第三十七話 『ベリアルの友人』 1. 絶好調
昇降口で上履きに履き替え、夕季が自分の教室へと向かう。
後ろからおはようと聞こえ、振り返ると笑顔の茜がいた。
「おはよう、水杜さん」
「見て見て、こんなにもらっちゃった」
バッグを脇に抱え、笑顔のまま茜が両手を差し上げる。
そこにはそれぞれ、トランプのように開かれたラブレターの束があった。
「こっちの子は前にももらったな。こっちは三年の人か。あ、これ同じクラスの子だ。気まずいだろ、席となりなんだから! あ、この子、ラインでみんなにバラまいちゃって、大笑いされてた子だ。ここにきてアナログ戦法に切りかえてきたな。友達になってください、って、とっくに友達だっちゅうの」
「……すごいね」
「全然だよ。古閑さんにくらべたら。あ~、これ、筆ペンだよ、すげ~! ござるとかにんにんとか書いてあったりしそ~!」
その数は明らかに以前の夕季よりも多い。茜がミス山凌になったこともかなり影響しているようだった。
「て言うかさ、なんで今時、こんなんなんだろね。返事だってメールの方が楽なんだけどな。昭和かよ! わお、一人つっこみ!」
「……」
「さてと、返事書かなきゃ。こりゃ骨が折れるわあ」
「書くの、返事」
その問いかけに茜が不思議そうな顔を向ける。
「ん? 書くよ」
「全部」
「うん。どうして」
当然のようにそう答えた茜に、今度は夕季が面食らう番だった。
そのわけがわからず、茜はただ首を傾げるだけだった。
「おわ、すげえ」
光輔の声に振り返る二人。
そこにはあっと驚くのポーズで目を見開く光輔の姿があった。
「昭和?」
「なんで……」気を取り直す光輔。「それ、全部水杜さんの?」
「うん」
「ラブレターだろ。すごいね」
「うん、すごいでしょ。ミス山凌の栄冠をついにこの手につかんだから、今人気絶好調みたい」
「……全部自分で言っちゃうんだ」
「誰も言ってくれないから」
「あ、言ってほしいんだ……」
「わりと言ってほしい方」
「ははは……」
「結構大変だったんだよ。裏工作とかさんざんしたからね」
「したんだ……」
「いや~、苦労したよ~。色仕掛けうっふん作戦とか、学園のっとり作戦とか、駅前清掃大作戦とかさ」
「……」
「してないからね! ほんとはしてないからね! 古閑さん、信じちゃ駄目だよ!」
「信じてはないけど……」
「穂村君も」
「いや、信じてないから」
「バラしたら承知しないから! 駅前清掃大作戦は未遂だから!」
「他はやったんだ……。あ、これ筆ペンだ。なんかさ……」
「わかってるよ。ござるとかにんにんとか書いてあるでそうろうって言う気でしょ!」
「いや、にんにんはないよね……」
「ん~、やっぱないか。この辺の人の方言じゃないしね」
「あ~、あれって方言だったんだ……」
「たぶん伊賀地方のあたりの言葉なんじゃない」
「伊賀って岐阜県だっけ?」
「三重だったかな。ほら、伊賀まんじゅうって言うじゃん」
「……うん」
「あ~、でも甲賀だったかもしれない!」
屈託のない笑顔を光輔に向ける。
「穂村君からはまだもらってないよね。いつくれるの?」
「いや、そういうモンじゃないから」
「ええ~。なんか不満。友達なのに」
「友達なのにラブレター出す方が変でしょ……」
「じゃ、友達やめるからちょうだいな」
「うわ、すごいこと言い出したな」
「ねえ~ん、ちょうだ~い」
「何、それ」
「るぱ~ん、うふ~ん」
「あ、ものまねだったのか……」
「にてねー! ちょー恥ずかしー!」
「ははは、じゃ、年賀状の時に」
「あ、じゃあ私も年賀状で返事を書くから届くの遅くなるからね。クジの抽選が終わってからハズれたやつで書くから。なんっじゃ、そりゃ! わお、のりつっこみ!」
「はは、は……」
押され気味の光輔が、苦笑いしながら夕季へ顔を向ける。
「夕季、世界史の教科書持ってない?」
「……持ってるけど」
「貸して。一限目なんだよ」
「また忘れたの」
「うん。いつもは学校に置きっぱなんだけど、持ち物チェックの前の日に家に持ってったら見事に。ほんとメンドくさいったら」
「あたし達、二時限目だから、絶対持ってきて」
「うん、さんきゅ。ついでに課題も……」
「それは自分でやって。そんな余裕ないから」
「いや、提出は六限目だから時間はあるんだよ」
「まだ間に合うからあきらめないで自分の力でやってみて。残念だけどあたしもいろいろ準備があって忙しいから力になれない」
「いや、あきらめないで!」
夕季がバッグから教科書を取り出そうとする。
