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第三十七話 『ベリアルの友人』 4. 無敵状態

 


 またもや急遽の特別企画。

 現役ミス山凌学園と野球部とのエキシビジョンマッチが始まろうとしていた。

 その実、女子マネージャーのいない弱小野球部が女の子と戯れたいだけの、ただのお遊び会だったのだが。

 がしかし、夕季のホームランの噂を聞きつけた輩が大量にかけつけ、ギャラリーの数は当初の数倍にも膨れ上がっていた。

 バッターボックスから上機嫌の茜がにこにこ顔で声援に応える。

 同じ表情のまま、夕季達へと振り返った。

「うわ、恥ずかし~!」

「……」

「全然そうは見えないけど……」

「これで打てたらまた好感度上がるかな?」

「うっわ、目がギラギラしてる……」

「がんばってくだしゃい」

「くだしゃい?……」

 口をムンと結び、茜が数回素振りをしてみせる。

 夕季の振りと比べればシャープさに欠けてはいたが、華奢な外見ながら長い手足から繰り出される振り込みは、それなりにダイナミックなものだった。

「さあこい! ピッチャー、カモン! 一球入魂!」きんきん声で茜がピッチャー目がけてバットをぐいぐい差し向ける。「一撃離脱!」

「マナー悪……」光輔が一歩引き下がった。「一撃離脱ってバッターのセリフだっけ?」

「……」

「ぶっとばしぇ~!」

 夕季に連続被弾を喫したばかりにもかかわらず失意のドン底からすっかり立ち直ったエースピッチャーが、バッターボックスの茜にでれんとした微笑みを向ける。

 軽く放られた山なりのサービスボールを、茜は見事に空振りした。

「コラー! もっと真剣に投げろー!」

 ピッチャーに悪態をついた後、蒼白の顔を引きつらせ、すぐに夕季のもとへとやってくる。

「ぜんぜん打てる気しない。ねえ、どうやって打ったらいいの」

「こいつに聞いても無駄だと思うよ」

「どうして」

 光輔をじろりと睨みつけて、夕季が即興レクチャーを始める。

 それを茜は真剣なまなざしで吸収しようとした。

「打つ時に目をつむらないで」

「あれ、つむってた? 私」

「うん」

「ボールとバットが五十センチくらい離れてたからね」

「変だな、ばっちりあけてたつもりなのに。ドライアイになりそうなくらいにムキーって」

「鼻の穴の方が広がってるよ……」

「ちょっと見てて」

「うん」

「こうやってね」目を閉じてブンと素振りをする。「どう、今、つむってた?」

「つむってた」

「ばっちりつぶってたね」

「ちゅぶってましたね!」

「マジで! 全然気づかなかった!」

「でもスイングはよかったよ。ブン、て音がしたから」

「ほんと。プライアントみたいだった?」

「プライアントって……」

「危ないから目はあけてて」

「了解。あとは何がいけなかったの」

「ボールに合わせてちょっとだけ足を上げると、タイミングをとりやすいかも」

「一本足打法ってやつ?」

「そんなに大げさなやつじゃなくていいけど……」

「こう?」膝が胸に触れるほど引き上げる。「たあ!」

「そんなに上げなくてもいい……」

 腰に手を当て飲料水を飲料中の光輔に、茜が振り返る。

「見えてた? 穂村君」

「え? 何が」

「どけ~、光輔~!」

「邪魔だ~!」

「え? え? え?」

「くまさんでしゅね」

「あとは?」

「あとは……」

「マナーかな。このままだとかなり好感度下がりそうだよ」

「え! マジで!」ぽんとひらめく。「あ! じゃあさ、スイングの時にサービスでピッチャーにウインクするとかどう。うっふん、て感じで。あ、スイングとウインクでかかってる! 私ってすごい!」

