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第三十五話 『ブレイク・アウト』 1. 迷惑な話

 


 光輔ら山凌高校サッカー部は、学園祭の催し物のための準備を最終段階まで進めていた。

 コンプリートまであと一息。

 そのタイミングでその人物は降臨した。

「バッキシム!」

 空も割れんばかりの大咆哮に振り返る面々。

 その不思議そうな面々の中、光輔だけは振り返る前から迷惑そうな予感を表情に宿していた。

 もう一人、夕季も。

「田村っス」

「再登場しやがった……」

 予想通りの展開に、光輔が辟易顔を向ける。

 そんなことなどおかまいなし、馬ヅラの韋駄天田村がうざうざしい笑顔を振りまいた。

「くしゃみかえたんすけど、どうスか」

「いや、何が……」その第一声で、早くも光輔の心がぽきりと折れる。「なんだ、かえたって?」

「前のよりよくないスか。ハゲモニーも気に入ってたんスけど」

「知らんがな……」

「あ!」

 田村に見つかり、こそっと逃げようとしていた夕季の身体がビクッと跳ね上がった。

「ゆうちゃん先輩、俺のこと覚えてますか」

「……田村君」

 おそるおそる振り返る夕季に、満面の笑みを押し付ける田村。

「名前覚えててくれてたんスか。感激っス」

「さっき言った……」

「いつ言ったんスか! なんか不安っス。そんなことより、先輩、ズルいじゃないスか」

「ズルい?……」

 退かない夕季をして、すでに戦々恐々の表情となりはてるしかない状況にまで追い込まれる。

 それを嬉しそうに眺め、田村がまたまた~という調子で続けた。

「そうっスよ。俺に黙って、こっそりサッカー部のマネージャーになってるなんて、どういうことっスか」

「別にマネージャーになったわけじゃ……」

「違うっスか。そうっスか!」

 とにかく相手に喋らせない。

「じゃ、うちのマネージャーになるって話はまだオッケーっスね」

「……初めて聞いた」

「初めて言ったスからね」

「……」

 自信満々に言い切る田村に、言葉もない夕季。

 辟易する面々も同様だった。

「でもうちの部内では、もうプロジェクト進行中っスよ。俺の発案なんスけど、先輩達以下全員賛同っス。他の部員はゆうちゃん先輩を短距離の選手としてスカウトするプロジェクトみたいスけど、俺一人だけがマネージャー押しの、ゴリ押しプロジェクト、ス。やっぱゆうちゃん先輩にはタオルを渡スより渡されたいスから……」

 その時、思わぬ一角からストップがかかった。

「駄目、田村!」

 微笑みのおかっぱ少女、川地みつばが、田村の後頭部を平手で思い切りはたいたのである。

「古閑しぇんぱいはサッカー部の名誉マネージャーになったんだから」

 初めて聞いた言葉に夕季が一瞬、はっとなり、すぐさま光輔へと振り返った。

「光輔……」

「まあまあ……」

「いててて……」

 脂汗を浮かべつつも笑顔で振り返る、迷惑の魔獣田村。

 それを笑顔で迎え撃つ迎撃要塞みつば。

「何しに来たの、田村」

「川地スか。あいかわらず容赦ないスねえ」

「あいつ、同学年にもあんな話し方なんだね……」

 卑屈な顔を向ける光輔を、夕季が睨みつけた。

「まあまあ……」

「ゆうちゃん先輩がここにいるって聞いて、忙しい陸上部の仕事をほっぽりだしてやって来たんスよ」

「田村、ウザい! みんなが迷惑してるんだから、もう家に帰れ!」

「そうはいかないス。名誉マネージャーとかわけわからんこと言われても、朝ドラの展開並みに納得できんスねえ。毎日ビデオに録って家族揃って楽しく観ているひと時のこっちの身にもなってほしいスね。家族全員で文句を言いつつも必ず三回は観ますから。先輩は陸上部のスペシャルマネージャーになるんスから」

