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第三十五話 『ブレイク・アウト』 6. 出撃

 


 プログラム・セパルの発動を受けメガルは緊急対応に追われていた。

 それだけでも大変だと言うのに、司令室に詰めていた人員は、それ以外の、想定していた事案に頭を悩ませなければならなかった。

「副司令、先方から詳しく事情を説明しろとのことですが」

 幾重にもたらいまわしにされた連絡を最終的に受け取り、忍が困った顔を桔平へと向ける。

 それを苦虫を噛み潰したように桔平も受け取った。

「何を今さら」ぐっと感情を飲み込む。「プログラムが発動した今、説明もくそもないだろ。理由なんざ告げる必要はない。メガルの最重要事項だと言えばどの国のトップも察してくれるはずだ」

「ですが、今回に限っては、生じる損害の額があまりにも大きすぎて、向こうが納得しないと言うことです」

「納得もくそもねえ。とにかく事情を説明して、丁重に帰ってもらえ。以上だ」

「そんなこと私に言われても……」

「仕方ないわ。演習の規模がケタ違いですものね」

 しれっと意見を述べたあさみを、忍が恨めしそうに見上げた。

「許可をしておいて、勝手に中止にしろとはどういうことだ。誰が責任を取る、というところでしょうね」

 にやりと笑ったあさみを、桔平が不快そうに見やる。

「もともとこっちが嫌がってんのを無理やり強行しておいて、責任取れってか。すげえ難癖だな。そんなの礼節と思いやりを美徳とする国じゃ通用しねえぞ。さすがは訴訟大国だな」

「すごいわね。礼節と思いやりのかけらもない人がよく言うわ。とても同じ日本人だとは思えないけど」

「やかましい! てめえこそ、嫌味だけなら世界レベルだろ」

「そんなことないわよ。あなたの方が世界レベルよ」

「いや、おまえの方がすげえ!」

「いえ、あなたの方が……」

「あの、どう返事をしたら……」

 困り果てた顔で通話口を手で押さえる忍に、二人がこほんと仕切り直した。

「仕方ないでしょ。名目はこの国のためということだったんだから。許可を出したのはそっちだろ。こちらはどんな状況であっても決行する予定でいる。もしそれで被害を被ったとしても、責任追及はしないから、演習は予定どおりさせろ。それをそっちの都合で中止にしろというのなら、損害賠償しろ。一応、筋は通ってるんじゃないの」

「どこがだ。全部ごり押しで決めたことばっかだろ」

「それでも国際問題として見たら、向こうの方が正しいのよね」

「ふざけんなって! いったいどこの国の常識だってんだ」

「あら、常識のかけらもない人がよく言えるわね。どの口がそんなこと言えるのかしら」

「いや、待て。常識がないのを引き合いに出すなら、おまえも大概だぞ」

「そんなことはないわ。私は一方的な常識論を振りかざさずに、ちゃんと相手の立場になってものを考えることができます」

「いや、それを言うなら俺だってちゃんとできてるが、それを承知の上でだな……」

「いい加減にしてください!」

 こほんと咳払いをし、桔平が忍へと顔を向ける。

「で、なんて言ってきてんだ。うちの国の腰抜けどもは」

「はい。こちらとしてはことを荒立てたくないので、先方の望みどおりにすればどうだと」

「あいかわらず腰が引けてやがんな!」

「損害賠償を直接ふっかけてきたようですよ。見積り額だけでも、今国内で発生しているいろいろな復興資金の何十倍という感じです。かなりぼったくってます」

「てめーらで余分な大艦隊勝手に持ち出しといて、何をまあ!」

「どうせ使うのなら、本当に困っている人達のために使いたいですよね」

「まったくだ! なあ、しの坊。ほんと、腹立つな!」

「はい。……そろそろ電話をかわっていただけないでしょうか」

「それを何もしないで無駄に使ったということになれば、あちらの国民が納得しないでしょうね」腕組みをして、おもしろそうにあさみが笑う。「何の実りもない軍事資金をどこが負担するのかってことになると、どうにもこうにも向こうには出所がなくなる。もともとこちらの援助金もあてにしていたみたいだから。お金がないのに無理を承知でやらかしちゃったってところかしらね」

「てめ、何をのん気に笑ってやがる。やらかしちゃった、じゃねえだろ!」

「でもそんな感じでしょ?」

「まあ、そんな感じではあるがな。まったく、どいつもこいつも無責任だな!」

「あの……」

「でもお金がないのはうちの国も同じみたいね。全額請求されても出ませんってことでしょ」

「ええ、まあ……」

 困り果てた様子でうろうろと受話器を差し出す忍から、桔平が顔をそむける。

 今にも泣きそうな忍の顔を眺め、あさみが楽しそうに笑った。

「仕方がないから、この際うちが負担しましょうか」

「!」びっくりマークの忍の顔。「そんなことしちゃっていいんですか!」

 ショーンも同じ顔だった。

 桔平は表情もなく、あさみの次の言葉を待っているふうでもあった。

「仕方ないでしょ。向こうがおさまりつかないって言ってるんだから。形だけでもかっこつけてあげなくちゃね。簡単には引き下がらないとは思ってたけど、プログラム中にまで介入してくるなんてね。意地になっちゃってるんじゃないの。だったら落としどころを見つけてあげないとね。かして、私が出るわ」

