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第三十三話 『百人のわからずや・後編』 7. 討伐行

 


「雲の上飛んでんのに、なんでカミナリが落ちんだって」

 全速力で目的地を目指す途上で雷砲を撃ち砕いた後に、礼也が疑問を口にする。

 その問いかけに、前を向き集中を続けていた夕季が答えた。

「雷は上にも落ちる」

「はあ?」不快そうに顔をゆがめる礼也。「上に落ちるって変だろ、おまえよ」

「……」夕季がぐむむと口を結んだ。「ストリーム現象で」

「んだ、そりゃ?」

「どう説明すればいいの!」

「おお! 切れやがった!」

「ええっ!」

 突然ぶち切れ始めた夕季に、思わずのけぞるドン引きの二人。

「もう静かにしてて! 集中できないから!」

「お、おお、悪かった……」

「俺も、悪かった……」

「おまえもなんかしたのか」

「……いや、なんとなく」

 二人が間抜けな顔を向け合った。

「そろそろだから」

 夕季がそう呟くや、二人の顔つきが一変する。

 それはきたるべき決戦を見据えた、戦士の表情だった。

 メガルから約四百キロメートル離れた、一万メートルの上空にそのポイントはあった。

 そこに近づいただけで、ふいに夕季が吐き気をもよおす。

「夕季、大丈夫か!」

 光輔の心配を片手で制して、目一杯眉間をゆがめたまなざしを前へと向けた。

「みやちゃん、大丈夫……」

 眼前のスクリーンに現れた雅の顔も、先までとは違い余裕を失ったものだった。

『……ちょっとヤバめ』

「やっぱり……」夕季が少しだけ考え、それを口にする。「さっき通った時は何も感じなかった。なんとなく、どんどん雲が集まってきているようにも見える」

「おい、てこたよ……」

 礼也の憶測に頷いてみせる夕季。

「あたし達がここをつきとめたことを理解した上で、臨戦態勢に入った……」

 言い終わる間もなく、夕季がカッと目を見開く。

 一瞬のスパークが三人の顔を照らすと同時に、夕季がアクションを起こした。

「ブラクト!」

 空中で展開していた巨大な翼をチューリップの花びらのごとく全身に巻きつける。

 それにからみつくように光のロープが巻きつき、翼のらせんを辿りながら遥か上空へと突き抜けていった。

「ぐあああっ!」

 頭を押さえて絶叫する光輔。

 状況判断の整理に失敗したのか、礼也のように咄嗟に防御行動に移行できなかった光輔一人が、うまく攻撃をいなせずダメージを受けてしまったのだった。

「ごめん、光輔、大丈夫!」

 不覚を取ったのが己の連携ミスだと判断した夕季が、光輔の身を心配して振り返った。

「ボケボケしてんじゃねえぞ、光輔! てめえもくるのはわかってただろうが!」

 夕季の心配をよそに、あくまでも気の緩みだと言わんばかりの礼也が、光輔をたしなめる。

 それを受ける光輔の顔も、あくまでも己を責めるものだった。

「ああ、悪い……」

『違うよ、礼也君。光ちゃん、ちゃんと反応できてた』

「はあ!」

 心配そうに顔を出した雅に、三人が注目する。

『光ちゃん、あたしの反応が遅れたのを知って、かばってくれたの』

「もういいって、雅」

『よくないよ』

 ふさぎこむ雅の顔をまじまじと眺める礼也。

 連続して作戦行動を行ってきたため、その疲労の度合いは誰の目にも明らかだった。先の休息願いも、おそらくは本当の体調不良からだったに違いない。

 それまではメインとなる夕季が雅の露払いをしてきたのだが、ここへきて夕季も疲労が蓄積し、他人のことまで手が回りきらなくなってきたのも確かだった。

「おい、夕季」

 ジロリと夕季を睨めつける礼也。

「これから雅の負担は全部俺が引き受ける」

『礼也君……』

「腹立つが、空じゃどうしようもねえ。そのかわし、雲野郎はおまえと光輔で何とかしろ」

「……」

「それじゃ駄目だよ」

 光輔の苦言に、他の三人が顔を向けた。

「防御力は海竜王の方が高い。エア・スーペリアの依存度をさらに海竜王よりに傾けて、ダメージは俺が引き受けるようにするんだ。二人は早くフールフールの本体を見つけて、叩いてくれ」

