第三十話 『フェイク』 3. アリバイ工作
ブリーフィング・ルーム内はいつになくピリピリとした雰囲気に包まれていた。
腕組みをしてふんぞり返る礼也が、同じ表情で迎え撃つ桔平と睨み合う。
その険悪な状況に耐え切れずに忍が気を利かせようとした時、口火は切られた。
「何か飲み物でも……」
「外出禁止ってな、どういうこった!」
眉間の皺以上の凶悪な牙を剥き、礼也が斬りつける。
それに対する桔平のリアクションは、動かざる山の如しだった。
「今言ったとおりだ。おまえらが疑われている」
「はあ!」
睨み合う二人をおろおろと見守る光輔ら。
動じない夕季が何気なく目線を向けると、それに気づいたあさみがやれやれといった様子で二人に割って入ってきた。
「別に悪いことをしたって言っているわけじゃないの。ただあなた達のアリバイが必要なだけ」
同じ表情で同時に振り返る桔平と礼也。
そんなものなどものともせずにあさみが続けて言った。
「国としては当然のことを言っているにすぎないわ。私達からの出動報告がないのに、竜王の目撃情報が出ているのだから」
「そりゃわかるがよ」身を乗り出し、桔平の頬を頭で押しのけた礼也が、あさみにもの申す。「別にそいつらがどうこうしてるわけでもねえんだろ。ニセモンが俺らに黙って勝手に出回ってるのはイラっとするけどよ、だからってそれのせいで俺らがここにカン詰めってのは、おかしな話じゃねえか」
「そんな理屈が彼らに通用すると思うの」
「はあ!」
「でっ!」
ごちんと当たった礼也の頭を、桔平がムッとしながら自分のこめかみから引き剥がした。
「彼らにとって重要なのは、竜王の形をしたものが動いている理由が明確にされていないこと。それはこちらにとっても同じよ。ニセモノの行動に整合性を持たせる必要性がない以上、私達は関係ありませんと言い続けるしかないの。竜王の現況をリアルタイムでリリースするだけでなく、あなた達の行動を制限して逐一報告する。そのアリバイの裏をついてニセモノが出現したのなら、その時私達は関係ないということをはっきり断言できる」
「んじゃ、これっきりニセモンが現れなかったらどうすんだ」
「その時はどうしましょうね」
「どうしましょうねじゃねえだろ!」
「でっ!」
「邪魔だって! ってえな!」
「おまえな!」
ここ数日間に、竜王が出現したという情報が頻繁に飛び交っていた。信憑性のあるものからまったくあてにならない情報まで、あらゆるメディアで多岐に渡って出現報告が乱発していたのである。
日本全国くまなく。
まだ国内に限った状況なので何とか収まってはいたが、それが国を飛び越えた場所に現れれば、即国際問題となることは必至だった。
「とにかくだ」礼也の石頭を顔から引き剥がし、涙目の桔平が補足して言う。「おまえらが遠隔操作しているんだろ、って言ってる輩もいる。どうしても俺達のせいにしたいらしい。あらぬ疑いが晴れるまでは、ここでおとなしくしているしかない」
「監視付きだろ。んなの、刑務所と変わんねえじゃねえか!」
「じゃあ、今すぐ本物の刑務所行くか!」
「はあ!」
「向こうさんはそう指定してきたんだよ。おまえらを自分達で監視したいってな」
「んだ、そりゃ、最悪じゃねえか!」
「だからここにいろって言ってんじゃねえか。ガッツリ疑われてんだ、おまえらは。こっちでかくまってるうちは全部俺達の責任範囲内だから何とでもなるが、知らねえとこに連れてかれたら、それこそ二度と帰って来れなくなるかもしれないんだぞ」
「んだ、そりゃ。ざけんじゃねえぞ!」
礼也が、けっ、と吐き捨てる。
「んなこたどうでもいいが、メロンパンとか買えなくなるのはどうしてくれんだ」
「いや、そんなことこそどうでもいいだろうが……」
「ざけんなって!」
「あたしが買って来てあげるから」
苦笑いの忍が及ばすながらと身を乗り出した。
「フレールだったよね。光ちゃんや夕季も、必要なことがあったら、あたしがフォローするから我慢してね。あたしもつき合って、ここに寝泊りするから」
「それはいいけど……」
「しぃちゃんの方が大変だよね」
何とはなしに疲れた様子の忍を気遣う二人。
それを見て、忍が少しだけ嬉しそうに笑った。
