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第三十話 『フェイク』 4. 想定外

 


 茶番劇の終焉はふいにおとずれた。

 ついに三体が同時に姿を現したのである。

 メガルを取り囲むように。

 海面から顔を出して黄橙色の魔眼を差し向ける海竜王の対側には、山の頂上から様子をうかがうように睨みをきかせる陸竜王の姿があった。その二体の間を行き来するがごとくに、空竜王が高空を飛び交う。

 それは本物を逃がさないと言わんばかりの包囲網にも見えた。

 市内はおろか周辺の全域に避難命令が出され、サポートのために全メック・トルーパーが駆り出される。

 メックはあらかじめメガルの外側へと配置されていたため様々な物議をかもしていたが、結果的に危険を冒さずに迅速な行動に移れたのもそのおかげと言えた。

 実のところは身内に対しての機密統制というのが、真の理由だったのだが。


 いきり立つ礼也らを前に、桔平が痛む頭を抱える。

「なんで駄目なんだ!」

 机をドンと叩く礼也をちらと見上げ、桔平は、はあ~、と大きく息を吐き出した。

「んだ、そりゃ!」ドンドンドン! と連打する礼也。「こっちがはあ~あ、だ! なんでわかりきってんのに踏み切らねえ! なんか他に理由でもあんのか! 弱みでも握られまくってんのか! えれえことやらかしてなんかパソコンからあられもねえのが流出でもしたんかって!」

「理由はまだ奴らが攻撃のモーションを見せないからだ。……なんだ、あられもねえのって」

「見せてからじゃ、おせーだろが!」

「だが、まだ実害がない状態で、危険を冒してまで無理に動く必要もないだろう」

「実害ならあんだろ!」

 一際大きな、ドン! が辺りに響き渡る。

 桔平を見据える礼也のまなざしは、完全に不信感にまみれていた。

「よその国の飛行機がちょっと通りかかっただけでも、領空侵犯だなんだと大騒ぎすんだろ。ましてやその犯人が俺らだって疑われてんだ。実害ねえなんて言わせねえぞ。……」礼也が眉間に皺を寄せる。「……なんつうんだっけな、こういうの」

「冤罪」

 同じ表情でそう告げた夕季に、礼也が難しそうな顔を向けた。

「いや、そういうんじゃなくってだな、なんか、こう、もっと簡単にわかりやすく……」

「濡れ衣」

「それだ!」礼也が人さし指を夕季の眼前に突き出す「くっきりした!」

「すっきりした」

「いや、しっくりきた!」

「……」

 すっきりしてから、礼也が再び桔平を睨みつけた。

「とにかく俺らが濡れ衣着せられてんだ。自分の身分の証明潔白すんのがなんで悪い」

「身の潔白」

「そう言ったじゃねえか!」

「……別にいいけど」

 光輔だけが、困ったような顔で二人を見比べていた。

「とにかくだ。俺がいいって言うまで待ちだ。悪いようにはしないから、信じろ」桔平がひとまずの決断を下す。「今いろいろなところに確認を取っている最中だ。おまえらだけの問題じゃなくて、デリーの責任問題までからんできている。そこをはっきりさせるまでは、安易な行動は控えなきゃならねえ」

「デリーがなんだってんだ。もとはと言えばだなあ」

「すでにそこに関わる人間の処分が検討され始めている」

「んなの、当然じゃねえか」

「おまえ達の行動一つで、数千人単位の人間が路頭に迷うことになってもか」

「……と?」

 桔平のカウンターに礼也の勢いが削がれる。

「もちろんガッツリ関係している奴らもいるだろう。だが大半は巻き込まれた人間達のはずだ。おまえらと同じようにな。職を失うだけですめばいい方だ。責任の所在によっては死罪を突きつけられるポジションも出てくるだろう。成り行き次第で、無実の奴が責任かぶる状況にだってなりかねないんだ。それだけの重大事件だということくらい、おまえらだってわかっているはずだろ。その真偽を見極めるためには、もっと多くの情報と慎重なアプローチが必要なんだ。気持ちはわかるが、もうちょっとだけこらえてくれ」