「何言ってんの……」

「足もさ、もっと、こう上げて。にょきっと出して」

「もっとすごいとこまで見えそうだよ……」

「だから、どけ~、光輔~!」

「ちょうど邪魔だ~!」

「おまえらさ……」

「見えた!」

「いや、見えてないから大丈夫だよ」

「やっぱりくましゃんでしたね」

「そうじゃなくて、私のめざす道がばっちり見えたの」

「そうなんだ……」

「名づけて、うっふん足打法!」

「なんでドヤ顔でこっち見るの……」

「すごい! 今日の私、いろいろ神がかってる! あ、かかってると神がかってるで、これまたかかってる! かかりまかかかってる!」

「ぐちゃぐちゃになってるよ、もうさ……」

「よっし、打ち方はこれで完璧だわ。で、どうやってボールを打つの」

「一番肝心なところが未完成なんだな……」

「だってあんなに速い球だよ。あっという間にスパン、だもの」

「そんなに速くなかったけどな」

「軽く投げてたけど、百五十キロくらい出てたんじゃないの。本気で投げたら、二百キロくらい出るんじゃないの、あのピッチャー。大リーガーなみだよ」

「そんなにすごいピッチャーがうちの学校にいるのがおかしいと思わない?」

「古閑さんは何キロくらい出てたと思う」

「六十キロくらい……」

「速いじゃん!」

「……」

「いや、遅いよ」

「でもお父さんの運転で五十キロ出すと、こわくて寝てられないよ」

「あ~……」

「……」

 ペースを乱されながらも、夕季が真面目にレクチャーしようと努める。

「ボールをよく見て引きつけておいてから」

「出た……」

「ふむふむ」

「止まって見えたところで思い切り……」

「ほら! ほら!」突然光輔が騒ぎ出す。鬼の首でも獲ったかのようにアピールし出した。「おかしいだろ! 風船じゃないんだからさ! ボールが止まるわけないじゃんか!」

「む!」っとなる夕季。

 それでも光輔の勢いは止まらない。

「アドバイスにもなんにもなってないよ! みんながみんなおまえみたいにボールの縫い目がばっちりみえるわけじゃないんだからさ! おまえさ、もっとちゃんと……」

「わかった」

「わかったの!」

 あんぐりの光輔を捨て置き、眼光鋭くバッターボックスに舞い戻る茜。

 口もとに軽く拳を当て、何かとお近づきになろうとでしゃばってくる茂樹から教えてもらったばかりの、日本人メジャリーガーのルーチンワークを模倣する。

 そのたたずまいだけは、風格さえ感じさせるものだった。

 周囲に同意を求めた後、現役エースが今度は八分の力で放ることにした。

 それでも未経験者からすれば、十分な速球である。

 それをカッと目を見開いて迎え撃つ現役女子高生茜。

「ボールをよく見て……」軽く前側の足を引き上げ、タイミングをはかる。「止まったところで思い切り……、打つ!」

 カキン!

 小気味よい金属音を響かせ、打球はセンター前へと到達していく。

 あっ気にとられるギャラリーを尻目に、茜が一人で大騒ぎし始めた。

「当たったー! 当たったー! 当たったー!」

 大興奮のまま夕季に抱きつき、くるくると回り始める。

「古閑さんの言うとおりにやったら本当に打てたよ!」

「うん、うん……」

「古閑さんから教えてもらったうっふん足打法、すごいよ!」

「う~~~んんん……」

「命の恩人だよ!」

「ん?……」

「すげ~……」青ざめる光輔。「なんで打てんの、あれで」

「逆になんで打てないの?」

「……」

 きょとんと見つめる茜に、光輔は絶句するしかなかった。

「よし、もっかい勝負だ! 泣きの一回!」

 膝から崩れ落ちるピッチャーにとどめを刺すような茜のわがまま。

「へい、へい、へい、ピッチャー、本気でカモーン! かっとばせー、み~なもり~っ! あ~か~ね~、さあホームラン!」

「いいの」

「何?」

「さっきから好感度下がりまくってるよ……」

「やだ~、あんなすごい球がたまたま打てたなんて、マジ信じられない。まんもすごりラッキー!」

「うわあ……」

「あ、タマタマとタマがかかってる!」

「変な発音でタマタマ言うの、やめなさいって……」

「ふんごー!」

「とにかく鼻の穴がすごいことになってるからね……」

「気持ちいいけどやっぱり衝撃はすごいね。手にガツンってきた」ぽん。「あ、古閑さん、手袋貸して! エルバラの!」

「お願いだから大声で言わないで……」

「古閑さんみたいに、もっと綺麗に打てないのかな。やっぱり力がないと無理か。あ、でも古閑さんだって普通の女の子だから力で打ってたわけじゃないのか。やっぱりセンスかなあ。う~ん、悩ましい」

