【24】元の世界と再会と
「ねぇフェザー。私が元の世界に戻ったとして、どうやって異世界に行くつもりなの?」
「あの黒い竜の力を借りればどうにかなるだろう。手を貸して貰えない場合は別の方法を考える。異世界を渡る方法は、必ずあるからな」
尋ねれば、フェザーがそんなことを言う。
「それに主と使い魔の間には、強い魂の繋がりがある。兄上からそれを色々と教えてもらった。ジミーがヒルダの魂を探しに行ったように、いざとなればその繋がりを辿ることも可能だ」
「でも……使い魔契約はヒルダの体でしたものだよ?」
手の甲にある紋章を、フェザーがこちらに向ける。
「これはヒルダの紋章ではなく、主の紋章だ。使い魔契約や誓約を結ぶ際にでてくる紋章は、人それぞれ違う。メアによればヒルダの紋章は薔薇だとのことだ。イクシスやクロードにもそれとなく確認したから、間違いはない」
フェザーの手の甲にある紋章は、桜の花に似た形。
一度クロードにヒルダとの誓約の証を見せてもらったことがあったのだけれど、それは確かにフェザーの言うとおり薔薇の紋章だった。
「例えその魔法の力がヒルダのものであろうと、契約したのは主だということだ。例え遠く離れていようと、主と我はいつだって繋がっている。必ず主の元に辿り付くから、待っていてくれ」
私に見せつけるように、フェザーが手の甲の紋章にキスをする。
子供姿のときは微笑ましく見えていたキザな動作が、大人姿だととても艶っぽい。
それがまた嫌みにならなくて、様になっていて。
思わず赤くなれば、フェザーがそれを見て満足そうに笑った。
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「それではお前の魂を元の体へと戻そう」
塔の屋上で、ニコルが二十歳くらいの青年姿になる。
イクシスとうり二つのその姿に驚く。
本来の姿はこっちで、普段は力を封印されているため小さな姿をしているらしい。
「イクシス色々と……ありがとうね」
「よかったな、元の体に戻れて。屋敷のことや領土のこと、お前が心配する必要は何もないから。クロードにも全部伝えておく」
「うん。助かる」
名残を惜しむように、イクシスが頭を撫でてくる。
「なぁ、メイコ」
「何、イクシス?」
「いや……なんでもない。あっちでも、元気でな」
無理矢理笑ったような顔で、イクシスはそんなことを言う。
別れを惜しんでくれてるんだとわかって、胸がいっぱいになる。
「イクシスにはいっぱい助けてもらっちゃったね。なのに……ごめんね、約束したのに誓約解いてあげられなくて」
「気にするな。お前がいた一年近く、退屈しなかった。面倒だって思ってたはずなのにな……メイコと過ごす時間を、俺はわりと気に入ってたらしい」
名残を惜しむように、ゆっくりイクシスの手が頭から離れる。
「……じゃあな」
もう行けというように、ニコルの方へそっと背中を押された。
ニコルの魔法が展開される。
ふわりと体が浮き上がる感覚の後に、すっと意識が遠のいて。
次に目が覚めたとき、私はベッドの上にいた。
……うまくいったのかな。
ゆっくりと目を開ければ、白い天井。
薬品の香りがして、ゆっくりと身を起こす。
ベッドの横には、見知った男が椅子に腰掛けて寝ていた。
会社の同僚で、高校の時からの知り合いであるオウガだ。
大柄でがたいがよく、外国人とのハーフ。
特徴的なのはその鋭い眼光で、不良が裸足で逃げ出すくらいの強面だ。
三十代前半くらいに見えるけれど、一応同じ年……ということになっている。
私が事故に遭う直前に一緒にいた奴で、昔からの腐れ縁だ。
心配して付き添ってくれていたんだろう。
寝てる時も、相変わらず眉間に皺が寄っている。
懐かしくて、胸が締め付けられた。
一体、今はいつ何だろう。
あの事故の後、ずっと寝てたんだろうか。
ここはどうやら病院の個室みたいだ。
腕には点滴が打たれていて、腕にはギブスがあり、足は吊られていた。
カレンダーないかなと、あたりを見渡したけれど見当たらない。
「ねぇ、オウガ。今日は何月の何日?」
「……」
寝てるところ悪いなと思いながら声をかければ、オウガがうっすらと目を開ける。
「メイコ……?」
「そうだよ。オウガ、寝ぼけてる?」
「メイコっ!」
「痛い! 痛いからオウガ! 私怪我人だからね!?」
がばぁっと勢いよく抱きつかれ、脇腹が痛んだ。
オウガに話を聞けば、私が最後に記憶している日から……一年近くもの月日が経過しているみたいだった。
「もう……メイコに会えないかと思ってた。帰ってきたらまた……厄介事に巻き込まれて死にかけてるし……本当に、もうダメかと思ったんだからな」
「うん、ごめんねオウガ」
本当にわかってるのかと怒りながら、オウガは泣いている。
