第三十四話 『メッセージ』 10. メッセージ
メガル研究棟の地下十二階には、試作兵器をテストするための実験施設があった。
関係者以外はよほどの重要ポストでなければ存在すら知らないこの広大なスペースで、一台のパワードスーツがバギーのように駆け巡っていた。
全高、約五メートル。ロシア支部の製造したインフィニティのおおよそ半分のサイズだが、そのスタイルはかなり異なっていた。
コクピット部分を含む胴体は装甲車を縦に起こしたような無骨な形状であり、そこから伸びた四肢はやや太くはあったが人体のそれに近いものである。
可動部の多い関節は搭乗の際の衝撃を緩和させるべく極めて柔軟に作用し、それはドラグノフのような優れた操縦者が駆るインフィニティをも凌駕する機動性能を十二分に引き出すことに成功していた。
明るくはあるが無機質な照明の下、影すら残さず走り抜ける人型のロボットは、静かな駆動音もあってか、不気味なたたずまいを見る者に刷り付けた。
入り口付近で両手を腰に当てて見守っていた綾音のもとへ、パワードスーツがアイスホッケーの選手が氷の上を滑るように到達する。
かすかなモーター音を残して綾音の前に直立した後、スーツのフロント部がみぞおちの辺りから分割し、それぞれが上下に開かれていった。
狭いコクピット内に押し込められたパイロットが、膝下までリリースされた腹部ハッチの内部パネルの段差を利用して、特殊コンクリートの地面に降り立つ。
窮屈なヘルメットを力任せに抜き取り、そのパイロット、夕季が大きく息を吐き出した。
「すごい。補助具付きの竜王の比じゃない」
狭さと息苦しさを口にするより先に、賞賛の声をあげる。
それを見て、綾音も腕組みをしながらにやっとしてみせた。
「特化型だからね。竜王の時みたいな余分なものが一切ない。だからこれだけ小型化できたし、バッテリー駆動だから静かでしょ。操縦も簡単だしね。あたしも乗ってみたけど、ミッションの車を運転するより楽だったよ。感応指数を自分で調整できれば、今のあんたとまではいかないけど、ゲーム感覚で扱えるようになる。小学生くらいの子達でもごろごろエースが生まれる可能性がある。その上、小さいけれどインフィニティより頑丈で、正面装甲は百二十ミリの戦車砲にも耐えるように設計されてる。テストの時はハッチがちょっとへこんだだけだってさ。ま、さすがに至近距離からそんなのくらえば、いくらクッションがあっても中の人間はただじゃすまないでしょ。狭いのはつらいとこだね」
表情をかえずに夕季が綾音の顔を眺める。
「話には聞いていたけど、もう完成していたなんて。ついこないだ試作段階だって聞いたような気がする」
「あたしもデリーの技術者からはそう聞いてた。実際現地には、これだけの完成品は一つもないみたいだよ」
夕季の脳裏に疑問符が浮かび上がる。
それに気がつき、綾音は少しだけバツが悪そうに笑ってみせた。
「欺かれてたんだよ、彼らに。こいつは特殊なルートを通ってアメリカ軍からかすめ取ってきたヤツさ」
「どうしてアメリカにあるの」
もっともな夕季の疑問に、綾音が表情を落とす。
「アメリカさんがある武器商人から大量に押収してきたものらしいよ。メガが返還を求めているのに応じないけど」
「どうして。デリーで造られたものなんでしょ」
「デリーが否定しているからだよ。うちではまだ完成には至っていませんって。アメリカさんとしても出どころがわからない以上は返還に応じかねるって突っぱねてきやがった。ただいま鋭意調査中だと」
「そんなのって」
「だいたい予想はしてたけどね」苦笑いの綾音がコンクリートの天井を見通して、見えざる何かを見据える。「あたしらの知らないところで世界はどんどん動いている。今は圧力をかけて押さえているけど、お隣さんだからって安易に信用していると、足もとすくわれかねないってことだよ」
「……」
無言の夕季に、綾音はポケットから小型の蓄電池を取り出して差し出した。
「これ、何だかわかる」
「……バッ、テリー」
「当たり。ラジコンなんかに使われてるのとほとんど同じサイズ。こいつはモックアップ用のガワだけなんだけどね。実物は、こんなの一つで戦車が十時間も動くんだよ」
途端に夕季の感情が動き始めた。
「すごい……」
「すごいって言っても、ノーチラス号が完成した時はゴルフボール一つ分のウランで一千万リットル以上のガソリンと同じ容量があったんだよね。まだまだってところかな。ま、こいつの場合は原子炉とかややこしいものがなくて、これだけでパワーゲインとして完結してるから、そういう意味じゃこっちのが全然すごいんだろうけど」
「……」
「不用意に分解しようとすると感電くらいじゃすまない。人間程度なら黒焦げになるか、爆発するかもね」
「……」
夕季が本能的に一歩退くのを見て、綾音も苦笑するほかなかった。いくらニセモノだとは言え、持っていてあまり気持ちのいいものではなかったからだ。
