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第三十七話 『ベリアルの友人』 5. 水杜茜

 


 教室内で校内新聞を囲む集団があった。

 その中心となるのが、光輔、みずき、茂樹といったメンバーであり、見開きで特集されたその記事を食い入るように読み漁っていた。

 学園祭のミスコンで三代目プリンセス山凌となった茜のものだった。

「すごいね、あかねちん。ぶち抜きの特集なんて、ゆうちゃんに続いて史上二人目だよ。違うかもだけど」

 ふんごーと鼻息を荒げるみずき。

 紙面には多くの写真が掲載され、ミス山凌の戴冠時のものや、新旧制服姿、元陸上部であることを語る上での体操服を着たものもあった。

 サービスカットを兼ねた体操服スタイルでのインタビュ~の模様を、光輔と茂樹が読み上げる。

「『スタイルいいですね』」

「『ありがとうございます。てか、ガリガリで手足が長いだけなんですけどね~! ムチのようにしなる手!』」

「『いたっ!』」

「『あ、当たっちゃった。大丈夫』」

「『ええ、大丈夫です。いきなりほっぺたにフルスイングでバチッときましたが、涙ぐんだだけでなんとか持ちこたえられました』」

「『ごめんなさい。虫が止まっていると思ったらホクロだったからつい』」

「『ホクロだったから?……。ええと、前の学校では何て呼ばれていましたか』」

「『同級生からはパーピーちゃんとかオリープオイルとか呼ばれてましたね』」

「『最初の方は有名なお人形さんの名前ですね。どちらも背が高くてスタイルがいいのが共通しています』」

「『陰ではアメンボちゃんと呼ばれていたようでやすが』」

「『アメンボちゃん?……』」

「『アメンボ赤いなあいうえおのアメンボです。いや、アメンボは赤くないでしょーが!』」

「『……。ええと、中学生の時もですか』」

「『パーピーちゃんは中学校の時からですが、裏の通り名の方はアシダカグモでやんした。てやんでえ、ひでえな、おい!』」

「『アシダカグモ……』」

「『ゴキブリとか食べちゃうすごい子です。夜中におトイレとかいこうとして廊下で鉢合わせするとドキッとします。こう、シャカシャカシャカって速いし。びっくりして心臓止まるっちゅうねん! クラスにゴキブリ君っていう嫌われ者の男子がいて……』」

「『ええ、もう結構です』」

「『ちなみに小学校の時のあだ名はそのものずばり女カマキリでした』」

「『は?』」

「『クラスに女子にすぐエッチなことをしてくる嫌われ者の男子がいて。ゴキブリ君っていうんですけど……』」

「『ですからもう結構ですよ』」

「『てか、虫ばっかりやん!』」

「『……そうですか。まわりのみなさんもお人形さんのように見ておられたのですね。さぞかしおモテになられたことでしょうね』」

「『いえいえ、そんなことおまへんがな』」

「『……。今、ご自分の中でブームみたいなものはありますか』」

「『ブームってわけでもないんですけど、今さら柊のソナタとか観ちゃってますかね。でも結構冷めた目線で観ているんで、韓流ブームの時の人達みたいにハマってるってまではいってないですよ。せいぜい録画しといたやつを夜中まで繰り返し観たり、セリフを覚えてヒロインになりきっている程度です。ガッツリ観てる感じじゃなくても、十回くらい観ると自然にセリフとか覚えちゃう方なんですよ、私って。レンタルは一応新作旧作問わず話題作を一通り借りまくったので、とりあえず新作のチェックを毎週かかさずしているくらいかな。意外と無名の人の中にも掘り出し物があったりするんですよお!』」

「『ガッツリ韓流ブームですね』」

「『あだだがすぎだがだあ!』」

「『……最近、気になっていることとかは』」

「『ザザザざんのなび平どんの声が気になっています』」

「『はい?』」

「『最近っていうか、前からだったんですけど、中の人がかわってから、あれ? これってどうなんだろ? いやいやいや、やっぱりちょっと気になるなあ、って感じで』」

「『……ええと』」

「『あとあの丸呑みするところとかも気になりますね。私も丸呑み派なので』」

「『ええと、陸上部だったそうですね……』」

「『んっが、ふんぐっ!』」

「『陸上部だったそうですね!』」

「『へい、中学の時はでやすが。前の学校ではコーラス部でした。ちょっくら歌いましょうか?』」

「『いいえ、結構です。何故だか嫌な予感しかしませんから』」

「『じゃあ、僭越ながら一曲。んんんんん!』」

「『人の話をまったく聞かない人ですね』」

「『くちぶえ、はっなっげえっ~!(ぼえ~系)』」

「『ぐあ~、私の耳があ!』」

「(中略)」

「『……よ~どれりれりほ~ん……、えほっ! おほっ! おほうっ!』」

「『……あ、やっと終わりましたか。ふさいでもふさいでも土足で心の中に踏み込んでくるデストロイな歌声に思わず耳が腐り落ちるかと思いましたが、おかげさまでなんとか生きのびることができました。ありがとうございました』」

