第三十六話 『バニシング・ポイント』 5. 大激怒
ガチャッと勢いよくドアを開け、夕季が室内を見回す。
そこに礼也がいることは忍から聞いて知っていた。
ギッと睨みつける夕季を、メロンパンを頬張る礼也が不思議そうに眺めた。
「礼也!」
「おう……」きょとんと夕季を見つめる礼也。「なんで怒ってやがんだ、てめえ」
「よくもそんなことを! ぬけぬけと! ほんとにまあ、もう!」
「なんか変だぞ、てめえ。酔っ払ってやがんのか」
「はああ! いったい!」
「おかえり、夕季」
「あ、ただいま……」
横から顔を見せた忍に、夕季の気勢が削がれる。
「夕季、ご飯よばれてきたの?」
「……あ、うん」
「今日はうちで食べるって言ってたじゃない」
「……。ごめんなさい」
「どこで食べたの」
「桐嶋さんのところで。……すすめられて。……どうしてもって言うから、断われなくて」
ちらちらと忍の顔を確認する夕季。その表情には罪悪感が見え隠れしていた。
「悪いじゃない。いつもいつも」
「うん、でも……。いつもは断ってるんだけど、今日に限って作ってあって、もう……」
卑屈なまなざしを忍へと差し向けた時、トイレから出てきた雅と鉢合わせた。
「あ~、夕季。カレー食べてきたでしょ」
「……どうして」
甘える仔犬のようなまなざしを雅に向ける夕季。
「においがぷんぷんしてる」
「本当に!」
「それで電車に乗ってきたの」
「……うん」
「きっとまわりの人、みんな大騒ぎしてたよ。カレーだ、カレーだって」
「う……」くんかくんか。「……ほんとだ」
「犬のにおいもするよ」ピーン。「わかった、犬カレーだ!」
「なに、それ! みやちゃん! どういうこと!」
「いぬのお肉が入った……」
「冗談になってないよ! 言っていいことと悪いことがある!」
「あれ? 今のが地雷?」
「いくらなんでもひどすぎる! ものには限度がある! もう限界だよ!」
「夕季、落ちつきなよ」
「あ、うん、……ごめん、お姉ちゃん」
「いいけどね」
「みやちゃんもごめん。ちょっと言いすぎた。反省してる。あ~、どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。自分で自分が嫌になる」
「夕季、酔っ払ってる?」
「カレーだったの」
しようがないねえ、という様子で腰に手を当てた忍の顔を、夕季が上目遣いに眺めた。
「カレーだった……」
「カレーだったんだあ」
嬉しそうに笑う雅に、いたずらを咎められ謝る子供のような顔で振り返る夕季。
「……カレーだったから」
「カレーじゃしかたないよねえ~」
「うん、しかたないかも……」上目遣いで忍を気遣いながら。「今日の夕飯、何だったの」
「ん? コロッケだよ」
「あ……」
「カレーの勝ち~!」
「カレーの勝ちかあ……」
「そんなことない、そんなことないよ!」
雅にウイナー認定され、右手を高く掲げられた夕季の顔が引きつりこわばる。
「まだ残ってる? 後でおなかがすいたら食べるかも」
「みやちゃんと礼也が全部食べてくれたよ」
「そう……」
「おいしくいただきました」
「おいしくいただいたって」
「おいしかった? カレー」
「おいしかった」
「ねえ、ねえ、何カレー?」
「普通の。市販のルーのやつ。でもお肉はたくさん入ってた。……牛肉だった」
「まあ、牛肉ですってえ!」
「そりゃ、おいしいよねえ。うちは豚肉だから」
「あの、今日はあたしがいたから特別だって言ってた。ほのかちゃんもいつもは豚肉だって! 見栄張ってるって!」
「いいなあ~、牛肉。おいしかったでしょ」
「おいしかった」
「おかわりした?」
「した」
「好きだなあ、ほんと」雅が忍の顔を見る。「しぃちゃんも今度から牛のお肉にしようよ」
「ん?」
「あたしも牛のお肉が食べたい」
「豚じゃ駄目なの?」
「駄目です」
