第三十五話 『ブレイク・アウト』 3. 姑息な作戦
イベントの店番をみつばらに任せ、光輔と夕季が部室で裏方の仕事をこなす。
光輔ら男子部員はローテーションで店番をすることになっていたが、夕季とみつばは一時間ずつの交替となっており、夕季にとっては休憩時間でもあった。
それでも根が真面目な夕季は、光輔の制止も聞かずに率先して仕事に手を出し続けるのだった。
「コーラ、それだけで足りるかな」
在庫をチェックしていた光輔がそう言うと、夕季が顔を向けた。
「あたし、買ってこようか」
「いや、いいよ。後で一年の子に行ってもらうから。夕季はもうすぐ店番やるんだから、少しゆっくりしてなよ」
「でも……」
自分だけが何もしていない状況を夕季が受け入れがたいのだということに、光輔は気づいていた。
そんな貧乏性の夕季をまじまじと眺める光輔。
「……何」
「いや、別に……」
「……」
思わず苦笑いの光輔。
様々な催し物に溢れる校舎の一角を二人が通りかかると、背後から気の弱そうな女の子の声が聞こえてきた。
「古閑先輩」
「……」
一年生らしき二人組の女子生徒に真顔で見つめられ、夕季が黙って見つめ返す。
すると二人はもじもじ申し合わせながら、夕季の前にデジタルカメラを取り出した。
「あの。写真、一緒に撮ってもらえませんか」
躊躇して一歩後退する夕季を目の当たりにし、光輔の顔から思わず笑みがこぼれた。
「いいじゃん、撮ってあげなよ。俺シャッター押すよ」
「すいませ~ん」
ほっとした様子で光輔にカメラを手渡す二人。
Vサインをする二人の下級生に挟まれ、かちこちになった夕季がフレームに収まることとなった。
「はい笑って」
夕季の表情が硬いままシャッターが切られる。
そのファイルを画面で確認し、嬉しそうに笑う二人の下級生。それから光輔と夕季に礼を言い、きゃっきゃと騒ぎながら行ってしまった。
「もっと楽しそうな顔できないのか。照れくさいのはわかるけど」
二人が去った後でぶすりと光輔がそう言うと、夕季が仏頂面になった。
「うぅるさい……」
そこへタイミングよく現れる、新たなる刺客。
「あ、いたいた。やっぱり戦うバトルガールだった」夕季を指さす、これまた二人組の三年生達。「あのさあ、写真撮ってもいいかな?」
今度は上級生の男子だったこともあり夕季がじろりと目を向けると、思わぬ反応に彼らが少しだけ引いた。
咄嗟に、こらこらという様子で、さっと間に入る光輔。
「あ、俺シャッター押します」
「サンキュー」
夕季が恨めしそうに光輔を見やる。
そんな夕季を軽くいなして、光輔はカメラのファインダーを覗き込んだ。
「ほら、いくぞ。笑顔、笑顔」
その後、通路を抜けるまでにもう二組の後輩の女子達に捕まった。
「は……」
思わぬ展開に、ひと段落後の夕季が、放心したように息を吐く。
そこに光輔からジュースが差し出された。
「お疲れ。大人気だな」
恨めしそうに笑顔の光輔を眺め、紙パックのジュースを受け取る夕季。
「嫌なのはわかるけど、少しくらい笑ってやれよ。みんな思い出作ろうと思って勇気出して声かけてんだから」
「……」光輔から目をそらさずに、夕季が、ぴゅうとそれを吸い込む。
その時、光輔がピーンと閃いた。
みつばと交替でシュート・ターゲットの店番に座った夕季のもとに、初のお客さんがやって来た。
二人連れの大学生と思しき殿方は、にやにやと夕季に色目を使いながら、財布を手に取った。
「いくら?」
「二……」
「百円です」
夕季の声に被せて光輔が愛想を振りまく。
「……二百円って聞いてたけど」
小声でぼそぼそ耳打ちする夕季に、光輔も同じように答えた。
「全然客来なかったから、値下げしたんだよ。お試し期間中は採算度外視」
それを不思議そうに眺めながらも、二人組が光輔ではなく、夕季に硬貨を手渡した。
「二人分、二百円ね。はい」どさくさまぎれに夕季の手をぎゅっと握ろうとする。「マネージャーさん?」
「い……」
その手のひらから、光輔が百円玉を二枚抜き取った。
「そうっすよ。な?」
「……お飲み物は」
「あ、コーラ」
「俺はお茶でいいや」
紙コップに氷をいくつか放り込み、やや複雑そうな表情で飲み物を手渡す夕季。
