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第三十二話 『百人のわからずや・前編』 8. サンダーブレーク作戦

 


「よくわかんねえが、カミナリがこっちに向かってくるより先に、できたてのホヤホヤを叩いちまおうっていうハラなんだよな。俺らの手で」

 作戦概要を確認しながら、礼也が難しい顔を向ける。

 それに桔平が振り返った。

『できたてってほどホヤホヤじゃないがな。どっちかって言うと、壷が完成した瞬間じゃなくて、完成する一瞬前に、作った職人の目の前で叩き割ろうって作戦だ。名づけて、必殺! サンダーブレーク作戦!』

「職人としてはつれえな……」

「まだ失敗したかどうかもわからないのに他人に壷を壊されるんだよね……」

 光輔が卑屈な笑みを浮かべる。

 それを眺め、司令室特設スペースで桔平がやり切れない表情をしてみせた。

『理論上は可能とは言え、この作戦は穴だらけだからな。実際に成功するかどうかも疑わしい。理想なのは一発目の撃破だが、現実的にはかなり後半の方のヤツに触れるのが精一杯だろう。本来ならある程度の情報解析がすんだらメックに全部任せておまえらをプログラムの殲滅に専念させたいところなんだが、そう簡単にはいきそうにない』

 桔平同様、またもや難しい顔になって、う~むと考え込む礼也。

「なあ、雷の速度ってどれくらいだ?」

 礼也の問いかけに、ショーンがちらと顔を向けた。

『秒速百五十キロメートルから二百キロメートルというところだ』

「秒速じゃなくて、わかりやすくマッハで言ってくれって」

『四捨五入で約マッハ六百だ』

「六百! ……って言われてもなあ」

『君が聞いたんだろうが』

「いや、予想より数が上回りすぎてよりわかんねえって。勝手に四捨五入とかされてもな。俺はマッハ十五くらいだと思ってたからよ」

『はあ! どこからそんな数字が出てきた!』

「そんなこと俺が知るかって! だいたいだ。なんだ、六百ってよ!」

『だったらマッハ十五の四十倍だ!』

「四十倍することがおかしいだろうが!」

『おかしいのは君の思考回路だ!』

「はあ!」

『新幹線が一時間かけて進む距離を一秒で進む。これでわかったか!』

「つまり新幹線の六十倍のスピードってこったな」

『その六十倍だ』

「だからそう言ったじゃねえか」

『そうじゃなくてだな!』

「何言ってんのか全然伝わってこねえぞ」

『それはこっちのセリフだ!』

「いや、こっちのセリフだって!」

「確かにピンとこないな」頭を抱える礼也とショーンを眺め、光輔が夕季の方をちらちらと確認する。「六百ってさ、たしか音速ってさ、え~と……」

「音速の六百倍」

「すげえ……」

「そりゃ、もう光より速いんじゃねえか! なあ、もう確実に速いだろ!」

『……』

「ハンパねえな、雷は! これだからよ!」

 興奮する礼也の顔をちらと見て、光輔が卑屈な笑みを夕季に差し向けた。

「光はもうちょっとだけ速いよね……」

「……。二割増しくらい」

「あ、説明するの、やになったな……」

『最初はそんな程度だが、最終的にリターンストロークと言われる対象に接触する頃には、光速の三分の一程度まで速度が上がる』

「マジか!」辟易する面々の中で、礼也だけがいまだ興奮状態にあった。「んじゃ、やっぱ光より速い……」

『今光速の三分の一って言ったのを聞いていなかったのか!』

「たまたま放った一発が偶然ヒットする確率は?」

 何気ない光輔の問いかけに、礼也によってフェザータッチ状態となったショーンがギロリと振り向く。

『そんなの不可能だ。ただでさえ目標まで百キロ以上離れているというのに』

「だからどれくらいだって」親指を鼻の穴にえぐり込みながら、礼也が大あくびをかました。「やる前から不可能とか言われてもな」

『く!』

 やれやれと腕組みため息の桔平が、礼也をジロリと睨めつけた。

『おまえが漢字検定の二級に合格するくらい不可能だってことだ』

「……そいつは絶望的だな」

「……頑張ればなんとかなるんじゃないかな」

 卑屈な笑みを夕季に向けた光輔に、礼也がキッと振り返る。

「バカヤロー! 無理だって!」眉をつり上げ、目を剥いた。「二級だぞ、二級! 三級とは次元が違う! 英検で言うと三級相当だって!」

「……うん。まあ、俺もどっちも無理だけど……」

 さらなる卑屈な笑みを向ける光輔から、夕季が目をそむけた。

「んじゃ、このあたりにもじゃもじゃしてる黒い雲は関係ねえのかよ」

『関係大ありだ。この付近一帯に敷き詰められた雨雲が、雷砲の砲身のような役割をしている』

「砲身?」

 不思議そうな顔を向ける礼也と光輔に、一度ショーンの顔を確認してから桔平が続けた。

『うまく説明できんが、雷砲の最終段階からこちらに向かってくるそいつを導く役割があるらしい。スクリーンに映画を投影するようなイメージで考えてみてくれ。何もないところに映写するより、白い壁に映した方がクッキリ見えるだろ。原理は俺にも理解できんが、この雲のおかげで不安定な雷砲をこちらまで確実に誘導させることができるんだろうな』

