【1】少年達と養子縁組
お待たせしました。一周年記念の「フェザーのIFルート」となります。
「本編前悪役」を読んでなくても読めるようになってます。2話くらいまでは、本編の1~12話とほぼ変わらない内容の予定です。
「ん……」
目覚めれば、見知らぬ部屋。
ここどこだったけな……と考えてから、自分が転生したことを思い出す。
もうこの体になってしばらく経つのに……未だになれない。
私は、前世で普通のOLだった。
女性向け恋愛シミュレーションゲーム――通称乙女ゲームをプレイすることが趣味で、その中でも『黄昏の王冠』というゲームが大好きだった。
現在、私がいるのはその『黄昏の王冠』によく似た世界。
会社帰りに交通事故に遭い、死んでしまった私は、どうやらこの世界に転生したらしい。
西洋ファンタジー風味の、魔法もありな世界。
死んでしまったのは悲しいけれど、大好きだったゲームの世界に生まれたなら、それだけでウキウキしそうなものだ。
けれど、始まった第二の人生……そう甘くなかった。
私が生まれ変わったのは、よりによってゲームの悪役だったのだ。
主人公のライバルならまだよかった。
少なくともライバルキャラなら、ゲームの中でまだ生きている。
しかし、残念なことに……私はゲーム開始前に死亡している悪役だった。
ゲームの攻略対象・アベルにより、本編前に殺されている……そんなキャラだったのだ。
アベルが、ヤンデレになる原因を作った悪女。
それが今の私――ヒルダ・オースティンだ。
歳は二十歳で、金髪に碧眼。
半分人間、半分エルフで、お金持ちの未亡人。
加えて整った顔立ちと、すばらしいおっぱいの持ち主だ。
見た目だけならパーフェクトなヒルダだけれど、彼女はドSな暴君で。
あらゆるところから、恨みを買いまくっていた。
ヒルダを狙って暗殺者はひっきりなしにやってくるし、彼女を憎んでいる者は屋敷内にも多い。
そして何より……ヒルダは手遅れなショタコンだった。
私が前世の記憶を取り戻した時点で、すでに屋敷には十三人の少年達が。
どれも粒ぞろいの美少年だったけれど、一癖も二癖もある子ばかり。
唯一の救いは、ゲーム開始まで五年の月日があるということだった。
少年達をまともに育て上げて、領地もしっかり運営して。
アベルからも恨まれないように優しく接して――どうにか生き延びよう!
そう、私は心に誓った。
そのために必要なのは、やっぱりコミュニケーションだ。
私は、少年達に積極的に関わっていくことを決めた。
後ろ盾のない彼らを、オースティン家の養子として迎え入れよう。
そんな思いつきから、養子縁組を組むことにしたのだけれど。
結果から言うと、身分のない日本で暮らしていた私は……考えが甘すぎた。
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「はぁ……」
昨日のことを思い出して溜息をつく。
屋敷の少年達の中には、獣人と呼ばれる種族の子たちがいる。
獣人は人間と似た見た目に、動物のような耳や尻尾、翼などを持つ種族だ。
彼らはこの国では奴隷身分。
どうしてもそれが嫌で。
貴族であるオースティン家の養子にしてしまえば、解決じゃないの!って私は考えたんだけど……。
奴隷身分の獣人を貴族にすると、周りの反感を買ってしまう。
だからダメだと、執事のクロードに説得されてしまった。
確かにそうだよね……。
私が非難されるだけならいいけど、獣人の子達に心ないことを言う人もいるだろうし。
クロードの意見を取り入れて、獣人の子達の養子縁組は一旦保留することにした。
けど、私は彼らに養子にするよと話した後で。
これから彼らに説明しに行かなくちゃと思うと、気が重かった。
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「そっかぁ……ちょっと残念」
