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【18】寂しさと苛立ちと

 書類の手を止めて時計を見れば、いつもフェザーが休憩しようと言ってくる時間だった。

 もう習慣のように染みついていたんだなと、そんな事を思う。

 けど休む気になれなくて、次の書類を手に取った。


 なんだか、頭がくらくらとする。

 でも、何かやってないとフェザーのことばかり考えてしまって落ち着かなかった。


「フェザーがいなくなって、そんなに心配なのか? まだ二週間だろ」

 不機嫌な声に顔を上げれば、イクシスが窓際にいた。

 腕を組んで壁にもたれかかっているその横で、カーテンが風に揺れている。


「心配はしてないんだけどね。フェザーしっかりしてるし、お兄さん達もいい人だってことは、前世でやってた乙女ゲームでよく知ってるから」

 セスタは暴走気味で俺様だけど、情に厚くて一本気のある子だし、ヴィーも優しくて思いやりがある。

 幼い頃からその気質は変わってないようだったし、預けても大丈夫だと信頼はしている。


「心配っていうより、寂しがってるわけか。どっちが子供だかわからないな」

 イクシスの言葉は、からかうというよりも棘がある。

 最近イクシスは機嫌が悪い。

 ピリピリとしたオーラを纏っていて、意地悪だ。


「ねぇ、イクシス。私何かした?」

「……メイコがずっとフェザーのことばかり考えてるから悪い」

 苛立った声で言われて、その言葉の意味を考える。


「えっとそれは……構ってもらえなくて、イクシスが拗ねてるってこと?」

「そんなわけないだろうが! 暇さえあればフェザーのことで悩んで、ときめいたり暗くなったりを繰り返して、最終的に落ち込んで。もう決着が付いたかと思えば、何度も何度も毎日飽きもせずに……俺まで影響されてイライラしてくるんだよ!」

 出した答えは見当違いもいいところだったらしく、イクシスに怒られてしまった。


「ご、ごめん……」

 つくづく感情が伝わるというのはやっかいだ。

 どうやら知らないうちに、多大な迷惑をかけていたらしい。


「メイコ、お前は……本気でフェザーが好きなのか?」

 問いかけに思い出すのは、フェザーの告白。


 好きだと、好意をそのままぶつけられて悪い気はしなかった。

 健康的な肌の色と、骨張った指先。

 大人姿のフェザーは凜々しいというにふさわしい外見をしていて、キツめにも見える瞳は意思の強さを感じさせた。

 その姿こそが、私を想っている証なんだと思うと、悔しいけれどドキドキした。

 

「……かわいいと思うし、好きだとは思うけど……そういう好きかはよくわからない。大体フェザーはまだ十二歳だし。時が経てば、フェザーの気持ちも……変わってしまうんじゃないかって思う」


 告白された後に、色々考えて出した結論。

 なのに、イクシスはそうかと気のない返事をした。

 聞いたのはイクシスのくせにと、少し腹が立つ。


 でもまぁ、イクシスの言うとおりで。

 気づけばふとした瞬間に、フェザーのことばかり考えている。


「こんなこと考えてる場合じゃなかったね。ヒルダである私には、他に考えることがいっぱいあるのに」

 死亡フラグはそこら中にあって、色恋に構っている暇はない。

 気分を切り替えようと、新しい書類を手に取る。


 村で栽培させている魔草が上手く育って、今は売り出しの段階。

 魔法学園や魔物の多く出現する地域にお試しとして置かせてもらっているけれど、しっかりとした戦略を考えていかなくちゃいけなかった。


 村の特産物にするならオースティン領産だということをアピールしていかなきゃならないし、一目で分かるパッケージが必要だ。

 その前に交通路を整備するべきかもしれない。山賊も森に住み着いてしまっているようだし、そちらもどうにかしなくちゃ。

 仕事で頭を埋め尽くそうとすれば、目の前の書類が取り上げられてしまった。


「な、何よイクシス……」

「お前、俺が怒っている理由をわかってないな?」

 ずいっと距離を縮められて、イクシスの手が顔に伸びてくる。

 額に添えられた手は、ひんやりとしていた。


「やっぱり微熱があるな。フェザーがいなくなって休みを取らないからだ。メイコお前、考えたくないことがあると仕事に逃げるタイプだろ」

 図星を付かれて黙り込む。

 

