【21】竜になるためのキス
すみません、予約投稿セットするの忘れてました。
「もしかしたら、主の体は生きてるのかもしれないんだな。よかったではないか! 我は全力でその手伝いをするぞ!」
屋敷に戻れば、フェザーが熱意に燃えながらそう口にした。
「フェザーは私が元の世界に戻ってもいいの?」
「あぁ。主が元の体に戻れるなら、それが一番だ」
あっさりと言われて、固まる。
イクシスでさえ寂しいと言ってくれたのに、フェザーはそんなこと欠片も思ってないみたいだった。
あんな熱烈な告白をしたくせに、なんでと思う。
フェザーなら私を引き留めてくれる。
そう、信じて疑ってなかった。
いかないでほしいと言ってほしかった。
子供っぽい本音。
それを素直に口に出すことができないのは、私が見栄っ張りの大人だからだ。
「ん? どうした主、浮かない顔だな」
「ううん……なんでもない!」
笑って本当の気持ちを押し隠すことしか、私にはできなかった。
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私の体が生きているのかどうかを確かめるためには、協力者が必要だ。
そういうわけで、その日の夜にはイクシスの故郷である竜の里へ出かけることになった。
竜の里は天空にあり、常に移動を繰り返している。
本来辿り付くことが難しい場所らしいのだけれど、今回はラッキーなことに領土近くを里が飛んでいるらしい。
「今日は名月の日で、普段旅に出ている竜族も、全員が里に帰ってくる。着くのは明日の朝ってところだが、その時間ならまだ兄もいると思う。メイコは運がいいな」
イクシスがそんなことを言う。
この距離なら、誓約によりヒルダとそう離れられないクロードを屋敷に置いていっても問題ない。
急いで支度を済ませ、クロードに領土のことを任せた上で庭へと出た。
今日は名月の日というだけあって、月が綺麗だ。
明るい月光のおかげで、イクシスやフェザーの顔がよく見えた。
「それはいいんだけど、竜の里に行くには竜の姿になる必要があるんだよね?」
「それも問題ない。前に話しただろ? 俺が竜の姿になるために必要な宝玉は、ヒルダの作った異空間の中にある可能性が高いって。キスすれば力を簡単に受け渡せる」
イクシスが移動に使う空間と違って、個人が作り出す異空間は密接に本人と繋がっている。
宝玉はエネルギーの塊みたいなもの。
異空間からヒルダの体に漏れ出す宝玉の力さえ受け取れれば、本体がなくても変身できるかもしれないと、以前聞かされていた。
力の受け渡し方法は、キス。
イクシスは何の抵抗もないようだけれど、こっちは大ありだ。
経験豊富そうなイクシスにとって取るに足らないことなんだろうけど、こっちはファーストキスだった。
この年になって、キスにこだわるのも格好悪い。
それにアメリカじゃキスは挨拶だというし、この世界でもきっとそうなんだろう。
私が重く考えすぎで、キスくらい大したことじゃない。
心の中で無理矢理自分に言い聞かせるけど、上手くいかなかった。
ちらりと横を見れば、大人姿のフェザー。
竜の里にフェザーも一緒に付いてきてくれることになっていた。
「なんだ、フェザーがいることが気になるのか? ちゃんと事前に説明して、フェザーも納得してる。そうだろ?」
「あぁ。魔力とか見えない力の受け渡しには、キスが一番なのだと聞いた」
イクシスが言えば、フェザーが頷く。
あまりのことに目を見開いた。
フェザーは私が他の人とキスしてもいいの!?
