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第三十九話 『ゴルディアスの結び目』 12. 警告


 

 何度も形態を変え、同じ技を真正面からぶつけ合う二体のガーディアン。

 時には距離を置き時には斬りかかる巨大な二つの影は、まるで鏡に映る己自身に挑む滑稽で無様なパントマイムのようでもあった。

 ただ一つの違いは、それを重ねるごとに、礼也や光輔らの駆るオリジナルガーディアンの疲弊だけが著しく際立ち始めたことだった。

 がしかし、睨みつける三人のまなざしは、まだ敗北を受け入れてはいなかった。

「ねえ」

 一息入れたくなる頃合で、唐突に光輔が口を開く。

 その違和感に礼也が反応した。

「んだ。もうギブアップか」

「いや、そうじゃないけど」やや後退した様子で光輔が先につないだ。「本当にあの中には誰も乗ってないのかな」

「はあ! んなの、知るかって!」

「たぶん俺達のコピープログラムだろうとは言ってたけどさ、本当のことは誰も知らないんだよな。ひょっとしたら、あの中に人が乗っているのかもしれないなって思ってさ。だったら、どんな人達なのかなって」

「んなの……」

「敵だよ」

 礼也の声を遮る夕季に、他の二人が注目する。

 夕季はただまっすぐに相手だけを見据え、まばたきもせずに続けた。

「誰でもない。あそこにいるのはあたし達の敵。それ以上でも以下でもない」

「夕季……」

 言葉もない光輔とは対照的に、礼也がにやりとなる。

「てめえにしちゃ、わかってんじゃねえか」意味ありげに夕季の方を見て笑った。「どっかで見てきたってツラしてやがんな」

「……」

 夕季がわずかに眉を寄せる。

 暗く濁った記憶の片すみに、黒い影がかすかに浮かび消滅した。

 やがて偽ガーディアンが音もなく消えていく。

 残された人間達を決して拍子抜けさせるわけでもなく、ただ戦意をそがれたかのように、脱力感と安堵を抱かせて。


 その光景を遠くから眺めている視線があった。

 乗用車で付近まで来ていた、界らだった。

 消えていく二体のガーディアンを眺め、航が呟く。

「ついに始まったか」

 それを界が受けた。

「……メガルプロジェクト」


 司令部では多くの人間達が固唾を飲んで見守っていた。

 その顔はほぼ絶望に色づき染まる。

「カスタマイズされたフェイクに、オリジナルが勝つことができるのか……」

 桔平のうめきとも思える呟きに、あさみが顔を向ける。

 腕組みこそしていたものの、あさみの表情からも余裕はすっかり消えうせていた。

「紐をほどけと言われて、切ってバラバラになったそれをほどけたと発想する人間がいる。絶対に開かない金庫を破壊して中身を取り出す方法に直結する人もいる。脱出不可能な状況に陥った時、自分の足を躊躇なく切断できる人間もその類でしょうね。それは人質をとられて自分達が全滅するよりも、人質ごと犯人を射殺しようとする大局的な決断につながり、いつしか人類を救うために大半の人類を切り捨てるという極端な発想にも転化していく可能性がある。そんな相手と戦っていくために、私達はどんな選択をすればいいのかしら」

