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第三十一話 『深い森の中で振り返った羊』 10. 笑顔のわけ

 


 それはまるで通夜のような景色だった。

 メガルの内部は司令室を筆頭に、一様に敗北者側のような有様だった。

 常ならば祝賀ムードに染まるメック・トルーパーの控え室でも、多くの隊員達が声を交わす様子もなく打ちひしがれていた。

 光輔も礼也も木場も、みなうなだれている。

 ショックで立ち上がれない者もいるようだった。

 プログラムを撃退したというのに、誰一人浮かれることなく、歓喜の声さえ聞こえてこない。

 その本質にある自分達の弱さに気づいてしまったからである。

 オセは決して幻影で惑わせていたわけではなく、心の奥底にくすぶる自身のトラウマを浮き上がらせていただけだった。

 目をそむけ、触れないように遠ざけていた、忘れていたはずの傷口をこじ開けるように。

 夕季は疲れきった顔を向け、ぼんやりとその光景を眺めていた。

「疲れちまったな」

 桔平の声にそろりと顔を向ける。

 桔平は夕季のすぐ後ろに立ち、表情のない顔で周囲を見回していた。

「いやらしい攻撃してきやがる。こういうのはこたえる。心をえぐられりゃ、誰だって折れるに決まってるからな。八つ裂きにされた方がまだマシだ」

「……」

「勘違いするんじゃねえぞ」

 厳しい口調の桔平に、夕季がそろりと顔を向ける。

 桔平はその顔を見ることもなく先に続けた。

「おまえは冷酷なんかじゃない。他の奴らよりも、やましさが少なかっただけだ。俺みたいな臆病ものとは違う」

「……」

 何も返すことなく、夕季が再び敗北者達の風景に身を投じる。

 その様子を、桔平は複雑な想いで眺め続けるだけだった。

 もやもやとした何かが、心の奥底から浮かび上がるのを認めながら。


           *


 あさみは笑っていた。

 父と兄の葬儀の場でも。

 何を言えばいいのかわからず、桔平はただその前に立ちつくすだけだった。

 それでもあさみは、そんな桔平に向けて笑いかけたのである。

「来てくれてありがとう」

「お、おお……」

「忙しいのにごめんね。いろいろ手伝ってもらっちゃって、ほんと、助かったよ」

「……悲しくねえのかよ」

「悲しいよ」

 嬉しそうにそう言ったあさみに、桔平が次の言葉を失う。

 顎を引き、なんとか自分を保とうとした。

「なら、なんで笑っていられる」

 すると少しだけあさみの表情にかげりがかかる。

 それでも笑顔を絶やすことなく、桔平の顔を真っ直ぐに見つめた。

「好きな人がみんないなくなったわけじゃないから。その人達が一人でもいてくれるうちは笑っていたいの。……違うかな」ふっと目を伏せる。「好きな人達がいるから、笑っていられるの。別に無理して笑っているわけじゃないよ」

 そう言ってにっこり笑いかけたあさみに、桔平はそれ以上何も言うことができなかった。

 心の中にある己の信念とはあまりにかけはなれていたからだった。


 雪のちらつく曇天の冬の日、父達の墓の前で佇むあさみを、背後から桔平が眺める。

 小刻みに震える背中が泣いているように見え、声をかけようとした時、あさみが振り返った。

 満面の笑顔で。

 思わず絶句する桔平。

 その顔を、おもしろそうにあさみが覗き込んだ。

「どうしたの。変な顔して」

「いや……」あさみの目尻にかすかに涙のあとが見えた。「……泣いてたのか、おまえ」

「泣いてないってば!」桔平の声をかき消すように、笑顔を両人差し指で示しながら、あさみが楽しそうに言い放つ。「めちゃくちゃ笑顔だっちゅうに! ほら、ほら」

「何言ってんだ、おまえ……」

「あっはっは……」

 再び桔平が言葉につまる。

 そのつくられた笑顔が決して偽りではないことを桔平は知っていた。

 相手を想うがゆえのそれからは、むしろあさみの心の内を深く感じられたからである。

 どう対処すべきか困惑する桔平。

 しかしその直後、あさみは桔平に抱きつき胸に顔を埋めてきたのだった。

「……おい」

「ありがと、ね……」

 戸惑う桔平に、しゃがれた声でそう告げる。

「おお……」

 それ以上は何も言わず、ずっと桔平に身をゆだねたままだった。

 崩れ落ちそうな自分自身を、一人では支え切れないことを知るように。

 誰にも伝えられない決意を桔平が握りしめる。

 世界中を敵にまわし、世界を作り変えることも辞さない覚悟があった。

 たった一人の人間のために。


           *


 打ちひしがれる仲間達を見下ろし、桔平が長い憤りを吐き出す。

 人はどんな痛みにも慣れる生きものだと思っていた。

 しかし、どうしても慣れない痛みがあることを思い知らされたのである。

 果てなく続く痛みと苦しみを抱えたまま、それでもなお、振り返ることしかできないことも。

 夕季のため息に気づき、桔平が我に返る。

 ふん、と短く捨て去り、背中を向けた。

「飯、食いに行くぞ」

 そう言って歩き始めた桔平の背中を追い、夕季が立ち上がった。

「ねえ……」こわれそうなまなざしが揺れる。「……何が見えたの」

 すると桔平が立ち止まり、振り返りもせずにそれを告げた。

「死んじまった女の顔だ」

 夕季は、立ち去って行くその淋しそうな背中を、いつまでも見守っていた。






                                     了

 お読みいただきましてありがとうございます。

 たいした内容もないのに更新も遅く、お越しいただけるだけで感謝の気持ちでいっぱいです。

 怠け者の性で筆が進まず、少し中断したいと思います。ちょっとチャージできたらまた再開しようと思っていますので、その時はまたおつき合い願います。

 どうもありがとうございました。


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