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第三十三話 『百人のわからずや・後編』 3. 困った人

 


 地上ではメック・トルーパーが総出で、煩雑な事前準備に奔走していた。

 引継ぎのために必要なデータを抽出しつつ、夕季を中心にガーディアンが驚異を退け続ける。

 説明を受ける光輔や礼也も、それを見上げるメック隊員達同様、真剣そのものだった。

 これからの数十分間、作戦の要となる夕季を欠いた状態で対応しなければならない。一言でも聞き漏らせば、それが自滅へと直結するプレッシャーの中で。

「こちらのシステムアップは完了したぞ」無線機を手にする大沼が、曇天の暗い空に漂うガーディアンを地上から見上げつつ告げた。「あとは光輔と礼也を接続させるだけだ」

『了解』

 大沼にそう答え、ガーディアンの中で夕季が深く息を吐き出す。

 忍からの一報を受け、まだ五分と経ってはいない。だが六百キロメートルの距離を隔てた救難対象にしてみれば、その後の一秒一秒が致命的なロスとなることは明白だった。

「……礼也、光輔、行ってもいい?」

 おそるおそる夕季が申告した途端、二人がガバッと顔を向ける。

「早く行けって! もたもたすんな!」

「ああ、俺達なら大丈夫だから」

 明らかに不安げな様子の二人を、複雑そうに眺める夕季。それでももう一刻の猶予もないことから、夕季は頷いて決断せざるをえなかった。

「大沼さん、あたし、行くから」

『ああ、頼んだぞ、夕季。絶対に助けろ』

 歯切れのよい大沼の顔からも、焦りの色がうかがえる。

「わかってる。修正用のバックアップデータも二人の竜王に組み込んでおいたから。次のがくるまでにまだ少し時間がある。頑張って」

『ああ、任せろ』

 弱冠の後ろめたさに後ろ髪を引かれつつも、夕季が意を決しブレイクする。

 地上に出現した陸、海竜王を高空から見下ろし、空竜王は彼方の目標を目指して高速飛行に移行した。

 その時、忍からの連絡が訪れた。

 誰にでも傍受できるオープンチャンネルでメックへとあてられた、いかにもわざとらしいそれが。

『夕季、二百六便の乗客の中にメガルの関係者がいるみたいなの。空竜王で至急救助に向かって。メガルからの正式な命令よ』

「はあ! ざけんな!」画面の中の忍に噛みつき、激しく怒りをあらわにしてみせる礼也。「てめえらの都合で行ったり来たり! いい加減にしろってんだ! 何が関係者だ、コラ!」

 それをあえて打ち消すように、あさみの大声が飛び込んできた。

『おだまりなさい!』

「おおっ!」

『誰が何と言おうと、私達は大城室長を助けます。彼の損失はメガル最大の危機と言っても過言ではありません。たとえメガルが助かったとしても、彼を失ったのならそれは私達の敗北を意味します。そのためには今回の最重要ミッションと平行して、もう一つの重大なミッションを同時に展開するしかありません。担当各位への負担は激増しますが、司令部が全力でバックアップしますので、各人ベストをつくしてことにあたってください。もう一度言います。何が何でも大城室長だけは必ず助けます。その結果ついでに他の乗員の人達が助かることになるかもしれませんが、私達には何ら関係ないことですからそのつもりで。以上です。尚、この作戦の立案者は、司令部付けチーフオペレーター見習い、小田切主任です。文句と詳細はそちらまでお願い』

『ええっ!』

『こんなところかしらね、古閑さん』

『司令、まだ切れてません……』

『あら……』

「なんでやたらテンションたけーんだ……」

「わざとらしいね……」

 惚けた顔で光輔とともに呟いた礼也が、すぐににやりと笑った。

「そういうことならしょーがねえ! 夕季、十分だけやる。ぜってー、おばちゃん達を助けろ! もし、それ以上かかるようなら」くわと夕季を睨みつける。「もう十分やる。何としてもおばちゃん達を助けろ! いいか、おばちゃん達をだ! ぽんこつどものことはもうどうでもいい!」