「そういうわけわかんないことばっかり言ってるから、みんなに嫌われるんだよ、あんた」

「あいた~。ひひひ~ん!」

「川地、タメには容赦ないな。……ひひひ~ん?」

 戦慄の光輔、と夕季。

 特に夕季の衝撃はすさまじいものだった。

「おまえら、幼馴染かなんか?」

「違いますよ~、クリしぇんぱい~」

 戦慄の表情で発した栗原に、満面の笑顔で川地が振り返る。

「こんなのちっとも知りませんよ~。中学も違うし、顔もサラダの食べ方も草を食べる時のウマみたいだし、げげげげ~でしゅよ」

 そう言って笑顔で田村の背中を張り手する。

 その見た目以上の凄まじい衝撃に、田村は部室の壁まで吹き飛んでいった。

「ぐう……っス」

「ウマは好きだけど、こいつのウマヅラは勘弁でしゅね。でへへへへ」

 栗原のこめかみを伝う嫌な汗。

「高校で初めて一緒のクラスになったにしては仲いいな、おまえら」

「一緒のクラスじゃないですよ。隣のくらしゅでしゅ」

 壁際でよろめく田村に、とどめとなるさらなる張り手を見舞うみつば。

 背中が反り繰り返るほどのその勢いで、田村は眼前のコンクリ壁に額を思い切り撃ちつけることとなった。

「ぐぶう……っス」

「クラスすら違うのか……」

 光輔と栗原が、顔を見合わせながら同じ感想を口にする。

 そんな二人に、みつばは素敵な笑顔で、でへへへと照れ上げて見せた。

「英語の教科書を貸してあげたらナンシーとマイクの絵にスケベイな落書きして返してきたんで、一発キツいのお見舞いしてやったんでしゅよ。それ以来、こんな感じでしゅよ」

「すごいな、おまえ……」

「そんなことないでしゅよ、ホムしぇんぱい。こいつ、嫌われモンでしゅから、これくらいやらないと。まいったか、田村!」

「……いや、やっぱすごいよ、おまえ」

「うううう、まいったっス……」頭を押さえながら、田村がふらふらと立ち位置に帰ってくる。「なんか気持ち悪くなってきたからもう帰りまス」

「大丈夫か、おまえ」

「大丈夫ス。穂村先輩によろしく言っといてください」

「俺がその穂村なんだけど」

「あ、そうスか。意外ス。なんかぐにゃぐにゃした人かと思ったス」

「ぐにゃぐにゃって……」

「じゃーね、田村」

 みつばが笑顔で田村を見送る。

「ノート、明日返すから」

「ああ、ううん、っス」

「おまえ、あいつにノート見せてもらってんの?」

「田村のノート、すごく見やすいんでしゅよ」笑顔で光輔に振り返った。「あいつ、結構頭いいんでしゅよ。だいたいクラスでも五番以内の成績でしゅから。ノートのすみっこはスケベイな落書きとポエムだらけでしゅけど」

「問題は性格だけか……。ポエム?」

「ハンバーグとかのポエムでしゅ。笑えましゅよ」

「だいたい想像できる……」

「あ」

 振り返り、光輔と夕季に真面目な顔を向ける田村。

「先輩、タイ焼きでしたよね」

「何言ってんだ、おまえ……」

「記憶が飛んでるんスよ。確か次のリレーで先輩達が勝ったらタイ焼きを……」

「飛びすぎだろ! 本当に大丈夫か?」

「大丈夫ス。んじゃ、録画頼みましたよ」

「知らんがな!」


 通電を受け取り、忍が桔平へと振り返った。

「合同艦隊からの連絡がありました。予定どおり軍事演習を行うとのことです」

 すると、じろりと目線を向ける桔平にかわり、ショーンが先に口を開いた。

「すごいですよ。普段は全然違う場所にいる三つの艦隊が一同に介して大々的に行う、前代未聞の大規模演習ですからね」

「昨日の報道もすごかったですね」

 忍の合いの手に興奮したショーンが、鼻の穴をさらに大きく広げる。

「だいぶバッシングされてたけれどね。何故こんな時期にこれだけの規模の演習を日本近海で行わなければならないのかって。より多くの想定をもとにしているから、複合的な演習プログラムが組まれているみたいだね。まず演目の前提がすごい。すでに日本が仮想敵国もしくは想定外の仮想敵、これはプログラムのことを示すわけだろうけれど、それらに占領もしくは壊滅させられている状態から始まるからね」

「はた迷惑な話ね」

 意味ありげに笑うあさみに、桔平が嘆息してみせた。

「まったくだ。何故今さら俺達が人間達からの侵略を受けなければならん。もしプログラムが原因で日本が世界から抹消されようとしているのなら、あちらさんだって本当に味方してくれるかどうかも怪しいもんだ」