「……」


 御神体の中で雅が心を沈める。

 思い浮かべるその表情は憂い一色だった。


           *


 フェイクガーディアンに押し込まれるオリジナルガーディアン。

 それは雅の荒い息遣いとともに、これ以上の抵抗が困難であることを示唆していた。

 圧倒的な窮地に晒され、なおも結束を固めるオリジナルチーム。

 叩くべき相手への迷いを捨て、まるで今以上の力を発揮することすら疑わないふうでもあった。

 そんな三人の様子を雅は複雑そうに見守っていた。

 超必殺技のぶつけ合いで、オリジナルのディープ・サプレッサーが地に片膝をつく。

『駄目!』

 誰にも聞こえない叫びを雅が発する。

『あなたはここにいてはいけない』

『もうやめて』

『これ以上、みんなを傷つけないで……』

『時は満ちた。覚悟を決めろ』

 低く響く声に、雅が、はっとなる。

 画面を通して、敵ガーディアンが振り返ったからだった。

 まるで雅がそこにいることを知るように。

 何ごとかを察して、雅が目を細める。

 それからはっきりとした口調でそれを伝えた。

「帰りなさい。……あなたはここにいてはいけない」

 強く力を込めたまなざしで画面越しに偽ガーディアンを見据える雅。

 雅もそこに彼らが存在するかのように見据えていた。

 すると偽ガーディアンはしばらく動きを止めた後、静かにその姿を消していった。まるで諦めたかのように。

 後に残された光輔らは、ただ黙ってそれを見送るだけだった。

「……」ふいに礼也が困惑の表情を雅へと投げかける。「おい、雅……」

 雅からの返事はない。

 雅が何ごとかを囁いたことは知っていたが、ガーディアンの中の三人にはその内容が聞き取れなかった。

 ただその様子だけが心配だった。

 雅は礼也の顔を眺め、一度穏やかに笑いかけると、引き抜かれるようにその場に伏していった。

「雅! 雅! どうした! 雅!」

 言葉も発せずに目を見開く二人の前で、礼也は何度も雅の名を叫び続けた。

「お願い、これ以上何も奪わないで。これ以上……」

 薄れゆく意識の中、雅はうなされるようにそれを口にし続けた。


           *


「封印を解くには至らなかったようです」

 秘書にそう告げられ、火刈が組んだ手の上に顎を乗せたまま目線だけをちらりと差し向ける。

「レプリカには荷が重かったようだな」

「……」

「頃合いかと思っていたが時期尚早だった。まだまだメガルが必要だということか」にやりと秘書を見上げた。「そう伝えておいてくれ。波野」

「はい。それともう一つ」まばたきもせず、表情も変えずに告げる。「どうやら、彼らの中に、それを押し返す力を持つ存在が含まれている模様です」

「存在……」思わず呟き、火刈が顎に手を持っていく。「それは凪野博士にとっても想定外のことかも知れんな」

「おそらくは」

「……」

 それから火刈は無表情になり、見えざる外の世界を眩しそうに見通そうと顔を上げた。


 夕刻の空はどんよりと雲が立ち込め、今にも雨が降り出しそうな按配だった。

 一人、陵太郎とひかるの墓参りに来ていた光輔が、墓石の前で手を合わせている最中にポツポツとし始めたことで、表情のない顔を上げる。

 暗い空を見上げた時、何者かの気配に気づいて振り返った。

 そこには意外な人物が、まるで光輔を睨みつけるように厳しい表情で立っていた。

 凪野守人だった。

 挨拶も忘れ、光輔が凪野の顔に見入る。

 すると凪野は表情を微塵も変えることなく、淡々と言葉を発し始めた。

「君も見たのか。光の塊を」

「……」

 何も答えようとしない光輔。

 桔平達に黙っていろと言われていたからだった。

「見たんだな。それを」

「いや、俺は何も……。何がなんだか全然わからなくて」

 そのいかにもとも言わんばかりの口調にも、凪野は何も追求しようとはしなかった。

「見ました」

 突然の光輔のカミングアウトに、一瞬驚いたように顔を向ける凪野。

 それから光輔は正面から凪野と向き合うと、自主的に真実を並べていった。

「でもただの光です。夕季も何もなかったって言ってました。突然光って、突然消えてなくなって、わけがわからないって。……あんなもの、本当になんでもない」何かを思い返すように悔しそうに唇を噛みしめてうつむき、また凪野と向き合った。「俺達が今まで見てきたものに比べたら、なんでもないことなんです」

「……。そうか……」

 真剣な光輔のまなざしを受け止め、凪野が目を細める。

「君達の役目は終わった。一刻も早く、この件から手を引け」

「手を引けって、どういうことですか」

 たじろぎもせず、光輔も五分の姿勢で凪野に接する。

 対する凪野も険しい顔つきのままで次の言葉を繰り出すのだった。

「竜王から降りろ」

 光輔の表情に初めて戸惑いの色が浮き上がる。

 それを認めると、ふいに凪野もそれまでの自分を責めるように顔を伏せた。

「君がいなくなれば呪縛から逃れられると、そう思い込んでいた。だが結局、私には何もできなかった」

「え……」

「君に彼の姿を見てしまったのかもしれないな」

 それは悲しみに彩られた心の声のようでもあった。

 背中を向け、力のない声で凪野はその続きを口にした。

「心の底から進言する。一刻も早く君達があれから離れることを。後は私達がなんとかする」

 最後に凪野が強く結んだその意味を、光輔は理解できずにいた。

 付け加えられた次のさらなる不可解な言葉とともに。

「これから世界が激変する。君達が足を踏み入れることすらできないような過密な領域となって。今ならまだ間に合う」

 それ以上何も言わず、光輔はただ凪野の顔を睨みつけるように見続けるだけだった。







                                     了


 まただらだらと中途半端なところで雑に終わります。

 次回こそ最終章に進みたいと思っています。

 おつき合いいただきまして、どうもありがとうございました。




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