「『どういたしまして。おほっ! ……おえええ~っ!』」

「『……今何か出ませんでしたか?』」

「『気のせいです。……。ペッ!』」

「『今、ぺってしましたよね』」

「『だって女の子だもん。涙が出ちゃう』」

「『いえ、涙じゃありませんね。出たのは他の何かです』」

「『んんんん! 今日はノドの調子が今いちだなあ。いつもはファルセットがもっとうまく決まるのに。らあああ~、……んほっ、えほっ! おえっ!』」

「『いえ、最初から最後までしっかり裏返ってましたよ』」

「『そうですか? じゃあもう一曲だけ』」

「『いえ、結構ですってば!』」

「『はいりはりへほはっほ~!』

「(無理やり歌い出す。しかもさっきよりひどい)」

「『おい、早く窓を開けろ!』」

「(中略)」

「『……く~れ~ええてえええ~! ……。お粗末さまでした』」

「『まさにそのとおりなんですが、実はこれっぽちもそうは思ってないですね。天を衝くほどの見事なドヤ顔で、思わずインタビュワーの本分を忘れてしまいそうなくらいイラ立ちが抑えきれません』」

「『どういたしまして』」

「『ヘビメタですか』」

「『いいえ、世界名作劇場です。おほっ! ……。おえええ~っ!』」

「『……。ええと、理想の男性像は』」

「『クリリント・トーストヘッドさんです』」

「『あのクリリント・トーストヘッドですか』」

「『知ってます?』」

「『ダンディー・ハレーの人ですよね』」

「『そーそーそー! 映画、観ました?』」

「『何本かは』」

「『じゃじゃじゃ、あれ知ってます。あのセリフ! ゴアヘーってやつ』」

「『ああ、あれですね。あの有名なセリフ』」

「『そうです!』」

「『ふんごーって、すごく鼻息が荒くなってますね。ええと確か、ゴーアヘッド……』」

「『ゴアヘー!』」

「『メイクマイ……』」

「『メイクマイドラマ!』」

「『……ええと。どういう意味でしょうか』」

「『くそったれども、もっと俺様を楽しませてくれやあ!』」

「『何故だか意味だけはかなり近いですね。不思議です』」

「『キルミーベイベー!』」

「『……クリリント・トーストヘッドが理想の男性像ですか。渋いですね』」

「『はい、雰囲気が父にそっくりなんです』」

「『素敵なお父様でいらっしゃいますね。それはそのまま理想像がお父様ということでよろしいですか』」

「『はい、自慢の父です』」

「『ちなみにもう一人あげるとしたら。日本人あたりで』」

「『ハガイダー三郎です』」

「『は!』」

「『顔が父にそっくりなんです。おろろ~んて泣いてるとことか。ガリメロみたいな髪型も』」

「『あ~……。ちなみに小さい頃はどんなお子さんでしたか』」

「『キョウタローみたいなお子さんです』」

「『キョウタロー……』」

「『色白で目と口がぱっちり大きくてかわいくてすらっとしててこの子はきっと大人になったらとんでもない美人になってモデルさんになるぞってみんなから言われてて、すごい食いしん坊だったから、父や祖母がモバゲーのキョウタローそっくりだって』」

「『とにかく食いしん坊なところがそっくりだったわけですね』」

「『あ、近所の人達からはバッタちゃんて呼ばれてた時もありますけど』」

「『また昆虫ですか……』」

「『すら~っと足が長くていつも華麗にぴょんぴょんしていて、この子はきっと美人でモデルになるぞって言われてて、いじめっこの男の子を無慈悲に蹴っ飛ばしているからって。 近所にゴキブリ君ていうあだなのいじめっこがいて……』」