ウサギの獣人・ベティの白くて長い耳が、まるでロップイヤーのウサギのごとくペタンと折れる。
ベティは見た目年齢・七歳くらい。
エプロンドレス風の執事服を着ており、腰まである金髪に林檎のような紅の瞳。
どう見たって美少女にしか見えないけれど、れっきとした男の子だ。
屋敷にいる獣人の少年四人のうち三人は、花街の出身。
ヒルダが金にものをいわせて彼らを買い取り、屋敷に置いている。
ベティもまた花街の出身者なのだけれど、甘え上手でノリがよく、養子縁組の話を一番喜んでくれていた。
「オースティン家の子になって、私の家族にならない?」
養子縁組を切り出したときの、ベティの顔を思い出せば……胸が苦しくなる。
「もう……店に戻らなくてもいいの?」
「当たり前でしょう?」
私の言葉に、ベティはポロポロと涙をこぼしていた。
「ぼく、獣人だよ? なのに……いいの?」
「そんなこと関係ないわ。私はベティを可愛いいもう……弟だって思ってるから」
「お姉ちゃん!」
嬉しくてしかたないと抱きついてきたベティを、ぎゅっと抱きしめ返して。
養子縁組を切り出してよかったと、そう考えていた昨日の自分を殴れるなら殴りたい。
「まぁ、しかたないよね。オレ達は獣人だから。ペットはペットらしく、身分相応がいいってことだよ。ちゃんとわかってるから、お姉ちゃんは気にしなくていいよ?」
申し訳ない気持ちになる私に、猫の獣人・ディオが励ましてくる。
ディオもベティと同じく花街の出身者だ。
けれど、その言葉には悲壮感も、私を責める棘もない。
この結果を、ディオは予想してたみたいだ。
ディオは、人懐っこいけれど気まぐれ。
ベティと違ってどこか運命を受け入れているというか、自分の立場を踏まえて振る舞っているところがあった。
、
期待するほうが間違ってる。
そう言いたげなディオが――悲しい。
なのに、今の私には……その言葉を否定することができない。
自分が情けなくて仕方なかった。
「……本当に、ごめんなさい」
うつむく私の服が、クイと引っ張られる。
そちらに目をやれば、真っ黒な光のない瞳と目があった。
二人と同じく花街出身者である、馬の獣人・エリオット。
彼のその柔らかな白い髪を撫でれば、スプーンのような耳がぴくぴくと動いた。
「エリオットもごめんね。期待させておいて……ちゃんとできなくて」
「最初から、期待してない」
謝れば、グサリと胸に刺さる一言が返ってくる。
「ごめんなさい……」
浅はかな自分の行動を恥じていたら、違うとエリオットが呟く。
「別に養子でも、そうでなくても。どうでもいいって……言いたかった」
「どうでもいい……」
確かにこんな結果になってしまったけれど、私としては結構考えたつもりだった。
それをどうでもいいと言われてしまうと、それはそれで胸にくる。
余計に落ち込んで無言で沈めば、エリオットがまた服を引く。
「どうしたのエリオット? まだ言い足りないことがあるなら言って。私が悪かったんだから、遠慮なんてしなくていいわ」
非難はちゃんと受け止める。
その覚悟で言えば、エリオットが視線をディオへと向ける。
真っ黒な猫の尻尾をうねらせて、はぁとディオが大きな溜息を吐いた。
「そうじゃなくて、エリオットは気にするなって言いたかったみたいだよ?」
ディオの言葉に、無表情のままエリオットが頷く。
どうやら、エリオットなりに気遣って、励まそうとしてくれていたようだ。
「ありがとね、エリオット。それと本当に……ごめんなさい」
もう一度三人に謝って、私はその場を後にした。
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「おいヒルダ。クロードから聞いた。獣人だけ養子縁組をしなかったんだとな」
獣人の子達との養子縁組を断念して、しばらく経ったある日のこと。
鷹の獣人フェザーが、私に声をかけてきた。
フェザーは、屋敷にいる獣人四人の中で、唯一花街出身ではない。
