第二十九話 『いびつな器』 7. さあ行こう、冒険の旅へ
その夜、微妙なメンツの初めての冒険の旅が始まった。
自宅の部屋でネット環境を整え、秋人が緊張で顔をこわばらせる。
誰に見られているわけでもないのに、姿勢を正し、真剣な面持ちだった。
ゲームは主に光輔と隆雄が先導する形で進行していく。
慣れた様子でさくさくと進んでいく光輔らに対し、始めたばかりの夕季は、置いてきぼりのフィールドでまったりとゲームに興じていた。
メインモンスター討伐には光輔らが挑み、夕季に課せられた使命はもっぱらサブクエストの素材採集だった。
始める前はそれほど乗り気ではなかった夕季だったが、持ち前の真面目さで丁寧にクエストをこなしていく。
そこそこ進めていたものの光輔らまでのレベルには達していなかった秋人は、夕季のサポート役を買って出ていた。
『あ、オーガス見っけた』
隆雄の声に秋人が確認すると、フィールドの反対側で光輔らがメインのモンスターと交戦状態に入ったところだった。
『小川、こっち来て』
光輔に呼ばれ、秋人が夕季を気にかけ躊躇する。
『小川君、行っていいよ。あたし、ここにいるから』
夕季にそう言われ、あまり気乗りしない様子で、秋人は決戦のフィールドへと出向いていった。
と、その時。
『あ……』
夕季の声に秋人が顔を向ける。
『……すごいの来たかも』
クエストには直接関係のない野良モンスターが、夕季のいるまったりフィールドに乱入したらしかった。
「どんなの?」
『ゴーヤみたいなの』
「……。それ最強クラスの奴だよ。逃げた方がいいかも」
『うん……』
と言う間もなく、夕季、一死。
すかさず光輔からの文句が雨あられと降り注いだ。
『夕季、何やってんだよ』
『仕方ないでしょ、いきなり現れたんだから』
『三回死んだら報酬パーだから気をつけろよ』
『だから嫌だって!』
『ちっ。小川、フォロー頼むな』
「あ、うん……」
思わぬ展開に秋人が、ほっ、と胸を撫で下ろす。
そうとも知らぬ夕季は、すまなさそうに秋人にコンタクトをとってきた。
『ごめん、小川君』
「あ、いや、俺も二人のペースにはついていけそうにないから。とりあえず邪魔にならないとこで雑魚の掃除とか採集やってようよ。サブクエストの達成でもレアアイテム出やすくなるみたいだし」
『でも』
「あの二人ならほっといてもすぐに終わっちゃうだろうからね。こっちはのんびり楽しむ感じでいいと思うよ。古閑さんまだ装備揃ってなさそうだから、そっちの強化もする感じで」
『うん……』
穏やかな秋人の含めに、なんとか夕季が納得した。
実際、この状況をこの上もなく楽しんでいたのは、誰あろう秋人本人だったのだが。
その後、まずまずの時間でクエストを数回クリア。成果もまずまずといったところで、レアアイテムもまずまず飛び出したことで、夕季の装備もまずまずの強化を施すことができたようだった。
『よし、今度はクシャミ・ダムラいってみようぜ。最近配信されたクエストで、ランクフリーのやつがあるから』
調子づいた光輔が最高難易度のクエストにみなを誘う。
『個体によっては狩猟神級が四人でいっても爆死することがあるらしいけどさ。ま、なんとかなるっしょ』
声の調子だけでそれがドヤ顔だとわかる。
すると秋人が複雑そうな表情になった。
「俺、無理かも……」
『大丈夫だって。昨日も隆雄と二人で何回かクリアしてるから。な、隆雄』
『参加人数によって難易度が上がるって話もあるけどね』
「……」
そこへ夕季からの待ったがかかった。
『光輔、あたし、もう今日はいい』
