第三十話 『フェイク』 9. フェイク
安堵に傾きかけた流れに、再び不穏な色が混ざり始める。
閉じこもる雅の心を無理やりこじ開けて、レプリカ達が集束しようとしていた。
「迂闊だった」桔平が己の失策を痛感して唸った。「どうしてあそこからあの娘を出しておかなかったんだ……」
「あなたのせいではないわ」腕組みに唇を噛みしめたあさみが、モニタリングを続けながらフォローに入る。「もしもの事態に備えて彼女を出さなかったのは、私の責任です」
「んなこた、どーでもいい! 奴ら、オリジナルとの立ち合いが目的じゃなく、はなからコンタクターとの接触が目的だったんだ。ガーディアンを引きずり出すために、三体揃って近づいてきやがったんだ」
「そうすれば、樹神さんを引っ張り出すことができるから、かしらね。コンタクターの力を利用して集束するために」
「俺達はまんまとそれに乗っかっちまった」
「……」
「今から外に出すわけにはいかないんですか」
おそるおそる申し上げる忍を、二人が揃ってちらと見た。
「奴ら、無理やりガーディアンへのとっかかりをこじ開けようとしている。今はコンタクターが必死にそれに抵抗しているから何とか防げているが、そんなことすれば」
「一瞬の隙をついて集束されるわ」
もう一度あさみが唇を噛みしめる。それに続く言葉を飲み込んだのだ。
レプリカ達にとってコンタクターはきっかけでしかなく、おそらくは集束さえしてしまえば必要とされないということを。
苦しむ雅をちらと見やり、光輔達が改めてレプリカ達へと向き直る。
三体はその場から微動だにしなかったが、その外殻には光の膜のようなものが浮き上がり始めていた。
滞空するニセ空竜王目がけて、夕季が空刃を放つ。
が、それらはすべて光の膜に弾き返されてしまった。
バリアー状の光のコートを忌々しげに眺め、夕季もあさみ同様唇を噛む。
光輔らにはわかっていた。
それがすでに集束のモーションに入っている時に発生する、干渉不可状態であると。
一瞬で終了するはずのその一連の流れを、雅の抵抗でゴリゴリと弾き返しながら行っているため、コマ送りのようなスピードで進められているのだろう。
とはいえ、とどまることのないその進行は、着実に集束を引き寄せているふうでもあった。
『あああーっ!』
雅の悲鳴に振り返る三人。
「雅! 大丈夫か!」
「みやちゃん!」
「おい、雅、しっかりしろ! くそっ、何とかならねえのか!」
血を吐く思いで叫んだ礼也のそれは、自分自身の首を締め上げるほどの痛みをともなっていた。
『礼也』
光輔の呼びかけに礼也が振り返る。
『集束しよう』
「……」
何も答えようとしない礼也に向け、光輔が覚悟を露呈した。
「このままじゃ雅が苦しむだけだ。どのみち奴らが集束する気なら、こっちが先に集束して一気に叩き潰すしかない」
『……』
それでも何も返さない礼也にかわって、夕季が割り込んできた。
『危険な選択だよ。奴らがさっき見たように心や感情を本当に持ち合わせないのならば、戦闘に特化したガーディアンが誕生する。恐怖心を持たない、純粋な戦闘マシンとしてのガーディアンが』
それに加え、コンタクターを必要としないレプリカに対し、オリジナル・チームは著しく消耗した雅を酷使して戦わなければならない。
敗北は必至だと誰もが感じ始めていた頃合いに、考えを巡らせていた礼也が活目した。
「よし、やるぞ」
礼也の提唱に他の二人も頷く。
「おい、こっからあ、泣き言はなしだぞ」
『わかってる』夕季が当然と言わんばかりの顔を差し向けた。『軽く考えているといけないから、釘を刺しておいただけ』
決して折れないまなざしに光を宿して。
それをニヤリと受け止め、礼也が改めて雅へと振り返った。
「おい、雅、大丈夫か」
『……なんとか』
青ざめた顔で笑ってみせる雅を、礼也が真っ直ぐに見つめる。
『でもちょっとヤバい感じだから、もうこっち見ないでね』
「へ、まだ余裕あんじゃねえか。もうちっとの辛抱だ。集束したら、ソッコーで奴ら、粉砕してやるから、覚えとけ」
