第三十二話 『百人のわからずや・前編』 7. 雷撃のプログラム
主だったメンツに緊急招集がかかったのは、桔平達がほぼメガルの付近へと到達していた頃合いだった。
またもやノーモーションでの発動。プログラム名はフールフールとだけ伝えられていた。
すでに一般職員は避難を完了し、戦闘関連のメンバーだけを司令基地に残した状態となってはいたのだが、今回の事態はこれまでとはいささか毛色の違うものだった。
「んだ、そりゃ……」
大沼に連れられ竜王の格納庫に到着した礼也と光輔が、ことの重大さに気づき絶句する。
協議の結果、市民への避難勧告は控えられていた。
それがもたらす被害の想定がけた違いに広域であり、対処のしようがないことからである。
その理由の一つに、今回のプログラムが遠方広大なエリアから到達する、雷を扱ったものであることがあげられた。
避難要請を可能性から逆算した場合、最低でも県内のほぼ全域。最悪の場合、五県以上にまたいで警告を広める必要があったからだ。
そしてもう一つ、初撃から六回がメガルの付近に落雷した後、その次の七発目がメガルの敷地内に直撃したのだ。
まるで一撃ごとに軌道を修正するように。
そして礼也達が到着するほんの一分前に、通算十一撃目のそれがメガル本部への直撃を記録したのである。
メガルを敵として認識していることは誰の目にも明らかだった。
落雷への想定は存在し、通常レベルのものならば数十万回以上の直撃を受けても、本部棟だけはノーダメージであることがメガルの防御システムの万全の構えでもあった。
それがいともたやすく覆され、一撃目からバックアップシステムの起動を余儀なくされた。
再計算された耐久値は、あと五回程度の直撃。
それを超えれば頑強を誇る要塞の中枢が全崩壊すると、メガルの誇るスーパーコンピュータが弾き出したのである。
一国の、それも大国レベルの軍事予算を丸々あてても復元しきれない規模の最先端システムを一瞬にして失うだけでなく、ガーディアン、竜王へのサポートが不可となった迎撃要塞は、プログラムに対しての抵抗力をすべて放棄することになる。
それは現時点で人類の敗北に直結するほどの重大事であるとも言えた。
「まだ手のひらの汗がなくならない……」
湿った手のひらを何度も握ったり開いたりしながら、光輔が青ざめた顔を礼也に向ける。
バトルスーツを着込みながら、礼也が不機嫌そうに光輔を睨みつけた。
「俺もだって……」
何かの加減で到着があと一分早ければ、二人は超絶級の雷直撃の巻き添えをくらい、この世から消滅していたのだろうから。
初撃の段階でカウンターのわずかな振れとプログラム発動の可能性を結びつけ、場内の人間達を早急に避難させたことによって被害者が出なかったことは、奇跡とすら言えた。
作戦会議もすっ飛ばして、二人は一秒でも早く竜王に搭乗するよう司令室から急かされていた。
一足先に到着した夕季とメック・トルーパーはすでに作戦行動を展開しており、光輔らの合流を今か今かと待ち望む状態だった。
轟く雷鳴。
空と大地を割る閃光の斬刀は、傲慢な人類に激しい怒りを叩きつける、神の鉄槌のようにも映った。
「うわっ!」
海竜王のハッチを閉じると同時に、その激光の眩しさに両目を庇う光輔。
それは光輔らには間一髪であったものの、メガルにとっては二度目のハード・ブローとなったのだった。
「大丈夫かよ……」
陸竜王を立ち上げながら、礼也が心配そうに本部棟を見上げる。
それも仕方がないことだった。残りあと四発のヒットで、メガルはあっさり敗北すると言うのだから。
『おい、礼也、光輔、まだか!』
「おお、準備オッケーだって」
桔平の呼びかけに応える礼也。
光輔もそれに続いた。
『とにかくすぐに外に出ろ。時間がねえから、ぱぱっと説明だけする』
「おお……」
不安を隠せずに格納庫から出て行く二人。
そこではメックの特装車両と見慣れない装備の数々がすでに待機済みだった。
『二人とも、早くして』
夕季の声に空を見上げると、滞空しながら二人を見下ろす白銀の空竜王の姿が見えた。