獣人は、ある程度の年齢で見た目と精神の成長が止まってしまう種族だ。
何もなければずっと子供のままで、まさにショタコンのヒルダさんにとってうってつけと言える。
ちなみに、彼らは恋をすることで大人へと変身できるようになり、完全な大人になるには好きな人と体で結ばれる必要があった。
そういうわけで、フェザー以外の三人は少年の見た目をしているけれど、実年齢は高い。
しかし、フェザーだけは見た目も年齢もそのままの十二歳。
私に対して反抗的で、話しかけてもムシされることが多かった。
養子になる意思を確認したときも、
「誰がお前の養子になるか!」
なんて、烈火の如く怒鳴られて……まともに取り合ってもらえなかった。
他の獣人達を養子にすると宣言したのに、撤回したことで……フェザーは不信感を募らせているようだ。
苛立ったように翼をばたつかせ、敵意の滲む視線を向けてくる。
「獣人は奴隷の身分だから、いきなり貴族にしちゃうと後が大変らしいの。それで一旦どこかの学校に入ってもらって、平民の身分になってからって事になったのよ。二週間前にも話したと思うんだけど」
「そんなの聞いてない。我にはわかっている。どうせ我らが人間でないから、すぐに捨てられるようにしたんだろう」
「それは違う!」
即座に否定したのだけれど、フェザーは全く信じてない様子だ。
「そもそもお前は、人の子であるあいつらも含めて……大人になったら捨てるつもりなんだろう? ギルバートのように」
フェザーが、蔑むように吐き捨てる。
「……ギルバート? 誰それ?」
少年たちの中に、そんな名前はなかったはずだ。
首を傾げてから、失言した事に気づいた。
フェザーの目に――激しい怒りの炎が灯っていた。
「お前ってヤツは! お前のようなヤツを愛して大人になったギルバートを、覚えていないだと! 大人になればもう用済みで、存在すら頭の中から消すのか。そんなのギルが、あいつが……報われないではないか!」
フェザーは声を荒げ、顔を真っ赤にして怒鳴る。
何のことだか、身に覚えがない。
けれど、フェザーの地雷を踏んでしまったことだけは、はっきりわかった。
「殺してやる……」
フェザーが指先に力を込め、そこから鋭い爪が伸びる。
まずい!
そう思ったときには遅く、その手は私の目の前に迫っていて。
思いっきり、目を閉じた。
「はいはい、そこまで。ご主人にお痛は駄目ですよっと」
しばらくしても痛みはなくて、少し面倒そうな声が聞こえた。
目をあければ炎を思わせる赤い髪。
背の高い青年が、私を庇って立っていた。
ぐぐっと手をひねり、青年が軽く突き飛ばせば、フェザーの体が思いのほか遠くまで吹き飛ぶ。
「大丈夫だったか、ご主人?」
くるりと振り返った彼は、気だるそうな表情。
歳は私とそう変わらない、二十代くらいだろうか。
頭の側面には、くるくるとした羊のような角。それでいて赤いトカゲのような尻尾と、同じ色をしたコウモリみたいな翼があった。
「えぇ、ありがとう。あなたは?」
「……記憶喪失になったのは知っていたが、まるで別人みたいだな」
お礼を言えば、赤毛の青年が目を見開く。
「俺はヒース。あんたの守護竜だ」
嫌味のような口調で、ヒースが自己紹介する。
その態度には、明らかな敵意があった。
助けてくれたから味方かと思えば……それは違うみたいだ。
「あんたが死ぬと守護竜の俺も死ぬ。だから、助けたんだ。前みたいに勝手に死にかけられても、迷惑だしな。そこ重要だから、ちゃんと覚えておけ?」
善意から助けたわけじゃないんだ。
そう念押しするように言うと、ヒースはその場から姿を消してしまった。
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★本編との違い(本編【1】~【7】あたり)
◆特になし
★6/23 文章を修正しました。内容に変更はありません。