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第二十九話 『いびつな器』 1. 体育祭

 


 その日、山凌学園高校では、恒例の体育祭が行われることになっていた。

 日頃の行いもよろしいのか、雲一つない晴天である。

 わいわいきゃっきゃとはしゃぐ集団の端っこに、申し訳なさそうに並ぶ夕季の姿があった。

 その中心で、光輔が一際大きな声を張り上げた。

「楽しみだよな~!」

「おまえ、こういう行事の時、絶対子どもだよな」

 あきれ顔の祐作に、光輔は何一つ曇りのない顔を向けてみせた。

「だって楽しみじゃん。運動会なんだぜ、運動会」

「そりゃ、おまえらは体育コースだから楽しいよな」

「いや、まあ、ほら、俺らが目立てるのなんて、こんな時くらいしかないし」

「結局今年はいくつ出るの」

 隆雄に問われ、ん、という顔を向ける光輔。

「三種目、……リレーも入れると四種目かな。あ、あと部活対抗リレーもだ!」

「そんなに出ていいの」

「うん。記録が狙えそうだからって、特別に」

「なんだそれ……」

 ちなみに昨年は個人種目だけでも二種目出場し、全校記録を一つ打ち立てていた。

「夕季は?」

 ふいに光輔にふられ、夕季が顔を向ける。

「幅跳び」

「得意だっけ」

 その答えはみずきの口から聞くこととなった。

「ゆうちゃん、体力テスト全部、クラスの女子で一番だから」

「そうなの?」

「……さあ」

「一番すんごいのは五十メートル走なんだけどね。男子より速いの。すんごくダイナミックなんだよ。こ~んな、こ~んなねえ、ばっこん、ばっこん、ばっこん、ばっこん、こ~んな感じで!」

「やめて……」

 ジタバタと暴れ出したみずきを眺め、何気なく光輔が呟く。

「なんで幅跳びなの。百メートルとか出ればいいのに」

「……」

 とりあえず何か出ろと所属団の担当教諭から言われ、一番目立たない校庭の隅で行われる種目を選んだなどと、夕季には言えなかった。

「去年、何出たの?」

「何も」

「ふうん……」

「……」

「もったいない」

「言うと思った」


 華やかなトラック競技が展開される中、校庭の各場所では、平行して様々なフィールド競技が行われていた。

 夕季のエントリーする走り幅跳びもその一つである。

 もともと身体能力の高い夕季は全学年区別なしのカテゴリーでも難なく予選を突破し、すでに決勝進出を決めていた。

「ゆうちゃん」

 みずきが応援にやってくる。

「すごいね、決勝まで残ったんだ。あ、当然か」

「そんなことないけど……」

「みんな他の応援でこられないんだって。冷たいよね」

「そう」夕季の思惑どおりだった。「別にいいけど。団も違うし」

 山凌学園高校は、進学クラス、体育クラス、文系、理系、そして男子クラスなど、極めて偏ったクラス編成のため、体育祭でもクラス対抗や紅白対抗というカテゴリーに区分けしづらい。そういった理由もあってか、出身中学校ごとにブロック分けはされていたものの、個人競技記録会という副題がつくように、男女別の各学年の上位者、そして全学年を通じての総合上位者を表彰するのがその趣旨だった。