「う~ん、駄目なのか……」
「そんなことない、お姉ちゃん!」
「ずうずうしい奴だな」
「礼也! 自分だってうちでコロッケ食べたくせに!」
礼也の一言に夕季が本来の目的を取り戻す。
「ちょっと待って、今はそれどころじゃなくて!」
「これからうちも牛肉にしようかな……」
忍の小さなため息に反応して振り返る夕季。
「ちょっと待って! 豚は豚でおいしいから」
「でも牛の方がいいんだよね」
「そんなことない!」焦ってふんごーと鼻息巻き上げる夕季。「あれはあれでありだから。桐嶋さんが作るカレーもおいしかったけど、お姉ちゃんのとはまた別。さらさらで、うちみたいにごてごてじゃなかったし」
「蟻は蟻で蟻?」
「違う! ありはあれでありって言ったの!」
「あり~?」
「うちのってそんなにごてごてなのかなあ……」
「そういう意味じゃなくて!」
夕季の変なジェスチャーが始まる。
「お姉ちゃんのはいい感じのごてごてだから。桐嶋さんの作るカレーもおいしかったけど」パン、ツー、パン、ツーの連打。「ルーのメーカーもうちとは違ったし、ほのかちゃん達はさらっとしたやつが好きって言ってたから。あたしはどっちでも好きだけど。あ、そうだ、福神漬けはうちの方がおいしかった!」
「そこのコンビニで買ってるやつ?」
「……うん」
「二杯も食っといてよく文句言うって」
「三杯!」キッとなって礼也に振り返る夕季。興奮してさらに鼻息を荒げた。「文句は言ってない。カレーはみんな大好きだから!」
「三杯も食ったのか、てめえ……」
「だから、おいしかったって言ったでしょ!」
「お、おお……」
「なんでそんなに興奮してるの?」
忍に不思議そうに見つめられ、夕季が、はっと我に返る。
「カレーはみんな大好きだから! だって」
雅と忍が顔を見合わせた。
「珍しいね、この子がそこまで主張するの」
「先生はあなた達全員が大好きだから~みたいに言ったね。なんかわかんないけど、興奮してテンパってるから、なんでも恥ずかしいこと口走らせるチャンスだよ、しぃちゃん」
「うん。……ん?」
カーッと顔を真っ赤に染め上げる夕季。
「それは! 桐嶋さん、元気なかったし!」
「だから三杯もおかわりして元気づけようと思ったんだ~」
「そう! そういうこと! さすがみやちゃん!」
「いや~、照れるわあ。でも本当は牛肉カレーがおいしかっただけなんだよね」
「そういうわけじゃないけど! 実はそうだけど、ほのかちゃんだっていつもは一杯しか食べないのにおかわりしてたし、洋一君も!」
「よく食べたねえ、三杯も。おなか、苦しくない?」
「ちょっと苦しい!」
「カレー三杯も食べてるのに、さらにコロッケまで食べる気だったの。いくらなんでも、欲張りすぎじゃないの~」
「……ごめん、みやちゃん」
「わかればよろしい」
ははは、と馬鹿にしたように笑う礼也に、今度こそ怒りの真意を取り戻した。
「どうして桐嶋さんにあんなこと言ったの!」
わけもわからず雅と忍の目が点になる。
礼也は夕季の怒りの理由に気づき、ぶすっと顔をゆがめた。
「あいつ、おまえにもなんか言ったのかよ。ったく、これだから女はよ……」
「あたしが無理やり聞き出したの。桐嶋さん、なんでもないからって、なかなか教えてくれなかった」
「無理やり脅して?」
「そこまではやってない!」
「結局、喋ってんだろうがよ。なんでもねえって言ってんだから、てめえもしつこく聞いてんじゃねえって。それで言う方も言う方だが……」
「桐嶋さん、泣いてたんだよ!」
「……」
言葉を失う礼也。と、忍と雅。
礼也の表情が変わったことを認め、夕季もやや心を落ち着けて続けた。
「桐嶋さん、礼也のせいじゃないからって言って、ずっと礼也のこと庇ってた。自分のせいだからって、ずっと泣いてた。涙止まらないのに、無理やりあたしに笑いかけながら」
