第三十三話 『百人のわからずや・後編』 5. ライトニング・バスター
メガル基地内の広大な滑走路すべてを占拠して決行された一大作戦は、実に混乱を極めたものだった。
それぞれの大型車両に装着された、三門のプロトタイプを含む十二門のライトニング・バスター砲を、陸海の二竜王に接続。オペレーターには射撃の腕に秀でた黒崎と大沼が選ばれ、目標を同時に射撃する方法がとられた。
性格的な同調性が高いことから光輔と黒崎がペアとなり、黒崎の射撃技術がメック随一であることもあってか、二人にバスター砲の五門とプロトタイプ一門が任せられる。
残りの四門とプロトタイプの砲二門が、礼也と大沼の担当だった。
バスター砲は一発のチャージに約十秒を要することから、三門のプロトタイプは予備扱いとされ、次の驚異に対応するため、なるべく使わないように念を押されていた。
夕季の残したデータから算出した出現予測はほぼ正確なものだったが、実際にそれを駆逐するのはやはり困難を極め、修正を繰り返した末に六発目か七発目でようやく撃破という、非常に心もとない結果となっていた。
一度目と二度目を成功させ、やや気が抜けた頃合いで三撃目の撃破に失敗。
気持ちを引き締め直して挑んだ次の攻撃を、見事捌いてみせた。
十一発目で。
「くあ~、心臓に悪いって」
顎の汗を拭いながら、礼也が特装車両の大沼に振り返る。
大沼も顔中汗にまみれ、疲労のためかいつも以上に口数が少なかった。
『やばかったっスねえ~』
黒崎の声に顔を向けると、光輔も同様に安堵の表情を浮かべ、シートに身を埋めるところだった。
『次もがんばりましょう』
『っスね』
「てかよ!」礼也が我慢できずに口を挟む。「さっきから当ててるの俺らばっかだろが! 何やってんだ、てめーら!」
『礼也』
大沼が厳しい顔で見据える。
『そういうことを言うな。光輔達だって一生懸命やってるんだからな』
「ってよ!」
『そうっスよ。一生懸命やってるのにひどいっスよね』
『うん、ひどいスよね。当ててるのは礼也じゃなくて大沼さんの方なのに』
「てめーら!」
『真吾、光輔、次も頑張れよ。おまえ達の方が俺と礼也よりも同調性も親和性も高いんだ。おまえ達ならできる』
『はい、大沼さん。頑張ります。光輔君も頑張りましょう』
『はい、黒崎さん。俺達の方がしあわせーが高いんスよね』
『しあわせーじゃなくて、しんあわせースよ』
『あ、そうか』
「じゃねーだろ。しんわせーだって。わかって言ってんのか?」
皮肉を言う礼也に、不審そうな目を差し向ける二人。
『わかってるよ。礼也こそわかってんのかよ』
「思い切りわかってるに決まってんだろ」
『あやしいスね』
「はあ! んなの、じょーしきじゃねえか。わかんねー方がおかしいって」大沼に振り返る。「なあ、大沼さんよ。しんわせーっつったら、しんわせーだよな」
『ああ、そうだな』
「ほれみろって」
『そうスか……』
『そうなのか……』
「じょーしきだって!」ほれみろと言わんばかりにのけぞる。「この場合の『神話』ってのがどのレベルの物語を差すのかまではわかんねえがな」
『それは難しいとこっスよね』
『そこまではさすがにちょっと俺も……』
「そういうことだよな、大沼さんよ」
『ああ、完璧だ』
ほぼ内容を理解した上で面倒くさくなった大沼が、華麗に三人をスルーした。
『予測もどんどん浅くなってきている。常に修正を念頭においておけよ』
『よ~し、次こそは頑張るっスよ、光輔君』
『そうっスね、がんばりましょ~、黒崎さん』
『っスよ』
『っスね』
「……てか、ほんとそっくりだな、てめえら」
二百六便の機内では、今まさに、乗組員と乗客達が絶望の淵に立たされようとしていた。
飛行中に奇妙な落雷と接触した後、徐々に機器の不具合が出始めた。中でも燃料供給をコントロールするシステムに真っ先に異状が現れ、時間を置きながら一基、また一基とエンジンが停止していったのである。
早期から救難信号は発信していたものの、トラブルの初期段階ですでにすべてのエンジンに充分に燃料がいき渡らない状況が続いており、通常出力を維持できない飛行を余儀なくされることとなっていた。
いわゆる、いつすべてのエンジンが停止してもおかしくない状態であったことから、機体の責任者たる機長は、予め滑空航法を念頭に置いた上での省燃費稼動にシフトしていたのであった。