夕季を受け、桔平が声をあげる。
『とりあえずエアタイプに集束しろ。説明はそれからだ。みっちゃん、準備はいいな』
『オッケーです』
わけもわからぬまま、夕季と桔平に促され、三体の竜王がガーディアン、エア・スーペリアへと集束する。
それから急上昇するコクピットの中、夕季の横面を二人はただポカンと見続けるだけだった。
『どうだ、夕季。なんとかなりそうか』
桔平からの催促に応じる夕季。
「思ったとおりだった。なんとかいけそう。たぶん」
『よし、そっちの回路に直結させるから、あとはうまくコントロールしてみてくれ。頼むぞ』
「了解」
高空にとどまったまま、夕季が瞑想状態に突入する。
なんとはなしに邪魔をしてはいけない雰囲気を察知し、光輔と顔を見合わせてから、礼也がおそるおそる疑問を口にした。
「何やってんだ……」
『こら、雑念を入れるな!』
「うおっ!」
その時、夕季が活目した。
『おい、夕季』
「大丈夫。もうイメージは定着したから」
『でもおまえ……』
「二分割した意識の片方だけを計算に割り当ててるから大丈夫。バーチャルに作り上げたもう一人の自分が、独立して計算だけを請け負っているイメージ」
『おまえ、すごいな……』気を取り直して桔平が礼也達に向き直った。『で、なんだった』
「なんだったじゃねえだろ! なんも説明受けてねえって!」
『そうだった。すまん、すまん』
「くる」
夕季の呟きに、緊張が走り抜ける。
その重要性を読み取り、一瞬で光輔と礼也の表情が戦闘態勢にシフトした。
「ホールド、クラッカー」
淡々と発する夕季の宣言。
エア・スーペリアの放った単発のボールサム・クラッカーは、サーチ済みのレーザーポイントの上を滑るように一直線に突き進み、遥か彼方で消滅していった。
直後に起こる爆発にも似た光の放射。
ガーディアンの一撃がいかずちを粉砕した瞬間だった。
「……」
顎の下の汗を拭う夕季。
驚愕のまなこを差し向ける他の二人は、顔中を覆った脂汗を拭くことすら忘れていた。
『どうだ……』
スクリーンの向こうで桔平も汗を拭う。
『消滅です』
『よし!』
忍が告げるや、司令室内に一斉に喚起の声が沸き起こった。
『手ごたえはどうだ、夕季』
が、それに答える夕季の表情は、たった今危機的状況を回避したというのに微妙なものだった。
「まだ六十パーセントくらい。最後に修正をかなりした」
『そうか……。とにかくよくやった、おまえら』
「俺らはなんもやってねえんだけどな……」
「やってたんだよ、たぶん……」
冴えない表情で恨めしそうに夕季を眺める二人。
まるで蚊帳の外状態の礼也らに気づき、一段落したばかりの桔平がようやく説明を始める。
まず今回の現象について簡単に触れた。
プログラムが攻撃手段として雷を用いていることは確かだが、それが通常の雷とはかなり異なるものであることが告げられる。
その裏づけとして、一つの雷雲から発生する単発のものではなく、いくつもの雷雲を通過することによってエネルギーを雪だるま式に蓄積した、通常のものからははるかにパワーアップした雷砲とでも言うべきものであるということ。
加えて、空と地面をつなぐという概念を度外視したかのように、水平方向からも直線軌道で訪れる可能性を持つというものだった。
そして雷砲はすでにメガルに照準を合わせてきている。
そこで考えられたのが、雷の進路を誘導し、打ち消すという方法だった。
あえて雷の通り道をエスコートし、避雷針の機能を何万倍にも特化させた装置を積載した車両に誘導。その後、搭載された爆薬によって機材ごと爆砕、破壊エネルギーを拡散させるという目論見が、その全貌である。しかしながら、作戦車両は三十台以上は用意されていたものの、爆砕の際の影響と多大な放出エネルギーが考慮されたためか、メガルを全方位から遠巻きに配置する形となり、ザルのようなそのシフトにおける効果はあまり望めないものと思われた。