『なんだよ、やっと調子が出てきたのに。宿題でもやりたいのかよ』
『もうやったけど、キリがないから』
『俺なんか、まだ宿題やってないんだぜ。隆雄もだよな』
『うん』
『やりなよ……』
『ええ、いいじゃん、一回だけ。小川もやりたいよな』
突然のフリに秋人が戸惑う。
「……う、うん。ソロだとまだクリアしたことないし……」
どう答えるべきか躊躇したものの、正直後ろ髪を引かれる思いが強かった。こんな機会、またいつ訪れるかわからないからである。
それを後押しするかの光輔のごり押しに続く。
『だよな。やろうぜ、クシャミ・ダムラ。四人でいけば十分くらいでいけるって。それにさ、人数多い方がレアアイテム出やすいんだって。夕季のキャラも結構育ってきたじゃんか』
『……』
『さっきから、おまえのレベル上げるために、みんなでずっとやってたんだぜ』
『……知らなかった』
『ええ~!』
一度だけとの約束で、夕季が仕方なく了承する。
ほっと一安心の秋人に対し、光輔と隆雄はひたすら発奮状態だった。
もともとの目的がそこにあったためではあるが、まだスキルが追いつかぬ状況で無理やりレベルを上げられ連れ回される夕季にとっては、はた迷惑な話だった。
秋人もまた微妙に。
予想どおり足手まといの二人が蛮勇達に振り回され、二十分が経過しようとしていた。
「ごめん、穂村君」
大型モンスターに蹂躙され瀕死の重傷を負った秋人と夕季が、回復のために隣のフィールドへと逃げていく。
「すぐ戻るから」
『無理するなよ。焦んなくていいから』
「うん……。あ、古閑さん、ここ安全だからそれもったいない……」
『え?』
『何やったの、夕季?』
「……うん。不死身薬グレート飲んじゃったみたい。まだ支給品の回復ドラッグも残ってたのに……」
『あっはっは! バッカでえ!』
『うるさい、死ね、光輔!』
『ええっ!』
思わず苦笑いの秋人。
光輔と隆雄があらためてモンスターと向かい合った。
『お、今、足引きずってなかった?』
『わかんね。見逃したけど、時間的にはそろそろかもな』
『よし、クシャミ・ダムラもらった! ……なんかやな名前だな』気を取り直し、光輔が声を躍らせた。『俺、罠仕掛けるから、捕獲カラーボール頼む、隆雄』
『ブラジャー!』
光輔の仕掛けた罠の中で悶絶するモンスター目がけ、隆雄の駆る美少女巨乳キャラが捕獲用のボールを投擲する。
しかし思ったような反応がなかった。
『あれ、まだ弱ってないぞ』
『マジで? 俺もう罠ないぞ、わ、やば!』
モンスターの怒りの一撃に、近くにいた光輔の野武士キャラが吹き飛ばされていった。
『うええ~! こいつ、なんか違うぞ。いつもなら当たらない距離なのに』
『そういややけにでかいな。プラチナクラスかもな』
『マジか! ゴールドやシルバークラスですら滅多に出ないのに!』
『プラチナだとレアがかなり出やすいはずだ。よし、もっかい罠作ってハメよう、光輔』
『よし、わかった。あ! 調合失敗した。調合率九十九パーセントなのに、なんだよもー二回も!』
『俺なんて調合率百二十パーセントのはずなのに、どゆこと! 二回も!』
『ちゃんと調合書持ってきたんだろーな!』
『ちゃんと持って……。あ、忘れた! さっき邪魔なの置いてきた時についでに!』
『何やっちゃってんの!』
『どうりでいつもよりたくさんアイテム持てると思った! ミミズとか!』
『気づけよ!』
罠の調合に気をとられていた隆雄と光輔目がけて、モンスターが猛突進していく。
『逃げろ、隆雄! うわっ!』
『んぎゃ~!』