「にやにやと?」
「そういう感じじゃない、みやちゃん!」
「へらへらと?」
「だからっ!」
「何があったの」
キッとなって忍へと振り返る夕季。
「もう二度と話しかけるなって言ったみたい。一穂ちゃんのことをちょっと聞いただけなのに」
「そんなことで」
「そう、そんなことで、偉そうに。何様なの! ショックでまともに包丁も持てない状態だった。桐嶋さん、もう少しで手を切るところだった。こわくて見てられなかったから、あたしも手伝った。ほんとに何様なの!」
「危な……」
「カレー作るの手伝ってあげたの?」
「手伝った」
「何様なのよ!」
「ほんとそれ!」キッと雅に振り返り、すぐさま礼也への怒りを爆発させた。「どう考えても礼也が悪い!」
「なんで俺が……」
「心配してくれてるのに、ああいう言い方はおかしい!」
「あれ~、おかしいよね~。さっき作ってあったから食べてきたって言ったよね~?」
「ちょっと、待って! サラダ! サラダがとっくに作ってあったから! そう言わなかった!」
「聞いてないよ~」
「言い忘れたかも! 最近よくそうなる! 自分でも嫌になる!」
「先にサラダだけ作ってたの。おかしくない?」
「それは、サラダは先に作る派みたいだから!」
「なるへそ~。そっち派か~?」
「そう、そっち派! わかってくれた?」
「う~ん、びみょ~」
「もう、どうしたらいいの!」
「なんて言ったの? 礼也」
忍の疑問に疲弊した顔を向ける夕季。
「心配してどうだったのか聞いてくれたのに、おまえには関係ないから黙ってろって言ったみたい。信じられない。思い出しただけでハラが立ってきた!」
「夕季、おなか、パンパンじゃない。苦しくない?」
「ちょっと苦しい!」
「先に着替えてきたら?」
「その前にお風呂に入りたい」
「何手伝ったの」
キッと雅を睨みつける夕季。
「たまねぎ切った。あとニンジンも」
「すげ~、夕季。たまねぎ切ってる時、ぼろぼろ泣いたでしょ」
「ぼろぼろ泣いた!」
「たまねぎもぼろぼろ切ったの?」
「たまねぎは違う。こう、タンタンタンタン! って」
「たんたんたんたん? ああ、みじん切りか。夕季、そんなに早く切れるの」
「それは桐嶋さん。あたしは、トン、トン、トンって感じ」
「たまねぎ、みじん切りで入れるんだね。うちと違う」
「桐嶋さんの家ではみじん切り派みたいだから。先に炒めて黄金たまねぎにするんだけど、桐嶋さんちではいつもそうだからって言って、桐嶋さんもぼろぼろ泣いてた」
「たまねぎ切って?」
「たまねぎ切る前から。礼也のせいで!」
「とんとんとんって?」
「違う、ぼろぼろぼろって」
「夕季も?」
「あたしはぽろぽろっていう感じで!」
「もらい泣きみたいじゃん、夕季。全部礼也君のせいだよね」
「なんでだって!」
「違う。あたしはたまねぎのせいだから!」
「たまねぎ、つえ~! さすがの夕季もたまねぎには勝てないか」
「勝てない。無理。あたしからも謝っておいてほしいって言われたけど絶対嫌!」
「たまねぎに謝れってか?」
「それは違う! 絶対礼也の方が悪いからって意味!」
「夕季、ちょっと落ち着きなよ。しっちゃかめっちゃかになってるよ」
「うん、ごめん、お姉ちゃん」すう~、はあ~。「もう大丈夫」
「しぃちゃんもみじん切り派にしようよ」
「大きいままじゃ駄目?」
「駄目。あたし、たまねぎどっちかって言うと苦手だし、黄金たまねぎとかだとおいしそうじゃん」
「駄目か……。あたし、たまねぎ好きなんだけどなあ」
「駄目じゃないよ! あたしもたまねぎは好き!」
「ほんと? 夕季」
「本当。でも芯はちょっと苦手だけど!」
「じゃあ芯は取っておくよ」
「そうしてくれると助かる。みやちゃんの分はよそう前にたまねぎを抜いておくといい」
「それはそれでなんかものたりないな~」
「どっちなの!」