「だいたいこのスーツに使われてるものの、五十分の一くらいの大きさかな。容量もこっちの方が大きい。うちの研究室でずっと開発中だったものが最近完成したんだけどさ、こっそり持ち出そうとした職員がいてね。問いつめたらさっきのことを白状したの。デリーから流れた時、本体とセットになってたのは二世代も前のパワーゲインだったから、本来のパフォーマンスの十分の一程度しか性能を引き出せない。奴さんら、こいつのホンモノを手に入れようとして躍起になってるってさ。こいつが一国の軍事目的に使われてたらと思うとぞっとするよ。竜王用のはもっとすごくて、極小サイズの原子炉並みのエネルギーを持つって言われてたけどね。こんなの一本で最新の戦車が買えるくらいのコストがかかってるのを考えたら、あんた達が使ってるのって国防費並みの価値があるのも当然かもね。ま、ファイアパワー自体は、竜王単体で一国の軍隊に匹敵するくらいだから、当然っちゃ当然なんだろうけどさ」
「……」
「今はこいつ一つを充電するのに何百倍もの電力を必要とするんだけれど、最終的なコンセプトは、この一本が放出するエネルギーの約半分の出力でフル充電すること。この意味、わかる」
その問いかけに、綾音の目を見つめながら夕季が頷いた。
「永久機関」
「そう。それがデリーが目指した終着点。予備のバッテリーを充電しながら機械を動かせば、活動時間や出力は半分以下になるけど、たった二本で半永久的に活動し続けることができる。交互にスイッチングするシステムにすれば、取り替える手間もいらないしね。壊れないことが前提ではあるけれど、突き詰めてさらに効率化と高密度化をはかれば、パワーロスの問題もほぼなくなる。複数本を順番に切り替えていくだけの、まさに永久機関が完成するってわけだね」
「でも、小さな力をより大きな力に変換するには、何か別の力を加えなければならないはず。それができなかったからインフィニティは未完成のままで終わったんじゃなかったの」
「ああ。今言ったことは、実はインフィニティの設計思想とほぼ同じなんだよ。目的も到達目標も同じはずなのに、アプローチの仕方はインフィニティの間逆だってところがおもしろいよね。誰だって気づくよね。本当の問題点は、このゲインを小型化する技術ではなくて、それをより少ないエネルギー供給でフル活用することだって。そこに矛盾点が生まれるから、永久機関は実現しないってことも。それを可能にするのが、感応エネルギーってやつみたいだよ」
「!」
目を見開いて硬直する夕季。
それを確認し、綾音が笑みの中にわずかにやり切れなさを織り交ぜた。
「気づいた?」
「……」驚いた顔のままでわざとらしく首を振る。「全然……」
「嘘言いなさんなって。おまえの顔はわかりやすいんだよ」
「……綾さんほどじゃないと思う」
苦笑いをし、再び綾音が遥か彼方を見据えて天を仰ぐ。
「人間は食べて飲んで寝てれば、死ぬまで動くことができる。息をしているついでに自然と充電の役に立ってれば、無意識のうちに永久機関のサポートができてることになるかもしれない。あんた達が今までフィードバックし続けた感能力のデータは、実はこんなふうに利用されてたんだよね」
「……でも」
「そう。人間は何もしなくても時間が経てばおなかがすくし、眠くもなる。動いていれば当然疲れる。感応エネルギーを利用するってことは、ガソリンを給油したりパワーゲインを消費しなくても、そこに乗っている人間自身を消耗させているってことなんだからさ。もっと直接的に言えば、電池を充電するために、その人の寿命を削って割り当てているってことにでもなるのかな」
「……」
「今はそれを動物実験で試している段階だけれど、うまく成果が出てないみたいだよ。あんたの好きなワンちゃん達もそれに使われてるって。ハラ立つだろ」
「……人体実験は」
「そこまではまだ……」夕季の真顔に気づき、口もとを引き締めた。「やってないってことになってるけど、わからないね。いろいろな噂が飛び交ってる」
「その実験に私達を使おうとしているんじゃないの」
「そんなことしたら、誰がプログラムから地球を守るの。あんたらの他に、竜王を動かせるような人間達がいるってんなら話は別だけれどね。あとプログラムがなくなったらってことになるんだけれど、それはまさに矛盾してることになるよ。プログラムに対抗する手段としての永久機関なんだから」
かまえながら発した夕季の質問にも、綾音は鼻でせせら笑いながら軽くいなしてみせた。
しかしそれをそのまま鵜呑みにするような夕季ではなかった。
「いるんだよね。他にも」
「!」
「そしてプログラムがなくなっても、その計画は止まらない」
綾音が表情をなくしたまま夕季に注目し続ける。それからふっと笑った。
「かもしれないね」大きく伸びをした。「安心しな。人間はそこまで愚かじゃないから」