「どうだろ、一度こいつと腕相撲してみたら悩むのがバカらしくなるかも」

「光輔!」

「夕季しぇんぱいに勝てる人はサッカー部にはいましぇんからね」

「みつば……」

「力がなくても、もっと楽に遠くに飛ばせないのかな」

「ボールのちょっと下の方を狙って打つと遠くに飛ぶ気がする」

「いやいやいや、ボールの中心に当てた方がいいんじゃないの!」

 夕季のリア充アドバイスをまたもや否定する光輔。

 ややムッとしつつも、夕季は思いつく限りの秘伝を茜に授けようとした。

「軟式の時はボールが潰れやすいからその方がいいと思ったけど、硬式は球が重いからちょっとだけ下側をこするような感じで打つと、自然にバックスピンがかかって遠くに飛ぶ気がした」

「それって大沼さんから聞いたの」

「大沼さんはボールの中心を力を入れないで振り抜けばいいって言ってた」

「じゃあ、野球選手のインタビューとかで読んだとかか」

「なんとなく思いついて」

「自力でその理論に到達したのかよ!」

「たまたまさっきがそうだっただけだから、違うかも知れないけど」

「ほんのさっきかよ!」

「あ、タマタマって言った!」

 突如、目を輝かせて茜が大騒ぎし始める。

「いや、わざわざアクセント変えて言い直さなくていいから……」

「今タマタマって言ったよ。タマタマって。ね、古閑さん」

「……」

「タマタマ!」

「だからやめなさいって……」

「言ったよね」

「言ったでしゅね」

「川地、夕季が悲しそうな顔になってるぞ」

「すいましぇん、しぇんぱい!」

「光輔!」

「わかった。とにかくやってみるね」

「わかったって、そっちの方が難しいんじゃ……」

「さあ、こい! さ~んか~ん、あ~か~ね~、うっふん足打~法~!」

「語呂悪……」

「うっふん!」

 カッキーン!

「ほんとだ、ホームラン打てちゃった」

「ホームラン打っちゃったの!」

「すごい……」

「よく見たらカボチャでしゅたね」

「すごい、私! 山凌学園のプライアント!」

「また自分で言った……」

「打ちまくりまくりすぴーだよ!」

「ひどい……」

「古閑さんが言ったとおり、うっふん、のタイミングで合わせたらホームラン打てたよ」

「言ってない……」

「開眼! うっふん足打法改!」

 夕季の時より輪をかけてどよめきを巻き起こす現役高校球児達。

「今、ガッチャンっていったけど大丈夫か……」

「音楽室の方だけど、あんな方まで飛んだことねえからな……」

「あいつ、今日一番の全力投球だったのに……」

「女子高生に完敗する野球部って……」

「またコールド負けだな……」

「いや、あの二人が入ってくれれば、一回戦はギリで勝てるかもしれない……」

「正直、俺達がふがいなさすぎて、彼女達のすごさが今いち証明できんな……」

「とりあえず、あのうっふん足打法ってのを教えてもらおうぜ」

「すごいよ、古閑さん!」大興奮の茜がバットを握り締めたままで夕季の手を取り、くるくる回り始める。「古閑さんから教わったうっふん足打法改、すごすぎだよ。あときっとこの古閑さんから借りた幸運の手袋のおかげだよ! 幸運のエルバラだよ!」

