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第三十話 『フェイク』 10. お腹すいた

 


 休息コーナーで脱力したようにソファに身体を埋め、桔平は冷めかけた激甘コーヒーをちびちびとすすっていた。

 無機質な天井の明かりを眺めながら、本当にこれでよかったのかと何度も振り返る。

 先の展開が読めなくなっていたのは事実だった。

 ひょっとしたら、すべてが自分の手から離れていってしまったのでは、とまで考え始めていた。

 ふん、とため息を払拭したところで、人の気配に顔を向けると、自販機のそばで夕季が自分の方を向いて立っていることに気がついた。

 桔平の顔をちらと見てから、取り出したカップを手に、何も言わずに桔平から三つほど離れた席に夕季が腰かける。

 ズズズと一口含み、何かを思い巡らせて、またズズズとすすった。

 それをややあきれたように見続け、桔平が表情を和らげる。

「みっちゃん、どんな様子だ」

 夕季が動きを止める。

 それから桔平を横目で流し、カップに口を近づけた。

「大丈夫そう。思ったほどじゃなかった」ココアの甘い香りを嗅ぎつつ、ズズズとすする。「でもなんとなく、元気がなかったかも……」

「そうか……。んんん~っ!」

 大きく伸びをしながら天井へと顔を向けた桔平を、夕季がまた横目で見た。

「プログラムだったの」

「ん?」夕季に涙目を向け、小さく笑った。「わからん。俺達にもな」

「……そう」

「ひょっとしたら、人の形をした何やらに魂が宿るって類のやつだったのかもしれんな。ニセモノ扱いされるのが我慢できなくて、本物であるおまえらにとって替わろうとしたとかな。七不思議系のヤバいやつかもしれんぞ」

「……。笑うところ?」

「いや、まあ……」

 卑屈な笑みを浮かべる桔平をちらと見やり、夕季もややバツが悪そうに顔をそむけた。

「……。部品から造った竜王を動かそうとしたけど、動かなかったって言ったよね」

「ん?」何気なく顔を向ける桔平。「ああ」

 夕季は桔平から顔をそむけたまま、先につないで続けた。

「あれって、どういう意味」

「何が」

「私達オビィがいなければちゃんと竜王が動くかどうかも確認できないはずなのに、どうやってそんなことを確認したの。機械で測定しただけじゃ、必ずしも正しい結果になるとは言い切れない」

「……」

「私達の他にも、竜王を動かせるオビィが存在するのなら納得できる。だったら私達はすでに用済みってこと……」

「んなわけあるか、バーカ」

 自分の言葉をかき消してそう言った桔平に、夕季がそろりと顔を向ける。

 すると桔平は苦笑いをしながら補足してみせた。

「奴らはものごとを決められた側面からしか見られないボンクラどもの集まりだ。奴らにゃ、機械で測定した結果を、斬新なアイデアでひっくり返そうなんて発想はまったくない。結果に食いついて対策立てる前に、まずどうすれば自分の身を守れるのかって方向に考えがシフトしていくだけだからな。んなこた、おまえだってわかってるだろ」

「……」

「俺はこう思ってる。おそらくだが、今無数に存在するだろうすべての竜王は、おまえ達が触れることによって残らず動き出すんじゃないかってな。それがはっきりしたから、これ以上の追求もせずに、おまえ達をサンプルのテストパイロットとしてここに残したんじゃないかともな。ひょっとしたら今ここにある竜王も、すでにさっきおまえ達が乗ったものとはそっくり入れ替わってるのかもしれんぞ。おまえ達がつけた小さな傷や、スティックの癖まで完璧にトレースしてな。そんなこと、ここの奴らなら造作もなくやってのける」

「……だったら、こそこそそんなことしないで、私達がオフィシャルにそれを行ってもいいんじゃないの」

「使い捨てのモルモットとしてか」

「……そういうことは言ってない」

「俺達にそうして欲しいのか。おまえ達がぼろぼろになるまで使いまわされるのを承知の上で、自分のことしか考えてないような奴らに差し出せと」

「……」

 口をつぐんだ夕季に、なんとなく後ろめたい感情を桔平が抱き始める。

「前に黒崎の奴から聞いたんだが、あいつ、パソコンとか自分で組み立てちまうらしいな」

「……自作が趣味って聞いたことある」

「おお、ドヤ顔マニアで聞いてて腹立たしい限りだ。んで、パワーアップするために元のパソコンの中身まるごと取り替えて、すごい改造したとかいいやがるからよ、パソコンって箱なのか中身なのかどっちだ、って聞いてやったら、ポカンとしてやがったな。新しいケース買ってきて中身移動させたら、前のパソコンがまんま残ってたし。なんだか、パソコンが脱皮したっていうか、二台に分裂したみたいで滑稽だったな。結局古いのはゴミ箱いきだろうが」

