第三十話 『フェイク』 5. モンキーモデル
レプリカと対峙する夕季の脳裏に、桔平の言葉が反響していた。
『レプリカが逃げる前に粉砕しろ』
と。
そしてもう一つ。
もし向かってくるようなことがあるならば、それは関係する人間達すべての裏をかいた、挑戦状に他ならないのだと。
*
出撃を前にオビディエンサー達を並べ、桔平らは最後の注意を施していた。
「ずばり言う。俺の睨んだところ、この一連の騒ぎの張本人は政府のどこかの関係者だ」
「ずばり言ってねえじゃねえか……」
礼也の皮肉に桔平がジロッと目を光らせる。
「一口に国や政府って言っても、いろいろあるんだ。そしてそれぞれが別々の思惑を持って、俺達を探ろうとしている。それを取りまとめる先は途中で一つになったり、さらにその一人が結局全部の親玉と何らかの関係持ってたりと、複雑にからくんでいるんだろう」
「どういう意味だ、そりゃ」
「おまえらに命令を出すのが俺一人だとする。だがその俺に指令を出しているのは、複数の真逆の組織同士だという可能性もあるということだ。たとえば、軍隊とテロリスト両方からとかな。それを俺の段階でマネー・ロンダリングみたいにこねくりまわしちまえば、おまえらは何が正義だか悪だか区別がつかなくなった状態で命令を受け取ることになるわけだ。平たく言えば、プログラムの黒幕自体がメガルでしたっていうオチみたいなもんだ」
「なんだかよくわかんねえが、あんたがメガルの敵対組織からも金貰って、いいように俺ら動かしてるっていうふうに解釈してもいいのか?」
「何故そうなる!」
「いや、今そう言ったって……」
「たとえばの話だろーが!」
ぷんすか噴火し、やれやれといった様子で振り返った桔平に、忍が苦笑いを向けた。
真顔で光輔と夕季が見つめ合う。
「……俺もそう思った」
「……あたしも」
あさみだけは内心の読み取れない表情で、腕組みしながらその様子を眺めていた。
「デリーのどっかも一口噛んでるのは間違いない。だが問題は、更にその上がいるということだ」紙コップの激甘コーヒーをグビリと流し込み、桔平が苦々しげな顔を三人に差し向けた。「国だけの力じゃデリーは動かせない。不用意にそんなことすれば、政府ごとひっくり返せるほどの力がメガルにはあるからな。だったらそれをまとめて動かすことができるのは誰だ。メガルを内側から崩壊させようとしている輩か、あるいは」
その後をあさみが受けた。
「メガルそのもの」
あっ気にとられる一同。
夕季だけはそれを覚悟していたような表情で、向かい合う桔平とあさみを眺めていた。
「なんとなく理解できる。でもわからないのはその目的」
二人が振り返るのを確認してから、夕季は自分の中にすでにある答え合わせを敢行した。
「単なる利権争いのためだけにそれをしようとしているのなら、もう誰も信用できない」
「それは当たっているようでちょっと違う」
「どういうこと」
夕季の目を見据え、桔平が頷いてみせる。
「おまえの読みは九分九厘当たりだ。これまで水面下で行われてきた竜王の増殖計画が頓挫することで、ポジションが脅かされる人間達が数多く存在する。自分達の利益を確保するために、彼らが一芝居うったと考えるのが妥当なセンだな。彼らの目的は、自分達がこさえたレプリカがおまえ達の力なしでもちゃんと動き、プロジェクトの有効性をおおっぴらの舞台で派手にアピールすることにある。そのために必要なのが、おまえ達のアリバイを証明し、その上で別の竜王がちゃんと動くことを世界中に認めさせることだ。奴らにとっての最良の結果は、おまえ達の乗る竜王と、自分達の造ったニセモノを同じフレームに収めることだろう。別に戦って勝ちたいわけじゃない。ニアミスするだけで、充分に目的は達成されるからだ。むしろ接触を恐れているのは、奴らの方だろうな。何せ自分らの持ち出したレプリカは、とてもレプリカとも呼べないようなシロモノに違いないだろうからな。遠隔操作で動かしているだけのハリボテなんだろうが、そんなモンキーモデルですらないまがい物で、本物の竜王に太刀打ちできるわけがない。おそらくは、おまえらが顔を出した時点で、すっと消えちまうんじゃないかと俺は睨んでいる」
「モンキーモデルってなんだ?」
礼也が光輔の顔を恨めしそうに眺める。
光輔も同じ表情でそれに答えてみせた。
「さっぱり」
「わざと正規品より性能を下げた、グレードダウン品のことだよ」
小声で忍が、二人に向けて説明し始めた。
「武器なんかを輸出する時に、生産国が提携国との差別化をはかるためにそうすることがあるの。コストを下げられるメリットもあるけれど、自分達と同じグレードの兵器を他の国に使わせたくないとか、機密の保持とかの意味あいもあるみたいだよ」
「ほお~」礼也が感心する。「わかりやすいな」
「さすが、しぃちゃん」
「わからないことがあったら何でも聞いてちょうだい」ごほんと咳払いし、キリッとした表情で忍が二人を見据える。「次は?」
「うん、またな……」
「うん、また……」
「それで気がすむのなら、そうすればいい」夕季が桔平を見る目に力を込めた。「くだらないことだと思うけれど、それでことが収まるのなら、さっさとそうして追い返してやればいい。それなのにどうして全部私達の責任にしようとするの。わざわざ監禁してまでアリバイを隠蔽して、ニセモノを、私達が乗った本物の竜王に見せかけようとした理由が知りたい」
ぽかんとなる光輔と礼也。そのままわけもわからず、桔平の顔へ視線をスライドさせるだけだった。
「やっぱりそこまでは気づいてやがったか」
