第三十四話 『メッセージ』 OP
その部屋は不穏に満ちていた。
それまでの功績と先人達の偉功をふんだんに強調したアクセサリーに囲まれ、物々しげな表情で彼が鎮座する。
ノックの後、マシンのような敬礼が訪れ、彼は己の手足にも等しい人物を懐に招き入れた。
「何か進展はあったか」
表情も変えずにそうたずねた彼に、しかし報告者は懸念を伝えるのだった。
「ゴーサインは出ません。ここへきて、何らかの圧力が働いたものと思われます」
「先を見通せない馬鹿者どもが」
くわえていた葉巻を傍らへおき、立ち上がって窓の外へ視線を泳がせる。着用したままのサングラスすらも拒絶するほどの激しい陽射しが、彼の全身をつかみ取ろうと攻め立てた。
「予定通り決行する」
その一言に報告者の表情が一変した。
「穏健派からの突き上げが危惧されますが」
「理由づけなら何とでもなる」そう言い、にやりとする。「心配するな。ミスターは腰抜けだ」
「しかし……」
「これが最後のチャンスなのだ。今を逃したら、もう二度と我々の元に幸福の使者は訪れはしない。我々の方がカードをより有効に使うことができる。身に余る力を持てあますような腑抜けた劣等国家に、人類の存亡を左右するほどのジョーカーを持たせておくのはもったいないとは思わんのか。いや、これこそが全世界の平和につながる道しるべであるはずだ。国民が求めるわが国の理想像は何だ」
「……強いステーツです。何ものにも屈しない、最強のステーツ」
「そうだ。アジアの劣等民族にイニシアチブを握られ、テーブルでカタンをするだけならば、五歳の少女にもできる。そんな情けないステーツなど誰が誇りにできよう。とは言え、形式上は外敵によって壊滅した彼らを我が軍が保護した状況にせねばならんがな」
「それは理解しておりますが……」
報告者が最大の懸念を口にした。
「そこへ辿り着くまでに数多くの選択肢が存在することは否定できません。一方通行な解釈による強引な略奪行為は、その後の友好関係に支障をきたすことになるのではありませんか」
「そのことなら案ずるな」またにやりとする。「すでに承諾済みだ」
世界中を手中に収めんとせんばかりの表情で。
「いててててっ!」
遊佐ケイゴはどこぞの前衛絵画のように顔をゆがめ、憤死直前の悲鳴をあげていた。
その原因は、厳しい表情で完璧な関節技をかけるマスター、ドラグノフだった。
「何やってんの……」
あきれたように伏見綾音が腰に手をあててみせる。
するとだだっぴろい工場の隅で、マーシャも綾音と同じ格好をして振り返った。
「ケイゴがまた日本に行きたいって言うから」
「はあ?」
それを口をぐむむむと結んで受けるドラグノフ。
「さんざんみんなに迷惑をかけておきながら、そんなわがままが許されるとでも思うか」
「そうよ、わたしだってユーキやレーヤ達に会いたいのを我慢してるのに」
「いや、だってさ……」
「問答無用だ」
「あたたたた!」
その光景を眺め、ふう、と息をつく綾音。
「やれやれだね」
それから不敵に笑った。




