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【26】日常に潜む違和感

「あのさ、オウガ」

「なんだ」

 私の部屋でコーヒーを飲みながら、オウガが答える。


 オウガは眼鏡をかけて、新聞を読んでいた。

 別に老眼というわけじゃないけど、オウガは新聞や本を読むときや仕事中、眼鏡をかける習慣があった。

 眼鏡をかければ、その凶悪な眼光が多少和らぐんじゃないか。

 そう思いついて、私が伊達眼鏡をプレゼントしてから、ずっとこのスタイルだ。


「どうして毎日のように私の部屋にいるの? 暇なの?」

「別に暇ってわけじゃないが、誰もメイコの面倒を見るやついないだろ? だからオレが面倒見てやってるんだ」

 当たり前のようにそんなことを言うオウガは、新聞から目を離すことをしない。


 一年前に私が倒れた後、オウガはすぐに会社を辞めて故郷に戻っていたらしい。

 故郷に戻った理由を聞いたけれど、はぐらかされてしまった。


「まだ足が治りきってないから、オウガがいると楽だけど……そこまでしてもらう必要はないよ?」

「いいから甘えとけ。オレがしたくてしてるんだからな」

 オウガは言い出したら聞かないところがある。

 諦めて、オウガが借りてきてくれたマンガを読むことにした。


 オウガと知り合ったのは、高校一年生の夏のことだ。

 両親が再婚することになり、私はそれに反抗して家出した。

 逃げ出した夜の公園でおっさんに絡まれて、助けてくれたのがオウガだった。


 オウガは老け顔というか……三十代前半くらいに見える。

 強面で、ヤのつく自由業の人に見えなくもない。

 最初は私もその眼光の鋭さにびびったけれど、助けてくれたことで警戒心が薄まった。


 オウガは異国の服を着ていて、外国から日本にやってきた直後だった。

 色々教えてあげて、オウガのホテルに乗り込んで。

 家に帰りたくなかった私は、そこに居座ろうとしたけれど……オウガに説得され、結局家に帰されてしまった。


 居場所がないなら、いつでもオレのところに来ていい。

 そう言ってくれたから、私はオウガの部屋に通うようになった。

 新しい父が母と暮らすために建てたこの家は、物凄く居心地が悪くて。

 義兄や弟達はそれを受け入れていたから――たった一人駄々をこねている私だけが、家族ではないような気がしていた。

 

 しばらくしてオウガが同じ高校に通うようになって、そこで初めて同じ年だと知った。

 絶対年齢詐称してるよねと突っ込んだら……本来は四百四十五歳だなんて、顔に似合わない冗談を言っていたけれど。


 オウガは、本当に謎が多い。

 けどとっても世話焼きで、いい奴だ。

 興味のない人には冷たいけれど、一度懐に入れると思いっきり甘やかしてくれる。

 一緒にいると安心できる、年の離れた兄のような存在だった。


 でも……あまりにも過保護だと思うんだよね。

 松葉杖でなら歩けるくらいに回復したのに、未だに外出するときもオウガが付いてくる。

 しかも何だか、周りを警戒しているみたいだった。

 今このときも新聞を読むふりをして、何か難しいことを考えている

 その証拠に眉間の皺がいつもより多く、新聞のページは全く進んでなかった。


「ねぇ、オウガ。私が事故に遭ったこと、自分のせいだと思ってるの?」

「……」

 オウガは無言だった。

 それは肯定ということだ。


 去年のクリスマス前のこと。

 オウガが珍しく仕事でミスをして、私はそれをフォローするため、残業に付き合った。

 仕事終わりにダッシュして、アニ●イトにギリギリで駆け込み。

 ずっと楽しみにしていたゲームを買ったところで、オウガが入り口で待っていた。

 今日は俺の家でお詫びをしたいなんて言ってきたけれど、私はすぐにでもこの新作ゲームがしたかったので断った。

 もめている間に、トラックが私めがけて突っ込んできたというわけだ。


「私の運が悪かっただけの話で、オウガは何も悪くない。怪我もしてなかったんだし、責任を感じる必要はどこにもないんだよ」

「……オレが近くにいながら、メイコを危険な目に遭わせた。それがありえないんだ」

 オウガが新聞を置く。

 苦々しげなその顔からすると、納得してないようだ。


「とにかくメイコの怪我が完全に治るまでは、オレが面倒をみる。本当はメイコをオレの部屋に連れていったほうが楽なんだけどな……大地が渋るから」

「当たり前でしょ。さすがにそれは義兄さんが正しいから」


 私とオウガは別に付き合ってるわけでも、恋人でもなんでもない。

 オウガの部屋でゴロゴロとして過ごしたり、飲み会でうっかりつぶれてお泊まりすることはあったけれど、そんなふうに面倒をみてもらうのは論外だ。

 

