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第二十九話 『いびつな器』 8. ブレイク

 


「何急いでやがんだ、あいつ」

 メック・ウォリアーの事務所で、その日の用事をすませてそそくさと立ち去ろうとする夕季を眺め、桔平が何気なく呟いた。

 書類の整理をしていた忍が、嬉しそうに笑いながらそれを受ける。

「友達とゲームやるんですって」

「友達?」桔平が眉をゆがめて忍を見上げる。「みずぷーか?」

「みずぷー?……」

「光輔の彼女だ」

「え! 光ちゃん、彼女がいるんですか」

「あいつ自身は一ミリも気づいてねえがな」

「……それって彼女じゃないですね」

「なんせ、筋金入りのダメダメ王子だからな、あいつは」

「ええ、まあ。……え? ダメダメ王子様?」

「様はいらねえ」

「はあ……。あ、みずぷーって、みずきちゃんのことか……」

 忍から顔をそむけ、桔平が大きなため息を吐き出す。

 それを楽しそうに眺め、忍が含んだように笑った。

「淋しいんですか?」ニマニマする。「夕季に友達ができたから」

「ああ!」

「……すみません」

 ぎろりと振り返った桔平のその迫力に、忍が一歩退いた。

「淋しいに決まってんじゃねえか」

「素直ですね……」

 はああああ~ん、と、桔平は先よりも大きなため息を吐き散らした。

「あ~あ、綾っぺ帰ってこねえかな」

「ははは……」

「おまえも綾っぺくらいしか友達いねえんだろが」

「失礼な。私だって一緒に遊びに行く友達くらいいますよ」

「女学校時代のか」

「女学校ってなんスか……」

「なあ、今度その娘達とコンパしようぜ」

「しませんよ」

「いいじゃんか。セクハラとかしねえから」

「あたりまえです!」

「いや、おまえなんかにはって意味だけど」

「いろいろ間違ってますけど、なんだか別の意味でカチンときたんスが」

「だってありえねえじゃん」

「……ハナほじりながらこっち見るのやめてもらえます」

「ほげ?」


 コントロール・センターの資料室に一人、三田の姿があった。

 使用する場所だけの照明をともし、積み上げた資料を自分の尺度で整理して、ノートパソコンに入力する。

 今はまだ夜の八時前だったが、深夜までそれを行うつもりだった。

 桔平に抜擢されて以来三田は、ろくろく休みも取らず、何週間もそれを続けてきた。

 少しでも早く、求められるレベルに自分が近づけるように。

 また、そのための努力を、三田は少しも煩わしいことだとは思っていなかった。

 物音がし、三田が視線を差し向ける。

 すると握り飯と茶を乗せたトレーを抱える忍の姿があった。

「よろしかったら、いかがですか」

 戸惑うように眺める三田に、忍が笑いかける。

「先日のお礼です。私も今日残業だったので、おすそわけですけれど」

 忍の顔とトレーを見比べ、三田が困惑の表情を浮かべる。

「……こんなことをしてもらっては」

「いえ、たいしたものじゃありませんから。ご入り用でなければ、お下げしますが」

「いや、そういうわけでは……」ふうむ、と顎に手を当てる。「君は私の部下でも何でもないはずだが」

 指摘を受け、忍がバツが悪そうに笑ってみせた。

「そうですね。私のような者がこのようなところにいること自体が場違いなのでしょうけれど」

「いや、決してそういう意味では……」

「でも、みなさんにお世話になっていることには変わりありませんから。少しでもお役に立ちたいと思っています。今はまだこんなことくらいしかできませんが」

「……」

「私はこれで帰りますが、食器はそこへ置いておいてください。朝片づけますから。あまりご無理をなさらないでくださいね」

 そう言い、にっこり笑いかけ、忍が部屋から出て行く。

 三田は複雑そうな顔つきで握り飯を手にとり、じっと眺めていた。


 光輔と夕季はみずきらとともに校内の中庭で談笑していた。

 何とはなしに夕季の様子がおかしいことに気づき、光輔が覗き込む。

「どうかした?」

 その問いかけに、夕季は一直線に口を結んだまま、周囲を気にするように答えた。

「……別に」

「ふうん……」

 光輔も同じように周囲を見回す。

 するとあることに気がついた。

 通りかかる生徒達の何人かが、ちらちらと夕季をうかがい見るような視線を向けていたのである。

 ある男子生徒達の会話が耳に届き、光輔が確信を持った。

「おい、あれだ、あれ」

「ああ、足の速い娘だ」

「ゆうちゃんだっけ」

「髪型が違うな」

