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第三十話 『フェイク』 7. 本当の目的

 


「いったい、どういうことだ……」

 司令室特設スペースで、戦慄の表情にまみれた桔平が絶句した。

 それを眺める忍やショーンのそれも、同じだった。

 腕組みのあさみが一息もらし、わずかに口もとをゆがめる。

「それが目的だったのかしらね」

 誰もがそう思い、あえて口にしなかったことを、あさみが声にした。

「本物の集束に便乗して、自分達も集束しようとしているのかしら。理由はどうであれ、自分達だけでは勝手にはできないみたいね」

「それはこっちも同じだろ。コンタクターがいなければ集束できないことに変わりはない」

「コンタクターが集束を解放するタイミングに乗じてレプリカ側も集束を行うつもりならば、彼女にそれを閉じていてもらうしかないわね」

「ああ」桔平が重々しく頷く。「だが、どっちにしろ、このままじゃ不利だ」

 光輔達には、一旦引き返す余裕がない。

 戦闘区域となっているそここそが、すでに逃げ場所でもあるのだから。

「それに」

 忍とアイコンタクトを交わし、あさみがもう一つの懸念を形にする。

「レーダーを見る限り、同じタイプの竜王同士はまったく同じ反応を見せている。多少の色の違いがあっても、私達の目では彼らのスピードにはついていけない」

「塗り分けによる識別センサーも、ほとんど反応しなくなっています」

 忍の補足にあさみは一番言いたくもない仮説を唱えなければならなかった。

「どうやっているのかまるでわからないけど、彼らは霧崎君達の感応レベルにあえて同調させているみたいね。見事にトレースしていると言った方がいいかしらね。意図的に三人の感能力に合わせているのは間違いないわ」

「おかしいだろ」

 桔平の疑問にそこにいた全員が顔を向けた。

「だったら、もっとどっちに転んでもいいような展開になってもおかしくない。現状、明らかに向こうの方が有利にことを進めてる」

「人間にそんな正確なことができると思う?」

「!」

 しれっと告げたあさみの一言に、桔平の背筋が凍りつく。

「まさか、あれん中にゃ、人が乗ってねえとでも言うのか」

「あくまでも予想よ。だったら完璧なコピーも納得できるし、もしそれが当たっているのなら、コピーがオリジナルより勝る要素はある」あさみが含みをもたせ、もう一度ディスプレイに映された三組の竜王達を眺めた。「人間なら誰もが持つ恐怖心がないのだから」