「『はい、ストップ』」

「『歌も教えてもらいました』」

「『ドキッ! (嫌な予感)』」

「『あんのんねん、キョウタローはね~えん!……』」

「『ぎゃあああああ! 魂が抜かれるううう~!』」

「(中略)」

「『……どい~ぬにはとってもよわいんだあっ、てさあ! ……』」

「『くぅ~……』」

「『……』」

「『?』」

「『……』」

「『……終わりましたか?』」

「『二番忘れちゃった』」

「『二番も歌う気だったのですか……。そうですか、それは幸いです』」

「『……』」

「『?』」

「『あんのんねん、キョウタローはねーんっ!』」

「『はいきた、二番思い出しちゃったー!』」

「『やっぱりわかんない』」

「『わからんのかーい!』」

「『じゃあ今度また新聞部の主催でリサイタルを開くから宣伝よろしくお願いします。みんな来て~ん、ねえ~ん、るぱ~ん』」

「『これまでの情報が正確に伝わっていれば、お客さんは限りなくゼロに近いと思います。モノマネはムカつくほど似ていないのでスルーさせていただきますね』」

「『これだからマスコミは!』」

「『ええっ! ……以上で三代目プリンセス山凌の栄冠に輝いた水杜茜さんへのインタビュ~をおわります。ありがとうございました』」

「『ありがとうございま~す。ではみなさん、来月号の特集第二弾でまたお会いしましょう』」

「『はっ!』」

「『サービスサービス!』」

「……なんだこれ」光輔が表情のない顔を上げる。「すごい。あのチンプン部がタジタジだ……」

「そのまま載せなくてもいいのにね」

 苦笑いのみずきを眺める茂樹。

「お嬢様の国からやって来たお姫様、だってよ。あいかわらず見出し、センスね~な」

「……なんだろう、お嬢様の国って」

「おまわりさんとかタバコくわえながら道路工事してる強そうな人達とかも、みんなお嬢様なんじゃねえか」

「ラーメン屋さんでちゃっちゃしてる人とかも?」

「お客さんが来ると、いらっしゃいませじゃなくて、ごきげんようって言うんだぜ、きっと」

「メイド喫茶みたい」

「疲れたサラリーマンが会社帰りに居酒屋で嫌な上司のグチこぼしながらビール飲む時もごきげんようだな」

「うい~、じゃないんだ」

「お嬢様だからな。うい~、はないだろうな」

 真顔の茂樹を、困った表情のみずきが眺める。

「お嬢様なのに疲れたサラリーマンなんだ……」

「嫌な上司もな」やにわに茂樹が騒ぎ始める。「なんだ、この新連載の、プラモ講座大地に立つ! って、クソつまんねえ。ついに美少女フィギュアを紙ネンドで作り出しちゃったしよ! 顔へろへろじゃねーか! へったくそ! 親父が熱中するわけだ、って、しねえよ!」

「ははは……」光輔、苦笑い。「うわ! 部長のメガネを勝手に取り替えちゃったよ! って企画、まだやってたんだ。ついに二ヶ月目に突入、って、いつ気づくんだろ。ちゃんと度は合ってんのかな。てか、編集長なんだからチェックで読んでてわかるはずだよね……」

「いい人なんだけどね……。……あかねちん、部屋の中でツバぺっしたのかな」

「なんかいろいろなところからクレームきそうだね」

「ヤバい橋ズカズカ渡ってるよな、水杜さん」

「またものまねしてるし。……結構気に入ってたんだ」

「篠原にもやったんだ……」

「うん。ウザかったよ。ドヤ顔で連発してたから」

「ははは……」

 苦笑いの光輔がふと表情を和らげる。

「でもさ、夕季の特集の時より明らかにおもしろいんだよな」

 腕組みをし、改めて紙面を凝視するみずき。

「あかねちん、大人気だね」

 それを茂樹が受ける。

「性格いいもんな。自分のことオタクだって素直に言っちゃってるし」

 茂樹も最近ようやく茜とお近づきになれたばかりだった。もちろんさんざん光輔に紹介してくれと頼み込んでの末である。

 それでも茜は嫌な顔一つせず、茂樹のしょーもない話に楽しそうに相づちを打ってみせたのだった。

 それでもう、イチコロだった。

「前の学校で百メートル、十二秒ちょいだったんだって。台風の日で追い風参考記録って言ってたけど。ひょっとしたら、ゆうちゃんより速いかもしれないね」

 茜の優秀さを読み上げ、みずきが夕季を引き合いに出す。

 そこに夕季の姿はなかったが、みずきの中の優れた人間像の一人として、夕季の名は常に比較対象の上位にあった。

「水杜さんてさ、なんか、いろんな人に似てるんだよな」

 ふいに始まった光輔の独白に、みずきらが注目する。

「俺の知ってる人達ばかりなんだけどさ、おっちょこちょいの年上の人とか、意地悪な知り合いとかさ。しっかりしてるところとかは、桐嶋先輩や夕季のお姉さんみたいに見える時もあるしさ。たまに篠原とか夕季みたいに見える時もあるし」

「あたしもそう思ってた……」

「篠原も?」

「うん」

「俺も! 俺も!」

 まだ結果は張り出されていなかったものの、先日終了した学期末考査で、僅差ながら夕季は久々に首位の座をあけ渡していた。

 その人物とはもちろん茜のことである。






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