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第三十四話 『メッセージ』 2. やって来た人

 


 小田切ショーンは場違いな場所に立ち、かちこちに固まった全身もろとも緊張の面持ちを眼前の人物へと向けた。

 メガルの大集会場で大勢の職員達が見守る中、何とか省の何とか大臣代理などという大層な看板をぶらさげ来訪した人物がものものしく感謝状を受け渡す。

 先日の二百六便の救出作戦の立案者として祭り上げられたショーンが、メガルを代表して名誉賞を受け取ったのである。

 その功績として、肩書きの『見習い』が取れるという出世まで果たしたのであった。


 食堂に光輔らの姿があった。

 礼也や雅もまじえ、辟易した様子の光輔と夕季が学園祭の話に興じる。

「いいなあ、学園祭。あたし、演劇やりたい」アイスクリームを口一杯に頬張りながら、雅が夕季に目を向ける。「あたしがお姫様やるから、夕季はいじわるな魔法使いのおばあさんやって」

「いじわるはおまえだろ」

 的確な光輔のツッコミにも、雅は満面の笑顔で振り返った。

「じゃ、いじわるなお姫様でいいよ」

「お姫様ならなんでもいいのか……」

「だってお姫様ですもの。わっちはいじわるプリンセスどすえ。おほほの、ほっ!」

「全体的に変だよね」

「まあよ、こいつが魔法使いのおばあさんってのはアリだがな」

 クリーム・ソーダのストローをくわえておもしろそうに笑ってみせる礼也を、ジロリと睨みつける夕季。

「お姫様よか、ジャンヌ・ダルクて感じだからな。や、アマゾネスか」

 礼也の言葉に、雅がまたもや反応した。

「あ、それかっこいい!」

「わ、バカ! 口ん中のモン、飛ばすなって!」

「いいな夕季、あたしもそれがいい」

「わ、雅、汚い!」

「いじわるなジャンヌ・ダルクかって」

 礼也が苦笑いした。

「そう」

「なんかやだ、それ……」

 呟く光輔に向かい、雅がキリリと表情を引き締めた。

「んんんんん! ヘッヘッヘ、拙者はいじわるジャンヌでござる。お命ちょうだいな、ゲヘヘヘ……、オホッ!」

「なんかポンポン飛んでるから、さっきから……」

「嫌なジャンヌだって……」


 夕季は神妙な顔つきでその部屋の前に立っていた。

 隣で苦笑いする光輔がおもむろにサッカー部の部室のドアを開ける。

「あの……」全注目の中、への字口の夕季をちらと横目で見る光輔。「手伝ってくれるって……」

 一瞬の沈黙の後、部員達の狂気乱舞が始まった。

「マジか! 本物の戦うバトルガールじゃねえか」

「これが本物か」

「ほんとにいたんだ!」

「でかした、ホム」

「おまえレギュラー決定だ」

 恨めしそうな様子で夕季はずっと光輔の横顔を睨みつけていた。

 その気配が怖すぎて、さっきからずっと光輔はまともに顔を向けることができない。

 説得の決め手は、ジョトの散歩権フリーパス獲得の交渉だった。

 俺に任せておけ悪いようにはしないから、というどんとこいのかまえから夕季を楓のもとへと連れて行き、本人の目の前で、ここだけの話ですが実を言うと夕季はこんな顔して大の犬好きだったのです、ということをやたらと熱く大声で強調して、楓を始めとするクラス中をあっ気にとらせたあげくに、

『別に今までどおり好きな時に来てくれればよかったのに。古閑さんが犬好きだっていうことはずっと前から知ってたし。穂村君、前にもそんなこと言ってたよね。弟達も知ってるし。他にも穂村君からいろいろ聞いてるよ。エルバラもフィギュアとか集めるくらい大好きなんだよね。あ、これ内緒だっけ……。大丈夫、弟達には知らないフリしとけって言っておくから』