「しばらくは学校も行けなくなるかもしれないけど、授業に遅れないようにできる限りあたしも協力するから」
「いや、それは気にしないでいいよ」光輔が卑屈な笑みを差し向ける。「せっかくだから、ずっとゲームやってよっかなって」
「だーめでしょ、光ちゃん!」
「あ、また怒られた……」
「ざまみろ、光輔」
かっかっかと笑う礼也を、忍がギロリと睨めつけた。
「礼也もだよ」
「また怒られたって!」
ややクールダウンした集団を見回し、あさみが一息つく。
あさみから一番遠い場所で、いつになく神妙な面持ちで様子をうかがう雅の姿が目に入った。
「で」頃合いを見計らい、腕組みしながら壁にもたれかかる木場が、難しい顔を桔平に向けた。「何か有力な情報は入手できたのか」
桔平と礼也が同じ顔で振り返る。
それから遅れて礼也が桔平を見やると、桔平はゆっくりと首を振ってみせた。
「なんにもだ。ただデリーの事後報告によると、レプリカは一セットだけじゃなかった可能性もある」
「またデリーに欺かれていたのか」木場がやりきれない表情で天井を仰ぎ見る。「いったい何体のレプリカがあったんだ」
「組み上げは一セットだけだって聞いてるわ。あとはパーツのみだって」
あさみの補足を受け、桔平と木場が複雑そうな表情になった。
三人の顔を見比べ、礼也が意を決して突入する。
「レプリカってどういうこった」
三人が一斉に礼也へと注目した。
メガルの氷山は深く膨大に水面下に隠されている。表層では知らなくてもいいこと、知るべきではないものがあることは、礼也や夕季も理解していた。が、ここへきて、それが知るべき必要な情報であることと判断した礼也らの覚悟、そしてそれが当然であると許容した桔平らが、伝えるべきタイミングだと決断し、このミーティングに臨んだのだった。
あさみとアイコンタクトを交わし、桔平が礼也らをぐるりと見渡す。
「おまえら、竜王が損傷した時、すぐにスペア部品が供給されるのがなんでだか知ってるか」
「デリーで大量に部品発注しておいたものを、ストックしてあるからとは聞いたことがある」
夕季をちらと確認する桔平。
「そのとおりだ。だがこっちが発注しているわけじゃない。うちにある竜王のスペア・パーツは正規品じゃなくて、ただのジャンク・パーツだ」
衝撃を受ける三人。
とりわけ夕季の度合いは、他の二人より一層大きなものだった。
気づいてしまったのである。その内情の真の意味を。
ぽかんと見続ける光輔と礼也に対し、聞きたくもないといった表情の夕季に、桔平が苦しそうな顔を向ける。
「デリーでは竜王の複製品を作ろうという試みが、何年も継続して行われている。おまえらが扱うオリジナルだけじゃなく、同じモノを大量に作って運用できれば、よりプログラムへの対抗手段が広がるからだ。初期の段階では、最終的に数知れない竜王の複製を作り、世界各国から募った感応適性者をオビディエンサーとして迎え入れる予定だった。実際はまだまだ試作段階で、とても量産化のメドすら立ってない状況だがな」
一息入れる桔平。その表情は、今自分が説明していることすらも信用できないことを物語っていた。
「成功したんですか、それって」
光輔の問いかけに桔平が首を振った。
「デリーは本物とまったく同じパーツと構成で、何度も竜王のレプリカを組み立てた。だがそいつらは何の反応も示さなかった。感応指数なんてレベルじゃない。ただの木偶だ。同じパーツは作れる。そいつを使ってオリジナルのどの部分の修理もできる。だが本物とまったく同じ材質で、まるきり同じパーツを組み合わせても竜王にはならない。ここまでくると、オリジナルの竜王という一つの塊に、何かが宿っているとしか思えなくなってくる。そのパーツの一部でも存在する限り、リペアし続けることは可能だ。でも二つにちょんぎってそれぞれの機体を復元しても、動くのはどっちか一方ってことなんだそうだ。そんなことをゲップが出るほど繰り返してきたんだろうな。メガルの地下倉庫の中は、いらなくなったレプリカのパーツで溢れ返ってる。おかげでメンテにも事欠かないってわけだ」
「一セットってどういうこと」
恨めしそうに夕季を見下ろす桔平。
もはやその追求から逃れる術はなかった。
「おまえ達が乗っている竜王は、すでにもう何周もしているってことだ」
