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第二十九話 『いびつな器』 6. 勧誘

 


 いつもどおりの教室内で、秋人は次の授業の準備をしていた。

 いつもどおり席につき、いつもどおり、やや覇気のない様子で。

 そこへいつもどおりの顔が現れた。

「おっす、小川。現国の教科書貸して」

 光輔だった。

 いつもどおりそれを気に止めるそぶりもなく、秋人が机の中から教科書を差し出す。

 それを嬉しそうに受け取り、光輔がこれまたいつもどおりのことを切り出した。

「小川、あれやってる?」

「うん」

 秋人が即答する。

 光輔が示すあれとは何か、聞かずともわかっていた。

 最近発売された、狩猟系のゲームのことだった。

「誰かとやってんの?」

「いや、もっぱらソロだけど。たまにツレとやる時もあるけど、あんまり時間が合わないし。なんだかネットで知らない人とやるのも抵抗あるっていうか」

「じゃあさ、隆雄もやってんだけどさ、おまえも一緒に共闘とかやろうぜ。ネットでさ。二人だと効率がイマイチなんだよな」

「いいけど、俺そんなにうまくないから足手まといになると思うよ」

 一歩引いた秋人にもおかまいなし、光輔はぐいぐいと迫っていった。

「そんなの関係ないって。俺らだってダムラ倒すのギリだし」

「俺、一人だといつも時間切れだよ。無印でも苦戦してたのに、やっぱりGQはすごいね」

「一緒ならいけるって」

「うん、まあ……」

「んじゃ決まりな」強引に押し込む。「これで四人揃った」

「四人?」

「おお」それからいつもどおりとは少し違うことを光輔が口にした。「夕季も買ったからさ」

「え!」

「誕生日にみんなで本体プレゼントしてさ、なんかやれよって感じでさ。あんまやる気なさそうだったから、手伝ってとりあえず上位まではいかせたんだけどさ。あいつさ、マジメだからアイテムとか枯れるまで全部取ってんだぜ。全然進まないし、時間の無駄だよな。納品しなくてずっとキャンプで釣りやってて時間切れとかさ。でもあんま言うと怒ってスネるからな、あいつ」

「……楽しみ方は人それぞれだしね」心ここにあらず。「でもいきなりGQはつらいんじゃ……」

「んじゃ、今夜な。あ、おーい、夕季ー! あのね~!」

「……」


 大沼透は格納庫の片隅にある小会議室で、部下達に指示を出していた。

 メック・トルーパー隊は、全体の統括者である桔平がその下に鳳と木場を置き、それぞれがいくつかの部隊を指揮する形態をとっていた。

 もはや、エネミー・スイーパーという部隊は存在していなかったが、必要に応じて木場の傘下の部隊がその役割を担い、大沼率いる機動部隊もその一つとしてカウントされていた。

 とは言え、もともと大沼は桔平から特別な権限を与えられており、竜王及びオビディエンサーの輸送隊長として、他の隊長連よりも別格の扱いを受けていたのだった。

「おお、沼やん」

 桔平に呼びかけられ、振り返った大沼がやや表情を和らげる。

 常に厳しい顔つきの大沼だが、心を許した相手には柔和な表情を見せていた。

「副局長」

「桔平君でいいって言ったじゃんか」

「そういうわけにはいきませんよ」

「あいかわらずかたいな……」

 指令書を指示机に置き、大沼が部下達に休息を命じる。

 大沼と二人きりになり、桔平が大きく伸びをしてみせた。休憩所へと向かう十数名の隊員達を眺め、大あくびをかます。

「なんか、えれえ人数増えたよな」

「ご自分で増員しておいて、人ごとのように言いますね」

「いや、そういうわけじゃねえんだが」大沼にぶすりと刺され、桔平がバツが悪そうに苦笑いする。「確かにプログラムの発生頻度が激増してきたからな、交代要員を確保するために進言はしたが、まさか三倍近くになるとは思いもしなかった。俺のことを最初から幹部のエリートだって思ってる連中もいるくらいだ。銃の扱い方も知らないだろ、って目で見てきやがる。むかつくったら」

「エリートじゃないですか。もう銃だって持つ必要もない」

「またまた。やめてくれよ、沼やん。俺はチャンスがあれば、またいつでもこっちに来たいって思ってるんだからよ」

「人材がより必要になるのはどちらかということですね。現状を考えたら、むしろあなたは銃なんて持っている場合じゃない。メックを増員してでも、代わりのいないあなたを残したかったんでしょう」

「それが嫌なんだけどな……」

「それだけ進藤局長もことの重要性をわかってくれているということですね」

「局長っつうか、その上ってのかな」

「……」

 大沼がじろりと見やる。

 何気なく差し向けた視線だったが、それは桔平らごく限られた人間以外にとっては、震え上がるほどの迫力があった。

「所帯が大きくなったはいいが、今度は統制をとるのに一苦労だ。隊長として引っ張ってく人間がまだまだ足りない。木場や鳳さんはどっちかってえと、現場人間だしな」

「私に教官をやれと」

「お? さすが沼やん。察しがいいな」ふうむ、と腕組みをする。「本当は俺が鬼隊長をしたいとこだが、そういうわけにもいかない。それに、俺も木場もそうだが、人は勝手についてくるモンだと思ってるから、引っ張る理屈がわかんねえしな。そんなモンばかりじゃ、潰れる奴も出てきちまうだろうし」

