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【13】未練

「今日の収穫分です!」

 どうにかトイレに間に合い、すっきりとした心地で採取材料を持ち込めば、錬金術師がほぉと目を細めた。


「これは凄イ。協力してくれた生徒は誰ネ? 特別に追加点をあげてもイイ」

「えっとそれは……」

 先生には協力していたことは内緒にしておいてくれと、エルザからは言われていた。

 彼の背後にある机の上で、ぬいぐるみ姿のエルザが手でバツ印を作っている。

 言いよどんだ私の視線に気づいて、錬金術師がバッと素早く振り返った。


 きゃ、と声をあげて、エルザはなにごともなかったようにぬいぐるみのふりをする。

「エルザお前か。あれほど危険は犯すなといったハズね!」

「でも私、先生のお役に立ちたかったんです……!」

「お前はそこにいるだけでいいネ! そんなことの為にお前はいるわけじゃナイ!」

「じゃあ何の為に……先生は私を側に置いてるんですか?」

 声を荒げる錬金術師に、エルザが泣きそうな声で問いかける。


「大切なぬいぐるみだからと言ったはずネ。ただお前は、ワタシに可愛がられていればイイ! 余計なことは考えるナ!」

「はい……わかりました」

 何故わからないというように錬金術師が怒鳴れば、エルザが悲しげな声を出す。

 ぬいぐるみだから表情は変わらないけれど、落ち込んだのは明らかで……そこからすっと生気が抜けたというか、急に動かなくなった。


「おい、エルザはお前のために頑張ったんだぞ! そんな言い方はないだろう」

「頼んでナイ」

 フェザーが言えば、むっとしたように錬金術師は言い返した。

 部屋を後にして、なんとなく振り返れば。

 錬金術師はエルザのぬいぐるみを、苦しそうな顔で見つめていて……こんなつもりじゃなかったと後悔しているように見えた。



「一体何なんだあいつは。エルザを物としか思ってないのか!」

 怒りが収まらないらしく、最低だというようにフェザーは口にする。

「言い方は酷かったけど、先生はエルザちゃんが大切だったからあんなこと言ったんだと思うわよ。そうじゃなかったら、エルザちゃんのぬいぐるみをあんなふうに見つめたりしないもの」

 すれ違ってしまっている気がしてならなくて……どうにかしてあげたいなと思う。


「おいメイコ、他人の事情にあまり首を突っ込みすぎるなよ?」

「わかってるわよ」

 小声でイクシスがとがめてきたので、とっさに答えたけれど。

 エルザには世話になったのだから、できる範囲で協力してあげるくらいはいいんじゃないだろうかとそんなことを思った。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 午前中屋敷に戻って仕事をしお昼後に戻ってこれば、フェザーが散歩をしないかと誘ってきた。

 気分転換にはいいかもしれない。

 そう思って外に出ようとしたら、こつこつと宿屋の窓のほうで音がした。


「何だあの鳥は」

 フェザーの視線の先には、首にエルザと同じリボンを付けた鳩が、くちばしで窓をつついている。

 窓を開けてフェザーが招き入れると、鳩が近くの椅子の上に降り立った。


『ヒルダ・オースティン、ジミーの体を徹夜で調べてたら、あいつの心臓部分に厄介な魔法組み込まれてたのがわかったネ』

 錬金術師の声で鳩がしゃべる。

 どうやらこの鳩は彼からの使いのようだ。


 ジミーの心臓部分である賢者の石には、破壊防止の魔法が組み込まれていて物理的に壊すのは不可能とのことだった。

 魔力を注げば壊れるらしいのだけれど、その際には強力な魔法が発動するらしい。


「強力な魔法って、どんな魔法なんですか?」

『魂を冥界に連れていく魔法ネ。ジミーだけじゃなく、魔力注いだ奴ごと冥界行きになって、永遠の苦痛を味わうヨ』

 とんでもない魔法をヒルダはしかけてくれている。

 そうなるとジミーを壊して、魔法人形の体から壊すことは可能なんだろうか。


「ジミーを解体するのは、無理そうですか……?」

『ワタシ天才だから、不可能じゃないネ。ただ追加料金払ってもらうヨ。さすがに骨折れる仕事だからネ』

 錬金術師が要求してきたのは、ジミーの人形の体だった。


「使い道を聞いてもいいですか?」

 前に貰った手紙には、体を処分してくれとかかれてあったくらいだから、あげても大丈夫だろう。でも、どうしてそれを欲しがるのかは確認しておきたかった。

『……あれを改造して、エルザの体にするネ』

「エルザちゃんのこと、大切に思ってるんですね。なのにどうしてあんなこと言ったんですか?」

 お節介だなと思いながらも尋ねれば、長い沈黙があった。


『調合のパートナーにするなら、知識持ってる奴がよかっタ。だから、魔法使いの幽霊捕まえて魔法人形ホムンクルスにしようと思ったネ』

 しかし、そうそう幽霊なんていない。

 加えて、この世に未練がある魂は大抵自分を見失い、ゴースト系の魔物と化しているものが多いらしい。


『そんな中、エルザ見つけタ。あれは自分のことも、自分が死んだときのことも詳しく覚えてナイ。だから綺麗なままで残ってタ。楽しい学校生活を送りたいというのが未練みたいだったカラ、叶える代わりにワタシのものになる契約結んだネ』

