【11】大人になってから
三十九階まで辿り付いたところで鐘がなり、城から引き上げる
空には星々が輝いていて、あたりはすっかり暗くなっていた。
「エルザちゃんも今日はありがとう。突然のことなのに、付き合ってくれて助かったわ。悪いとは思うんだけど、明日もまたお願いできるかな?」
「はい、ぜひ!」
頼み事をすれば、エルザはいい返事をくれる。
嫌な思いもさせたはずなのに……本当にいい子だ。
「俺は先に休む。夕食は代わりにエルザを招待してやればいい」
イクシスが異空間に消えてしまったので、エルザを誘って夕飯を食べることにした。
外出許可の手続きをとって、クロードが予約してくれた店に連れていく。
彼女は緊張しているみたいだった。
「エルザちゃんは、どうして私達を手伝おうなんて思ったの? 高等部の二年生で三十階までクリアって相当高いけど、もしかして最上階攻略を狙ってるとか?」
城の十階までクリアしていれば、魔法学園の高等部を卒業できる。
三十階まで到達できれば、もう一人前と名乗っていいレベルだ。
ちなみに城は五十階まである。四十階から先は一つの階ごとにボスがいて、攻略がとても難しかった。
「私の家は代々魔法使いで、学園関係者が多かったんです。幼い頃から無理矢理城に連れていかれて……この階層までクリアしていただけの話です」
よく聞かれることなのか、準備してきたようにエルザが答える。
なるほどねと納得した。
「私、その……先生の役に立ちたくて。要領があまりよくないから、研究を手伝わせてもらえないので、せめて採取作業くらいはと」
もじもじとして、顔を赤らめながらエルザは口にする。
どうやらエルザはあの錬金術師の先生が好きらしい。
「へぇ、エルザちゃんあの錬金術師の先生のことが好きなんだ?」
「す、好きだなんてそんな!」
慌てた様子でブンブンと手を振るけれど、それは肯定と変わらない。
甘酸っぱいなぁ。好きな人の力になりたいってやつね。
こんなに可愛い子に健気に想われて、あの先生も隅におけない。
よくよく考えれば、高等部の生徒であるエルザが大学部の研究棟にいたのも不思議な話だった。
「我らがあの男からの依頼で採取作業をすると知っていて、立候補したのだな。あれは部屋の中での話で、一切お前に告げてないのに……どうやって知ったんだ?」
ほのぼのとしていたら、ずっと黙っていたフェザーがふいにそんなことを口にした。
フェザーがエルザに投げかける視線は、鋭い。
たしかに言われればそのとおりで。
はっとしてエルザを見れば、あきらかにうろたえていた。
「えっと、その……」
「お前は人ではないな。何者だ」
断言したフェザーに、エルザが俯く。
次の瞬間、エルザの姿が消えた。
「なっ!」
驚いて椅子から立ちあがれば、もぞもぞとテーブルに登ってくるクマのぬいぐるみの姿があった。
「すみません、騙すつもりはなかったんですけど……私、先生の作った魔法人形なんです。皆さんが部屋を訪れたときは、机の上にいました」
ぴょこっと手をあげて、クマのぬいぐるみもといエルザが挨拶してくる。
その愛らしい動作に、心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
「可愛い! あの先生の魔法人形ってどういうこと? 腕輪持ってたから、学園の生徒なんだよね?」
エルザを両手で抱き上げながら尋ねれば、こくりと頷く。
細かいところまでよくできたぬいぐるみで、頭にはエルザがつけていた可愛いリボン。
学園の制服を着ているのがまたキュートだった。
話を聞けば、このぬいぐるみは先生が用意したものらしい。
エルザによればこのぬいぐるみは、先生のたった一人の友達なのだという。
先生はこのぬいぐるみに命をふきこみ、自分の使い魔にしようと考えたのだということだ。
「ぬいぐるみって……あの男そんな年でもないだろう」
フェザーが眉をよせる。
錬金術師の先生は四十代くらいの男だ。ぬいぐるみを大切にするような年でもないし、そんな趣味があるようにも見えなかった。
「先生がそういってましたから、そうなんですよ。先生は大切なぬいぐるみだからって、魔物との戦闘や採取作業を私にやらせてくれないんです」
本当困ってるんですといいながらも、ぬいぐるみは身をくねらせて幸せそうだ。
大切にされている、というのが嬉しいんだろう。
「私、元々この学園の生徒だったんですけど、死んじゃったみたいで。先生がそんな私を見つけて、また学園に通わせてくれてるんです」
ふふっとエルザは嬉しそうだ。
彼女はどうやらジミーや私と同じ、幽霊のようだった。
年齢のわりにクリアした階層が高い本当の理由は、生前のエルザがそこまでクリアしていたかららしい。
学園は一定の実力があって魔法を使えれば、相手が何であろうと入学を受け入れるらしく、エルザはぬいぐるみの体で学園に通っているとのことだ。