「曽我君も来るって言い出したから、女の子達がキモ悪がるからダメって言って断った。しおしおのぱ~、だって」

「……そう」思惑どおり。「……いいけど」

 なんとか目立たずにすみそうだった。

 が、決勝トライを目前にし、大誤算が訪れる。

 フェンスの外から聞こえてくる、その聞き覚えのある声のせいで。

「夕季はどこだ」

「おーい! 夕季ー、頑張れよー!」

 駒田や南沢を始めとする、メック・トルーパーの面々だった。

「誰だ、夕季って」

「ガラが悪いオッサン達だ」

 他の生徒達の迷惑そうな様子に、さっと夕季が顔をそむける。

 それでも迷惑の元凶達はとどまることを知らなかった。

「なんだ、ブルマじゃないのか?」いきなり駒田がぶちかます。「がっかりだな、南沢」

「今時ブルマなんて履くかよ……」

「バカ野郎!」キリッといい顔で南沢を睨みつける。「俺は夕季のブルマ姿だけを楽しみに、せっかくの貴重な非番を割いてまでやって来たんだぞ」

「ついさっき礼也から話を聞くまではマンガ喫茶に行こうとしてたよな」

「暇だったからな!」

 それにいい顔で振り返る、他の面々。

「俺もそうだ」

「だったら俺もだ」

「暇だったからな」

「これは誠にガッカリなりだな」

「おまえらにな……」唯一の常識派、南沢がかろうじて面目を保った。「黒崎の奴がいなくてもこれか」

「夕季はどこだ? さっきまでいたのに」

 あきれ顔の南沢をよそに、駒田が夕季を探し続ける。

 ジャージの上着で顔を隠し出した夕季を、みずきが気の毒そうな顔で眺めていた。

「……じゃみらなの?」

「……何が」

 その距離、実に、十メートル足らずというところだった。

 ふいに何事かを思い立ち、がばっと駒田が振り返った。

「おい、一日メック隊長をブルマ姿でやらせるってのはどうだ?」

「いいな、俺、赤いやつがいいな」

「マニアックだな」

「おまえ、さえてるな」

「ねえ、なんだか変なこと言ってるよ」

 みずきが怯えた表情を向ける。

 ぎゅっと耳を塞いで、夕季がかぶりを振った。

「聞いちゃ駄目、耳が腐るから」

「え~……」

「お、いたぞ、夕季だ!」

 駒田が思い切り夕季を指さした瞬間、夕季の身体がビクッとすくみ上がった。

「おーい、夕季ー!」

「夕季ー、頑張れよー!」

「お、じゃみらか?」

「お、ほんとだ」

「おい、光輔の応援は?」

「いらねえだろ、南沢」

「いらねえよな」

「なあ」

「おい、この後マンガ喫茶行くんだろ?」

「もちだ。チャンピオンの発売日だからな」

「おまえら……」

 どんどん人が集まり始めていた。

「誰だ、夕季って?」

「どこどこ?」

 軽い騒ぎとなり、教諭連への南沢の謝罪によって、メックの面々が去って行く。

 その後、大勢の注目を浴びる中、『お~!』という感嘆の声につつまれ、真っ赤な顔で打ち震える夕季があっさり優勝をものにした。


 ほぼすべての競技で陸上部と体育クラスから優勝者が連発する流れのまま、体育祭は午後の部へと突入しようとしていた。

 昼休憩をはさみ最初に行われるのは、全学年参加の目玉種目、クラス対抗混合リレーの予選である。リレーの類はイベント的な趣が強く、他には運動部と文化部それぞれの部活対抗だけしかなかった。

 クラス対抗混合リレーは各クラスから男女三名ずつの六名を選出し、学年ごとの予選を経て、各学年上位二クラスのみが最終種目で決勝を争うことになっていた。ただし光輔らのような男子クラスの場合は、ハンデとして三十メートル後方からの変則スタートが定められていた。

 団対抗でもなく、結果がどこにも反映されない表彰のみの競技ではあったが、それでも唯一のクラス対抗競技ということもあって、毎年かなりの盛り上がりをみせていた。

「光輔」

 祐作に呼び止められ、黒い鉢巻を頭に巻いたヤル気マンマンの光輔が振り返った。

「……すげえ気合入ってんな」

「ああ」やや厳しい顔つきとなる。「さっきの二百メートル走がぎりぎりだったからさ、今度こそはキッチリ優勝しなくちゃさ。これで四冠達成だ」

「おまえ、今日どんだけ走ってんの」

「予選二回と決勝で三回ずつを三種目で、ん~と、何メートルなんだろ……」

 これまでに出場した百メートル走、百十メートルハードル走では、自己の記録更新を含む校内記録を打ち立てていた。二百メートル走は疲れが蓄積した中、何とか優勝だけは手にすることができた。