「あ、う……」

「なんだ、幸運のエルバラって?」

「あの手袋がどうとか言ってたな」

「あのエルバラの手袋つけるとホームランが打てるのか」

「誰の?」

「古閑マティの?」

「これは! みずきからっ!……」

「しゅごいでしゅね~」

「しゅごいでしょ、私」

 目を輝かせて見つめるみつばに、茜も男前の笑顔を返す。

 そこへトラックを一周してきた田村が舌を出しながらやってきた。

「すごいっスね」

「どれくらいすごいか言ってみ」

「二村弟みたいっス」

「マニアックだな、君!」

「ちょうどくしゃみが出て打つ瞬間を見逃しちゃったんスけど」

「見てないんかい!」

「バッキシム!」

「あっははは! 変なくしゃみ!」

「がんばったごほうびに、ベーコンレタスバーガーおごるっス」

「え! マジ! 私、ベーコンレタスバーガー大好き!」

「ひっかかったスね」

「なぬ!」

「そんなものないんス」

「なんとまあ!」

「みんなよく言い間違えるんスけど、正しくはレーコンベタスバーガーなんス。ベーコンレタスバーガーなんてこの世にないんスよ」

「?」

「よく店員の前でカッコつけてベーコンレタスとか言っちゃって、あとで赤面しちゃったりするんスよね」

「……。……。あ!」

「いや、いいんだよ! ベーコンレタスで合ってるから!」

「何がスか、穂村先輩。ベーコンレタスなんてこの世に実在しないんスよ。正しくはレーコンベタススよ」

「レーコンて何」

「レーコン? 知らないスよ。なんスか、レーコンて。ゲゲゲの妖怪くんに出てくる死んだ人の魂じゃないんスから」

「ベタスは?」

「ベタスはサラダとかに入ってるやつっスよ、とか言うとでも思ったんスか。残念でしたスね。答えはレタスス。これがほんとのベタ、スね。はっはっは……、バッキシム!」

「ベーコンとレタスで」

「レーコンベタス」

「よく考えてもう一回」

「……。レーコンベタス!」

「川地、いけ」

「あい」

「ぐう!」背中に川地パンチを浴び、苦痛に顔をゆがめる。「さっきまでの記憶がすっかりリセットされたス……」

「ベーコンとレタスで」

「……レーコン、ベタス……」

「こいつ、ぶれないな……」

「何言ってんスか、さっきからおかしいすよ、先輩。ノータリンのマネスか、バッキシム!」

「うわ、つばとばすなよ!」

「はっはっは! ……。……。……。あ!」

「やっと気づいたか……」

「あ!」

「水杜さんも……」

「てっきり穂村君がノータリンになったのかと思ってた」

「もしもし……」

「ああ、今の今までずっとレーコンベタスだと信じてたっス。店員さんが笑ってたのはてっきり俺に気があるからだと思ってたのに、違ったんスね。単なるちょーしょーだったんスね!」

「おまえはすごいな……」

「ヤバいス。家族全員そう信じて疑わなかったス! 親父さんはいつもドヤ顔で一音一音区切るように発音しながら注文してたス。きっと今までずっとちょーしょーの嵐にさらされ続けてきたんスね、我が家は。そう言えば今から買いに行くってほんのさっき母からメールが」短パンのポケットから携帯電話を取り出す。「あ、やっぱりレーコンベタスになってたっス」

「早く教えてやれよ……」

「もう手遅れっス。ドライブスルーでご満悦の写真がほら!」

「ああ、店員さん、めっちゃ笑顔だな……」

「よくもだましたな、このヤロー!」

「すんまソン、先輩、今のはなかったことに……。……。……ん?」

「ん?」

「……」

「?」

「よく見ると、ゆうちゃん先輩じゃない!」

「なんじゃ、そら!」茜びっくり。「古閑さんはさっきからずっととなりにいたじゃんか!」

 茜のすぐ横で、夕季が困った顔をしてみせる。

「いや、おかしいと思ったんス。ゆうちゃん先輩が二人いたから。分裂したのかと思ってたス」

「おまえはほんとすごいな……」

「あっははは!」突然大笑いを始める茜。「よく見るとおもしろい顔!」

「水杜さんもすごい……」

「ああ、よかった。何かとんでもないことがおきたかと思ったス」

「何かとんでもないことがおきてたな、間違いなく……」

 光輔の声も耳に届かず、田村の視線はすでに茜に釘付けだった。

「よく見たら、こっちの先輩も美人っスね」

「よく見たらって、失礼だな、君!」

「いや、よく見たらマジで美人っス。この調子なら、来年たぶんミス山凌になれまスよ。俺が保証しまス。今度のミスの人なんて先輩にくらべたらぜんぜんたいしたことないっスから」