心配してくれてたんだなと申し訳なく思うのと同時に、そうやって私のために泣いてくれることが嬉しい。
「あの事故からずっと私、ここで寝てたの?」
「いやそれは違う。あの事故でメイコは奇跡的に無傷で助かったんだ。その後はずっと記憶喪失になってた」
「無傷……? あれ、どう考えても即死だったと思うんだけど。どうやって……?」
「……細かいことはどうだっていいだろ。生きてるんだから」
私がそこにいることを確かめるみたいに、何度も名前を呼ばれて抱きしめられる。
少し落ち着いてから、これまでの事情をオウガに尋ねた。
去年のクリスマス、私は会社帰りに乙女ゲームの続編を買いに行き、そこで事故にあった。
大きなトラックが正面に突っ込んできて、即死だったと思ったのだけれど……私は奇跡的に無傷ですんだらしい。
私は記憶喪失になってしまい、ここ一年は療養中だったのだという。
「記憶喪失中の私って、どんな感じだった?」
「悪いがオレは知らない。メイコが事故に遭って後、しばらくここを離れていたからな」
私の体の中には別の魂が入っていたと、イクシスの父親であるニコルが言っていた。
どんな振る舞いをしていたのか気になったけれど、オウガはそれを知らないようだ。
「オレがここに戻ったのは、一昨日のことだ。メイコの様子を見に来たら、また死にかけてるって聞いて……気が気じゃなかった」
「ごめん、オウガ」
怒ったように言われて、つい謝る。
三日ほど前、私は工事現場に入り、そこで事故にあったらしい。
同じ病院には、私だけでなく義兄の大地と弟の林太郎も入院しているとのことだ。
「一体何があったの!? 二人とも、大丈夫なの!?」
「心配はいらない。大地は寝てるだけだし、林太郎の怪我は回復に向かってる。メイコの両親のほうが憔悴しきってて心配だな。いきなり子供が三人、こんなふうになったら……当たり前だとは思うが」
だから両親の代わりに、オウガが私の側にいたらしい。
オウガは私の会社の同僚でもあるけれど、高校時代からの同級生だ。
義兄の大地とも友達で、私の弟である林太郎とも仲がよい。
かなり憔悴しきった顔をしていた。
「三人で工事現場に行ったってこと……?」
「いや、大地はメイコと一緒にいたらしいが、林太郎のほうは別件だ。とりあえずは安静にしてろ。メイコの両親に連絡してくる」
オウガがそう言って、私の両親を呼んでくれた。
「メイコ!」
仕事着である看護服のまま、母さんが病室に駆け込んでくる。
目元にはクマがあって、疲れてるんだなと分かる顔をしていたけれど、久々に見る母さんの顔に涙腺が緩んだ。
「本当にもう、心配ばかりかけて……!!」
「ごめんなさい、お母さん……」
抱きしめられると、ふわりと柔軟剤の香りがした。
家でいつも使っている香り。
懐かしくて、つい涙が出る。
「……メイコ、あなた今、お母さんって……」
驚いたような顔で、母さんが見つめてくる。
「もしかして、記憶が……戻ったの?」
どうやら記憶喪失中の私は、母さんのことを絢子と呼び捨てにしていたらしい。
母さんは記憶が戻ったことを喜んでくれて、少し遅れて義父もやってきた。
病室を移されて、林太郎や大地と同じ部屋になる。
私が来たとき、二人ともすやすやと眠っていた。
ぱっと見た感じ、林太郎の怪我は酷そうだ。
足には私と同じように足にはギブスをしていて、頬や手にもガーゼがあり痛々しい。
オウガの話では、一週間ほど前に階段から落ちて怪我をしたそうだ。
階段から落ちたにしては……正直、怪我の程度がでかい気がする。
「本当に階段から落ちたの?」
「本人がそう言ってるからそうなんだろ」
中学二年生の……今は一学年あがって中学三年生になった林太郎は、あまりコミュニケーションの上手な方じゃない。
根はいい子なのだけれど……少し周りから浮いている節があった。
「不良にいじめられてる……とか、そんなことないよね?」
「心配しなくてもそんなことはない。林太郎はメイコが思っているよりしっかりしてるし、俺の弟子だ。たかが不良に、こんな無様なやられ方をしたりしない」
不安になれば、はっきりとオウガが答える。
「オウガ、何か知ってるの?」
それは勘みたいなものだった。
そんな返しがくると思ってなかったのか、オウガが一瞬言葉に詰まる。
「……知ってるも何も、階段から落ちただけだって言ってるだろ。怪我も治りかけてて、もう松葉杖で歩けるんだから問題ない。それよりお腹空いたろ? お昼過ぎたから病院食も出ないし、何か買ってきてやるよ」
そんなことを言って、オウガが立ち上がる。
話を逸らされた気がしたけれど、これ以上問い詰めても何も教えてくれない気がした。
パソコンのマウスが壊れてしまって、投稿遅れました。すみません!
2/2 林太郎の学年を修正しました!