その時、二人のやり取りを眺めていた茜が満面の笑みで突入してきた。
「私が貸してあげようか」
二人が茜に注目する。
手を止めた夕季をちらと見て、光輔が申し訳なさそうに口を開いた。
「あ、夕季が貸してくれるって言うから……」
「古閑さんのクラス、二時限目でしょ。私達、世界史午後からだから、お昼までに持ってきてくれればいいよ」
「あ~」
夕季の様子をうかがう光輔。
次の茜の言葉が決定打となった。
「その時に課題も教えてあげるよ。お昼休みなら時間もあるし」
「マジ! なんでそんなに優しいの」
「うん。友達っていうのもあるんだけど、むしろこのチャンスにもっと好感度を上げとこうというのが真の狙い」
「あ、今ので激的に下がった感じだけど」
「マジ! じゃ、友情パワーだけってことにしとくから」
「あははは」夕季の様子をそろりとうかがう。「……ん~と」
「そうして、光輔」
夕季が教科書を押し込み、バッグを閉じる。
ややばつが悪そうに笑いながら、光輔は茜の方へと方向をかえた。
「でもなんかさ、近寄りがたいんだけどね、水杜さん達のクラス」
すると教科書を取り出しながら、茜が大げさに笑ってみせた。
「全然そんなことないよお。みんないい人達だし。なんかずっとガリガリやってるイメージはあるみたいだけれど、雰囲気は悪くないと思う。またいつでもおいでよ」
「うん。夕季がいた時はけっこう遊びにいってたんだけどさ。栗原もクラスかわっちゃったし、いきづらくなっちゃって。あ、丸もっちゃん達、まだいたっけ」
「穂村君、丸もっちゃん知ってるの」茜が嬉しそうに笑った。「いい人だよね」
「去年チョコもらった。手作りだよ。木下さんにも」
「うわ、マジ! きのっぴめ、あたしももらお」
「ははは。あ、そういや、夕季ももらったんだよね。ん?」
そこにはすでに夕季の姿はなかった。
けらけらと楽しそうに笑う茜の横で、光輔は不思議そうに首を傾げた。
放課時間に次の授業の準備をしつつ、夕季が弱く長いため息をつく。
わけはわからなかったが、なんとなく身体が重く気分がすぐれなかった。
そこで聞き覚えのある声に夕季の聴覚が反応する。
会話の主は二人。
一人は茜、もう一人はみずきのものだった。
「うっわ、あかねちん、もってもてじゃん」
「うん、なんだか絶好調。もってもて」
「否定しないんだ」
「え、ひょっとして否定した方がより好感度上がる?」
「いや、もう、好感度とか何もかも台無しだよ! よりってさ、いやらしーな、ゲスだよもう!」
「あちゃ~、しくじった! たっは~」
「手で頭ぱっちんとか、ベタだな、おい!」
「あ、ちょっと待って、やり直すから」
「やり直すって何をだよ!」
「は! ただ今、好感度向上期間中でありますから」
「言ってることは果てしなくゲスいのに、すごくいい顔で敬礼したなあ、この人!」
「そうなの。ラブレターたくさんもらっちゃって」
「勝手に始めちゃったよ!」
「なんとダンボール一箱」
「んでもってさっきより増えちゃったよ! もってもてじゃん!」
「うん、なんだか絶好調。もってもて」
「結局否定しねえのかよ!」
「ガサ入れ用のダンボール、また買わなくちゃ。てひ」
「ガサ入れ用かよ!」
「は! そうであります、みずぴー警部」
「なんとまあ、めちゃくちゃ素敵な笑顔でてひぺろだよ!」
「まぁて~、るぱ~ん!」
「自分が警部になっちゃってるし!」
「うふ~ん!」
「それ違う人! しかもちっとも似てねーよ!」
「うふふ~ん?」
「なんでドヤ顔! 自信あんのかよ! もう頭がとろけそ~だよ!」
かけあい漫才のごとく弾むように二人が言葉を交わす。
それは夕季があまり触れたことのないみずきの一面であり、長年の友人である祥子と同様、茜はそこをうまく引き出していた。
「あ、そうだ、私、小川君に用があったんだ」
「小川君なら後ろだよ」
クラス中の注目を浴びながら、みずきに案内されて茜が秋人の席へと向かう。
秋人は一瞬だけびくっと身体を反応させたが、茜の顔を見ると次第にリラックスした表情へと変わった。
紙袋を差し出し、茜が満面の笑みを秋人へと向ける。
「ありがとう、小川君。また貸してね」
「ああ、うん……」
秋人もその笑顔を嬉しそうに受け取った。
「今度私も例のやつ持ってくるから」
「あ、うん。ありがと……」
大げさに手を振りながら笑顔で消えていく茜。
それを見送る男子達の視線は、羨望と、秋人への嫉妬にまみれていた。
茂樹でさえも。
刹那、動きの止まった教室の空気を、みずきがまたまわし始める。
「何貸したの」
紙袋の中を勝手に覗き込むみずき。