「ふっふっふ。何を隠そう、実は私がそのミス山凌の人なのです。って、ぜんぜんたいしたことないだと、おいい!」

「あ~、やっぱりっス! ど~りでよく似てたはずっス。絶対先輩がミス山凌になってたって思ってたっス」

「投票してくれた?」

「してないっス」

「してないのかい!」

「ゆうちゃん先輩の双子のきょうだいスか」

「うん、そう」

「違う……」

「ぜんぜん似てないスね」

「だったらなんで双子とか言ったー!」

「双子だからって必ず似ているとは限らないっスよ」

「それもそうだ」

「でも美人と美人ってところはそっくりスけどね。だから双子だと思ったんスね、俺。こんなとこでどうスか」

「受け取れねえ~!」

「川地、やれ」

「あいあいしゃー」

「ぐ!」

「いや、ゲンコツで後頭部は駄目だろ……」

「うわ~! 今、ゴビンっていったよ!」

「練習にもどるっス……」

「おまえ、足もとふらふらだぞ」光輔がひきつるまなざしを田村に向けた。「古~いコントみたいになってるぞ……」

「酔っ払ってお寿司手でぶら下げてる人みたい」

「さっきおじいちゃんがあの世から手を振ってたっス」

「ヤバかったな……」

「ええ、まだ生きてるのにおかしいスよね」

「……ほんとにヤバいな」

「穂村先輩、今年のミス山凌は荒れまスよ。覚悟しててください。すごい番狂わせがおきそうス」

「もうとっくに終わってるけどな……」

「失礼だな、まったくもう!」

「ひひ~ん!」

「光輔~、そいつの息の根止めとけー!」

 ぱからんぱからんと走り去っていく田村の背中を一同が見届けた後、茜がやにわに口を開く。

「ねーねー、カーブの打ち方教えて、古閑さん」

「……。カーブは……」

「ふむふむ……」

「いや、いくらなんでも無理でしょ……」

「うっふん!」

 カキン!

「あ、打てちゃった」

「ウソだよね!」

「古閑さんのエルバラ効果、すごい!」

「だからみずきから!」

「やっぱりくましゃんであってましたね」

「すごいっスね、先輩!」

 一周後即寄り道に現れ、舌を出して息を荒げる田村が茜の手を握ろうとする。

 それをみつばがフルスイングのケツバットで弾き飛ばした。

「汚いから汗だらけの手で先輩にさわるな、田村」

「ひひひ~ん!」

「あっはっは! よく見たら、けっこう男前の馬ヅラだね、君!」

「よく言われまス……、ぐ!」

「田村、一周走るたびにもどってくるな!」

「モモはやめるス、川地……」

「明日ノート返すね、田村」

「今だ、とどめ刺せ、とどめを、光輔!」

 足を引きずりながら去っていく田村を、戦慄のまなざしで光輔らが見守る。

 その中でみつばだけは笑顔の連続だった。

「しゅごいでしゅね! 夕季しぇんぱいみたい!」

 鼻息をふんごーと荒げ、憧れのまなざしで茜を見つめるみつば。

 それを茜は満面の笑みで受け止めた。

「ぜんぜんだよ。古閑さんとなんて話になんない」

「そんなことないでしゅよ。カッコよかったでしゅ」

「さ行、苦手なの」

「はい。興奮してる時にしゃししゅしぇしょって言おうとすると、しゃししゅしぇしょになっちゃうんでしゅ」

「言えてるじゃん」

「はい?」

「もういっぺん、しゃししゅしぇしょ、って言ってみなよ」

「しゃししゅしぇしょ……」

「ほら、言えた」

「……。ほんとだ!」

「ね」

「おかしいぞ、川地。気づけ、気づけ……」

 光輔の目の前で、まるで姉妹のように笑い合う二人。

 茜を中心に、野球部の面々とギャラリー達の歓喜の輪が幾重にも広がっていきつつあった。

 その様子を夕季は複雑そうな表情で眺めていた。




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