「もうちょっとってどれくらい」

 すっかり踏みとどまった様子の礼也を押しのけ、夕季が前に出る。

 その表情は桔平とあさみにとって、踏み絵とすら言えるものだった。

「どこからのオーケーが出れば、出撃が認められるの。本当に政府やデリーと連絡を取り合っているの。本当は私達が出撃すれば、ツジツマが合わなくなるからじゃないの」

「おまえ、何言って……」

 礼也の声が途切れる。

 夕季に詰め寄られた桔平達の表情が、明らかに決断を迫られたそれへと変貌したからだった。

「行こう、礼也、光輔」

 すべてを語ることなく、夕季が早々に立ち去ろうとする。

 置いてきぼりにされた礼也らは、何も取りつく島もないまま、疑問符を頭上に掲げながら続くだけだった。

 ふいに足を止め、ゆるやかに夕季が振り返る。

「信じているけど、もし想定を超える事態が起きて、私達を切り捨てなければならなくなったのなら教えてほしい。覚悟もあるし。それに、なるべく迷惑かけたくないから」

 その切なげなまなざしを、桔平が真っ直ぐ見据える。

 それからぐっと目に力を込め、思い切り夕季を睨みつけた。

「おい、夕季、ナメてんじゃねえぞ」

 すると夕季がかすかに笑みをみせた。

「わかってる。だから信じてるって言ったじゃない」

 それ以上桔平は何も言い返すことができなかった。

 口もとだけの笑みをかたちどる夕季の表情の中に、覚悟とともに諦めのようなものを認めたからだった。

 恐々としたままただ流される光輔と礼也を連れ、夕季がその場を後にする。

 桔平とあさみはそれを見守ることしかできずにいた。

「全部見抜かれてるわね」腕組みをしながら、桔平へ視線を差し向けるあさみ。「そろそろ限界かしら」

「おい、あさみ」

 押し殺したような口調の桔平に、わずかにあさみが態度を改める。

 それを確認するでもなく、桔平は先につなげて言った。

「誰が裏で糸引いてるのかなんてどうでもいいが、出し抜く相手を間違えるなよ。奴らがあいつらのことを実験材料としか思ってないのなら、こっちも覚悟がある」

「ええ、わかってるわ」そして諦めのように顔をそむけた。「そういう脅しやかけひきが通じない相手だということも」

「だったら話は早い」ぐっと拳を握りしめた。「どっちが本物だか、はっきりさせればいい」

「大きな賭けね。もし失敗したら、私達の居場所はなくなるわ」

「リスクは承知の上だ。どのみちこのままじゃ、俺達は切り捨てられる。最悪の場合でも、あいつらの逃げ場所くらいは残しておいてやらないとな」

「真に受けてるの」

「何が」

「信じているって」

「そう思いたいのは、こっちも同じだろ」

「……そうね」

 ぼそっとそう言い、あさみが連絡用の通話機に手を伸ばす。

「古閑さん? 彼らをもう一度呼び戻して。ええ。ちょっとつついてみようかと思って」にやりと笑った。「いろいろと」


 エプロンに三体の竜王の姿があった。

 いつもと違うのは、それぞれの肩と足首を別々の色で彩色していることだった。

 空竜王の肩と足首には鮮やかな赤色を施し、暗い色が基調の陸海竜王は同じ部位を白で塗り分けていた。

 当然ニセ竜王との識別のためだったのだが、あえてそうしたことで、むしろオリジナルの方がまがい物であるかのような印象が拭えなかった。

 更にいつもと違うことがあった。

 多数の中継車を基地中に配置し、映像を特定の先に向けて配信する。

 それはあえて危険な相手もチョイスに含めた、挑戦状とも受けとれる行為だった。

「準備はいいか」

 桔平からの問いかけに三人が顔を向ける。

 あえてハッチを全開にしてオビディエンサーの姿を晒し、そこからスイッチングを入れないワンカメラでの映像を、いくつもの角度から見せようという試みだった。

『あなたの名前は』

 機械処理され、どこの誰からすらわからない質問に夕季が顔を上げる。

「古閑夕季です」

 それからいくつものやり取りを交わすことによって、相手方にもそれがリアルタイムであることを証明するためだった。

 映像自体がすでに作成されたものかもしれない。音声を人工的に合成し、質問に対してごくナチュラルに受け答えするようプログラミングされたシステムを仕向けたという疑いも出てくるだろう。

 それらの懐疑を払拭するために用いられたのは、日本以外の国からアプローチされる、静止衛星からの配信だった。

 当然それは公にされるようなことではない。表向きは何も行われていないことになっており、またメガルもそれに気づかないというスタンスを貫いていた。

 いわゆる、腹の探り合いだったのだが、どこまでが想定内なのかという見極め自体は、矛盾するようだが相手を信じるしかなかったのである。

『好きな食べ物はなんですか』

「カレーライスです」

「堂々と言い切りやがったな……」

 あきれたように顔をゆがめた礼也の隣で、海竜王のコクピットに収まった光輔が気の毒そうに苦笑いした。

「言い放ってからちょっと照れちゃったみたいだね……」

『次、海竜王のオビディエンサーに質問します』

「は、は、はい! 好き嫌いはありません!」


 他の二体を基地に残したまま、空竜王が飛び立つ。

 レプリカ達の位置取りは依然として変わらず、何をどうしたいのか読みきれないまま踏み切ったのだった。

 それで姿をくらますならばよし。もし向かってくるようならば、ガーディアンとなって一蹴する作戦だった。

 と、その時。

 空竜王が移動した同じ分だけ、高空で滞空していたレプリカも距離を詰めてきたのである。

 正面から、まるで鏡に映すかのように。

「向かって来た」

 平然とそう言い、わずかにも取り乱す様子のない夕季に、一瞬他の人間達があっけにとられる。

『なんだ、これは……』

 それをもらしたのは、電子音声の人間だった。

 すぐさま、桔平とあさみが横目で確認し合う。

(おまえがやらせたんじゃねえだろうな)

(知らないわよ)

 小声を交し合う二人の横で、忍は真剣な表情をディスプレイに向け続けていた。

(話が違うじゃないですか)

(想定外だ)

 顔も向けずに口だけもぞもぞとうごめかせて桔平と忍が疎通するさまを、ショーンは腹話術を眺めるように傍観していた。

「だがこれではっきりした」

 力強く桔平がそう告げる。

― 騙されていたのは自分達だけではないと ―

「かまうこたねえ、やれ、夕季!」

 桔平の解禁命令に、了解、と頷き、夕季がさらに速度を上げる。

 その表情の意味するものは、一撃粉砕、だった。





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