学園から与えられた人の姿を保つ魔法道具を使えば、問題はないらしい。
「というか、ぬいぐるみなのにご飯は食べられるんだ……?」
「はい、栄養にはなりませんが、味はちゃんとするんですよ! そういうふうに先生が設定してくれたんです!」
人型に戻ったエルザと引き続き夕食を食べてから別れる。
宿の部屋にいけばイクシスが待っていた。
「あれイクシス休むんじゃなかったの?」
「屋敷の部屋に帰るのか、それともここで休むのか聞きそびれたと思ってな」
イクシスは一度行った場所に空間を繋ぐことができる。
ここの場所は覚えたから、私一人なら自由に屋敷へ連れ帰ることが可能だとイクシスは教えてくれた。
「今日はここで休もうかな。明日は朝早くから魔法の特訓をお願いしたいんだけど……ダメかな?」
「わかった。じゃあ起きたら呼べ」
お願いすればイクシスは頷く。
ドアをノックする音が聞こえて、そちらを向けば次の瞬間にはイクシスはいなかった。
なんだかちょっぴりそっけない。
フェザーとのことを気にしてるんだろうか。
そんなことを思いながらドアをあければ、訪ねてきたのはフェザーだった。
「夜中にすまない。少し話があるんだが……いいか?」
別にいいよと部屋に入るよう促せば、フェザーはここでいいと断ってくる。
「メイコは……あの竜のことが好きなのか?」
「はい?」
唐突な質問に、思わず聞き返す。
「もしそうなら、我は……考えを改めようと思う。確かにあの竜の言うとおり、我はお前に自分のルールを押しつけていた」
しゅんとした様子で、フェザーは呟く。
「わかってくれたならいいのよ。フェザーはまだ若いし、私以外の素敵な奥さんが見つかると思うわ!」
イクシスの言葉はきつかったけれど、よい方向に働いたらしい。
別にイクシスを好きとかそういうわけではないけれど、これはこれでいいかと思った。
これで一件落着だなと考えていたら、フェザーが眉をひそめた。
「我の妻はメイコ一人だ。これは変わらない」
「えっ?」
てっきり夫婦関係(?)を解消しようと言われていると思い込んでいた。
首を傾げれば、フェザーがさらに続ける。
「お前にはお前のルールがある。我の気持ちを誰も束縛できないように、お前を束縛することもまたできない。お前が我の他に夫を取るというのなら……我は、我は……それを受け入れよう……!」
苦渋の決断だという様子で、フェザーが口にする。
どうしてそっちの方向に考えが行っちゃったのかな!?
まるで私が気の多い人みたいじゃないの!!
ヒルダじゃあるまいし、私はハーレムなんて望んでないからね!?
「私は夫を複数取る気はないよ! 元の世界でも一夫一妻制だったからね!?」
「そう……なのか? なら、我は……捨てられるのか……」
慌てて言えば、悲しげにフェザーの顔が歪む。
そんな弱った顔をされるとは思ってなかったから、ぎょっとした。
「やっぱりフェザー、部屋の中で話そう!」
「しかし、この時間に女の部屋に入るのは……!」
この間まで夫婦だのなんだの言ってたくせに、今更何を言っているのか。
無理矢理連れ込んで椅子に座らせれば、居心地悪そうにしていた。
「いい、フェザー。結婚っていうのはね、そもそも好きな人同士がするものなの」
物凄く青臭いことを言ってるな、と頭で思いながらも口にする。
「メイコの国ではそうなんだな」
「いや、どこでも共通だからね? フェザーの国では違ったの?」
「王族の結婚は自分で決められない。最初に大人にしてもらった相手と、添い遂げられないこともよくあるし、愛人も普通だ」
淡々とフェザーは口にする。軽蔑するように。
「我はそういうのが嫌なのだ。夫婦になったからには、ちゃんと相手を大切にしたいし、想われたいのだ。だがそれも……我だけの想いではできないんだと知った」
切ない目で、フェザーが口にする。
やり方はズレていると思うけれど、フェザーの想いはどこまでも一途だ。
「……フェザーはまだ子供なんだから、そんなに慌てなくていいのよ。ちゃんと大切にしようとしてくれてるのは、わかってるから」
今時珍しいくらいに、古風で一本筋が通っている。
そんなフェザーのことが、私は結構好きだった。
目の前に膝をついて、目線を合わせる。
「あのね、フェザー。私はやっぱり結婚するなら、自分を好きだって人がいいわ。でもフェザーはそういう意味で私のことを好きじゃないでしょう? 義務みたいに結婚されるのは嫌なのよ」
「我は……」
フェザーは眉をよせて、何か言いたそうにした。
けれど結局口をつぐむ。
「フェザーはまだ子供だし、大人になって色んな女の人を見て、それでも私が好きだっていうなら……その時にまた考えましょう? それまではちゃんと待ってるから」
長い長い沈黙の後。
フェザーは、分かったと一言呟いた。