そんなことなどおかまいなしの二人は、ひたすら怪気炎を噴き上げるのだった。
「おし!」
「やるど!」
「夕季、もっとあいそよく」
こそっと耳打ちする光輔に、夕季がじっと目をやった。
「頑張ってください」
無表情にそう告げる塩店員夕季。
それでもやや軟派な二人組は、嫌な顔もせずにそれを笑顔で受け取った。
「ありがとう。かわいいじゃん。後で写真撮らせてね」
「……」
「別料金っすよ」
沈黙の夕季にかわって、フルスマイルの光輔が営業トークを展開する。
「モデルさんとの撮影は別途で二百円いただきます。握手は三百円」
「マジか! サービス悪いな」
「お客さん。トリプルビンゴ達成で無料解放っすよ」
悪魔の囁きに、ふうむと考え込む二人。
「よし」結論は出た。「もしパーフェクトだったら、ほっぺにチュウってのはどうだ?」
「!」
「いいっすよ」
「!!!」
タレントさんの意向をガン無視し、悪ノリ企画を勝手に進行する悪徳ブローカー光輔。
もはや二人のカモはノリノリ状態だった。
「よし、乗った!」拳を突き上げるカモA。「成功するまでやってやる!」
「毎度あり~!」
「光輔!」
あ然となった夕季が全身から湯気を出しながら振り返る。
それをもみ手をしながら光輔が軽くいなそうとした。
「ああ? だいじょうぶだって。サッカー部の連中がトライして一度も成功しなかったんだから」
「……。もし成功したら」
「ん?」
真剣な夕季のまなざしを受け、光輔の顔から含みが消え失せた。
「……」引きつる笑顔。「……そん時はお願い」
「……」
話題が話題を呼び、サッカー部の企画は学園祭随一のヒット・アトラクションとなり始めていた。
もともとパーフェクト賞、その他もろもろとして、様々な景品を用意はしていたのだが、当初の企画を百八十度捻じ曲げ再利用した、敏腕プロデューサー光輔のキラー・コンテンツ、いわく、シュート・ターゲットならぬ、チュウと・ターゲットとして。
しかしながら九枚のターゲットを十球ですべて打ち抜く難易度はハンパなものでなく、幸いにして成功者は一人も現れなかった。
だがそれだけではあまりに商売本意だということから、お客様へのサービスもかねて、マネージャーとの記念撮影会だけは開放されていた。
ちなみに女性客へのサービスとして、お望みの方にはイケメン部員ならびにややイケメン部員との撮影会も実施されてはいたが、こちらはあまり需要がない様子だった。
「ありがとうごじゃいました~」
残念記念写真を取り終え、美人マネージャの一角、川地みつばがピースサインと笑顔でお客様を見送る。
夕季ほどの華はなかったものの、愛想のよさと愛嬌溢れる人懐こさで、みつばもまずまずの人気だった。
「川地、大人気だな」
光輔にはやされ、みつばが嬉しそうに身体をくねらせる。
「夕季しぇんぱいのバーターでしゅよ。抱き合わせでしゅ」
「そんなことないって。……抱き合わせとか言うの、やめとけな」新たな客人の前で光輔がそろばんを弾く。「いらっしゃいませ。一回ですか。ありがとうございます。二百円いただきます。はい? マネージャーとの記念撮影ですか? ええ、いいですよ。お望みでしたらプレイの後でどうぞ。ただし一枚だけですよ。はい。二人一緒が基本ですけど。ツーショットは基本的になしです。モデルさんの意向ですよ。あくまでもサービスですから。はい? 個別でそれぞれと二人一緒も? う~ん、でしたら五回分まとめ買いで六回分チャレンジというお得なセットもありますけど。ジュースは飲み放題です……」
調子のいい光輔をじろりと見やり、夕季が少し不満そうな顔になる。
なんとはなしに、自分が商品になっているような気がして抵抗があった。
それでも光輔の配慮もあってか、二人がなるべく嫌な思いはしないよう周囲が気を遣ってくれてはいた。
トラブル回避の対策として、撮影時には必ず山凌学園高校学園祭のプラカードを夕季らが持つことになっており、当然モデルへのおさわりは厳禁だった。
どちらかというとあまり表に出ないタイプのみつばもこの状況を楽しんでいる節もあり、あまり目くじらを立てないよう夕季は自粛していたのだが。