「光輔……」

「わかった!」夕季を置き去りにし、さっさと礼也が雅を見据える。「雅、今光輔が言ったとおりにしろ。そうすりゃ、夕季の負担も減らせる。本体を見つけたら、あとは陸竜の攻撃力で一気に叩く」

『礼也君……』

「そうしてくれると助かる」光輔が嬉しそうに笑った。「俺、何も貢献できてないからさ。これくらい引き受けさせてよ」

「んなの、俺もだって! 夕季一人にいいとこ持ってかれっぱなしで、これじゃ寝つきわりいだろって話だ!」

「はは……」

「またくる!」

 夕季の合図で再びブラクトを形成するガーディアン。

 天を割るいかずちを頭上に放ち、今度はダメージをほぼゼロにまで軽減させることに成功した。

 ブラクトを開きまっすぐ前を見つめる夕季を、礼也と光輔が畏怖の表情で眺める。

「これでいけると思う。うまく絶縁体のイメージが作れたから」

 ぽかんとなる礼也と光輔。

 その時、光輔の頭に電球が点った。

「あ、夕季、ゴムだな、ゴム。マンガで読んだことがある。ゴムにすれば電気を通さないからな」

 それに大げさに礼也が反応した。

「マジか。無敵じゃねえか!」

「無敵だよ」

「んじゃスーツもよ、これじゃなくてウエットスーツとかにしとけばよかったんじゃねえか」

「あ、それ、なんでもっと早く気づかなかったんだろ」

「だろ」

「また!」

 次の攻撃を、ガーディアンは翼を展開したままの姿勢で受けた。

 ガーベラ・スクレイパーと名づけられた両刃の剣をそれぞれの手に持ち、クロスした状態で雷撃を受け止めるや、振り払う動きとともにそのエネルギーを放散させる。

 身体の表層を走り去っていった残りの雷撃もものともせず、ガーディアンは青白く光を放つ両眼を怒りそのまま見えざる敵へと叩きつけた。

「……。おい、今の直撃だろ……。本当に無敵なのか」

「……」

 ごくりと生唾を飲み込む礼也にも、夕季は何も答えようとはしない。

 かわりに光輔が勝手に躍り上がった。

「わかった、ゴムだ。ゴムを装甲に被せたんだな。ゴムは完全な絶縁体だからな!」

「違う、ゴムは……」

「そうだろ。ゴムだろ! な!」

「……ゴムでいい」

 根負けしたように夕季がそう告げる。

 すると光輔は、「やっぱり!」と息巻き、ふんごーと鼻息を噴き上げた。

 何となくおもしろくない礼也。

「おい、静電気をはらう毛のやつにしとけ。そっちのがもっと無敵だろ……」

「あ、夕季、あそこ!」

 礼也を押しのけ、絶好調の光輔が躍動する。

 数キロメートル先の雲がかすかにハレーションを起こし、直後に直線の雷撃を繰り出してくるのを認めた。

 その一瞬の中で、光輔は見たのだった。

 人の姿を形どる、ガーディアンとほぼ同じ大きさの巨大なシルエットを。

 避けるどころか、一直線に雷撃へと突進を開始するガーディアン。

 そのいかずちの刃を雲ごとガーベラで切り裂き、全速で相手のいた場所へと迫った。

 直後、気配が途切れ、敵の居場所を見失う。

「いた!」

 またもや光輔の声に視線を向けると、小さな輝きとともに、白く染まる雲の中、人型のシルエットが赤く浮かび上がるのが見えた。

「そういうこと……」

 雷撃の到達よりも先に、ガーベラの一本を光の彼方に投げつける夕季。

 雷の束を紙一重で避け、手ごたえのあったポイントへと最速の接近を試みた。

 そこで三人は確認する。

 徐々に色を失い、雲の中に埋もれていくその姿を。

「逃がさない」

 気配ではなく、突き立てたガーベラ・スクレイパーを目指して猛追するガーディアン。

 もうもうと立ち込める雲間をかき分け、ついにフールフールのその姿を捉えることに成功した。

「これが……」

「……本体か」

 光輔と礼也がおぞましさを表情に露とする。

 ガーディアンに羽交い絞めにされ、逃れるべく絶叫を巻き上げたのは、細身の人間の裸体に鹿の頭と下半身を結合させたような醜悪なものだった。ただ赤く燃え上がる尻尾は細く長く、全身の倍はあろうかという極薄の翼を蝙蝠のように跳ね上げていた。