 けど、と錬金術師は付け加えた。


『あれは強い未練持ってるわけじゃナイ。放っておけば消えて、転生してワタシの目の前からいなくなル。ぬいぐるみの体、エルザの魂を守り、閉じ込める意味も持つ。壊れたら手元に代わりがナイ。エルザは自由になル。壊れた間に……消えたら嫌ダ』

 不遜なイメージのあった錬金術師が、恐れの混じる声で弱々しく呟く。

 もしかして、ヒルダも――こんな気持ちでジミーの魂を魔法人形の体に閉じ込めたんだろうか。

 

『本当は自分で一から、エルザの体作り上げたかっタ。でも、時間がかかりすぎル。その間にエルザがいなくなったら、苦しくてワタシ死ヌ』

「お前はエルザを、動くぬいぐるみとしか思ってないんじゃなかったのか」

 質問したのはフェザーだった。

 意地悪な聞き方にも思えたけれど、フェザーにそんな意図はなく、ただ確認のような響きがあった。


『……最初は確かにそう思ってたネ。でもあれは純粋で、ワタシにないもの持ってル。今は助手としてとか、そういうんじゃなく一生側に置いておきたいとおもってるネ』

「何故それをちゃんと伝えてやらない」

『大切なぬいぐるみで、側にいるだけでいいとちゃんと伝えタ。お前達も聞いてたダロ?』

 錬金術師がむっとしたように言い返してくる。


 大切だから、側にいるだけでいいので無茶はしないでほしい。エルザが可愛くてしかたないんだ――。

 錬金術師はどうやらあの言葉で、こういうことを言いたかったらしい。


 はっきり言って、エルザには全然これっぽっちもその気持ちは伝わってない。

 言葉のチョイスを大きく間違ってしまっている。

 彼は気持ちを伝えたのに、そっぽを向かれてしまったと傷ついているふうでもあったけれど、あれじゃ誤解されても仕方ないと思った。


「大切なぬいぐるみって言われても嬉しくないですよ。あれじゃ、あなたが動くぬいぐるみをほしいだけで、エルザちゃん自身の心はいらないって言ってるみたいです」

『……そんなつもりはなかっタ』

 指摘すれば錬金術師が思いつきもしなかったというように、驚いた声を出す。


「それでも、あれじゃそうとしかとれませんよ。ちゃんとエルザちゃんが大切で、ぬいぐるみの体が壊れたらいなくなることが嫌だったって、言ってあげてください」

 アドバイスすれば、錬金術師は小さくわかったと答え、鳩が飛び去っていく。


「エルザちゃん、どうにかなりそうね」

 嬉しくなって話しかければ、フェザーは難しい顔をしていた。

「フェザー?」

「あ、あぁ。そうだな」

 どうやらぼーっとしてたみたいだ。フェザーらしくないなと思う。


「どうかしたの?」

「……主には未練はあるのか?」

 先ほどのやりとりを見て、それをずっと考えていたらしい。

 尋ねられて少し考える。


 生きていたときの未練、やりのこしたこと。

 ヒルダとして生きるのに必死で、あまり考えたことはなかったかもしれない。

 したいことはいっぱいあったはずなのに……聞かれるとすぐには思いつかなかった。


「普通に好きな人ができて、結婚して、子供産んで。いつかはそうなるんだって、漠然と思ってたけど。何かをやりたいっていう強い願いみたいなものはなかったかな」

 こうして考えると、日々を大切に生きてなかったように思える。

 やりとげたいこととか、目標とかそんなものは特になかった。

 子供の頃はいっぱい夢があったはずなのに、大人になるってそんなものなのかもしれないなと思うと、少し寂しく思う。


「主に未練は……ないということか?」

「うーん、しいていうならまともな恋愛を一度くらいはしたかったかな!」

 ははっと笑いながら口にすれば、フェザーが私を見つめてくる。

 フェザーらしからぬどこか切なげな眼差しに、胸が跳ねた。


「主も……いつか我の前からいなくなるのか?」

「えっ? 何て言ったの?」

 その声は小さくて聞き取れなくて、もう一度尋ねれば。

 フェザーは何でもないと首を振って、黙り込んでしまった。

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 お相手が別の本編「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」「オウガIFルート」もあります。 よければどうぞ。
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