「!」カッと目を見開く夕季。嫌な予感がしていた。「……それって」
「交換、メンテナンス、いろいろな名目で経年劣化したとされる各部分を、定期的に、それも頻繁に取り替えている。それが積み重なって、今の竜王には当初の部位は一つもないと言っていいくらいだ。車の部品を取り替えていくうちに、原型がまるでなくなるのに似てる。それでも動く。おまえ達が動かしているうちはな」
光輔と礼也の目が点になる。
「……ミニ○駆みたいだな」
「よくわかんねえな」礼也が容量一杯に膨らんだ頭を抱えた。「いったい、何が本当の竜王なんだ」
「理由はまるでわからんが、おまえ達が使ってさえいれば、とりあえずそれは竜王となって動く。覚醒や集束を通過すればその条件を満たすのかもしれないという仮説も生まれた。だが問題はそこじゃない。おまえ達の竜王から切り取ったパーツを組み合わせても、それが竜王ではなかったということだ」
「?」
ぽかんと顔を見合わせる光輔と礼也。
その横では真実に気づいてしまった夕季と忍が、苦しそうな表情を桔平に向けていた。
「デリーから消えたのは、私達の使っていた竜王から抜き取られた、ほぼオリジナルの竜王……」
夕季の顔をじっと凝視し、桔平が重々しく頷いてみせる。
ここへきてようやく光輔や礼也もことの真相にたどり着き始めていた。
「その一セットが、本当の竜王なのか……」
「どっちがレプリカだって……」
二人の呟きを受け流し、桔平がもう一言添える。
「確認している範疇ではな」
「は?」
「どういうことすか?」
「俺達も知らないうちに、それが何回も繰り返されてきた可能性があるってことだ」
すべてを理解する礼也達。
もしデリーがメガルを欺いていたのなら、数知れない竜王のセットが存在することになる。動く動かないは別として、それらは確実に、今日本にある竜王よりもオリジナルの血が濃いものであることは間違いなかった。
そこにいた全員が黙り込んで己の懐を探り出す。
何が本当なのか微塵もわからなくなり、あてのない彼方をただ彷徨うだけだった。
一際深い哀しみを吐き出した、雅の視線の先と同じように。
偽の竜王達は、渦を巻くように出現範囲を狭めつつあった。
これまでどおり、メガルを常にその中心に据えて。
近隣の地域で海竜王が出現したとの報告が出回る。写真に撮られたその姿形は、本物そのものだった。
当然、疑われた光輔のアリバイを提出するための書類が必要となる。
同様に空竜王や陸竜王も現れ、その都度夕季や礼也が桔平達のところへ呼び出される次第となっていた。
それに関わる面々の辟易する表情は、日に日に嵩を増していくようだった。
一体ずつ現れるから、余計に証明しづらい。せめて三体同時に出れば、と誰もが口にした。
ある時、礼也がした提案が、危険だからという理由で却下される。
それは常にスタンバイした状況で待ち受け、現れた竜王と同タイプのものを鉢合わせさせたらどうだというものだった。
足の遅い陸海竜王はともかく、空竜王ならば間に合うかもしれないと夕季が名乗り出たが、桔平ら上層部の首は断固として縦に振られることはなかった。
渋々と、そして悪態をつきながら礼也らが自分達の待機室へ引き返す。
その様子を複雑そうに眺め、桔平は大きなため息をついた。
「本当の理由を伝えなくてよかったの」
「ああ?」ふんぞり返った椅子からあさみを見上げ、桔平が不快そうに眉をゆがめる。「言えるわけねえだろ。そんなの」
それを受け流すように、あさみは窓の外へと目線を向けた。
「そうね。そんなことを知ったら、あの子達、怒るでしょうね」静まり返った海に陽の光が反射し、眩しそうに目を細めた。「全部あの子達に責任を押しつけるために、ここに拘束したなんて」
桔平が腕組みし、もう一度憤りのようなため息を吐き捨てる。
「ったりまえだ。だが、それがあいつらのためでもあるのも確かだからな」
「本当にそうかしら」
「……」
「そろそろ引き下がってくれればいいけど、このままだと確実にアウトね」
「……。もう、すべてが遅いのかもな」
「ええ……」
そこで会話が途絶える。
二人はただ遠くを見通すように、窓の外へと視線を向け続けた。
いつの間にか陽の光は分厚い雲に遮られ、風に乱れた波が海の静けさを打ち破ろうとしていた。