そんなこと、フェザーに限ってあるはずがないと思っていた。
なんで、どうしてと混乱する。
イクシスが私の頬の横の髪を、耳にかけた。
「……フェザーなら反対するって思ってたんだな。ショック受けすぎだろ」
私にしか聞こえない小さな声で呟く。
イクシスは、苦い顔をしていた。
顎に手をかけられて、顔を持ち上げられれば、金色の瞳と目が合う。
「……目、閉じてろ。すぐ終わるから」
「ちょっと待て、イクシス」
イクシスの言葉に悲しい気持ちで目を閉じようとすれば、フェザーがそれを止めた。
「なんだフェザー。お前もこのことには納得したはずだろ」
「あぁ。その方法はわかったと言った」
イクシスと私の間に、フェザーが割って入る。
それから私の頬を手で固定して、口づけをしてきた。
「んんっ!?」
フェザーからのいきなりのキス。
戸惑う私にお構いなく、フェザーの舌が私の舌を捕らえる。
唇を吸われて、頬の裏をなぞられ、なぶるように舌の根をくすぐられる。
純真なフェザーらしからぬ激しいキスに、翻弄された。
熱を感じるその口づけに、頭の中がかき乱されていく。
「ふっ……ん、はぁ……」
解放されたときには息も絶え絶えで、わけがわからなかった。
「よかった。ちゃんと主を気持ちよくできたみたいだな」
そんな私を見て、恥ずかしいことを満足げにフェザーは言う。
「おい、フェザーお前どういうつもりだ!」
イクシスに肩を掴まれて、フェザーがそちらを向く。
「我だって不本意だが、キスしか方法がないならしかたないだろう。腹をくくれイクシス」
「ちょ、ちょっと待て! 嫌な予感がす……んーっ!?」
酷く嫌そうにそういって、フェザーはイクシスの頬をがっちりと掴んだかと思えば。
その唇がぶちゅりと、イクシスのものに重なった。
唖然とする私の前で、とんでもない光景が繰り広げられている。
しばらくして、ぷはぁとフェザーがイクシスから唇を離し、速攻で自分の唇をごしごしとぬぐった。
「間接的でもこれくらいすれば、十分に力は受け取れただろう」
「アホか! 間接で受け渡しするなら、事前にそう言え!」
「言えばイクシスは、我とキスをしたか?」
「絶対に阻止するに決まってるだろ! 何が悲しくてフェザーとキスしなくちゃいけないんだ!」
「そういうと思ったから言わなかった」
目の前で、妙な言い合いが繰り広げられる。
恥ずかしさからかフェザーの顔は赤く、一方のイクシスは怒りのためか顔が赤い。
「というか、どうしてあそこまでした! 唇を触れあわせる程度で十分なんだよ!」
「なんだと!? そういうことは先に言っておけ! イクシスがキスというから、我はここまでしたんだぞ!?」
「フェザーお前、さてはジミーにされたあのキスを基準にしてるな!? 言っておくが、あれは上級者向けでディープな奴だからな!?」
「そうなのか!?」
イクシスの指摘に、フェザーが衝撃を受けた顔になる。
どうやらフェザーのキスが上手かった理由は、ジミーが原因らしい。
以前、魔力補給のために、フェザーはジミーとキスをすることになってしまったのだけれど。
それはトラウマ以外にも、キスのテクニックをフェザーに残していったようだ。
「最悪だ……竜にはなれても、飛べる気力がなくなった」
「贅沢を言うな! イクシスはまだマシなほうだ。我は……男が……ジミーがファーストキスだったんだぞ!?」
トラウマを思い出したのか、はたまた熱くなりすぎたのか。
フェザーの目に涙が浮かぶ。
「我が犠牲になったとき、その場にいたのに止めなかったくせに。我を見捨てたイクシスに、キスのことでどうこう言われたくない!」
「あーあれは……まぁ、悪かったとは思ってるんだ。激しすぎて止めるタイミングを失ったっていうか、それにクロードの奴がお仕置きだって言ってたし……ほら、あの後口直しに飴あげただろ?」
「そんなことで傷ついた我の心が癒えるわけないだろう!」
フェザーに責められて、イクシスが弱った顔になる。
「とにかく主とキスしていいのは我だけだ。他の奴となんて許すわけがないと、考えればわかることだろう! 我だってイクシスとなんてキスしたくないが、主のためなら堪え忍ぶ覚悟だ。帰りもこの方法で竜に変身してもらうからな!」
涙目のまま、きっぱりとフェザーがイクシスに宣言する。
何だか気が抜けて、それでいて嬉しくて。
思わず、声を上げて笑ってしまった。