 という言葉を引き出した上でである。

「……」

「まだ睨んでるし……」


「桐嶋先輩ですよね」

 放課後、花壇の手入れをしていた楓が、背後から声をかけられ振り返る。

 そこには満面の笑顔の茜がいた。

「……はい」

「私、二年A組の水杜茜という者です」

「はい……」

 戸惑う楓を、溢れんばかりの笑顔の茜がひたすら熱いまなざしで見つめる。

「すみません、突然。二学期になってからこちらに転校してきた者ですけれど、クラスの人達から先輩の噂を聞かされてて、ずっとお会いしたいなって思っていたんです。すごく勇気出してお声をかけたんですけど、でもやっぱり、思ってたとおり素敵な人でよかった」

「……」

 ぎゅっと楓の両手を握り締め、ぐぐぐいと顔を近づける茜。

「私、先輩みたいになるのが目標なんです。またいろいろ教えてください」

「……ええ」

 瞳をキラキラ輝かせる茜の顔を、楓は戸惑うように見続けるだけだった。

 その手口が、自分が打算的に他人に近づく時のものに極めて酷似していたからである。


 客人夕季を迎え、サッカー部の催し物の準備はちゃくちゃくと進みつつあった。

 とは言うものの部員全員が夕季に気を遣い、何も手が出せない状態でみなの仕事振りを眺めるだけだったのだが。

「何か手伝います」

 手持ち無沙汰になった夕季が自ら申し出て手伝おうとする。

 それに対し、キャプテンは申し訳なさそうな顔を向けるだけだった。

「いいよ、悪いから」

「でも……」

「いいから、古閑さんはゆっくりしてて。本番ではたくさん手伝ってもらうことになるだろうからさ。古閑さんは大事なお客さんなんだから」

「……」

 疎外感を顔に滲ませ口もとを結ぶ夕季。

 その時やや離れた場所から光輔が夕季を呼んだ。

「おーい、夕季、こっち手伝って」

 校舎裏のサッカー部に割り当てられたスペースの隅で、光輔はシュート・ターゲット用のパネルを作成していた。合板をのこぎりで器用に切断し、次々と組みつけていく。

 夕季も光輔にならって作業を始めたものの思いのほか難しく、真っ直ぐ木の板を切ることができなかった。

「貸して」

 困惑する夕季を見かねて、光輔が修正する。光輔が歯を入れると板は真っ直ぐに切れ、見る見るうちに綺麗な面が出来上がった。

「何?」

 じっと眺めている夕季に気づき、光輔が不思議そうな顔を向ける。

 すると夕季は感心した様子で光輔の手元を見続けながら、素直な感想を口にした。

「器用だなって思って」

「ああ。施設でよく手伝ってたから」特に気にかけることもなく光輔が笑ってみせる。「それ切って貼り付けといて」

「うん」

「おい、ホム。ノリある?」

 他の部員の声がし、二人が顔を向ける。

 その部員は複数のクッションを組み合わせたようなマスコットを持っていた。

「ああ、栗原、これでいい?」

「お、サンキュー」

「それ縫った方がいいと思う」

 夕季の声に同時に振り返る二人。

 ポカンとした二人の表情を目の当たりにし、自分が真剣な顔をリリースしていたことに夕季が気づいた。

 バツが悪そうに顔をそむけた夕季に、次期キャプテン栗原が困ったように笑ってみせる。

「いや、でもメンドいし、糊でいいかなって思って」

「糊だと取れちゃわないか。外に出しとくんだろ、それ」

「ああ、そうなんだけど、ほんとは川地に頼んどいたんだけど、あいつも裁縫苦手みたいで後回しにしてやがってさ。もう、二日もてばいいかなって感じで」

 手を止めたまま光輔が仲間とマスコットの出来損ないを見比べる。それから夕季に目をやった。

「家庭科得意だっけ」

「得意じゃないけど……」急に振られ、夕季が自信なさげに顎を引く。ややもじもじしながら控えめにつないだ。「それくらいなら、たぶん」

「頼んでもいい?」

「いいよ」

 少しだけほっとしたように夕季が頷いた。

 その時だった。

「すみませ~ん、遅れました~」

 光輔と夕季が顔を向けると、キャプテンの前で頭を下げる小柄な女子生徒の姿が見えた。

 おかっぱ頭の女子マネージャー、川地みつばだった。