『うん、了解』苦しげな顔に無理やり笑みを浮かべる。『頑張ってね、みんな』
「あたぼーよ!」礼也が雄叫びを噴き上げる。「吐く時間もやらねーって! 野郎ども、集束だ!」
『おう!』
『了解』
三体の竜王が光に包まれ、瞬く間に巨大なシルエットが浮かび上がっていく。
いつもと違うのは、それが二つあるということだった。
山を隔て、二体のグランド・タイプが睨み合うさまを、桔平らは特設スペースから困惑の表情で凝視するのみだった。
鏡に向かうように、同じ姿の巨大な魔神が動く様子もみせずに対峙する。
それは己を投影した蜃気楼だと錯覚するほど幻想的な光景だった。
「ヤベえ、ヤベえ。ヤバイ匂いがプンプンするって……」ガーディアンの集中コクピットの中、中心に陣取った礼也が、顎下の汗を拭って、とり憑かれたような笑みを浮かべる。「こんなカワイゲねえモン、俺らはずっとこき使ってたんだな」
両脇を固める光輔と夕季は、微塵にたじろぐ様子もみせず、ひたすら目の前の敵を見据え続けていた。
三人に共通していたのは、いずれも早期の決着を念頭に置いていたことだった。
決して焦っていたわけではない。
雅のためにそうしたいと、強く願っていたのである。
流れていた意識が雅に伝わり、それが新たな力を生み出す。
四つの心が一つのものとなって、まがいものの塊をものともせずに押し返そうと動き出した。
と、その時である。
まるで礼也達の精神力に根負けしたように、レプリカのガーディアンが姿を消したのである。
音も発せず、未練一つ残さずに、すっと。
拍子抜けする一同の心の内も解さず、方々で安堵のため息が巻き起こった。
それぞれの思惑を孕んだ、異なる意味合いのため息が。
どっか、と椅子の背もたれにもたれかかった桔平をちらと眺め、あさみも自分の椅子に深く腰かけた。
ふう、と一息つく。
解放した腕組みから放れたその両手は、珍しく汗でびっしょりだった。
「迷惑なことしやがって」
やや余裕を取り戻した桔平が、悪態をつき始める。
「こっちが集束している時に、遠くで勝手にやってりゃいいだろが。なんでわざわざ人んちの庭まで出張って来やがる」
「そんなことしてもどうせわかるでしょ、こっちにも」
「ま、そりゃそうだが……」
そこで一つの疑問がわき起こった。
「他にもガーディアンの元があるのか、それともここにある一体だけが、何体ものガーディアンを呼び出す触媒の役目をはたしているのか、どっちなんだろうな……」
桔平の呟きに戦慄の色を浮かべる、忍とショーン。
それを吐息で弾き返し、あさみがいつもの笑みを取り戻した。
「でももしオビディエンサーなしで竜王やガーディアンが動かせるのなら、私達はどんなプログラムにも打ち勝つことができるかもしれない」
「それになんの意味がある。人間が人の心を忘れちゃおしまいだろ。そんなの敗北と大差ない」
こともなげに言い切る桔平を、あさみは不思議そうに眺めた。
「あなたにとっては、でしょ」
「はん?」
「今の私達に必要なのは、どんなことをしてでも勝たなければいけないという事実だけ」
「それこそ、おまえにとって必要なってことだろ」
「そうとも言うかもね」
あさみが、淋しげにふっと笑ってみせた。
それから、言葉もなく顔を向けるだけの桔平に対し、彼方へ視線を投げかけるように先につないだ。
「もう欺けないわね。彼らが竜王のパーツの一部であることを、みんなが知ってしまったから。いいえ、むしろ竜王そのものと受け取られても仕方がない」
それが光輔達のことだと桔平が理解する。
「そんなことははなから承知だろ。今まで俺達がしてきたことは、むしろあいつら自身にそれを悟られないようにしてきただけだからな」
「でももう、それも必要なくなってしまった。彼らがいなくても、他の竜王が動くことが証明されてしまったから」
「……」
「いったい誰が誰を欺こうとしているのかしらね」
「……俺達はすでに蚊帳の外ってことか」
「……」
顔をそむけ、桔平があさみとは反対の海を眺めた。
「本当のフェイクは、どっちだ……」