『わかった』

「わかったんだ……」

 さらに加速していく夕季。

 迷いのふっきれたその顔を確認し、光輔も嬉しそうに笑った。

「頼むぞ、夕季」

「大城って誰だ!」


「古閑さん」

 あさみに呼ばれ、忍が振り返る。

「二百六便に連絡して。無駄な旋回はやめて、一秒でも長く飛び続ける努力をしてと」

「はい」

 ふう、とあさみが息を漏らす。

 それから腕組みをし、またいつもの雰囲気を作り出した。

「これで満足?」

「……。ありがとうございます……」

「何が」

 少しだけ緩みかけた気持ちを、忍がピシッと引き締めた。

 これから背負うことになる責任を考えれば、結果の如何を問わず楽観できないものであることを改めて噛みしめる。

 それでも忍は、やや視線を落としながらも、スクリーンの向こうに思い描く未来だけを見つめて微笑んでみせた。

「普段はあんなに偉そうなのに、本当に困った人ですよね」

「何。柊副司令の事?」

「はい。人が困っているとほうっておけないくせに、いざ自分のことになると助けてくれの一言が言えない臆病者なんですから、実は。誰にも弱みを見せたくないから自分の力だけで何とかしたいんでしょうけれど、うまくできないから癇癪を起こしてあんなふうに当り散らすんじゃないですか、たぶん。礼也と似てます。わがままで見栄っ張りでわからずやで意地っ張りで、わんぱく盛りの子供とかわりませんよ。本当にたちが悪いったら。最低で情けない人だとは思いますけれど、しようがないじゃないですか。そんな困った人だから、誰かが助けてあげないと」

「ずいぶん詳しいのね」

「はい?」

「……。あなた達、そんなに長いつきあいだったかしらと思って……」

「……」

 不機嫌そうにぶすりと突き刺すあさみに、忍が言葉を失う。

 その視線にはっとなるあさみ。

「別に嫌味じゃないの……」腕組みしたままのあさみがややばつが悪そうに顔をそむけた。「あまりにも的確すぎて、ちょっとイラッとしただけ」

 そこへ事態を急転させる癇癪玉がやってきた。

 不機嫌そうに眉をゆがめる桔平だった。

 複数のスクリーンを確認し、すぐさまその状況に気づいて眉をつり上げる。

「てめえら、何やってやがる!」

 萎縮して見守るだけの忍とショーンを置き去りにし、詰め寄ってくる桔平にも平然とあさみが見返した。

「あらいたの。てっきり墜落しそうな飛行機を助けに行ったのかと思って、こっちも救援、向かわせちゃったわよ」

「なんだと、てめえ!」

「こそこそやってるつもりでも、こっちは全部お見通しですからね。まあいいでしょう。なんにせよ大城室長はメガルにとってかけがえのない人材よ。失うわけにはいかないわ。何としても救い出します」

「嘘言うな! あの便に奴は乗ってねえ」

「いいえ、先ほど確認しました」

「見せてみろ!」

 手さえ出さないものの、今にもつかみかからんばかりの形相であさみを壁際まで追い詰める桔平。

 それをまばたきもせずに見据え、あさみは一歩も退かない姿勢を貫いた。

「あー!」

 突然の忍の絶叫に二人が顔を向ける。

 そこには凄い剣幕でショーンを睨む忍の姿があった。

「何やってるんですか!」

「僕は何も……」

 怒りをあらわにする忍の前で、おろおろとうろたえるだけのショーン。

「めちゃくちゃじゃないですか! もう当分アクセスできませんよ!」わけがわからず目を泳がせ続けるショーンを捨て置き、忍があさみへと振り返った。「回線につながりません。サーバーにトラブルがあったのかもしれません」

 それに神妙そうに頷き、あさみがやれやれとばかりに肩を上下させた。

「もし本当に本人だったとしたなら大変なことになるわね。確認ができない以上、二百六便を救出して確かめるしか方法はないわね」

「そうですね。もうやるしかないですね。まったく、困ったものです」

 忍とあさみに同時に睨まれ、まるで心当たりのないショーンが思わず身をすくめる。

「……すみません」

 それを断ち切ったのは、桔平の鉄槌だった。

「おい、猿芝居はやめろ」

「何が?」

 あさみのおとぼけを、机への一撃で一喝する桔平。

 ドン! と走る激音にも動じない忍とは対照的に、ショーンは通算何度目かの萎縮となった。

「あの便に乗ってるのは大城じゃなくて、うちのお袋だ」

「あら、そうだったの?」

 目の据わった桔平にもわずかな気後れすらせずにあさみが不敵に笑う。

 それが桔平の更なる怒りを呼び込むこととなった。

「とぼけんな! こんなこと、俺もお袋も望んじゃいねえ」

 それを、ふふん、と鼻でせせら笑うあさみ。

「勘違いしないで。メガルの重要人物を守るのが私達の責任義務なの。あなたの家族がどうなろうと知ったことじゃないわ。それについでのついでだけど、ここで政府に貸しを作っておくのも、いい考えじゃないかしら」

「てめえ、そんなざれごとが俺に通用するとでも思ってるのか」

「いい加減にしなさい、柊副司令」表情は変わらない。が、そこに厳しさが混在し始めた。「これ以上任務遂行の妨げをするというのなら、解任するわよ」

「上等だ!」

 その時だった。

「司令、大変です!」

 忍の声に全員が振り返る。

 忍はこれまでにない焦りの色を浮かべながら、それを口にしなければならなかった。

「二百六便のエンジンが四機とも止まりました……」







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