「あるかもしれませんね」

「て考えたら、目ぼしいのは沼やんくらいしかいない。木場も同じ意見だった。部隊持ちだから配慮はするつもりだが、おまえさんさえその気なら、その任務に専念……」

「機動部隊は兼任させていただけるのですか?」

 桔平の声を遮り、めずらしく大沼が自我を押し出す。

 その真剣なまなざしに、桔平も口もとを引き締めた。

「今だって結構な負担だと思うけどな」

「兼任させていただけるのなら、お引き受けします。もし無理ならば他の方をあたってください」

「いいのか」

「何がでしょう」

「仕事は倍になっても、給料は倍にはならねえぞ」

「柊さんから個人的にいただけば問題ないでしょう」

「問題大ありだな……」

 桔平が、ふん、と息をつく。相手に対して感服した時に、桔平が無意識のうちにしてしまう仕草だった。

「あんた、ほんとに変わってるな」

「人のことは言えないでしょう。あなたも木場隊長も」

 思わず苦笑いの桔平。

「ま、いいわ。沼やんがどう思おうが勝手だがな、とりあえず今日からあんたは、木場や鳳さんらと同格だ。分不相応だとかは言わせねえぞ。あんたのスペックからしたら遅すぎだって、俺は思ってたくらいだからな。なんなら木場の上司にしてやってもいい」

 大沼が複雑そうな目線を向ける。

 その困ったような表情がおかしくて、思わず桔平が噴き出した。

「職場で呼び捨てにして、飲み屋で敬語使ってりゃいいだろが」

「ぞっとしませんね」

「俺のことを桔平君て呼ばねえからだ。ザマミロ」

「呼んだら、今からでも取り消していただけますか」

 桔平が大沼の顔に注目する。

 とても冗談を言うような表情には見えなかった。

「そんなことすんなら、俺のかわりに副局長をさせてやる」

「でしたら結構です」大沼がふっと笑ってみせた。「お引き受けしますよ。どこまでできるかわかりませんが」

「悪いな、沼やん。いろいろ人材不足なんでな」桔平も安心したように笑った。「どのみち一人浮くんだ。手当てのことはあさみに掛け合ってみるわ」

「期待しています」

「おお、まかしとけ。人がやれないことをやるんだ。それくらいの見返りがなきゃおかしいだろ」

 大沼が笑みをたたえて格納庫を見やる。

 専用トレーラーの上では、今すぐにでも発進できる状態で竜王がスタンバイされていた。

「沼やん。おまえ、火刈の手のモンだろ」

 そのトーンが先までとまったく同じであったため、大沼は一瞬桔平の言葉の意味が理解できなかった。

 やがて遡ってすべてを悟り、同じトーンで返す。

「柊さん、あなたもでしょう」

 互いに顔をそむけながら、二人はそれぞれの臓腑にナイフを刺し入れていった。

「へっ。同じボスの下で働いていながら、俺達は連携はおろか、互いの情報を交換することすら許されない。ひょっとしたら自分の部下達に、互いを殺し合わせるような命令を出しているのかもしれんな。食えねえ野郎だ、あのゲスは」

「食えないのはどちらですかね。相容れない輩に使われる振りをしながら、自分の目的のためにそれすらも利用しようとするあなたの方が一枚上手でしょう」

「人のこと言えるのか?」顔はそむけたまま、しかし真剣な表情でつないだ。「本当に恐ろしいのは、すべてを知りながら、尚も俺達を泳がせている奴のハラだ」

 大沼も振り返ることはなかったが、桔平と同じ顔つきだった。

「火刈には裏の顔がある。エリート官僚としての政務と並行し、政府とメガルの腐った関係を永続的に、円滑に執り行うためのオフィシャルな顔だ。その顔の手足となって暗躍するのが俺達ってわけだな。メガルが政府の手を離れ、暴走しないように見張るのが俺達の役目だ。俺と沼やんじゃ、主たる目的も違うだろうが、そいつは知らない方がお互いのためかもな」

「でしょうね」

「それとは別にもう一つの顔がある。メガルを利用してこの国の実権を手中に収めようとする革命家の顔だ。俺は奴を信用し、奴の信頼と期待に応えながら、もう一つの闇の顔と戦っていかなければならない。おまえさんは?」

「聞くまでもないでしょう」

 大沼が即答する。

「いいんですか」

「何が」

「聞かれてますよ」

 頭の後ろで手を組んだまま、桔平が眠そうな目を室内にめぐらせる。

「かまやしねえよ。聞かれたって、何も変わらない」

 大沼が、ふっ、と笑う。すぐに今までの表情を取り戻した。

「ですが、俺はともかく、あなたの行為は彼らに造反と受け取られはしませんか」

「どう考えてやがるのかはわからんが、ストップがかからないうちは相手にもされてないってことだろう。幸か不幸か」

「つまりその範疇に収まっているうちは、彼らの許容範囲内だというわけですね」

「わかってるくせに聞くなよ」

「仕方がありませんよ。我々にできるのは、何も気づかないフリをして従うことだけです」

「お互いにな」

「ええ。そして彼らは、甘い言葉の次がないことをよく知っている」

 その顔を見なくても、桔平には大沼の真意が手にとるようにわかった。

「来るんですね」

「ああ」桔平が大沼をちらと見やる。「そのためのプログラムだ」

「プログラム、か……。我々がしていることもプログラムみたいなものかもしれませんね。その命がけの訓練を我々は無条件に受け止め、こなしていかなければならない。拒否権はありませんからね」

「すげえ茶番だよな」

 桔平がまた、ふん、と息をつく。

 大沼の表情にわずかにかげりが浮かび上がった。

「信用できないことだらけの彼の言葉の中で、一つだけ当たっていることがある」

 大沼に注目する桔平。

 大沼は振り返ることもなく、淡々と先の続きを口にした。

「凪野博士だけは信じるな……」

 眉一つ揺らすことなく、桔平がそれを受け止める。

「前に同じこと言ってた奴がいたな」陽射しの激しさに目を細めた。「もう死んじまったが……」






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