「ポニーテールは?」

 光輔が表情のない顔を向けると、同じ顔で夕季が見つめ返してきた。

「どうしたの? そわそわして」

 不思議そうに二人を覗き込むみずきに、口を開きかけた光輔を手で制し、夕季が真剣なまなざしで否定する。

「なんでもない」

「?」

 そこへ被さるように、女生徒達の歓声が飛び込んできた。

 全員が一斉に顔を向ける。

 すると少し離れた場所にいたその三人組が、夕季に向けて奇声を発してきたのだった。

「古閑せんぱ~い!」

 手を振る三人から顔をそむけ、夕季が赤面する。

 それを表情もなく見下ろした光輔の横で、みずきが人迷惑にも踊りあがったのだった。

「すごいね、ゆうちゃん! モテモテだね!」

 歓喜の表情を向け、無理やり夕季の両手をがっしりつかむ。

「モテモテだよ、モテモテ!」

 そう言いながら、迷惑そうな夕季を従わせ、みずきがくるくると回り始めた。

 対照的な様子の二人がくるくる回る様を、い合わせた全員が気の毒そうに眺める。

 ただ一人、羨ましげに眺める茂樹を除いて。

 ふいに祐作や茂樹が無口になり、顔に緊張の色が浮き上がった。

 何かあったのかと辺りを見回す光輔の視界に、その原因が飛び込んできた。

 礼也だった。

「何クルクルまわってやがんだ」

「……別に」

 固まってしまったみずきのそばで、夕季がバツが悪そうに顔を赤らめる。

 つないだままの手をぱぱっと離し、二人が恥ずかしそうに顔をそむけた。

「?」礼也が気を取り直し、光輔と向き合う。「おう、光輔、おまえ今日ヒマか」

「いや、ヒマじゃないけど」

「ちょうどいい、ちょっとつきあえ」

「……聞いてる?」

「今日な、桐嶋が遅くなるらしくてよ。チビどもの子守り頼まれちまったんだ」面倒臭そうに後頭部をかきむしる。「おまえもこい」

 礼也に指名され、夕季が、むぐっと顎を引いた。ちょっとだけ嬉しそうに。

「お、エロガッパじゃねえか。元気にしてたか」

「はあ、まあ……」

「おまえも来るか?」

「そんな、滅相もない!」

「はあ?」

「ねえ、エロガッパって、曽我君のこと?」

「まあ、篠原さん、それはおいといて……」

「しょうがないなあ」

 やれやれといった様子で肩をすくめる光輔が、礼也の去っていく背中を茫然と見つめ続ける祐作達に気づく。

「どうかした?」

「霧崎先輩ってかっこいいよね」

 みずきの一言に、光輔が、ん、と退いた。

 その後を祥子が受ける。

「ケンカ、すごく強いんだよね。暴走族とか一人でぼっこぼこにしちゃうらしいし。このエリアの高校生最強間違いなし」

 祐作も参入してくる。

「一度、駅で二十人くらいに囲まれて、さんざん暴れまくって消えていったってさ。次の日、そのリーダーぽい奴らを待ち伏せして……」

「こわ~!」茂樹、みずき、祥子が一斉にのけぞった。

「そんなお人にたとえマグレで一発でも当てちまった日には、命がまったくないぞ」

 極めて深刻な表情で茂樹が光輔に振り返った。

「……」

 言葉もない光輔を、みずきが不思議そうに眺める。

「どうしたの?」

「いや、別に……」

「?」

 急に思い立つように、光輔がポンと手を叩いた。

「あ、でもさ、俺、もっと強い奴知ってるぜ……、あだあ!」

 振り返るみなの前で、光輔は涙目で笑ってみせた。

「何でもないっす……」

 不思議そうな様子で全員が二人に注目する。

 仏頂面の夕季が光輔の足を踏んでいることも知らずに。

 ふと、夕季の様子がおかしいことに、みずきが気づいた。

「なんかふわふわしてるね」

「そんな!」

「そんな?」

「……ことないよ」

 一人首を傾げるみずきが、その顔のまま茂樹へと振り返った。

「どうして曽我君がエロガッパなの?」

「それは触れないでくれたまえ……」


 勤務を終え、桔平は朴と喫煙所で顔を突き合わせていた。

 ともにタバコをくわえ、楽しそうに談笑する。

 夕陽を眺めながらその日の疲れを癒す、いつもどおりの日常の風景だった。

「あ、そうだ」ポケットをまさぐりつつ、ふいに何かを思い出したように朴がそれを口にする。「桔平さん、最近、車に三田さん乗せた?」

 桔平の眉がぴくりとうごめく。

「いいや」

 平静を装い、次の一本に火を点けた。

「そう」少しも顔色を変えることなく、朴はそれまでどおり椅子の上でふんぞり返った姿勢で、それを受けた。「桔平さんの車から、三田さんが吸ってるタバコの匂いがしたんだけどね。僕達のまわりであれ吸ってる人、三田さんくらいしかいないから、そうだと思ったんだけどね」

