第三十話 『フェイク』 6. 熾烈な争い
白銀の輝きを撒き散らし、宙を踏みしめるように空竜王が拡散空刃を放つ。
それをこともなげに避け、レプリカも同じ攻撃を仕向けてきた。
目にも止まらぬ連続攻撃を、空中での反転と切り返しでしのぐ夕季。
一瞬の隙をついて撃ち出された空刃も、レプリカはバック宙返りであっさりとかわした。
青白い両眼を怪しく煌かせ、レプリカが夕季との距離を詰める。
そこから離脱することなく、夕季も同じ輝きを乱反射させながら、レプリカとの間合いを更に近づけていった。
刃一枚分の至近距離で同じ形の竜王があいまみえる様は、さながら眼前の鏡を突き破ろうとするかのようでもあった。
互いの頭部をぶつけ合い、退きざまにそれぞれのブレードを振り切る対称のシルエット。
オリジナルの肩に塗られた特殊塗料の一部がはがれ、レプリカの額にわずかな傷を刻んで、二体の空竜王がひとまずの距離をとった。
光る四つの蒼眼は、相手の弱点を見極めようと、幾重も先の手をうかがっているふうでもあった。
少なくとも、夕季の目にはそう映っていた。
「どういうこった……」
陸竜王のコクピットの中で礼也が惚けた声を出す。
そのあやふやな思考を、光輔の信念が呼び戻した。
『わからないけど、あれはハリボテなんかじゃない。夕季を援護しないと』
「おお」
海竜王の中から、光輔が桔平を呼び出す。
「桔平さん、夕季をこっちに誘導させてください。あの空竜王のレプリカの力は、少なくとも夕季と同等くらいはある。このままじゃ危ないですよ」
礼也同様、停止していた桔平の思考が、光輔の呼びかけによって引き戻される。
ぐっと眉間に力を込めたあさみに振り返ることなく、桔平は打開策を提示した。
「よし、夕季。礼也と光輔を山あいの空から見えないところに移動させる。おまえはレプリカをおびき出して、そこで挟み撃ちにしろ」
『了解』
素直に従う夕季に、桔平が違和感を覚える。
一対一の対決が目的ではなく、あくまでも敵の殲滅が第一だとは言え、夕季自身が容易に打ち負かせない相手だと感じたことは間違いなかった。
それだけで少なくとも対等のスペックだと推察できた。
空竜王と同じ形をしただけの、ニセモノであるはずのレプリカが。
本物にとって変わるために遣わされた刺客。
それが意味する理由を噛み砕き、桔平達は、百手、千手先まで考えなければならなかった。
本物と同等の性能を持つそれが存在し、もとよりの考察が的を射ているのなら、遅れをとることは後手にまわることと同じなのだから。
まずは目の前のその敵を叩き潰すことが先決だった。
「桔平さん」
忍の呼びかけに、振り返る桔平。
切羽詰まったその様子に、嫌な胸騒ぎを覚える。
「礼也の向かったポイントに、レプリカの陸竜王が移動しています」
「!」的中した予感を消化する間もなく、次なる決断に迫られることとなった。「礼也、気をつけろ! そっちに……」
『くそったれ!』
その危惧に反応したのは、礼也からの咆哮の方がわずかに先だった。
『もうちっとで、顔、直撃するとこだったぜ! 危ねえ!』
「……」
言葉も出ずに指令用のハンドマイクをただ握りしめる桔平。
もはや疑う余地もなかった。
そこにいる全員と同じく、桔平は戦慄の表情でディスプレイの中の二体の陸竜王を眺め続けるだけだった。
それだけではない。
更なる追い討ちを、桔平は忍の口から聞くこととなった。
「海竜王のレプリカも動き出しました……」
先行する礼也から少し遅れて合流ポイントへと向かった光輔が、生い茂る木々の合間を縫って側面から飛び出した銀色の槍に襲われ、咄嗟に身を翻す。
それが海竜王の持つ高密度の長爪と同じものであることを瞬時に見極め、引き戻された先に待ち構える黒い影の存在を確認した。
薄暗い森の彼方に爛々と光る、一対の黄橙色の目。
海竜王と同じその眼光は、すでに光輔の駆る機体をターゲットに据えていた。
音もなく木々が割れ、裂け目から黒光りする魔神の姿があらわになる。
その複写率は鏡そのものだった。
「く!」
予めかまえていたはずが、一瞬の心の動揺をつかれ、光輔が後手にまわる。
横になぎ払われた銀色の槍は想像していた以上にリーチがあり、退いた海竜王の胸元をザックリ削っていった。
口もとを引き締め、光輔が相手を見据える。