 攻撃を仕掛ける時には赤く光を放つが、普段は白いままで無数の雲の中にまぎれていたのである。

 拘束されたため身動きがとれず、苦しげに喚き出すフールフール。

 その生物とも機械とも判別できないような叫び声は、罠にかかった野生の獣が逃れようともがく必死のあがきそのものだった。

 無機質な両眼の輝きと、全身をみるみるうちに燃え上がらせる所業以外は。

「おい、またくるぞ!」

 礼也が焦りの色を浮かべ叫ぶ。

 夕季も同じ顔を向けた。

 いくら絶縁イメージをもうけたとしても、ゼロ距離であの雷撃をくらえばただではすまない。

「夕季、礼也、考えがある」

 光輔の声にはっとなる二人。

 そのそれぞれの顔を静かに見据え、光輔は自信満々に頷いてみせた。

「あれが奴の目一杯のチャージなら、パンクさせることができるはずだ。雅ももう少しだけ頑張って」

『いいよ、光ちゃん。頑張る。おばさんのかたきだもんね』

「死んでねえだろ……」

「死んでないよ……」

『縁起でもねえこと言うな、おまえら!』

「よし」光輔がフールフールを睨みつける。「一発で決めてみせる!」


 司令室では見守る大人達が総立ち状態となっていた。

 ようやく本体を捕まえたかと思えば、突然ガーディアンが海目がけてダイブを始めたからだった。

 フールフールを抱えたまま、垂直降下でぐんぐんと加速していくエア・スーペリア。

 その間にもフールフールは赤く帯電を続け、今にも雷撃を放出しようとしていた。

 帯電をカウントダウンしつつ、海面が迫っても減速をすることなく、全速力で海中へとダイブしていくガーディアン。

 パインツリーのような水しぶきを数百メートルも噴き上げ、次に顔を見せた時には、タイプ2、ディープ・サプレッサへと集束完了していた。

 海面から上半身を露呈させたフールフールがガーディアンに羽交い絞めされたままで、苦しそうに叫び散らす。

 高く波打つ海水ごとハレーションを巻き起こし、フールフールは海中に身を沈めた状態で雷撃を繰り出した。

 二体の巨影を中心に、波紋を広げるように広範囲の放電を海上に走らせる雷撃のプログラム。

 自分達の身体を素通りして海面に膨れ上がる電撃の波を見渡し、光輔がそれを決断した。

「今だ! くらえ、おばちゃんのかたき!」

「まだ死んでねえって!」

「死んでない、まだ!」

『まだとか言うの、なんかやめろ、おまえら!』

「バーン・インフェルノ!」

 フールフールを抱えたままで、ガーディアンが超必殺技を繰り出すためにエネルギーのチャージを開始する。

 それは放射していった雷撃の波紋すら遡すがごとくに吸収し、すべてディープ・サプレッサの体内へと取り込んでいったのである。

 一瞬の時を隔て、ガーディアンがフルチャージしたエネルギーをフールフール目がけて全放出させる。

 そのトータル量はフールフールのもとの蓄積量を遥かに凌駕し、強制的にパンクさせるには充分たる容量だった。

 断末魔の絶叫をともない、海面にクレーターを穿つほどの大爆発を巻き起こすフールフール。

 土砂降りとなって降り注ぐ海水のシャワーをざんざんと浴び続け、カーテンを開くように現れた光り輝く巨大な両眼が、ガーディアンの勝利を告げていた。

 メガルを瀬戸際まで追い詰め、苦しめた、雷撃のプログラムのあっけない最期だった。








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