「んじゃよ、この辺の雲、全部ぶっとばしちまえば、それでいいんじゃねえのか?」

『それがそういうわけにもいかないのよね』

 桔平の横から参入したあさみを、礼也が憮然と見つめる。

「なんでだ」

『この雲が、敵の位置を探る最大の手がかりになるから』

「はあ!」

『拳銃をつきつけられても、それが向いている方向がわかればかわすことができるでしょ。でも物陰から狙われたら、避けようがない。それと一緒よ』

「……いまいち」

『さっきみたいに攻撃を防ぐための計算を、メガルの周辺にある雲から算出しているのよ。ここだけが何もない状態だったら、本当に防ぎようがない。だから危険を承知で敵に弾を撃たせて、それをギリギリで避けるしかないの』

「隠れりゃいいだろ」

『メガルが? どこに?』

「……。ようやく納得した」

『よくできました』

『それどころか、誘導路がなければ無差別攻撃となって被害が広範囲に拡散するおそれがある』ショーンが補足して言う。『まさに無差別テロだ。首都圏の中心部にこのクラスの雷撃が落ちれば、人類史上かつてない惨劇となることは確実だ』

『それでメガルは助かるかもしれないわね』

『その保証はありません』複雑そうにあさみを眺めるショーン。『毎回訪れる驚異が、百回に一回になるだけです。予測もできない場所から撃ち込まれるそれに対処する手段はなく、いつかメガルも崩壊することでしょう。その前に日本の人口が半分くらいになっているかもしれませんが』

『はい、よくわかりました』

『……。雷がメガルに完全に接近する前の状態。すなわち、ステップトリーダと呼ばれる状態のうちなら何とか接触可能。そうでしたね』

 ショーンの求めた確認に、あさみは意味ありげな笑顔で頷いてみせた。

「ガーディアンでいる意味ってなんなの」

 光輔の顔をまじまじと眺め、あさみがふっと笑う。一度桔平の顔を見て、了承を取るように頷くと、先の質問に対する答えを述べ始めた。

『ガーディアンには量子コンピュータ並みの演算システムが備わっているの。夕季と組み合わせればそれ以上の効果があるかもしれないわね』

「それって、スーパーコンピューターよりすごいの?」

『比較が難しいけれど、スーパーコンピュータが事象の予測が限界だとしたら、量子コンピュータはその遥か先を求めることが可能。たとえば、あなたがこれから先に遭遇するであろう人生の行動が分単位ですべて予測可能だとしたら、信じられる?』

 三人が絶句する。

 上ずりながらも最初に口を開いたのは、やはり光輔だった。

「……リョウシってすごいんだな」

「……何がだ。……てめえ、ほんとにわかって言ってんのか」

 自信なさげにちらちら目線をくれる礼也に対し、同じレベルで光輔がちらちら目線を合わせた。

「……ほら、山で狩りとかする人達のことだろ」

「バカ、そっちじゃねえ」

「え! 違うの?」

 ややほっとしたように頷き、礼也が自信満々に言い放った。

「普通、リョーシっつったら、サカナ獲る人達のことだろ」

「あ、そっか……」

 なんとなく腑に落ちない様子で、光輔が夕季を見る。

 夕季は予想どおりの表情で二人を眺めていた。

「……。あたしもそう言おうと思ってたから……」

「……。メンドくさくなってない?」

「……別に」

 機嫌がよくなった礼也が、途端に調子にノリ始めた。

「んじゃよ、東大とかですげえ研究とかしてる人らが組み合わさったら、もっとすげえんじゃねえのか。こいつの千倍以上とかよ」

『その人達にガーディアンが動かせるのならね』

「あ、なる……」

 あさみの返答に納得する礼也と光輔。

「……。俺達ってすごいんだな」

「……おお、まあな」上から目線で夕季を見下ろした。「とりあえずこいつはしかたなしの妥協点ってとこだな」

 当然、イラッとする夕季。

「赤点だらけの人達に任せるよりマシ」

「ああ! ふざけんな、てめえ! 赤点だらけの俺らじゃムリだっつってんのか!」

「ムリかも」

「光輔ええええ~っ!」

「いや、だってムリだよね。赤点だらけだから」

「確かに赤点だらけだがな!」

「ゼロにはいくらかけてもゼロだから無理。でも礼也達でも電卓くらいにはなるかも」

「てめえ、今のはさすがに俺もカチンときたぞ! 冗談だってわかっててもなんか嫌な感じだったぞ! 謝れ!」

「嫌。本当のことだから」

「何ぃ~! ヘコんだぞ、てめ~!」

 しれっと言い放つ夕季に、怒り心頭に発する礼也。

 対照的に光輔が自嘲的に笑った。

「俺もちょっと傷ついたかも」

「……光輔、ごめん」

「あ、ああ……」

「てめえ、俺にも謝れ!」

「嫌」

「きい~!」

「またくる」

 一瞬で切りかわる三人の表情。

 再び、ホールドからのクラッカーで脅威を連続撃破した。

 その直後で、ふいに夕季が険しい表情で光輔を睨みつけた。

「光輔っ!」

「ご、ごめん!」

「てめ、何したんだ」

 光輔が不思議そうに首を傾げる。

「……なんでいきなり怒られたんだろ」

「頭が痛い!」

「……八つ当たりじゃねえか」

「ごめん、光輔!」

「いや、いいけど……」

「痛い!」





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