「あ、『北東の県』だ。あかねちん、こういうの読むの」
すると秋人が突然落ち着きをなくしたように、おどおどし出した。
「あ、うん……」
「これって、左遷になったひ弱な公務員が、通信空手でクレーマーの住民達と戦うやつでしょ。前に弟が、実にくだらねえ~、って言ってた」
「うん、……でも、水杜さんが読みたいって言うから」
「おもしろいの」
「俺は好きだよ。穂村君も好きみたいでさ、前に貸してあげたら、それ水杜さんに言ったらしくてさ。水杜さん、少女漫画より少年漫画の方が好きなんだってさ。自分のこと、腐女子だって言ってた」
「ふ~ん」関心なさそうに頷きながら、紙袋の中を覗く。「あたしにも貸して」
「いいよ」
みずきに紙袋を差し出す秋人。
「例のやつって何」
「あ、うん。『セメント製家』って漫画」
「セメント製家? おもしろい?」
「うん、まあ。水杜さんのバイブルなんだって。ゴールドセメントのフィギュアも全部持ってるって言ってた」
「ゴールドなのにセメントなんだ……」
「川砂のかわりに砂金を使うとすごく光り輝くセメントができるって設定みたい。ゴールドセメントの職人達はそれで家を作るんだけど、骨材が入ってないから極めてもろいんだ」
「高そう……。ひょっとして、小川君も穂村君がらみ?」
「え?」
「あかねちん」
「ああ、水杜さんか。うん」
「あたしも。学園祭の準備してる時に穂村君に紹介してもらったんだけど、すごくおもしろいよね、あの子」
「あ、うん。穂村君と話してる時にいきなり話しかけられたんだけど、すごく気さくな人でびっくりした。もっと気取ってる人なのかなって思ってたんだけど、穂村君がセメント製家の話をし出したら鼻息荒くなってぐいぐい入ってきてさ。俺が持ってたエルバラ見て、こういうの苦手とか言いながらめちゃめちゃ食いついてたけど。また全部貸してって言ってたし」
「一見すごく気位高そうに見えるけど、すごく下町っ子なんだよね、あかねちん。なんでもすぐ丸呑みしようとするし」
「うん、気位とかよくわかんないけど……。丸呑み?」
その時遠くから二人を眺めている夕季の視線に気がついた。
先にみずきが反応する。
「あ、ゆうちゃん。これ借りちゃった」
口を開いて紙袋の中身を夕季に見せるみずき。
「次、ゆうちゃん、借りる?」
「……」
何も言わずに袋の中をじっと見つめる夕季。
何故かそれをプレッシャーのように感じ、焦ったように秋人がフォローに入った。
「あ、古閑さん、こういうの読まないと思ったから。よかったら貸すけど。……いろいろ」
「……。うん。いい。ありがとう」
「いいの~」
「……うん」
秋人がやや困った顔になる。
「ガチガチのバトルものだからね。残酷なシーンとかあるし、古閑さんの好みじゃないかも」
「そうなの、これって。公務員なのに」
「うん」
みずきに聞かれ、秋人が頷く。
「打ち切りでさ、最後のやっつけ感もハンパないし」
「そうなの。どんな終わり方だったの」
「うん。最終章にものものしい感じで四市長ってのが出てきたんだけど、五話目くらいで最初の一人をあっさり倒しちゃったのに、実はそいつが四市長の中でも最強で、他の三人が束になってもまったく歯が立たないってくらい強くて、その戦いを見てた他の三市長がもう悪いことは二度としませんから許してくださいって謝って、二、三回ふわふわした話が続いた後にメデタシメデタシっていう最終回。あ、全部言っちゃった。ごめん……」
「ふ~ん……」
「あ、あ、あ」焦り出す秋人。「ほんとはもともと三年計画くらいの構想があったみたいなんだけど。シリーズが始まる直前のアンケートでダントツの最下位だったらしくて、起死回生のつもりでスタートしたのに、あえなく打ち切りになっちゃって。結局最後までずっとぶっちぎりの最下位だったみたいだけど」
自分以外の女子生徒と楽しそうに話す秋人の顔を、夕季はただぼんやりと眺めていた。
「あ~、北東の県じゃねえか!」
突然のバカでかい大声に振り返る三人。
そこには紙袋の中を勝手にさばくり、さっと一冊を取り出した曽我茂樹の姿があった。
「これおもしれ~んだよな。当たり前の苦情を言ってくる善良な市民を、性格のゆがんだ主人公が問答無用でしばき倒すんだよな。おまえの目は死んでいる! おたたたたたおたおたすんな~!」
「こういう人が好きなマンガなんだ……」
「うん……」
「……やっぱり借りるのよそうかな」
「……ははは」
「最後の四市長編てのがめちゃくちゃおもしろかったのに、なんで終わっちゃったんだろうな!」