それでも著しく視界が不明瞭な悪天候下において、目標とする空港へのアクセスは非常に困難を極めるものと予想されていた。
非常事態の一報を受け、近隣の空港はすべての運行を取りやめて、緊急着陸の備えに万全を期していた。しかし二基目のエンジンが停止した時点でそのどこへも辿り着けないことが判明し、上席との協議の上で、機長は胴体着陸を意識した進路へと移行していたのだ。
海か山かの決断を強いられ、より生存の可能性が高いと考えられた浅瀬のある海域へ、機体は進路を変更する。
その後、予想到達区域への救援要請を改めて発信していた。
その選択が、結果、メガルからのさらなる距離を隔てることとなっていた。
そして最悪の状況をもたらしたのは、残りの二基のエンジン両方が同時に停止してしまったことだった。
推進力をすべて失った機体は、滑空飛行のみでは目標地点に到達するまでの必要高度が維持できず、機長は断腸の思いで進路を最終変更する決断をしたのである。
墜落に備え、洋上の遠隔部へと向かって。
内陸部ですべてのエンジンが停止してしまった二百六便にできることは、墜落による二次災害を避けて、海へ向かうことだけだったのだ。
居住地域を迂回するために主なルートが山岳地帯に限定されていたことも、滞空時間を縮める要因となっていた。
機体の予想進路には万一に備えて避難勧告がなされる。
それでも洋上まで辿り着けない場合には、被害の回避は不可能であった。
あえて、安全な場所での自発的な墜落を選択しない限りは。
洋上での胴体着陸は最後の望みでもあったのである。
だが胴体着陸自体が高難度である上、海上でのそれはさらに成功確率の低いものとなる。
ほんの数度進入角度を誤るだけで、機体はコンクリートの塊と化した海面に叩きつけられ粉々になるからである。
ましてや失速した状態ともなれば、超一流のパイロットでさえも成功させるのは至難の技だった。
それは機長の腕次第と言うには、あまりにも運頼みな状況だった。
まさに奇跡と呼べるほどに。
「キャプテン、機内が混乱しています」機長をサポートしつつも、副機長が切迫した表情を差し向ける。「いくら隠しても外部とのアクセスが可能な限り、乗客には情報が伝わっているはずです。アナウンスで現在の状況を報告した方がよろしいのでは」
「そんなことをしたらパニックに歯止めがきかなくなる」
平静を装い、副機長にそう告げる機長。
その額の汗をまじまじと眺め、副機長は身を切る思いでそれを伝えなければならなかった。
「しかし、彼らには最期を迎えるための時間が必要です。覚悟を受け入れるための時間が。……我々にも」
「最後の最後まで希望は捨てるな」
「しかし」
毅然たる態度の機長が福機長を諌める。
そして、臓腑を握り潰すような覚悟をその口から吐露した。
「いざという時には、私から報告する」
確固たる機長の決意に、それ以上何も言えなくなる福機長。
その時、無線連絡に気づき、目を丸くして振り返った。
「キャプテン、メガルから連絡が」
「メガルから! 何だ」
怪訝そうな顔を向ける機長。
そのまなざしを真っ直ぐに受け止め、一言一言を噛みしめるように福機長が答えた。
「こちらの指示に従えと。そのかわり我々の救助に全力をつくすことを約束すると言っています」
「……」わずかに考えを巡らせる機長。決断は早かった。「わかった、と伝えろ」
「……はい?」
「こちらの持つ可能性だけでは、生還は限りなくゼロに近い。すべてを彼らに託そう」
「しかし……。わかりました」続けてメガルからの指示を仰ぐ。「海上着陸の準備をしろとのことです」
「時間は」
「……。一分後の予定です」
「了解した」その内容に一切の迷いも疑念も口に出さず、機長は機内アナウンスを実行した。「機長の横井です。乗客の皆様にご連絡が……」
メガルでは依然として騒乱状態が続いていた。
雷撃を退け、四苦八苦の礼也が、ぷはあっ、と潜水状態からの呼吸を得る。
救出作戦に専念する桔平のかわりに、メックの作戦指示は司令官であるあさみが受け持つことになっていた。
「どう、木場隊長」
あさみからの問いかけに、木場が苦しげに顔をゆがめて答えた。
