしまうからね。捕まったら最後……もう二度と出してもらえなくなるよ」
しゃれにならないと声を荒げれば、思いの外真剣な声でサキが言う。
「……一番オウガを刺激してるのは、サキじゃないの? オウガを出し抜いてこんなところに行ったことがバレたら……それこそ激怒すると思うんだけど」
電車に乗って、少し歩いて。
辿り付いた先は、私が事故にあった工事現場だった。
「それはそれ、これはこれ。記憶喪失の間に、どうして自分が工事現場に行って事故に遭ったのか……メイコは気になってるんでしょ?」
言わなくてもわかっているよというように、サキが悪戯っぽく笑う。
幼い頃からの幼なじみであるサキは、私の考えを先読みするのが得意だった。
サキによれば、このビルはほぼ完成しているにもかかわらず、一年以上前から工事が中断しているらしい。
「気になるなら、何があるか見てきなよ。待ってるから」
「えっ!? サキは一緒に行かないの?」
「だってこれは、メイコの問題でしょ? 本来、あたしは無関係でいなきゃいけないことだからね」
ここまでしておいて、それはないんじゃないか。
自由すぎるサキに呆れつつも、いつものことだったので諦めることにする。
サキが投げて寄越したヘルメット被ってから、工事現場に足を踏み入れた。
ピリリと肌に感じる刺激は、ヒルダの体だったときに感じたことのある感覚。
誰かが……近くで魔法を使っている?
争うような物音がして、そちらへと走っていく。
そこでは、私の弟の林太郎と……見知らぬ女が互いに魔法をぶつけ合っていた。
「くそっ、くそっ! 何で! お前は雑魚のはずなのに……っ!」
「今までの俺の力は、普段の十分の一にも満たない。そう言っていたはずだ。右目の力が解放された今、お前に勝ち目はない」
相手が放つ闇属性の魔法を、片手で林太郎が打ち消す。
余裕のある足取りで、相手を追い詰めていた。
相手の女は浅黒い肌をしていて……背中には蝶のような羽がある。
耳は長く尖っていて、エルフの特徴を持っていた。
これはどういうこと?
何で林太郎が、魔法を使ってるの?
それにあの女の人は、まるでエルフみたいだ。
「覚悟するんだな……ウルド。我が姉の命を何度も狙った罪は重い」
エルフに向かって、怒りのこもる口調で林太郎が言う。
林太郎の言動はアニメの影響を受けたものだとばかり思っていたけれど……そうではなかったということなんだろうか。
我が姉の命という言葉に混乱する。
何度もというのは、どういうことなんだろう。
戸惑っていたら、最後の一撃というように、林太郎が手に光の球を紡ぐ。
しかし、放たれたその攻撃は、横から炎に飲み込まれて消えた。
「なっ!」
「無様ですね、ウルド」
驚く林太郎の声に重なるように、子供の声が響いた。
現れたのはウェーブがかった金髪の三歳児。
空色の瞳に、まるで天使を思わせる愛らしい容貌。
それは、ヒルダの屋敷にいた最年少の男の子・ティルだった。
いつも一緒にいる兄のバイスの姿はなく、大人びた顔立ちでそこに立っている。
「ティリア様、どうしてここにっ!」
「あなたがぐずぐずしているから、計画は失敗に終わりました。ヒルダは元の体に戻り、私は殺される前にこの世界に逃げてきたのです」
叫ぶウルドに、ティリアと呼ばれたティルが答えた。
ティリアというのは、ヒルダの姉の名前だ。
由緒正しいエルフのお姫様で、次期女王と言われていた彼女。
しかし、ヒルダが生まれたことによって、彼女は次期女王の座を追われてしまった。
屋敷にやってくる暗殺者の半分以上が彼女の差し金だったりする。
ティルが……ティリア?
まさかの情報に混乱する。
ティルは人間の……貴族の子供で。
お人好しの父親が借金を作り、それを苦に一家で無理心中を図ったところを、兄と一緒に生き残った。
兄のバイスが、弟を含めて自分達をヒルダに売り込んで。
そうして、彼らは屋敷で過ごすことになったのだと執事のクロードからは聞かされていた。
辛い境遇にも関わらず、健気で素直な子達。
私のティル達兄弟に対する印象は、そんなところだった。
「あなたがウルドの邪魔をしていた、光の使者ですか。あまり強そうには見えないですね」
普段私のことを「おねえたん」と呼び、舌っ足らずだったティルがすらすらとそんなことを口にする。
それだけでかなりの衝撃があった。
「……見た目で判断すると怪我をするぜ?」
格好をつけて林太郎は口にしたけれど、実際のところあまり余裕はないのか、焦った顔をしていた。
「それは私のセリフだと思いますけどね」
ティルがいつも胸に下げている、水晶のペンダントを床に叩きつけて割った。
その姿が三歳児から青年のものになり、耳は長くなって背中にはエルフ特有の羽が生える。
「あなたも魔法使いの端くれなら、力の差がわかるはずです。死にたくないのなら……」
ティルの言葉が終わらないうちに、林太郎は逃げ出していた。
ここで逃げるとは思ってなかったんだろう。
取りのこされたティルとウルドは、何が起こったのかわからないという顔だ。
昔からいじめられっ子でパシリばかりしていた林太郎は、引きこもりのインドア派の癖に逃げ足だけは速い。
それでいて危険回避の能力に長けていた。
格好をつけるわりには、いざというときにプライドを捨てて逃げられる。
それがある意味強みでもあり、ヘタレと言われるところでもあった。
私も逃げたほうが良さそうだ。
そう判断して工事現場の外に出れば、サキが待っていた。
そこには首根っこを掴まれた林太郎の姿もある。
「姉、姉ちゃん……!?」
「さっきのは何だったのか、ちゃんと説明してくれるわよね?」
私の姿を見て明らかにうろたえた林太郎にそういえば。
観念したように、小さく頷いた。