体当たりをもろにくらい、二人のキャラが画面の端まで転がっていった。
『やばい、体力半分切った。とにかく回復だ、回復。あ、間違って肉食べちゃったよ! うわ! 食うの、遅!』
『俺なんて間違って焼き肉始めちゃったぞ! 光輔』
『何やってんだ、隆雄! ウルトラミディアム~とかやってる場合じゃないだろ!』
『いや、だって、生焼けになっちゃうともったいないし……』
『ふざけんなよ! あ、また来るぞ。とりあえず立て直しだ。一回キャンプ戻るぞ。戻るカラーボール、戻るカラーボール……』
光輔がポーチから送還球を取り出し地面へ投げつける。と同時に、そのタイミングに合わせるように小さな恐竜が絶妙な体当たりをかましてきた。
『あ、最悪!』
突き飛ばされ四つん這いになった光輔のすぐそばでワープ空間が発生し、当の本人だけが取り残されることとなった。
『なんだよ、も~! ムカつく!』
『俺なんて間違えてバクダン置いちゃったぞ! 光輔』
『何やってんだよ、おまっ!』
隆雄が置いたドラム缶爆弾目がけて、再び恐竜が絶妙かつ自爆的な体当たりをかます。その爆発によって二人は弾き飛ばされてゴロゴロと転がっていった。
『あ、ピヨピヨしてる!』
『俺もピヨピヨ!』
フィールドに戻ったばかりの秋人達の目に映ったのは、何もできずに佇む夕季や秋人には目もくれず、一直線に光輔達へと突進していく巨大モンスターの姿だった。
『死んだ!』
『こっちも死んだ!』
残された時間は、残り数分というところだった。
「どうする、リタイヤする?」
バトル・フィールドに夕季と二人取り残され、甲冑キャラの秋人が心配そうな声を出す。
それに対する光輔の答えは、ノーだった。
『いや、ここまでやったんだから最後までやろう。プラチナクラスなんてきっと金輪際お目にかかれないだろうからさ』
「確かにそうだけど、二人が来る頃にはあんまり時間残ってないかも」
『サブタゲはクリヤしてるし、最悪、それで。ヤバそうだったらまた俺らが戻るカラーボール使って戻るから』
「……死んだら駄目だよね」
『今、急いでそっちに向かってるからさ、それまでなんとか頼む』
「……うん」
『光輔、戻るカラーボールが暴発してまたキャンプに戻っちゃったぞ!』
『何やってんだよ、隆雄!』
『ジュース飲もうとして机に置いたら誤爆した。あ、こぼけた! あ、ポテチが! ひゃ~!』
『おまえさ!』
「……」
『あ! こっちに来た!』
夕季の声に、秋人が画面に目を凝らすと、身長以上の大型の剣を構えた女戦士が、モンスターにロックオンされ硬直しているのが見えた。
『マジ! 小川、頼む。とにかく急いで行くから』
「あ、ああああ……」
『ああっ! 崖から落ちて反対のマップいっちゃったよ! 光輔。ひらり、コマネチ!』
『何やってんだ、隆雄! あ、虫に刺された。ビリビリしてる。ウザ!』
『あ、イノブタ! ひらり……、あー! 避けたじゃんか! もうっ! ちっくしょ~っ!』
『声でか!』
『……いや、なんでもないから、母さん! ……うん、光輔が……』
『おまえ、何言っちゃってんの!』
他に頼るあてがなくなった秋人が、覚悟を決め、キリッと画面と向き合う。
モンスターに弾き飛ばされ瀕死状態で目を回している夕季に、さっき調合しておいた広域回復ドラッグをおすそ分けした。
『ありがとう』
「うん」
そのままモンスターを引きつける。
「古閑さん、閃光カラーボール持ってる?」
『持ってる』
「じゃあ俺が引きつけてる時に正面からぶつけて。で、ヒヨヒヨしだしたら後ろからザクザク斬って」