次に提案されたのが、蓄積の前段階、もっとも理想的なのは、初動の直後に最初の雷撃を雲ごと消せばよいという作戦だった。受動的な先の手段に頼るのではなく、アクティブなアプローチとして、メックの特装車両に連動させたライトニングバスター砲で、雷のエネルギーを早期に分散させると言うのである。
もともとはゲリラ豪雨等の災害回避を主眼とする雨雲の除去目的のため、国との共同開発の形で進められていたプロジェクトであったが、こんな形で流用することになろうとは当の開発者も想定すらしていなかったことだろう。
ただし、いまだ未完成な上、効果がどの程度かも未知数ではあったのだが。
いずれにせよ、不完全な計画と言わざるをえない状況だった。
「そんなことできんのかよ」
もっともな礼也の疑問に、桔平が苦々しい顔で答える。
『正直言って難しいな。理論上は可能だが完全には無理だ。実際には成功確率五パーセント弱ってとこか。だがドクター・キャッツホーン改良型と竜王のサポートによって、その確率が五十パーセント以上に跳ね上がる。予測さえ正確に立てられれば、充分実用に値するだろう。さっきみたいにエアタイプのサーチとホールドを活用するならほぼ百パーセント防ぐことが可能だろうが、それだと防ぐだけでいっぱいいっぱいで原因の駆除にまで手が回らない。おまけにコンタクターの負担がすさまじいはずだ』
「空竜王で高高度から原因を探れば」
光輔の提案に、夕季と桔平が同時に顔をゆがめる。
『それも難しい。発生源は刻々と変わっていく上に、そこに本体がいる保証もない』
桔平がショーンにちらりと目配せする。
ショーンは小さく頷くと、あらかじめ用意していた資料の類を音読し始めた。
『対象となる雲の拡散範囲は有効なもので五十キロから七十キロメートル。縦は高度五千メートルから一万三千メートル。そこに百メートルから数百メートルのごく小型の雨雲が何千万個も積み重なっているものと推察されます。その中の毎回異なるポイントを通過し、その都度エネルギーを蓄積させた雷がこちらに向かっていると考えられます』
『荷電粒子砲みたいね』
あさみの呟きに一瞬時が停止する。
全員が注目する中、あさみが一つ咳払いをした。
『続けて』
仕切り直すショーン。
『通過ポイントの数は、おおよそ数千から数万箇所。雲の大小によっても威力は変わってきますが、最終的には通過ポイントの数で調整するように、到達エネルギーはほぼ同じものとなっています』
「逆算して元を辿ったりとかできねえのかよ」
それに対する返答は、脇から顔を出したあさみの口から聞くこととなった。
『難しいわね。たぶん複雑なネズミ算の末端から最後の一撃を撃ち出しているでしょうから。その中継地点をすべて辿って本体まで辿り着くころには、また別のスタート地点が発生しているでしょうし。最初の場所を探し当てるのはほぼ不可能。いいところ、中間地点の推定予測でしょうね』
「難しいことだらけだな……」
「聞いてるこっちが難しいけど……」
『途中でアミダクジが入ったり、折り返されてる可能性もある。パターンは無限だろうな』
「んじゃ、怪しい雲を全部ぶっとばしゃいいじゃねえか」
『たとえ数千万箇所以上のポイントをすべて吹き飛ばせたとしても、相手は雲だから散ってもまた再構成されるでしょうね』
何千万にものぼる雷雲がすべてスタンバイ状態にある前提で、何分後のどこからかを正確に計算し、すべての雲を消すのは不可能に近かった。やみくもに雷雲を狙っても、あさみの言うように散らばり、再構成されるだけだろう。
『太陽と同じ熱量を浴びせて蒸発させられればいいかもしれないけど、無理よね』
「無理です」
ふふん、と笑ったあさみに夕季が即答すると、礼也の単純な脳細胞が反射的に拒否反応を示した。
「てめ、やる前から無理とか言ってんな、こら!」
「範囲も対象も広すぎる。かき回すだけならできるけど、それでもバジリスクの時の何万倍もキツいと思う。やってみる?」
「……それ以外の方法でいこうって」
「……リーダーの意見に賛成」
光輔も礼也にならって手を上げてみせた。