夕季や礼也はすでにそれぞれが同タイプの敵と接触していると聞かされていた。
とすれば、サポートが望めない状況で、光輔はこの難敵を一人で倒さなければならない。
突き出された爪の先が肩に触れ、光輔がバランスを崩す。
その銀爪を抱えて組み伏せようとしたところ、レプリカが強引に引き抜き、勢いを利用した後ろ回し蹴りで弾き飛ばされることとなった。
間髪入れずにもう一方の長爪を繰り出してくる漆黒のレプリカ。
目にも止まらぬ連続攻撃の前に、光輔は防戦一方だった。
見えているのに何もできない。
同じスペックどころか、レプリカの方がいくらか性能が高い気さえしていた。
それを光輔は操るものの技量の差だと考える。
卑屈になっているわけではなく、そう結論づけることで、同じ機体同士の戦いで相手の術中にはまらない選択をしたのだった。
矛盾するようではあるが、機体の性能差を言い訳にしてしまえば、相手のミスを待ち続ける展開に終始してしまう。もし同等の実力がありながらも相手の戦術が自分を上回っているのを認められなければ、焦ってミスをするのはむしろ自分の方だということを、光輔はサッカーの試合等で味わっていたからである。
リズムの違いからか相手の間合いに飛び込めず、一撃すら繰り出すことができない。
このような感覚に見舞われたのは久しぶりだった。
ミッション時は常に礼也や夕季と行動を共にしていたため、一人でピンチに陥るといった状況がほとんどなかったからだ。
誰かがピンチになれば、他のメンバーがサポートに入るのが当然の選択だった。
光輔がそれを行うこともあれば、その逆も然りで、だからこそお互いを信頼して背中を任せられたのである。
それが今は期待できない。
礼也や夕季にしても同様で、早くケリをつけて仲間達を助けにいかなければという気持ちが、焦りだけを募らせていた。
何度も考えをめぐらせ、またもとの結論を改める。
これだけ個々が窮した事態に陥ったのは、おそらく初めてではないのだろうかと。
「桔平さん!」
レプリカの遠距離攻撃をバックステップでかわしながら、一杯一杯の光輔が連絡を試みる。
「礼也達は」
それに対する桔平の返答にわずかなロスが出た。
他の二人のサポートでコントロール・センターも大わらわだったのだ。
『光輔か』
「はい」
『大丈夫か、おまえ』
「大丈夫じゃないです」
素直にそう告げる。
それを桔平もごく自然と受け入れた。
『そっちもか。他の二体も同じ感じだ。スペック自体はそれほど違わないみたいだが、相当こなれてる様子らしいな。互いの致命傷こそないものの、無駄がない分、次第に相手の方が押し始めてきてるってよ』
「夕季がそう言ってたんですか」
『いや、礼也の方だ』
至近距離からの突きを両腕の爪で受け止め、光輔がギリと奥歯を噛みしめる。
あのプライドの高い礼也が相手の力を認めたというのだ。
それが尋常ならざる敵だということは、考えるまでもなかった。
『おまえはどうだ』
レプリカの銀爪を弾き飛ばし、光輔が桔平の顔をちらと確認する。
「俺も同じです。相手の動きが鋭すぎて、避けるのが精一杯です」
『なんとかやりすごすことはできんか』
「無理ですね」繰り出した長爪をこともなげにかわされ、すぐさまチェーンで引き戻す。「このままだとヤバいかもです」
『おい、こっちに集めてマークずらしたらどうだ』
切羽詰まった様子の礼也が乱入してくる。
それに対する答えは夕季の口から聞くこととなった。
『駄目。乱戦になったら、こっちの方が混乱するから』
『んなの、やってみなきゃわかんねえだろが!』
『多分連携でも向こうの方が上だと思う。何もできずにまとめてやられるのは、あたし達の方』
夕季のその口調からも、いつになく焦りがうかがえた。
「……」光輔が口もとをぐっと引き締める。
その決意を、先に桔平が口にした。
『集束して一気に蹴散らすしかないな。やれるか、おまえら』
『了解』夕季が神妙に頷く。『それしかないかも』
『仕方ねえな……』
礼也の覚悟がプライドを上回った時、思わぬところからの待ったがかかった。
『駄目』
雅だった。
そして、どうしてだとたずねる桔平に対し、極めて深刻な表情を差し向け、雅はこう言ったのである。
『彼らも集束しようとしている……』