『わかった』
致命的なダメージを回避しながら、秋人と夕季がチマチマとターゲットを削っていく。
そろそろどうか、というタイミングで、ようやく光輔と隆雄がフィールドへと現れた。
『あと残りどれくらい?』
『一分くらいじゃね』
二人の会話に耳を傾け、秋人が決断した。
「あ、じゃ、俺、いちかばちか罠仕掛けるよ」
『頼むぞ、小川。よし時間差閃光カラーボールで隙を作るぞ、隆雄!』
『ブラジャー!』
『せーのっ!』
二人が同時に閃光球を投擲する。が、絶妙のタイミングで進路を変えたモンスターの背後でそれは弾け、見事空振りに終わった。
『なんだよ、もう! ちょうど! 腹立つ!』
『絶対わざとだよ! そういうプログラムだよ! やらしー!』
『ってか、同時に投げてどうすんだよ!』
『おまえが、せーのって言ったから』
『おまえ、時間差って言ったじゃん!』
『おまえ、せーのって言ったじゃん!』
『二人とも静かにして! 集中できない!』
モンスターが突進する先には夕季のキャラの姿があった。
『あ、やばい! 避けろ、夕季!』
『古閑さん、気をつけて! そいつ判定でかいから!』
紙一重でモンスターをやりすごし、振り返った頭部目がけて会心の溜め斬りを夕季が見舞う。
脳天にクリティカルをくらったモンスターが、悶絶するようにクラクラと振られ始めた。
『『おおっっ!』』
どよめきのハーモニー。
『うまい、夕季。今おまえのキャラに一瞬乱暴な本人がオーバーラップして見えたぞ。さては乱暴な本人が本当にのりうつって……』
『うるさい、黙れ光輔!』
『よし、いくぞ、隆雄! 捕獲大作戦だ!』
『ブラジャー! てか、俺達なんもやってねー!』
クラクラ状態のモンスターの足元に秋人が罠を仕掛ける。
落とし穴にはまり、もがき苦しむモンスターを捕獲すべく、光輔と隆雄が同時に捕獲球を投げつけた。
『それっ! わ、虫に当たった!』
『俺なんか当たったけどマーキングだったぞ! 光輔』
『何やってんだよ! 早くしろよ!』
『まかせろ! あ、また戻るボールだ! あ、キャンプだ、ほい!』
秋人に教えられ、支給用アイテムの中にあった捕獲球を夕季が投擲し、どうにかこうにか捕獲に成功する。
『やった!』
一斉に叫ぶ四人。
確認する術はなかったが、おそらく夕季を含めた他の三人も、秋人と同じくガッツ・ポーズをしているはずだった。
残り時間一秒という結果を見て、秋人の身体中がぞわぞわと泡立つ。
今さらながらに脳内に興奮物質があふれ出てくるようだった。
そんな秋人のトリップを引き戻す、勝ちどきの声。
『やたっ! 素晴らしい翼膜だ!』
『俺、真っ直ぐな背骨が出たぞ、光輔』
『マジか、二人だといつもすりへった軟骨しか出なかったのに。夕季は』
『あたし、七色の極妻玉』
『すげえ、初めて見た。ゲキレアすぎだろ……』
『古閑さんの今の武器、最高強化できるね』
『……もったいなくて使えない』
ははっ、と笑い、ようやく光輔が秋人を気にかけた。
『小川は』
秋人が苦笑いをする。
「……折れた鎖骨とすりへった軟骨だけ」
『いらね~……』
『一番頑張ったのにな』光輔が残念そうな声を出した。『んじゃ、小川のためにもっぺんいこうぜ』
「いいよ。古閑さん忙しそうだし」
秋人が焦ったように否定する。
すると夕季が小さく呟いた。
『……。もう一回やりたいかも……』
劇中に出てくるゲームや用語はフィクションであり、まったくのオリジナルであるという某国的解釈なため、ツッコミはご遠慮ください。
ちなみにモンハンはドスが好きどす……