 眠り続けていた大地だけれど、私が目を覚ましてから五日後くらいに目覚めた。

 大地は記憶喪失……というか、別人の魂が入った私の面倒をよく見てくれていたらしい。

 私が記憶を取り戻した元のメイコだと知ると、あからさまにショックを受けた顔をした。


「元の……メイコさんに戻ったんですか?」

 喜びではなく落胆がたっぷりこもった声で、大地は私にそう言い放った。

 元々仲がよかったわけじゃないけど、あの反応はないと思う。

 

 今でも大地は、私を見るたびに複雑そうな顔をする。

 苦しそうな、悲しそうなそんな顔。

 母さんや弟達に聞いたところ、記憶喪失中の私と大地はとても仲がよかったらしい。


 何故、危険な工事現場に入ったりしたのか。

 それを尋ねれば、大地はそこに私の帽子が飛んでいって、それを取るために入ったんだと言った。


 私のクローゼットに入っている、あんな乙女チックでふりふりな服に似合う帽子は、そうそうない。

 あの服に似合うのは、フリルのいっぱいついたヘッドドレスくらいだ。


 おそらくは嘘。

 大地は自分がそう思ってなくても、周りを円滑にするためなら、笑顔で嘘がつけるタイプだった。


 一体、私がいない間に、何があったというんだろう。

 どうにもモヤモヤとすることが多い。

 元の世界に帰ってきたはずなのに……どうにも落ち着かなかった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「メイコ久しぶり! 元気してた!?」

 その日の夕方、家に幼なじみのサキが遊びにきた。

 サキは、ポニーテールにつり目の勝ち気な子だ。

 高校卒業後に家を出たくて就職した私とは違って、現在は大地と同じく大学生だ。


「それにしても、何でメイコの家にオウガがいるかなぁ。別にあたし、あんたに会いたかったわけじゃないんだけど」

「……それはこっちのセリフだ」

 私を驚かそうとして、サキは玄関先に隠れてチャイムを鳴らしたらしい。

 なのに出てきたのがオウガだったから、物凄く不満げだ。


 私とオウガとサキは、ずっと高校時代同じクラスだった。

 この三人で行動することが多かったのだけれど、サキとオウガの仲はよくない。顔をあわせれば喧嘩ばかりしていた。


「ところで林太郎はどこ? あいつに渡したいものがあったんだけど」

 そう言って、サキがひらひらと手紙を振る。

「サキ、林太郎に何か用なの?」

 不思議に思いながら尋ねる。

 私の弟である林太郎とサキは、手紙をやりとりするような仲じゃなかった。

 ただの顔見知り程度のはずだ。


「メイコが記憶喪失の間に仲良くなったのよ。これ今日の夕方6時までに渡しといて。メイコやオウガが見るのは禁止ね」

「……何が書いてあるんだ」

 私の疑問に先回りしてサキが答え、オウガが眉を寄せる。


「教えちゃダメなことだから内緒にしてるんでしょーが。それくらいわからないわけ?」

「本当っっに、お前は可愛くないな!」

「ありがとう。嬉しいわ」

 にっこりと嫌みたっぷりに、サキがオウガに対して笑いかける。

 険悪な雰囲気だけれど、毎度のことなので気にしないことにした。


「何でわざわざ手紙なの? 林太郎のメールアドレス教えようか?」

「あいつのスマホ、壊れちゃったのよ。そういうわけだから、よろしくね!」

 お茶に誘ったけれど、これから用事があるらしい。

 じゃあねと言って、サキは元気いっぱいに去っていった。


「林太郎に手紙って、何だろうね?」

「とりあえず、ろくなことじゃないだろうな」

 疑問を口にすれば、オウガが私の手から手紙を取り上げ、封を開けてしまう。


「ちょっとオウガ、サキが見ちゃダメって言ってたのに!」

「本当に見てほしくないなら、あいつは直接林太郎に渡すし、林太郎のスマホは壊れてない。オレはさっきまで、あいつとメールのやりとりしてたからな。つまりは、逆にこれを見ろってことだ」

 私の制止を無視して、オウガは封筒の中から真っ赤な紙をとりだすと広げた。


「数字の5と、PとQと、丸が付けられたM……? この花の絵は何だ?」

 薄い赤色の便せんには、大きく書かれた謎の数字とアルファベット。

 それと花が描かれていた。


「まるで子供が出す暗号みたいなんだが……これの意味がわかるかメイコ?」

「……ううん」

「本当に?」

 再度尋ねられて、こくこくと頷く。


「まぁいい。取りあえず、これはオレから林太郎に渡してくる。」

「サキのお願いをきいてあげるの? 珍しいね」

「……何か意味があるかもしれないからな。その間、メイコは大人しくしてろ。絶対に家から出るな。いいな?」

 念を押すと、オウガは家を出てしまった。

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 お相手が別の本編「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」「オウガIFルート」もあります。 よければどうぞ。
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