考えにふける夕季を、綾音が複雑そうに眺める。
夕季は何故綾音が自分をここに連れてきたのかを考えていたのだった。
またそれを見抜いていた綾音も、その用意された答えを予定どおりに並べ始めた。
「夕季。こいつはね、腰にある大きなモーターがメイン動力になってる。それをバッテリーで駆動させることによって生じたエネルギーを、増幅装置を介して、動力や電力その他のエネルギーとして各部へと伝達する仕組みなの。ローラーなんかの回転軸はベアリングとカムシャフト、マニュピレータや関節回りは油圧じゃなくて、タイムラグゼロの熱反応形状記憶合金製の硬質ワイヤーが使われてる。人工筋肉みたいなもんだね。従来型の油圧パイプやサブモーターの類がほとんどないから、これだけシンプルにまとまったんだよ。専用コイルガンに供給されるエナジー・フィラメントも、すべてメインモーターの発電から伝達される。もっと平たく言うと、バッテリー自体は背中のマスターシャフトを回すためだけのものってこと。そこに何本ものスレイブシャフトが独自にアクセスして、全体を動かす仕組みなの。スレイブシャフトをつなぐためのスイッチは、小さなサーボモーターみたいなのを動かすだけだから、乾電池くらいの微量な電流でも充分。当然そんなものではフレームの作動には適さない。こいつの弱点はね、ここ」世間話のように何一つ口を濁らせることもなく、綾音がパワードスーツの腰と背中の中間を指差す。「人間で言うところの背骨にあたる部分に、すべての脈流へとつながる血管のようなものがある。ここを遮断すると指の先まで動かなくなる。機銃程度ならなんとか持ちこたえられるだろうけれど、グレネードの直撃くらったらさすがにヤバイだろうね。覚えときな。どうしてそんなわかりやすいとこにわざわざ弱点を作ったのか、あんたならわかるよね」
そう言い、意味ありげに笑った綾音を、夕季は何も言わずに見つめていた。
「……。一日、延びてよかったね」
「ん?」ふいに言われ、嬉しそうに笑いながら夕季の顔を見やる綾音。「ああ、うん。本当は明日には帰らないといけなかったんだけどね。ちょっと無理言って」
「何か用でもできたの」
「そういうわけでもないけどね」気持ちもじもじとしながら顔を向ける夕季に、綾音はとびきりの笑顔を向けてみせた。「こっちに来てから、ちゃんとした休暇ってのもなかったし、一日くらいのんびりしたくてさ」
「一人で?」
「あたしが一人じゃいられないこと、知ってんでしょ」
夕季の反応がないことが気になり、綾音が振り返る。
夕季は何もない後ろの壁に顔を向けたままだった。
「どうした」
「……別に。……誰かの声がしたような気がして」
「……。誰かに見られてたのかもね」
それをありえないことではないと結論づけた綾音に対し、夕季は意外なことを口にした。
「……。気のせいだと思う」綾音の顔を静かに見つめる。「……最近、ずっとそんな感じだから」
「……」
どこか当ての外れた様子の綾音の表情。
気持ちを切り替え、また夕季に笑いかけた。
「夕季。光輔から離れちゃ駄目だよ」
「!」
ここでの一番のびっくり顔を見せる夕季。
それをこともなげに受け取り、綾音は先につないで言った。
「あんたから見たら、あいつはたいしたことない奴なのかもしれない。だけどね、あいつと一緒にいれば、あんたは絶対に道を見失わないから。それはあいつや礼也も一緒だけどね」
「……」ぐむ、と夕季が口ごもる。それから思いつめたように顔を上げ、綾音に真剣なまなざしを向けた。「たいしたことないなんて思ってないよ。光輔はすごい奴だから。あたしが逆立ちしたってかなわない……」
「そっか」綾音が笑う。静かに、穏やかに、嬉しそうに。「ならいい」
「……」
すごいことを言ってしまったとばかりに顔を伏せた夕季を、綾音がまたおもしろそうに眺めた。
ふっと笑って、綾音が夕季の顔をしげしげと眺める。
「あんた、顔、かわったね」
ドキッとする夕季。おそるおそる綾音を見上げた。
「……確かに、ちょっと太ったかも」
「……あ、そうなんだ。ふ~ん……」
「……。綾さんも……」
「うるせい!」
苦笑いの綾音が、はあ~、と息を吐き出しながら大きく伸びをした。
「この先、いったいどうなっちゃうんだろ」
「……」
「次にやってくるのは、プログラムですらないのかもしれないね」
「どういうこと」
何気ない綾音の一言に、夕季が真顔で反応する。
それを別段たいしたことでもないと言わんばかりに、綾音は笑い飛ばしてみせた。
「プログラムですら……。むしろプログラムが私達を守るためのものだったとしたらって、ふと考えただけだよ」
「そんなはずない。そのために死んでいったり、多くのものを失ってしまった人達がいる。そんなものが私達を守るためのものであるはずがない」
その懸命な様子に綾音が表情を改める。
「そうだね……」
それから二人は、しばらく乳白色の天井を眺めていた。