「はい」

 ほっと安堵の忍から受話器を受け取り、あさみが交渉に向かう。

 そのにやけた顔を、他の三人はそれぞれの心情で見守っていた。

「話はついたわ」通話を切断し、あさみが三人に笑顔を向ける。「どうせお金はこちらが負担するんだから、ついでに彼らにもオペレーションに参加してもらうことにしたわ。いつかはこういうことも起こりえるでしょうし、意味のない演習で作戦の邪魔をされるよりよっぽどいいでしょ……」


 旗艦で一報を受け、側近の男が堪えきれない笑みをリーダーへと差し向けた。

 その表情だけで、彼はその内容と勝利を確信する。

「手はずどおりだな」

「はい」今にも転び出ようとする笑いを堪えるように、嬉しそうに側近の男が頷いた。「我々の申し出に対し、心強い限りです、という回答がきました。尚、プログラム展開中は危険なので、くれぐれも充分距離を保つようにとのことです」

「危険なので、か」リーダーも堪えることのできない含みを漏らす。「彼らは間抜けの集団か。それともただのお人よしなのか」

「どちらもでしょう。迷惑であることを明言できない劣等国家ですから、表立って本音が出せない以上、結果は何一つ変わりません。彼らは警戒心を持ちつつ、我々との友好的な関係を延々と模索し続けているのでしょう。或いは、我々の決断を甘く見ているとしか」

「仕方あるまい。危機に晒されたことのない平和ボケしきった人間には、目の前のビール缶が爆発することすら想像できないのだろう。彼らが我々の本気を見誤っているのと同様、我々の建前を見抜くことのできる人間はこの国にはいない」サングラスをはずし、邪悪なまなざしを空と海の境界へと向ける。「包囲網は目に見えるものばかりではない。彼らを守るべきものの中にも存在する。我々の正義を擁護してくれる愚かな人材ならば、この腑抜けた国にも吐いて捨てるほどいるということだ」

「文字通り、吐いて捨てられるわけですね」勝利を確信した表情を差し向ける。「ミスター・プレジデント」

「そんな呼び方はよせ」

「いいでしょう。いずれはそうなるのですから。今はまだ肩書きがないにすぎない」

「……」

 表情もなく彼を眺め、リーダーがまたサングラスを着用して世界中へと広がる大海を見渡す。

 その押さえきれない笑みを悟られないように。


 日付も変わった深夜、太平洋上に停泊する揚陸艇の飛行甲板に、三体の竜王を積載したVTOL輸送機が待機していた。

 メガル基地沿岸部よりおおよそ五十キロメートルを隔てた海域で、プログラム・セパルに対抗するべく、光輔らは準備をすすめていた。

 セパルの出現予測地点はそこからさらに五十キロメートル先の遠海だった。

 その距離ならば発動間近に集束したエアタイプのガーディアンで、直接ポイントへと出向くのが通例である。

 だが今回はメガルから非常に近隣の地点であることから、一秒でも早い対応と、迅速かつ確実なフォローを求められた結果だった。

 ガーディアンチームの出動と同時に、不測の事態に備えて甲板に待機していたVTOL輸送機が飛び立ち、三人のフォローに回る手はずとなっていた。

 ガイアカウンターの示した発動予定は午前七時。それまで光輔らは揚陸艇の待機室で仮眠をとったり、精神をリラックスさせることに努めることとなる。

「ふぁ~あ……」

 大あくびをかまし伸びをする礼也とは対照的に、光輔と夕季が余裕のない表情を向け合った。

 学園祭の最終日のことを考えると、気が気ではなかったのである。

 深夜であることと地域性から、一般人の避難勧告は沿岸部のごく一部に出されただけだった。

 だがプログラムの発動情報自体は市内及び近隣都市に向けてすでに公表されており、それが取り消されるまでは、公共交通機関を始めとして多くの組織が活動制限を設けられることとなっていた。

 無論、学校関係はほぼ休校となる。

 山凌学園高校でもこれまでに学園祭が延期となった事例はなく、日程の都合上最終日の日曜が駄目ということになれば、即終了という回答を学校側は提示していたのだった。

「なんとしてでも、八時前にはかたをつけなきゃ」

 ぎらついたまなざしで時計を睨みつける光輔。

 学園祭の開始時刻は午前九時となっており、最終判断はその一時間前までに下されることとなっていた。

「こんな消化不良のままじゃ、やだよ、俺」

 その顔をじっと見つめる夕季。

 夕季は何も答えようとはしなかったが、まなざしに力を込め、光輔同様、午前四時を示す掛け時計を睨みつけた。

 あと三時間で予定の発動時間がやってくる。

 通常ならば一時間前までに出撃の準備をすませておくことになっていたが、今回は三人ともすでに万全のかまえとなっていた。

 ギラつくまなざしをデジタルカウンターに向け、時刻を確認する三人。

 緊張の面持ちで光輔が生唾を飲み込んだ。


 そしてそれはやってきた。

 午前七時ではなく、午前五時きっかりに。


 セパル発動と同時に起こった強大なパルスは、すべての連絡網を遮断していった。






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