 学校一の俊足と噂されていたとは言え、専門種目での参加も認められている陸上部も含めての光輔の活躍は、開校以来の快挙だと言われた。

「そんだけやりゃ、もういいだろ。部活対抗にも出るんだろ」

「何言ってんの。一年で俺が唯一目立てる日なのに」

「充分目立ってんだろ……」

 軽く引いた祐作の隣で、園馬祥子が苦笑いをした。

「祐作達はリレー出るの」

「いや、俺はハズれた」

「園馬は」

「あたしが出れるはずないじゃんか」腰に手を当て、やれやれという顔を光輔に差し向ける。「女子三人なんて、どこも陸上の子達でほぼ決まりだよ」

「男もほとんど陸上部か野球部だからな」

「ふ~ん。うちは男子クラスだからハンデだよな」

「ハンデじゃねえだろ」

「いや、でもさ、スタート三十メートル増量は結構キツいよ。女の子だって速い子いるしさ」

「それくらいじゃ全然ハンデになんねえよ。体育コースの女達だってその辺の男どもよかよっぽど速ぇし、おまえら二クラスとも一人十メートルのハンデが妥当だろ」

「そうか?」

「そうだろ」

「実際決勝って、体育クラスのためだけにあるようなものだしね」

「うん、まあ、確かに……」

 痛いところを祥子につかれ、光輔も同じ顔をしてみせる。

「当然、おまえがトップだよな」

「え、なんで。俺はアンカーだよ」

「ハンデがどうこう言うんなら、一番速い奴がそこカバーすんのが最強だろ」

「なことしたら目立てないじゃんか!」

「……」

「あ、でもさ」ポンと祥子がひらめく。「ハンデもものともしないで爆走とかしちゃったら、そっちのが目立つんじゃない?」

「あ、そうか!」光輔開眼。「三十メートル余分に走った上でぶっちぎりの一番でバトン渡せば、すごくカッコいいかもな」

「おまえ、百三十メートルを何秒で走る気だ」

「えっと……、十二秒くらい」

「それだと世界記録が出ちゃうね」

「え、なんで。世界記録って百メートルで十秒切れるくらいだろ?」

「おまえ、何言ってんだ……」

「え? え?」

「おう、光輔!」

 茂樹の声に三人が振り返る。

 青い鉢巻を巻き、光輔同様ヤル気マンマンの茂樹のバカ笑いがそこにはあった。

「おう、おまえも出るの?」

「あったりまえだ! 野球部の切り札、ラスト・ピンチランナーの曽我とは俺のことだ」

「補欠な。しかも最後の最後にお情けでちょろっと出させてもらう系の」

「ちょっと黙れ、祐作!」

 苦笑いの光輔と祥子。

 茂樹の後ろでみずきとともに並ぶ夕季が、鉢巻をしているのが見えた。

「夕季も出るの」

「……予定にはなかったけど、急遽」

「は?」

 バツが悪そうにそっぽを向く夕季のかわりに、みずきがその後を受けた。

「決まってた子がさっきの百メートル走で足くじいちゃって、で、急遽、ゆうちゃんが出ることになったの」

「嫌がってた古閑さんを、急遽、俺が泣いて頼んで説得したんだ」

 えへん、と茂樹が胸を張る。

「おかげで完全に嫌われちゃったんだよね、曽我君」

「おう。……、え! それ、マジ……」

「……そういうのはないから」

 茂樹と夕季が微妙な顔を突き合わせた。

 楽しそうに笑うみずきと、苦笑いの光輔らを眺め、茂樹が気を取り直す。

「うちはすげーぞ、光輔。俺も含めた男子二人が野球部で、俺も含めた男子全員が十二秒台で走る」えへん、えへん、と胸を張りまくる。「そして俺も含めた男子全員、古閑さんにかなわないときたもんだ」

「へえ~……」

「ゆうちゃん、後半の伸びがハンパないからねえ。こ~んな、こ~んなふうで、ばっこん、ばっこんって加速してって、四百メートルくらい行く頃には、百メートル十秒切るかもしれないよ」

「いや、意味がわかんないよ、篠原……」

「また世界記録が出ちゃったね……」

「バイクみたいだな、光輔」

「そう、バイク! それが言いたかったの。さすが羽柴君、正解」

「ますます意味がわかんないよ……」

「残りの女の子も陸上部とバスケ部だ。ヤリ投げの選手だけどな」

 得意げにそりくり返った茂樹を無表情に眺め、光輔が夕季を横目で見る。

「んじゃ、当然夕季がアンカーだよな」

「冗談はやめて」

 目をつり上げ、夕季が光輔を睨みつけた。

「だって一番速いんだろ」

「冗談はやめろ!」

 そしてもう一人、目をつり上げて光輔に食いつく。

 茂樹だった。

「アンカーになったら、古閑さんからバトンもらえないだろうが! きらきら光る風の向こうで、俺は古閑さんを待ち続ける。目標は優勝というより、公衆の面前で古閑さんと二回走ることだ!」

「……。おまえ、マジで嫌われてるかもな」

「え! マジ!」

「……ないから」

「本当?」

 みずきに見つめられ、夕季が複雑そうな表情になった。

「……たぶん」

「たぶん、て……」

「まあ、なんだな」祐作が祥子の顔を見ておもしろそうに笑った。「アンカーの前に勝負決まっちまったら意味ないし。ま、とにかく頑張れな」

「あったりまえだっちゅうの!」胸をドンドン叩いて、茂樹が雄叫ぶ。「確かに体育コースは全員が代表クラスみたいなモンだ。だとしたら他に勝てる要素とはなんぞや! 女子力でしょ! 諸君、体育祭革命の時は来た! 今年こそ体育コースの独占市場に、我がクラスが風穴を開けてやるぜ! なあ、篠原さんよ」

「普通、高校生はそんなこと言わないよ」

「我ら男子の精鋭部隊に、身も心も男前の古閑さんが加わってくれれば鬼に金棒だ。実質男が四人になったようなものだしな。いくら体育コースとは言え、三十メートルのハンデはキツかろうて。しかもかわいこちゃんだ。文句はあるまい」

「おまえ、なんで自分がモテないか、考えたことあるか?」

「……かわいこちゃんって言い方がちょっと古かったか、な?」

 光輔と夕季が困った顔を見合わせた。

「とにかく、今日だけは俺が目立たせてもらうから。おまえには悪いけどさ」

「ちっとも悪くないから、頑張って目立ってくれば」

「?」

 そして全校生徒が注目する中、全学年クラス対抗混合リレーが開始されようとしていた。





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