「夕季、こえ~」
「……ごめん、ちょっとカッとなって」すう~、はあ~。「もう大丈夫だから」
「で、桐嶋さんって子、どんな様子だった」
「ぼろぼろ泣いてて元気なかったけど、話を聞いてあげたら少しだけ気が落ち着いたみたいだった」
「大丈夫そうだった?」
「うん。でね、でね、とか言ってたけど、最後はありがとうって言われた。ちょっと嬉しそうだった」
「いいことしたねえ、夕季」
「そんなつもりはないけど。……そういう言い方されると照れる」
「そうやって眉間にシワ寄せて、こらーっ! って?」
「……やっぱりそういうふうに見えてるのかな」
「あ、反省しちゃった。……せっかくのボケが」
「あの女、ぼろぼろと。……じゃねえ、べらべらと」
「まだそんなこと!」
「ねえ、ニンジンの皮って、包丁で剥いたの」
「違う。ピーラー」
「ピーラー? どんなふうに」
「こう、シャーシャーシャーって」
「しゃあしゃあしゃあ!」
「お姉ちゃんからも言ってやってよ」
「まあ詳しい事情がわからないからなんとも言えないけど、ちょっとそこまでしなくてもいいかなって気はするかな」
「しゃあしゃあしゃあって?」
「絶対礼也の方が悪い」
「なんでだって!」
「ピーマンは?」
「ピーマンはマッチしないと思う! 絶対無理! 言わなくてもわかるよね!」
「必死すぎ。今までで一番眉間にシワ寄ってる」
「とにかく礼也、謝って」
「はあ! なんでだ、悪いのはあいつの方だろ」
「まだそんなこと!」
「チョコとかは入れる派?」
「入れない派。みやちゃん、いい加減にして!」
「その子って、いつも礼也のこと気にかけてくれてる子でしょ」険悪な雰囲気に、心配そうに忍が口を挟む。「光ちゃんもいい人だって言ってたよ。光ちゃんや夕季がよくお邪魔してるのに嫌な顔一つしないって言うし。本当は迷惑なのかもしれないのにね、夕季」
「う……」
「勝手に遊びに行ってるだけなのに、光ちゃんの分まで夕飯作ってくれるって。光ちゃんは申し訳ないから断ってるらしいけど」
「それは嘘。光輔はいつも食べてる」夕季がまた礼也を睨みつけた。「光輔も怒ってた。礼也が桐嶋さんに謝るまでは絶対口をきかないって」
「光ちゃんがそこまで怒るのも珍しいね」
「あんなに怒ってる光輔見たの、初めて」
「夕季もねえ~。あ、いつものことか」
「……そんなに怒ってないと思う……」
「またまた~」
「知るかって。光輔なんざ、こっちから縁切りだ」仏頂面になる礼也。「関係ねえだろ。どいつもこいつも他人のことに首突っ込みすぎなんだって……」
「でも、またどうしたらいいのか困ってうちに来たわけじゃない」
忍にぶすりと突き刺され、礼也がなんとも言えない表情になる。
追い討ちをかけたのは雅だった。
「一穂ちゃんに、明日一緒に来てほしいって言われちゃったんだよね。でも今いち踏ん切りつかなくて、しぃちゃんの意見聞きに来たんだもんね~」
「……おまえがいるとは思わなかったけどな」
「まあ、ひどいわ、この人って。有罪」
「なんでだって……」
「有罪か無罪かで言ったら有罪だよ。ね、夕季」
「もちろん有罪!」
「はあ!」
「自分でもわかってるくせに。まさか無罪だとか思ってるんじゃないよね。ああ、俺ってやっぱり有罪かも。いや、百歩譲ってもマジ有罪だわあ、ってわかってて言ってるくせに、素直じゃないから、も~。さあ、言っちゃいなよ! どっちなの! 有罪か、無罪か! それとも有罪か!」
「ウザい……」
「そうくる!」
「やっぱり礼也の方が悪いかもね」
「はあ! なんでだって!」
感情丸出しで振り返った礼也を、忍は困った子供を見つめるように眺めた。
「確かにおせっかいかもしれないけどね。言い方もあるよ。仮にもあんたの力になりたいって思って言ってくれてるのにさ。いい子じゃんか」
「でもよ、それが大きなお世話なんだって」