「仕事がない間は、同じ事をぐるぐる考える。それが嫌だから仕事を詰め込むんだよな」

「……まるで見てきたみたいな言い方ね」

「実際見てきたからな。この二週間そうだっただろ? クロードは誤魔化せても、俺まで誤魔化せると思うな」


 ピリピリとした空気がイクシスにはある。

 体調管理ができてないこともそうだけれど、イクシスまでも空元気で欺こうとしたことを怒っているみたいだった。

 

「メイコは俺の兄に似てるな。あいつも好きな奴ができるたびに、どうせうまくいかないって悩んで、人間の仕事に熱中するんだ。忙しいから、そっちに構ってる暇はないんだって自分を誤魔化してな。本当はそんなことどうでもいいことなのに」

 バカバカしいと言った口調でそう言って、イクシスは私の体を抱き上げると、空間を裂いて執務室から部屋へと移動する。

 

「自分が好かれるわけがない、相手にきっと好かれない。最初からそう思ってるから、自分から動かない。関係を壊したくないから、それ以上を望むのを恐れる。自分だけが好きなのが嫌で、相手への好意をひた隠す。本当面倒だ」

 ベッドに寝かせる手つきは優しいものだったのに、イクシスの口にする言葉は優しくない。


 金色の瞳に、心の中を見透かされているみたいだった。

 感情だけしかイクシスには伝わらないはずで、考えていることまでわかるわけじゃないはずなのに。


「だから別に私は、そういう意味でフェザーが好きなわけじゃ……」

 視線を逸らしながら言えば、イクシスが顔を近づけてくる。


「だったらこんなに悩む必要はないだろ。お前からは寂しい以外の、もやもやした感情が伝わってくるんだよ。何度も同じ事で悩むのは、出した答えに自分で納得がいってないからだろうが!」


 言われてそうかもしれないと、少し思った。

 けど、怒鳴ることはないと思う。

 どうしてイクシスが私のことで、こんなに怒っているのかがわからない。

 感情が伝わって落ち着かないのはわかるけど、いつものイクシスを思えば、不自然な気がした。


「ねぇ、何でイクシスが私のことでそこまで怒るの?」

「……」

 イクシスが目を見開いて、何とも言えない顔になる。

 眉を寄せたまま口を開こうとして、困ったように視線をさまよわせた。

 そのままくるりと背を向けると、ベッドの端に腰を下ろす。


「……悪い、なんかむしゃくしゃしてたんだ。多分八つ当たり……なんだと思う」

 そういって、イクシスは乱暴に自分の髪を掻きむしった。


「何か嫌なことでもあったの?」

「……」

 心配になって聞いたのに、イクシスは黙り込む。


「私には言いたくないことなら、無理して言わなくていいよ」

「そういうのじゃない。自分で理由がよくわからないんだ。何でこんなに……俺はイライラしてるんだ?」


 わけがわからないといった様子で呟くその声にも、また苛立ちがある。

 イクシスはまるで、自分の感情に戸惑っているみたいだった。

 落ち着こうとするようにイクシスは大きく息を吐いて、それから私のほうを振り返った。


「……フェザーのとこに様子見にいってみるか?」

「えっ?」

「水と貿易の国、ウンディーアなら行ったことがある。賑やかで活気溢れる場所だから気に入ってたんだ。よく知る場所だから、簡単に空間を繋げる」

 ただし竜の姿にはなれないから、空間を裂いて行くにしても時間と手間はかかるけどなとイクシスは付け加えた。


「獣人の国周辺は空間が複雑だが、あそこは単純でわかりやすいからな。人型でも半日あれば余裕で行ける」

「ホント!?」

「あぁ。そんなことで嘘をついてどうする」

 イクシスがベッドを立ち上がって、私のほうを向く。


「連れていってやるから、そうやって悩むのはやめろ。そしたら多分俺も、こんな気持ちにならないで済むはずだ」

 腕を組んで私を見下ろして、イクシスが言う。

 イライラはまだ現在進行中らしく、その表情は険しい。


「だから早く体調を万全にしろ。わかったな?」

「……うん。ありがとうイクシス」

 お礼を言えば、別に私の為にしたわけじゃないと言って、イクシスは空間に消えてしまった。

★1/12段落とイクシスのセリフを微修正しました。

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 お相手が別の本編「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」「オウガIFルート」もあります。 よければどうぞ。
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