「……それ、たぶん今うちにあるやつ」

「……。大丈夫か」

「うん……。でも朴さんに見てもらったってお姉ちゃん言ってたし……」夕季が不安げに眉を寄せて顎を引く。「……大丈夫じゃないかもしれない」

「ははは……」

 苦笑いの桔平。ふいに真顔になり、カップに入った残りのコーヒーを揺らしながら、物憂げに語り始めた。

「なんとなくだが、プログラムが発動したのは、メガルというオーバーテクノロジーが戦争に対する抑止力になりえなかったからだという気がする。飢えた獣の檻にエサを投げ入れれば、奴らは威嚇し合っていたことも忘れて、エサを貪り始める。だが互いを牽制してパワーバランスが拮抗していた人間達の真ん中に、食い切れないほど大量のエサを突然放り込んだらどうなる。分け合うのではなく、すべてを奪い合うだけだろう。独占できれば間違いなく図抜けた存在になれる魔法のランプのようなものだからな。メガルはその図式を人間達の目の前で浮き彫りにさせちまった。共食いによる自滅を防ぐためには、凝り固まった世界をまるごと力によって封じ込めるしかない。それを凪野博士は武力ではなく経済力で行おうとした。武力を行使すればよりひどくなることを知っていたからだろうな。だがその配慮も、野心しか抱かぬ者には逆手に取る道具でしかなかったってことだ。残念ながら俺達の中には、殴られなければわからない輩も確実に存在する。力で押さえつけなければ、いつか取り返しのつかない過ちを犯すだろう残念な人間達だ。そして、それは結果が出るまでは誰にも触れられないものでもある。一見危険な思想に思えるが、更正がかなわず、結果死刑にしかたどり着けなかった者達を語るには、そう言わざるをえない」

 カップに口をつけたまま、夕季が横目で桔平を見続ける。

 それに気づいているのか否か、桔平はおもしろそうに笑いながら、自分の紙コップを頭上にかざした。

「集束の仕組みがどんどん解明され始めてるって、朴さんから聞いたな。当初は三体の竜王が等分の比率で合体して、巨大化しているんじゃないかとも言われていたが、最近の解釈だと、それぞれのタイプに準じた一体の竜王がベースになって、他の二体がサポートにまわっているってのが有力らしい。その比率まではまだ詳しくわかってないみたいだけどな。十対一か、或いはもっとか。前にもあったろ。エアタイプの時だけおまえの負担やダメージが大きかったこととか。それを考えると理解はできる。おそらくは優先順位によってもその割合は変わってくるんだろうな。依存度をメインの側で自由に変えられるんじゃないかとも言ってたな。ポジションチェンジと組み合わせれば、パターンは無限大ってことだ」

「……ふうん」

「おまえらの過去データは、すべてデータベースとして記録されているらしいぞ。それを元にどんな状態で技が出されたかとかも分析して、かなり細かく解析されてきている。多少の誤差はあるが、ほぼ正確なシミュレートも実現できているそうだ。その時々の状況に応じて、前後何割かの幅をもたせて、おまえらの行動を正確にトレースする。バーチャルな世界とは言え、人間そのものを作り出しているようでぞっとしないな。ましてやそれが自分のコピーみたいなモンだったりするなら、なおさらだ。そうやってどんな神秘的なものもデータ化されてくわけだな。ありがたみも何もあったもんじゃない」

「……」

「この世界にゃ、神秘なものなんてもう何も残ってないのかもしんねえな。七不思議がずっと七不思議のままなのも、解明する側の科学が発達しすぎてて、八番目、九番目が見つかる前に全部却下されちまうからなんだろうな。ああいうの読むの、結構好きだったんだけどな。あなたの知らないなんたら、とか。はは……」

「ねえ」

 夕季に呼びかけられ、桔平が、ん、と振り返る。

 紙コップを両手で抱え、真顔で夕季が見つめていた。

「お腹すいた」

「……」一瞬ぽかんとし、桔平が夕季を見つめ返す。「……カレーでも食いに行くか」

「……ん」

 桔平が笑った。にやりと嬉しそうに。

「よし」

 ぐびっ、と残りのコーヒーを飲み干した。

「みっちゃん達、呼んでこい。しの坊も」

「うん」

 二人が同時に立ち上がり、並んで歩き出す。

 楽しそうに、他愛もない会話を交わしながら。







                                     了

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