【14】ケーキの誘惑
ジミーの魂を魔法人形の体から解き放つ作業は、無事に終了した。
領土に戻ってしばらくしたところで奇病が発生し、王子に魔法対決を挑まれたりとドタバタはあったのだけれどそれも落ち着いて、ようやく一息だ。
「これは主の分だ」
「ありがとうフェザー」
お茶をいれるのは執事であるクロードの仕事だったのだけれど、最近ではフェザーが率先してやってくれるようになっていた。
フェザー曰く、主である私を癒やすのも使い魔の仕事のうちらしい。
クロードは自分の仕事を取られたようで、少し面白くないみたいだったけれど。
執事の業務に関して、フェザーが興味を持ち始めたことについてはよいことだと思っているみたいだった。
クロードは横で私達の皿に、ケーキを取り分けてくれていた。
「ほら、アベルも」
「ありがとうフェザー」
にっこりと笑って、アベルがフェザーのお茶を受け取る。
私が話しかけても嫌な顔しかしない癖に、えらい違いじゃないかな!?
その視線は恋人にでも向けるかのように、とろっとろに蕩けまくりだ。
いずれヒルダを殺しに来る乙女ゲームの攻略対象・アベルは、基本的に誰にでも無愛想。
けれどつい最近、獣人……というか動物に甘い顔をするということが判明した。
きっかけは、この間のこと。
疲れた私はフェザーの翼の間に顔を埋めて、気力を充電していたのだけれど……。
その瞬間を思いっきりアベルに見られた上、睨まれた。
このショタコンがって呆れられちゃった!?
日々を改めてヒルダを見直してもらおうと頑張ってきたのに、努力が水の泡だよ!
そう焦る私をよそに、アベルは近づいてきて。
むっとしたように眉を寄せ、フェザーに詰め寄った。
「どうして僕が触らせてくれっていってもダメだというのに、この人には触らせてるんですか! ずるいと思います。僕にも触らせてください!」
いつも大人びた雰囲気のアベルが、まるですねた子供のようにそんな事を言ったのだ。
アベルのその様子に驚いた私だったけれど、フェザーはそうでもなかった。
「我は主のものだから当然だろう。そんなに触りたければ、主にお願いするんだな」
言い放ったフェザーに、アベルは少し悩んだ様子を見せて。
それから、こちらを見上げてきた。
「……フェザーの羽根を……触らせてください。お願いします……」
プライドの高いアベルが、私に頭を下げてお願いしてきたのだ。
あれはかなり衝撃的な出来事だった。
後でフェザーに聞けば、前々から何度も触らせてほしいとねだられていたらしい。
聞くところによるとアベルは猫の獣人・ディオと仲がよく、私がいないところではいつもディオを猫じゃらしでくすぐったり、ヒモで縛って遊んでいるようだ。
ウサギの獣人・ベティを抱っこしたり、馬の獣人・エリオットの髪をとかしてあげたり。
彼の中では蛇も動物に入るらしく、蛇の幻獣使いであるメアとも仲がいい。
フェザーいわく、アベルは動物好きなのをバレたくないのか、周りに人目がないと特にベタベタしようとしてくるようだった。
ただこの一件以来、動物好きを隠すのをやめたらしく、アベルは私の目を気にすることなく獣人の子達と遊ぶようになった。
とてもよい傾向だと思う。
「フェザー、こっちのケーキも食べますか? 僕の分もあげます」
「いいのか?」
「えぇもちろん」
アベルが優しい顔をして、フェザーの皿に自分の分のケーキを移す。
そんな顔もできたんだなぁと思うのと同時に、ゲームでのアベルも……もしかして動物好きだったのかなと思った。
ゲームでのアベルは、笑顔ではあるものの冷たい雰囲気があり、人と距離を置いていた。
そんな彼が優しい顔を向けるのは、ヴィーという少年とこの国の王子。
特にアベルはヴィーに対して甘々な雰囲気を振りまいていて。
人間不信なところのあるアベルが、どうしてヴィーを気に入っているのか。
ゲーム内で理由が明らかにされてないことと、女嫌いなのも手伝って、そっちの気があるんじゃないかともっぱらの噂だった。
思い返せば、ヴィーは獣人だったし、王子の背中には幻獣といわれる蛇がいた。
ただ単にアベルは動物好きだったんだろうと、今ならわかる。
「……すみませんがヒルダ様、じろじろ見ないでくれますか。そんなに見られてもあなたにはあげません」
じっとアベルを見つめながら物思いにふけっていたら、そんなことを言われて思わずむっとする。
「人を食い意地張ってるみたいに言わないで! そんなこと全然考えてないから!」
皿を隠すような動作までして、アベルときたら本当可愛げがない。
思わず声を荒げた私の皿の上に、横からそっとケーキが置かれた。
「大丈夫ですよお嬢様。ちゃんとお嬢様の分は、多めに用意してありますから」
ふふっと笑って、ちょっぴり得意げに私の皿に追加のケーキをくれたのはクロードだ。
さすがクロード、執事の鏡というか抜かりがない。
……って、いやそうじゃなくて。
嬉しいけど、クロードも私が食い意地張ってると思ってませんか!?
何だか物凄く悔しい……!
そして今更だけど、屋敷に帰ったらダイエットしようって思ってたんだった。
もうすでにケーキ二つ食べちゃったよ……明らかなカロリーオーバーだ。
これ以上、ケーキはいらない。
勇気を持って言おうとすれば、クロードの優しい眼差しが降り注いでくる。
メイコ様はケーキが好きでしょう? ほらいっぱい食べていいんですよ――そうオーラが語り出すようだ。
まるで孫を甘やかすおばあちゃんのようなその雰囲気に、ノーと言えるわけもなく。
「ありがとうクロード! やっぱりケーキは美味しいわよね!」
ダイエットは明日から……全力で頑張ろう……。
アベルの呆れたような視線をひしひしと感じながら、そう心の中で誓った。