そんな夕季の心情は光輔にもよく伝わっていた。
金勘定をする光輔と夕季の視線が合致すると、光輔が卑屈な笑みを浮かべた。
「ははは……」
「……」
作戦開始を間近に睨み、作戦担当者は概要の最終確認を指揮官達に念押ししていた。
正確なメガル内部の見取り図、その周辺の地形図を数メートル四方の指図台に広げ、説明者が一片の破綻もない作戦内容を告げる。
「今回の主役は海軍の大艦隊でも総数三百機を超える航空戦力でもありません。合同演習のゲスト、海兵隊の揚陸部隊と、三十機のLCACです」
彼が差し出した写真をそこにいた全員が眉も動かさずに注目する。
A四大のモノクロ写真には、奇妙な形のホバークラフトが捉えられていた。
「我が軍のものとは違うようだな」
「厳密に言えば」その指摘ににやりと笑みを向ける。「もともとコスト面の高騰を理由にお蔵入りさせておいたものを、極秘裏に海兵隊と陸軍の協力を得て改良を続け、実用にまでこぎつけたものです。現行機よりは小型ですが、よりスピードがあり、低速時においてはほぼ無音で、ステルス性にも優れた傑作機です。従来のものより深い場所への侵入と、より多くの局面に渡っての活躍が期待でき、対戦車ミサイルと三十ミリのチェインガンに加えて複数の重機関銃を搭載し、六十ノットを超える最高速度で約四十名もの兵員をそのまま戦場の前線まで輸送するというシロモノです。陸軍はこのバケモノを輸送機に複数搭載して、低高度から降下させる運用方式を目論んでいるようです。本来ならば兵員の運搬用途でその役目を終えるはずのキャリアが、パラシュートを振り切った後に強襲車両そのものとなって敵地の最前線まで自力で到達し、直接制圧行動を行うなどとは、誰も考えないでしょう。得体の知れない兵器が易々と包囲網を突破し、要塞の内部に重武装の兵員を直接投下したとすれば、相手にとっては悪夢の連続でしょう。ただし、一機あたりの単価が法外なものであるため、それをなるべくロストさせないための運用法がネックとなってきますが」
「金ならばあるべき場所から出させればすむ。リスクを恐れて出し控えたがための失敗など、本末転倒であり愚の骨頂だ。心配無用だ」
「はい」
「戦車を積載するペイロードはないようだが」
「そのかわり、偽装車両に加えて二十名以上の兵士を目的地まで確実に輸送することができます。確かに積載量では従来のものに劣りますが、戦車が必要ならば先行部隊が上陸エリアを制圧してから、従来のエルキャックで悠々と陸揚げすればいい。その方が安全かつ効率的です。従来のシステムで五百名もの人員を上陸させ、数キロの距離を誰にも気づかれぬうちに進軍させるのはほぼ不可能でしょう。数時間かけて陸へ上がった後、さらにその何倍もの時間を要して潜伏しながら進軍しなければならない。おそらくはその間に幾多の目に晒され、必要のない口止めをしなければならないはずです。ですがこの新型エルキャックを用いれば、離艦後わずか十分足らずで目的地の目の前に兵を揃えることが可能です。隠蔽モード時は最大速度というわけにはいきませんが、それでも音も立てずに時速二十ノットで五百人の兵が車両ごと襲撃してくるなどとは誰も考えないでしょうから」
「海軍の大艦隊はあくまでもダミーということだな。意識誘導のための」
「はい。今回の作戦の要となるのは、この新型輸送艇で間違いありません。その総合的な活躍の期待度は、今回動員したすべての戦力を上回ると言っても過言ではないでしょう」
「大層な自信だな」
「ええ。エリアを灰にするだけならば、むしろ我が軍にとって何よりたやすい作業です。ですが無血開城による完全勝利を目論む上で、これ以上の選択肢はないでしょう」
「無血開城など必要ではない。我々の被害がゼロであるならば、奴らは皆殺しでもかまわない」
リーダーの容赦のない物言いに、緊張が走り抜ける。
「それは問題が残りますね」
一人物怖じせずに作戦参謀がリーダーに進言を続ける。
「我々がガーディアンを必要とする時に失ってはならない人間がまだいくらか存在します。あくまでも、現時点での話ですが」
「そうだったな」
にやりと笑うリーダーに、彼も同じ顔を向けた。