 みつばの右足に巻かれた包帯を眺め、夕季が眉間に皺を寄せる。

 それは到底全治二ヶ月のケガには見えない、すっきりとしたものだった。

「光輔……」

 ただならぬ雰囲気を感じ取り、光輔がビクンと肩を上下に反応させる。おそるおそる振り向いたものの、夕季の顔を見ることはできなかった。

「……全治二週間の間違いだったのかな」

「……」

「でも不自由そうでしょ」

「あ!」という声に振り返る二人。

 すると満面の笑みを浮かべてマネージャー川地が走り寄ってくるのが見えた。

「ホムしぇんぱ~い! 手伝いま~す!」

「すごい回復力だよね……」

 手を振りながらドドドと爆走して来るみつばを眺め、光輔がゴクリと生唾を飲み込む。

 睨みつけているであろう夕季から、ひたすら顔をそむけることしかできなかった。

「あ、古閑しぇんぱ~い! はじめまして!」


「どうしたの、夕季。難しい顔しちゃって」

 自宅でむすっとした様子の夕季が気になり、忍がその顔を覗き込んだ。

「別に」むすっとそれに答える。「ちょっと、いろいろあって」

 その隣で夕飯を食らっていた光輔が、びくっとなって卑屈な笑みを向けた。

 二人の様子を察し、雅がおもしろそうに笑う。

 一人わけのわからない忍が、首を傾げながら夕季に言った。

「おんなじとこにばかり皺つくってると跡が残って大変なことになるからやめなよ。眉間に皺の跡がある女の子なんて見たことないよ。ブッチャーじゃあるまいし」

 そんな心配性の忍に、にっこりと雅が笑いかける。

「しぃちゃんはキャラ付けが多すぎて見ている方が大変なんだよね」

「何言ってはるの……」

「……ブッチャーって何?」


 その時、獲物を捕捉した鋭い両眼が、冷たいナイフのように光った。

 かつて何たらかんたらの何やらと言われて恐れられたかもしれないという自己申告を掲げる、鬼の大城室長その人だった。

 自分の管轄するフロアで見知らぬ人影を見かけ、大事の前に火消しをしてしまおうと考えた次第だったのである。

 日頃の鬱憤を晴らすよい機会としても。

「そこの人、何か用なの」大城の目がキラリと光る。「ここの人間じゃないでしょう。何やってるの」

 問われた人物が、申し訳なさそうにそうに頭を垂れる。

「すみません。久しぶりだったもので」

 それは大城のコンディションをさらに上方修正させた。

 隣で渋い顔をみせる取り巻きの助言すらシャットアウトするほどに。

「あの、室長……」

「後にしろ」

「はあ……」

 脂ぎった顔中に闘志をみなぎらせ、大城がまたフィールドに戻る。

「身内なのか。気をつけなさい。ここは遊び場ではないんだ」

「あ、はい……」

「IDカードはどうした」

「あ、いけない。荷物の中に入れっぱなしで。すぐに取ってきます」

 大城の両眼がキラリと切れたナイフ色の光を放つ。

「ちょっと待ちなさい」

 そそくさと立ち去ろうとするその人物を呼び止め、萎縮する肩に手をかけた。

「一緒に来てもらおうか。最近変な輩が多くてな。身元の確認が取れるまでは拘束させてもらう」

 困った様子でその人物が振り返ったその時だった。

「コラーっ!」

「ひいいい!」

 怒号一発、ふいの一撃に大城がビクンとすくみ上がった。

「何やってんの、あんたは!」

「す、す、す、すみません」

 さらにたたみかけるその声に、日頃のトラウマからなる条件反射なのか、大城がビクンビクンと痙攣し続ける。

 しかしその声の主はおびえる子羊大城を通り越し、通路の向こうでポケットに手を入れて歩く人影へとズカズカ詰め寄っていったのだった。

「こんなとこでそんなもの食べてちゃ駄目でしょうが」

 メロンパンを口にくわえ、対象の人物、礼也がポカンとした顔を向ける。

 ところがムッとする様子もなく、一瞬の間を経て、礼也はその顔をほころばせたのだった。

「……綾さん」

 その呟きに、腰に手をあてて伏見綾音がニヤリと笑ってみせた。






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