【23】子供でなくなる瞬間
元の体に戻れる。
そう分かったというのに、何だかとても複雑な心境だ。
目の前でイクシスとニコルが打ち合わせを始め、準備が整う間休んでいろと竜族の屋敷にあるイクシスの部屋へと戻された。
「主……元の体に戻れるというのに、嬉しくないのか?」
何だか酷く疲れた気分で、髪を解いてからベッドに仰向けになった。
溜息を吐けば、話合いの間ずっと黙っていた子供姿のフェザーが尋ねてくる。
私は幽霊じゃなくて生きている。
そのことは、本当に嬉しい。
けど正直な話、こんなに急な別れは……考えていなかった。
屋敷の皆やこの世界に、すでに愛着を持ってしまっているんだと自覚する。
ヒルダとしての生活は危険がいっぱいだったけれど、毎日が新鮮で。
平和で仕事に追われる繰り返しの日々とは、全く違っていた。
思い返せば、一度自分は死んだのだと思い込んで、この世界で過ごした日々のほうが……よっぽど生きているという実感に溢れていた。
変な話だな、とは思う。
「元の世界に戻れるのは嬉しい。嬉しいよ……だけど」
――もうフェザーとは会えなくなる。
そう思えば、胸が締め付けられるように苦しい。
目元を手で隠すようにして、小さく息を吐く。
「フェザーがいないのは、ちょっと寂しい……かな」
泣いてしまいそうになるから、出来るだけ軽い口調でそう言った。
ベッドがきしむ音がして、私の顔に影が落ちる。
優しく髪を撫でられた。
「何を言ってるんだ。我は主と一緒に行くに決まってるだろう」
「えっ……?」
その言葉に驚く。
目を隠していた手をどけてフェザーを見れば、むすっとした顔をされた。
「何だ、主は我が一緒じゃ嫌なのか?」
「いやそうじゃなくて……フェザーは、ついてきてくれるつもりでいるの?」
「当たり前だろう。約束がまだ果たされてない」
今更何を言ってるんだと、フェザーは少し怒っている。
まるで最初からそのつもりだったというように。
「まさか主は、我が主を一人で異世界へ送り出すと思っていたのか」
「えっ、でも……だって異世界だよ!? フェザーはそれでいいの?」
「そこに何の問題がある。大切なのはどこにいたいかではなく、誰といたいかだろう。そもそも我は国を捨てた身だし、自分の居場所はすでに見つけた」
フェザーが大人姿になって、私に覆い被さってくる。
顔が近づいてきて、キスをされると思った。
その肩を手で押して、突っぱねる。
「そんなに簡単に決めちゃダメ! フェザーにはフェザーの人生があるんだよ!? 生まれた世界を捨ててまで選んでもらう価値は……私にないよ」
「前々から思っていたが、主の謙虚は少し度が過ぎるな。そこまでいくと卑屈だ」
フェザーは深い溜息を吐き、私の上から退くとベッドのふちに腰を下ろした。
それに習って、私もその横に座る。
「我は、主のことをずっと見てきた。だから、主がどれだけ凄い人なのかは知っている。屋敷の仲間達が快適に過ごせるように気を配っていたことも、領土のために力を尽くしてきたこともわかってる。それによって救われた奴もいるんだ。誰にでもできることではない」
「私は私のために、できることをしただけだよ。そうやって言われるほどのことはしてない」
「それだ。主はいつもそう言うんだ。自分は特別なことをしていないみたいに。飾らなくてとてもいいと、最初我は思っていた。でも……今はそう思っていない」
フェザーが私の瞳をのぞき込んでくる。
「してもらうことや、努力に何一つ当たり前などない。我らのことも、領土のことも。手を付けずに放棄することだって主はできたのだ」
「ヒルダとして心地よく過ごせるように、行動しただけだよ。フェザー達のことを思って行動したわけじゃない」
全ては死亡フラグ回避のための行動で、そんなに買いかぶらないでほしかった。
「確かにそれもあったかもしれない。でも、それだけじゃないことは我らが一番よく知っている」
ゆっくりとフェザーの手が、私の側頭部に伸ばされる。
髪を一房とって、フェザーはそこに口づけた。
「主は、我らを好きになってくれただろう? ダメなことをすれば叱るし、一緒に遊んで笑って……だから我らも主が好きになったのだ。エリオットも、ベティも。メアやアベルでさえ、今では主を好いている」
誇っていいとフェザーは笑う。
その顔がとても色っぽくて、どきりとした。
私の頭の形をなぞるように、フェザーの手が触れてくる。
その手つきは驚くほどに優しい。
「主はよく頑張っている。我が努力するたびに、兄上はいつもこうやって褒めてくれたのだ。だから我は兄上が褒めてくれる自分が好きだ。主をこうやって褒めてくれる人は、いなかったのか?」
両親は共働きで忙しくて、私は物わかりのいい子だった。
すぐに弟がきて、お姉ちゃんになって。
褒められるより、褒める側になった。
父さんが死んでからは、家族を支えて頑張らなきゃとずっと気を張ってきた。
家事も何もかも。
やらなくちゃいけないことで、それは特別褒められるようなことじゃない。
ここでの生活だってそうだ。
だからいつだって、褒められても褒められた気にはならなかった。
「我は一生懸命な主が好きだ。だが、もっと力を抜いて、甘えてほしいと思っている。手をさしのべたいと、頼ってほしいと思っている者がいることを主は知るべきだ」
大きな手で撫でられれば、安心感に包まれる。
………本来のフェザーが十二歳の子供だということを忘れて、寄りかかりそうになってしまう自分がいた。
「ありがとうフェザ-、でも」
「でもはいらない。ありがとうだけでいいのだ、主」
私の唇に、人差し指をフェザーが押しつける。
「どうせ主のことだ。どうやって異世界まで付いてくるつもりなのかとか、我が異世界でどうするのかとか。種族や年の差を気にしているんだろう。大切なのは我や主がどうしたいかであって、そんなことは気持ち次第でどうとでもなる」
きっぱりと、フェザーが告げた。
「我の人生の責任は、我が取るものだから主が考えなくていいんだ。我は我の思うように進むだけだからな。主はもっとワガママを言っていい」
「フェザーはまるで……大人みたいなこと言うのね」
「獣人は年に関係なく、変化できるようになればその瞬間から子供でなくなる。守りたいと思える相手ができた瞬間から、もう子供じゃないんだ。人間だってそれは変わらないだろう? 我からすれば、年にこだわる主が不思議に思えてしかたない」
フェザーは大げさに肩をすくめてから、私に視線を合わせる。
まっすぐ射貫くように。
「主がどうしたいのか。それを我に教えてくれ。我はそれを叶えよう。難しいことは何も考えなくていい」
まるで誘惑するような甘い声。
熱のこもった視線から、目が離せない。
「主が自分を甘やかそうとしない分、我が主を甘やかそうと決めている。主の願いを言ってくれ」
言葉を促すように、フェザーが頬に触れてくる。
手を伸ばしていい。
我慢せずに、望んでいい。
そう許された気がした。
「フェザーと……ずっと一緒にいたい」
「あぁ、ようやく言ってくれたな。主」
素直な気持ちを言葉にすれば、ぎゅっとフェザーに抱きしめられる。
その広い胸板に体を預ければ、ドキドキしているのが自分だけじゃないと分かった。
早い鼓動の音が、フェザーの胸元から聞こえてくる。
「主が望んでくれるなら、我はいつまでも主の側にいる」
ふわりと羽のようなキスが、つむじに落とされて。
幸せな気持ちに満たされた。