「……ほう」ふう、と煙を吐き出し、丸眼鏡をかけた朴の丸顔を眺める。それから、タバコをくわえたまま携帯端末を取り出し、どうでもよさげにつないだ。「よくわかったな」

「まあね。鼻には自信があるから」

 嬉しそうに笑う朴にちらと目をやり、チェックを終えた端末を桔平が胸ポケットにしまう。

 表情のない顔で向かい合っても、朴の様子はあいかわらずだった。

「車、調子よくなったでしょ。少しいじって、スピード出るようにしといたから」

「……」

「踏んでも踏んでもレッドゾーンにならなくて、最後には三百キロくらいまで出ちゃうはずだよ」

「……」

「外っかわもコーティングしといたから、ツルっと弾丸が避けてくよ。直撃でもない限りチェインガン程度ならちょっとくらいは自走できると思う。湾岸戦争の時のあっちの戦車より安全かもね。武器はスペースの関係であんまり付けられなかったけど、勘弁ね」

「……」

「あと、盗聴器、いろんなとこに仕掛けといたから」

「!」

 桔平が、ぐぐっと目に力を込める。

 それをおもしろそうに眺め、朴は何事もなかったかのように続けた。

「いろんなとこに埋め込んだり、素材そのものに同化させたりしたから、見つけられないと思うよ。上からの命令だから仕方なくだけどね」

「……上って」

 表情を変えぬまま、もそっと桔平が口を開く。

 しかしそれにも一向に動じることなく、むしろ更におもしろそうに笑いながら朴は続けていった。

「上は上だよ」こともなげに言い放ち、笑い飛ばす。「桔平さんにもいるでしょ、上」

「……」

「あとね……」

 置いてきぼりの桔平の心境も意に介すことなく、朴がポケットをごそごそと探り始める。

「カードキーをセットした状態で曇り止めのボタンを長押しすると、盗聴がカットされるようにしといたから」

「!」

「フィックスマークが点滅し出したら成功だから、覚えておいてね。点滅している間だけ効果あるから。あんまり長いと怪しまれるから十秒くらいだけど、消えてからも一秒くらいはマージンつけといた。多用しちゃ駄目だよ。疑われちゃうから。普段はずっとアニソンでも流しといて」

 空になったタバコの箱を恨めしそうに眺め、恨めしそうな顔を桔平に向けた。

「信じるか信じないかはあなたしだい」

「……」わずかに眉を寄せ、まばたきもせずに朴の顔を見つめつつ、自分のタバコを差し出した。「信じられねえだろ、やっぱ」

「あ、やっぱりね」タバコを受け取りながら苦笑い。「そりゃそうだよね」

「そうだろ」

「だよね」

「ああ」火を点けながら、目線も合わせずに続ける。「あんたは大丈夫なのか」

「何が?」

「何がって……」

 桔平の質問の意図に気づき、タバコをくわえて朴が笑う。ポケットをまさぐり、嬉しそうにライター大の金属を取り出した。

「大丈夫。さっきからずっとこれで妨害してるから」

「……それくれよ」

「ダメ」

「ダメか……」

「うん、ダメ」

「んじゃ、しゃあねえな」

「うん、ごめんね」

「ああ」

 それから何ごともなかったように二人で煙を吐き出した。


「最近忙しいの」

 夕食の支度中にふいに夕季から声をかけられ、忍が不思議そうに振り返った。

「なんで?」

 すると夕季は、やや遠慮気味にそれを口にした。

「……。桔平がケーキ食べに行くぞとか、あまり言ってこなくなったから」

 もじもじとそう言った夕季を眺め、忍がくすっと笑った。

「たまにはあんたの方からおねだりしてやったら? ねえ、おごって~、ってさ」

「そんなことできない!」

 焦ったように否定する夕季に、忍が嬉しそうな顔を向ける。

「いいじゃん、やんなよ。喜ぶよ、あの人」

「嫌だよ……」

 神妙そうに下を向いた夕季を、忍はおもしろそうに眺め続けていた。

「うふふふ……」はっとなる。「って、呼び捨ては駄目でしょー!」

「……」



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