 山の麓付近では、嵐のようなニセ陸竜王の怒涛の攻撃に、礼也が追いつめられようとしていた。

「くそ、どこがモンキーモデルだって!」

 精度を増したクラッカーの一撃をすれすれでかわし、悪態が自然と口をつく。

 陸竜王のこめかみを焦がして枝々を弾き飛ばした炎の弾丸は瞬時に引き戻され、すぐさま次なる攻撃の態勢を形成した。

「完全に改良版じゃねえか!」

 深紅に燃え上がる体躯に魔眼を宿し、レプリカがローラーダッシュで一瞬のうちに間合いを詰める。

 同じ光を放ち、礼也の竜王もそれを迎え撃った。

 怒りに奮え、紅く染めあげられた全身で大地を踏みしめ、灼熱の鋼板を拳から撃ち放つ。

 大口径の砲弾をわずかなスライドでやり過ごし、レプリカが礼也目がけて鍛えられた熱鉄のような拳を振りかぶった。

「くそったれ!」

 それを避けようともせず、真っ向から立ち向かう礼也。

 レプリカ同様、溶鉱炉のごとくにオレンジ色に燃焼した右拳を、憤怒もろとも叩きつけた。

 激しい打撃音を撒き散らし、マグマの塊のような二つの拳が激突する。

 それは辺り一面をコロナに変えるほどの暴力的な光の爆発をともない、無数の熱線をドーム状に放射させた。

 互角の立ち合いに、拳を弾かれた両者が距離を隔てて踏みとどまる。

 触角の開いたカブトの下からのぞく真っ赤な両眼が、互いを捕捉して睨み合った。

 礼也のこめかみを焦りの汗が伝い流れる。

 先から何度も同じことを繰り返してきた。

 相手の攻撃を十回しのぎ、わずかに生まれたチャンスから繰り出す一撃は、ひたすら間合いをリセットするだけの補填作業に終始していた。

 押し込まれていることは誰の目から見ても明らかで、支配率はほぼレプリカの百パーセントとなれば、いくら気位の高い礼也と言えども力の差を認めざるをえなかった。

 それでも諦めなかったのは、決して折れない心の強さを礼也が持っていたからだった。

 子供の頃からどんな理不尽な嫌がらせにも屈しなかった礼也だからこそ培えた、報復の方程式が根底にあったからである。

 見守る誰もが悪あがきと感じ始める中、屈強なメンタルをキープし続ける礼也が次手を模索する。

「てめえの攻撃は!」やり過ごしたレプリカの右ストレートを抱え、逆手に持ち込む。「シンプルすぎだろって!」

 関節を極めて一気にへし折ろうと勢いよく反転する陸竜王。

 が、レプリカはそれから逃げようともせずに、無理な体勢から反対の拳をアッパー気味に振り上げてきたのだった。

 腕を折り、たたみかけようとした礼也が、危険を察知して飛び退く。

 顎をかすめて突き抜けたレプリカの追撃弾は、陸竜王の片方の角を削り取っていった。

 体勢を崩して地に伏したレプリカは、ゆらりと立ち上がるとまた妖しげな両眼で礼也を捕捉した。

「く!」

 明らかな違和感に戸惑いを隠せない礼也。

 それが相手をしとめるための捨て身の一撃だったのか否か、判別できなかったからである。

 レプリカの右腕はブラブラとぶら下がるだけの状態になっており、今後の攻撃には使用不可能と思われた。

 初撃を囮にして、次の攻撃でとどめを刺そうとしたのなら理解はできる。

 だが引っかかっていたのは、どうしてもそうは思えなかったことだった。

 頭が混乱する。

 まるで片腕を失うことすらリスクととらえず、ただ淡々と次の攻撃をレプリカが繰り出しているように礼也には思えたからだ。

 計算ではない。

 わかっていても人が陥る、躊躇やかけひきといったものが、そこにはまったく感じられないのだ。

 そしてまた、一連の動作に一貫性がありすぎる。

 それこそが計算とするのならば、コンピュータによるプログラミングのような、血の通わないコントロールとでも言うべきか。

 己との違いを改めて振り返る。

 今礼也が感じている感情こそが、レプリカとの相違点なのだと結論づけた。

 相手に対する畏怖や恐怖心というものが、レプリカには皆無だったからだ。

「おい、夕季!」

 正面のモニターに夕季を呼び出す。

 現れた夕季の顔はいつになく焦りをともない、相手を警戒してなかなか正面に向き合えない状態だった。

『何!』

「……」

 激しく接触を繰り返しながら空中戦を展開する二体の空竜王を麓から眺め、礼也が困惑をみせる。

 はたから見るだけでは、まるで見分けがつかなかった。

 それだけでなく、二体の空竜王から発せられる信号は、まったく同じものだったのである。画面に夕季は呼び出せる。だがそこに映る夕季が、どちらの竜王のものなのか、礼也には識別できなかったからだ。

 両方から夕季が持ちうるのと同じ感能力を感じる。

 まるで同タイプの竜王がシグナルを共有して、同時に発信しているようにも思えた。

「……おまえ、どっちだ」

 それに対する夕季の返答は、非常にイラッとしたものだった。

『向かって右!』

「クルクル飛びまわりながらで右も左もあるか……」

 あきれたような口調でそう言った礼也に、光輔の声が飛び込んできた。

『礼也、どっちだ!』

「あん?」

 振り返るや否や、礼也がパニックに見舞われる。

 木々をなぎ倒し、突然二体の海竜王が眼前に飛び込んできたのだから。

「てめえ! 何を!」

 言う間もなく、海竜王達が挟み込むように礼也の脇を通り抜けて行く。

 離れたりクロスしたりを繰り返して、もつれ合いながら激闘を繰り広げる二体の海竜王を前に、礼也は何をすべきかもわからずに立ちつくすだけだった。

 その心を人並みはずれた防衛本能が呼び覚ます。

「あぶ!」

 レプリカの放ったバーン・クラッカーが、咄嗟にスウェイした礼也の顔をかすめていった。

 レプリカは熱鋼板を引き戻すや、すぐさま腰だめにかまえ、続けて修正弾を礼也に向けて放つ素振りをみせた。

「このやろ!」

 それを阻止すべく放った牽制の一撃があっさりかわされ、礼也がまた後手にまわることとなった。

『何ぼーっとしてやがんだ、てめえ!』

 桔平の逼迫した叫び声に脳が反応した。

「仕方ねえだろ、こいつらまともじゃねえんだ!」

『そんなことはわかっている。どうまともじゃないのか、こっちでも見極めようとしている最中なんだ。それまではてめえらはとにかくもっと集中しろ!』

「んなこた、わかってんだけどな。こっちだって、いっぱいいっぱいなんだよ!」

『ああ! この期に及んで弱音吐いてんじゃねえぞ、てめえ。いつもの威勢はどうした!』

「誰が弱音こいてんだって!」カチンとくる。「あんたこそビビッてんじゃねえだろうな!」

『誰がビビッてんだ、てめえ! しこたまビビッてんのはてめえらの方だろうが! この口ばっかのビビリが!』

「はあ! ざけんな、このやろー!」

『んだと!』

『今はそんなこと言い争っている場合じゃないですよ』

『う、むう……』

 忍にたしなめられ、ヒートしていた桔平が沈静化する。

「んなこと言うんなら、あんたがこいつらきっちり黙らせてみろって。隠れたとこからちくちく威勢こいてねえでよ」

 レプリカの攻撃をしのぎながら、礼也が思い切りの皮肉を込めて言った。

 そこに桔平がピンとくる。

 先のあさみの言葉を思い出した。

「おい、ひょっとして、奴ら、何やっても顔色一つ変えずに突っ込んでくる感じか」

『はあ? 顔色はわかんねえが、全然ビビッてる様子はねえな! こっちのフェイントとかは一切通じねえ』

 桔平が、しばし考えにふける。

 そして一つの方向性を導き出した。

「よし、おまえら、もっとビビれ」

『はあ!』





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