「……」
「あのな」
何も答えようとしない夕季のかわりに、礼也が代役を買って出た。
「どういうこった、そりゃ。なんで俺らのせいにしようとしてんだ。アリバイってのは俺らの潔白のためじゃなかったんかよ」
「そうしなけりゃならない理由があったって言っても、おまえらじゃ信じられないだろ」
「はあ?」
桔平があさみの顔をちらと見る。
腕組みのままのあさみが何もリアクションを起こさなかったことで、それを話すタイミングであると踏んだ。
「さっき言ったとおり、目先の利益にこだわる連中を煽動した奴らが、他にもいるってことだ」
「……わかんねえ」礼也が忍の顔を見やった。「もっとわかりやすく説明してくれ」
「ひょっとしたらですけど、この子達を本当に必要としている人達が、この子達が必要じゃないってことをオフィシャルにしたがっているってことですか」
「よけいわかんねえぞ……」
礼也が、今いち自信なさげな忍の顔を眺める。
桔平は難しそうな表情であさみへと振り返った。
「そういうことなんだよな、つまり」
「ええ、まあ、そう」ふん、とあきれたように一息つく。「さすが古閑さんね」
「いえ、まあ、そんな……」
「しぃちゃん、鼻がひくひくしてる」
「褒められてよっぽど嬉しいんだって」
「黙らっしゃい!」
キッと睨みつける忍の鋭い視線に、思わず二人の背筋が凍りついた。
「こええぞ……」
「うん……」
「前にも言っただろう。竜王はおまえ達が触れなければ動かないってのが、周知の事実だって」ついに桔平が核心へと突入する。「裏で糸引いてる奴らが本当に欲しいのは、研究材料としてのおまえらだ。おまえらと竜王の関係性をとことん研究して、自分達の計画に活かしたいんだろう。ぶっちゃけ、おまえらがそれでどうなろうと、奴ら何とも思わないはずだ」
「はあ、ふざけんな!」当然のことながら、理不尽な理由づけに礼也がヒートし始めた。「上等だ。んなもん、全部蹴散らしてやる」
「寝てる間に丸腰のまま何万人も軍人が取り囲んでるような施設に連れてかれて、一人だけでいったい何ができる。しかも南極の真ん中にあるような極秘のだ。俺達が問い詰めても、知らない、ありえない、そんなものは存在しない、で通されたら終わりだぞ」
「な!」
予想どおりの答えに夕季が物憂げなため息を噴き上げる。
それを横目で確認し、桔平は更なる追い討ちをかけなければならなかった。
「最初に言ったと思うが、人間の思考なんて与えられる情報と視点を変えるだけで、真逆にさせることだって可能だ。洗脳次第で、過去の独裁者や虐殺者を、危険思想を持ったテロリスト国家から国を守った英雄にすりかえることだってできるかもしれない」
「……んなこと言ったか?」
「その気になりゃ、おまえらがしてきたこと全部を大量殺戮のアシストってことにするくらい、造作もないだろう。全部俺達からの指示ってことにすれば一石二鳥だ。こっちもまとめて排除できるからな。おまえらは知らないうちに、俺達に悪事の手伝いをさせられてたってことだ」
「んなことさせてやがったのか、俺らに!」
「いや、だから、たとえばの話だろうが! いちいちてめえは!」
真顔で光輔と夕季が見つめ合う。
「……俺もそう思った」
「……」
「よかった……」
二人が顔を向けると、ほっとした表情で脱力する忍の姿が目に映った。
「とにかくだ」気を取り直して桔平が続ける。「現実的にはプログラムに対抗できる唯一の手段を放棄してまで、おまえ達をモルモットにすることなんて、公にできるはずがない。さっきみたいに無理やり言いがかりつけて、メガルに全部責任を押しつけられるような力もない。ならばどうする」
「どうするってよ……」
「おまえ達がすでに用済みであることを、そこいら中に認めさせればいいってことだ」桔平の目の奥に炎が燃え上がった。「てっとりばやいのは、おまえ達がいなくてもレプリカが動くことを証明できさえすればいい。あとはまた桐生達でも呼んで、適当なことを繰り返すだけだ」
「どうするの」
ぶすりと突き刺す夕季に、桔平が顔を向ける。
それから鼻を鳴らしながら言った。
「カードはちらつかせている時にこそ最大の効力を発揮する。それがブラフならば言うまでもない」
いかにも悪そうな笑みを称えて。
*
レプリカに臨む空竜王を、様々な思惑が見守る。
単なる威しであるだけなのかもしれないが、逃げるものだと予想していたレプリカが向かってきたのは確かに想定外だった。
もしもの時のために、桔平らは別のハリボテ竜王まで用意していたのだから。
一瞬のうちにレプリカとの距離を詰め、逃げる間も与えず相手を粉砕する。
それが桔平らの用意したシナリオだった。
その結果がどう転ぶのかはわからない。
今必要なのは、とにかく信じることだった。
自分達が本物であることを、この公の場で存分に見せつけるために。
見えざる本当の敵に向かって。
相手の意図はわからないが、それをこともなく撃破すれば、どちらにせよ目的が達成されることに変わりはないはずだった。
空竜王が両腕のブレードを展開する。
狙うは、すれ違いざまの一刀両断。
が、一つの立ち合いで決着がつかなかったばかりか、夕季の表情に焦りさえともなわせて、ファースト・コンタクトは終了したのだった。
「これは……」
そう呟いた桔平の顔色が変わる。
無傷のレプリカに対し、夕季の空竜王の胸部には、鋭利な刃物で抉られた痕が露呈していたからである。
く、と歯噛みし、夕季が眼前の敵を激しく睨みつける。
すべての想定外すらも覆し、本物と贋物の戦いは熾烈を極めようとしていた。