『かなり厳しい状況だな。初動の予測自体はかなりの的中率だが、向こうもわずかに修正をしてきているようで、こちらの対応はその読み合いになりつつある』
「そう、困ったわね」
「木場、しっかりやれよ」
桔平からの檄にムッとなる木場。
『しっかりするのは貴様だ! 人のことを心配している暇があったら、自分の心配をしろ!』
「なんだ、おまえ、俺がせっかくだな……」
『貴様のことなど知るか! 俺は自分の信じた使命のために命を張る。何故お袋さんのことを黙っていた! 馬鹿にするのも大概にしろ! 後で覚悟しとけ! それだけだ』
「……」
励ますつもりが逆に叩き返され、桔平が言葉を失う。
マイクスタンドを握り締めたままの桔平に、礼也が追い討ちをかけてきた。
『おいこら、あんたら、しくじんじゃねえぞ。どうでもいい命なんざ、一個もねえんだからな。って、どっかの誰かが言ってたよな、昔』
それに便乗する、光輔と雅。
『あ、どっかの誰かが言ってたかもしれない……』
『どっかの暑苦しいお兄ちゃんが言ってた!』
イラッとなった桔平が、マイクに噛みついた。
「やかましい!」
その大声にみなが一斉に振り返る。
「陵太郎が暑苦しいことくらい、俺が一番よく知ってる!」
わなわなと全身を震わせそれを搾り出した桔平に、不服そうな雅がぼそりとつっこんだ。
『あたしの方が知ってる』
「……。んじゃ二番目に知って……」
「ちょっとギャンブルになるけれど、ブーストさせて周囲の雲ごと蹴散らしてみたら!」
突然のあさみの大声に、びくっとなって振り返るその他三人。
すぐさま礼也からの駄目出しカウンターが入った。
『失敗したらどうすんだ』
「その時はどうしましょーね!」
『……なんでそんなテンションたけーんだ』
頬をバチバチと何度もはたき、気合を入れ直す桔平。
夕季と二百六便が見る見るうちに接近していくGPSの画面を凝視し、内腑から沸き起こるような言葉を繰り出した。
「全員助ける。一人だって死なしゃしねえぞ。気合入れていけ、しの坊、ション!」
「はい!」
「はい!」忍に釣られて思わず返事をした、ションと呼ばれることを何より嫌うショーンが顔をしかめる。「……しまった」
「邪魔です。どいてください、ションさん!」
「あ、あ、……ごめん」
もう何も言えなかった。
気を取り直して、桔平が夕季と向き合う。
「夕季、どうだ」
それを全速力の空竜王の中で受け取り、夕季が怪訝そうな顔を向けた。
「どうだって言われても、まだなんとも言えない」
『わかってるだろうが、高度には気をつけろ。その速度じゃ地表にまで影響が及ぶ。空気抵抗は速度の二乗だからな』
「そんなことわかってる!」
『行けばいいってもんじゃねえ。常に動く相手の進路に合わせて、修正しながら進むんだ。すれ違うようなことにでもなったら最悪だぞ』
「問題ない。ガーディアンや空竜王なら、ゼロ距離制動ができる」
『その衝撃波が周りをズタズタにすることも……』
「それくらい計算できる!」
『ロスタイムくらわねえ、ギリギリのラインを見極めろ。おまえならできる』
「了解」
ややイラつきながら、夕季が何度も繰り返したシミュレーションを頭に思い描く。
上昇、下降、並走、追走、合流の流れのどのタイミングを誤っても、コンタクトに支障が出る。
そのどれもが、失敗に直結するおそれがある重大事項でもあった。
本来ならば最短のルートで向かうべきなのだが、空竜王にはそれができない理由があった。
立ち込める雨雲を乱せば、光輔らに残してきたデータに不具合が生じる恐れがあったからである。
雲の状態が変わればそれまでの計算が一瞬にして台無しになる。それを避けるため、夕季ははるか上空から雷雲を見下ろす形での飛行を余儀なくされていた。
『頭は』
「痛いけど、それどころじゃない」くどくどとしつこい桔平にイライラを募らせる夕季。「もう、いい加減……」
『夕季』
「何!」
イラッと顔を向けた夕季の視線が、その真剣なまなざしと合致した。
『頼んだぞ』
「……。了解」
次の瞬間、最悪の報告が最愛の人間から伝えられる。
『大変です。二百六便の高度が急激に降下し始めています!』
『何!』
「!」間髪入れずに夕季が目を剥いて画面に釘付けとなった。「二百六便の位置を、見失った……」
嫌な予感が全員の脳裏をよぎった。