「それでも今は、形だけでも守ってくれるつもりでいるんだから、好意は素直に受け取るべきね」

「一理ある」腕組みし、ふうむと唸る桔平。「人間同士の争いを任せておけるというのならば、俺達は自分達の任務に集中できるからな」

「では、了承してもよろしいのですね」

「仕方ないでしょ」忍からの問い合わせに笑顔で応じるあさみ。「寄港までは許可できないけれど、怪我人くらいは受け入れてあげないとね。何万人も参加する演習なら、みんな無事ってわけにはいかないだろうし。それにここならば、よその港よりも目につかないでしょうしね」

「あくまでも最後の手段としてだぞ」

「わかってるわよ」

 桔平に釘を刺され、あさみが意味ありげに笑う。

「事故で何百人も一度に怪我しない限り、受け入れるつもりはないわ。もう話は通してあるから」

 それからもう一度にやりと笑った。

「……でもほんと、すごいですよね」

 二人の間に流れる不穏な空気を感じ取り、緩和策に出る忍。

「プライドの高い艦隊同士が集まって合同演習をするなんて、以前だったら考えられませんよ。しかも海軍だけでなく、海兵隊まで駆り出してて。それだけこの国の重要性を認識してくれているってことですよね」

「本当にすごいのは複数の艦隊が揃ったことじゃなく、そのすべてを一つにまとめられるような命令を下せる人間が動き出したってことだろ。世界中に展開する複数の艦隊を集めて何の意味がある。そんな無駄なこと、自分の力を外部に誇示する以外に考えられん」

「……」

 桔平の皮肉に忍が言葉をなくす。

 それは忍へ向けられたものではなく、いまだ睨み続けるあさみへと投げかけられたものだったからだ。

「太平洋側から首都圏を狙っての包囲侵攻ってな、どこを仮想敵国として設定してやがんだ」

「それが絶対にないと決めつけること自体の間違いを問題提起するとともに、警鐘を鳴らすことが目的だそうよ。ここ最近、また至る所でテロが頻繁に発生し始めたこともあるから、今後世界中でそういった意味合いの警鐘活動を続けていきたいって」

「奴ら自身のための予行演習のくせにな」

「いいセンね。さらに上をいって、予行演習と思わせておいて実際は騙まし討ちの本番だったとしたなら、それこそ効果絶大じゃないの。味方を信じきって準備を怠っていた相手ならば、初期の段階で制圧するのは極めてたやすいでしょうしね。もって五分ってところかしら?」

「バカ言うな。一分もたねえよ。奴らがどれだけの物量を一度に投入し、どれだけの火薬を一斉にぶち込んでくるのか、想像したくもねえ。十万本の矢なんざ、生ぬるい。こんなちっぽけな国の主要都市程度なら、あっという間に焼け野原だろう。勝負は一瞬で決まる。うろたえるだけで何もできずに、あとは声明を出すまでの時間が無常に流れていくだけだ」

「怖いわね。本当にそんなことができるのかしら」

「普通は無理だ。だがそういった輩は、自分達の国の正義のためには、敵をこの国もろとも消滅させるような決断を平気で下せるんじゃないのか」

「だったらどうするの」

 凄みのこもる桔平の一撃にもまるで動じる様子もなく、あさみが微笑みをたたえたままでつなぐ。

「一番手っ取り早い選択は、さっさと彼らの軍門にくだることじゃないかしら」

「奴隷となって生き長らえるためにか」

「いつの時代の話をしているの」ふふんと鼻で笑う。「繁栄を極めた現代人は、支配ではなく共生することによって自分達を守るの。封建的な支配は敵愾心を作り出すだけだから。彼らにとって必要なのは、形式上の平和をいかにして保つかよ。無抵抗の相手にかまけているほど暇じゃないわ」

「……」

「まあいいでしょう」ふっと朗らかに笑う。「たまたまタイミングよくプログラムでもやってきてくれれば、体よく帰っていただくだけですから」

「……。そんなに都合よくやってきますかね……」

 空気を察して沈黙を貫く忍が、空気を読まない発言をするショーンを恨めしげに見つめる。

 対照的な表情であさみと桔平にじろりとやられたショーンが、びくっと竦み上がった。

「!」

 それを眺め、ふっと笑うあさみ。

「そろそろ来そうな感じがしない? なんとなく」

 その意味ありげな笑みを誰も受け取ることができずにいた。





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