第三十七話 『ベリアルの友人』 OP
「礼也君」
メック・トルーパー休憩所で一穂に呼び止められ、礼也がいかにも不愉快そうな顔を向ける。
「てめえ、変な呼び方してんじゃねえ」
それに一穂が不服を申し立てた。
「いいじゃない、別に」
「よかねえだろって。なあ、光輔」
「うん、まあ、兄弟でそれは変かな」
礼也に振られ、さしさわりのない一般論を述べておく光輔。
途端に一穂の顔が不服全開となった。
「うるさいな、光輔は!」
「光輔……」
「だって楓ちゃんだってそう言ってるじゃんか」
「桐嶋とてめえは違うだろうが。てめえは俺の妹だろうが。なあ、光輔」
「あ、うん。……でも一穂なら別にいいかなって感じもするな」
「てめえ、いいかなってどういう意味だって!」
「光輔のくせに呼び捨てにするなって!」
「……俺のことは基本呼び捨てなんだよね」
「何が不満なの!」
「いや、おかしいでしょ、いろいろ……」
返す刀で一穂がキッと礼也に振り返る。
「ひょっとして、おにいちゃんとか言ってほしいの。気色悪い」
「はあ! 気色わりぃ呼び方すんな!」
取り乱す礼也を不思議そうに一穂が眺めた。
「じゃ、何」
「礼也さんって言え」
「バッカじゃないの」
「ああ!」
苦笑いの光輔。
「おかしいよね……」
その様子を雅は笑いながら眺めていた。
「それではあたしは雅ちゃんで」
「……」
ぐむむと口をつぐむ一穂。戦慄のまなざしで笑顔の雅を見つめたまま、尻込みするようにずりずりと光輔の陰に隠れた。
「びびってるね」
「……うるさい、光輔」
「はいはい……」
凪野守人は暗く先も見通せぬ広大な室内で、数十もの巨大なモニターを比べ見ていた。
まばたきひとつせず、常人では到底処理しきれぬほどの情報量を、スタンプを押すように次々と流していく。
連絡を受け、その手を止めることなく、音声認識の応答を受け取った。
「進行度合いは」
それに対し、秘匿のため数万回を超すデジタル処理の果てに再構築されたオリジナルの音声が答える。
『整っております。後は予定の期日が来るのを待つだけです』
「決行日を早める準備をしろ」
『は?』
「当初よりトータルでの進行が遅れ出している。予定通りに行っていては、目標到達に支障が出かねない」
『しかしそれでは……』
「無理は重々承知だ。だが彼らをはじめ、多方面に予想を上回る不穏な情報が流れてしまっている。どのみちこのままでは、もとのもくあみだ」
『……結局、何もかえられませんでしたね』
「問題はない。我々は当初の予定通り、ベリアルを起動させるだけだ」
『承知いたしました』
通信を終え、再び闇の中の光へと身をゆだねる凪野。
新たに呼び出した画面に目をやり、かすかに眉をゆらす。
そこにはプログラム名と、その主たる目的が列挙されていた。
ガーディアン消滅プロジェクトと……。
「誰」
神妙な面持ちで夕季が振り返った。
誰かに呼ばれたような気がしたからである。
だが振り返ったそこには誰もおらず、その足もとを冷たい風が吹き抜けていくだけだった。
それでも夕季は真剣なまなざしを向け続ける。
見えざる誰かを見通すように、眉ひとつ揺らさずに。