「だから謝ったんでしょ。だったらあんたが怒る理由がないよ。自分の非を素直に認めて謝ってる人を許さないのはあんたが悪い。心が狭いよ。わかってる? 女の子泣かせちゃったんだよ。その人に謝りなよ。男が女がってことでもないかもしれないけどさ、話はそれから」
「そういうのじゃねえって」面倒くさそうに礼也が顔をゆがめる。「あいつはよ、あーんな優等生のフリしてっけどな、心ん中じゃ、いつもあーんなことやこーんなことばっか考えてんだよ。口に出せねえことばっかよ。このバカが思ってるような、そんなおとなしいタマじゃねえんだって」
「史上サイテーだ! このバカヤロー!」
「な!……」
その日一番の夕季の激高をまともに浴び、さすがの礼也も絶句する。
それをしげしげと眺め、忍があきれた様子で腕組みをしてみせた。
「あんたさ、今まで一生懸命に作ってきたものを、一瞬で台無しにしようとしてるんだよ。あんたにとっちゃ大事なことなんだろうけどさ、意地を通すのならもっと他のことでもいいんじゃないかなって、あたしは思うよ。収め時を見失っちゃ駄目だよ。せっかくみんなが落としどころを見つけてきてくれてるのに、それを逃したら本当に取り返しがつかないことになる」
ぐむむむ、と顔をしかめる礼也。
その表情は、忍の意見を素直に聞き入れるとは到底思えないものだった。
「反省してないね、それって」やれやれという顔をしてみせる忍。「そんなのだったら、あたしらが何言ったって、結局人の話なんて聞かないってことになる」
「謝るまで出入り禁止」
夕季の不用意な一言に、冷めかけた礼也の感情が再沸騰する。
「上等だ! んなの、こっちから願い下げだ! もう二度と来るかって!」
「お姉ちゃん、塩まこう、塩!」
「今あんまり買い置きないから……」
「買ってくるよ! 他にもないものとかある!」
「夕季、落ち着いて……」
「んだ、ったくよお……」
「あたしも前に会ったことあるけど、すごくいい子だったよ」
にこにこ顔の雅に気勢を削がれる礼也。
「いつも人に気を遣ってるような感じだったな。確かに礼也君が言ってたみたいに、いろいろ考えてるようには見えたけどね。でも悪い子には見えなかった。自分でも悪いってわかってるんでしょ。だったらさっさと謝っちゃいなよ、礼也君。早く楽になっちゃえ」
「……」崩れかけた礼也の心がぎりぎりのところで踏み止まった。「……誰が」
「そうなんだ。だったらあたしももう口きかない」
「……」
「女の子、なめすぎだよ。今の礼也君は認めたくない。自分が悪かったって反省して彼女に謝るまでは、私達はあかの他人です。話しかけないでください」
表情こそ柔和だったものの、雅の口から飛び出した言葉は、心を抉るものばかりだった。
「どう、自分が言われた気持ちは。ぐさっとくるでしょ。嫌いな人に言われても嫌な気分になるのに、好きな人に言われちゃったらもう立ち直れないよね」
「……上等じゃねえか。どいつもこいつも、こっちから……」
「普通そうくるよね。ムカッとするはず。でも彼女は礼也君みたいに相手を責めないで、自分の方が悪いって感じちゃったんだ。どうしてだろ。あたしにはよくわかんない」
「……」
ものも言わずに礼也が立ち上がる。
それを両手をスピーカーのように口に当てて、雅が撃ち落とした。
「わかってるよね。今から、謝ったって報告するまで喋らないからね。上等だって言うなら、一生だよ。わかった?」ぱんと手を叩いてVサイン。「はい、スタート」
「またパンツーかよ……」
「?」
「また来なよ、礼也」
忍に優しい声をかけられ、玄関のドアノブに手をかけた礼也がやにわに振り返った。
それから生気のない顔を向けながら、雅にフレールの紙袋を差し出した。
「わお、くれるの。ありがとう、礼也君」
「一分ともたなかったね……」
「みやちゃん、早すぎる……」




