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第三十話 『フェイク』 2. くだらない話

 


 メック・トルーパーの待機所では、桔平と鳳が感情丸出しの顔をつき合わせ、今にもつかみかからんばかりの勢いで熱い議論を交わしていた。

「あんたもわかんねえなあ、一丁目だろ」

「おい、待て、一丁目じゃねえだろ。まずは四丁目だ」

 ぐっと睨みつける桔平にも動じずに、鳳が迎え撃つ。

 二人の表情がさらにエスカレートし始めた。

「いや、あの音頭のスタンダードってったら一丁目だ。一丁目しかねえ」

「スタンダード持ち出すってんなら四丁目しかないだろ。一丁目なんざ、勢いだけのやっつけだ。三丁目以下だ」

「ちょっと待て、やっつけってこたねえだろ。しかも三丁目以下ってな、聞き捨てならねえぞ。三丁目なんざ空気だ」

「いや、待て。空気ってこたねえだろ。おまえには三丁目のあの奥深い歌詞がわかんねえか」

「ああ、どこが奥深いんだ。だいたいあんなもん歌える奴いんのか。誰も覚えちゃねえだろ」

「あんなもんってこたねえだろ。俺も歌えねえが」

「歌えねえのかよ。俺は歌えるぞ」

「歌えるのか、あんなもんが」

「あんなもんってこたねえだろが」

「なんの話?」

 たまたま通りかかり、点となった目を差し向けながら、光輔が呟いた。

 口を一直線に結び、こともなげに忍が答える。

「くだらない話だよ」

「いや、くだらないのは最初からわかってるんだけど……」

 苦笑いの光輔が目を向けると、二人が妙な踊りを見せ合っているところだった。

「ワーオ!」

「違うぞ、柊。ワーオはこうだ」

「いや違う、こうだって。ワーオ!」

「違うって言ってんだろうが。こうだ。ワーオ!」

「ワーオ!」

「ワーオだ! なあ、それよりも、やっぱアーオって聞こえる時もある……」

「またその話か! いい加減に俺も怒るぞ!」

「……あれってしぃちゃんちのDVDで観たことある」

 忍がちらと横目で光輔を見た。

「鶴の拳じゃないからね」

「あ、違ったか……」

 一騒動終えた後で、桔平らが光輔達の方へとやって来た。

「おい、光輔、おまえはどっちがいい?」

「へ?」本能的に危機を感じ取る。

「四丁目だよな」

「一丁目だろ」

 真顔でぐいぐい詰め寄る二人に、思わず光輔がたじろいだ。

「……っと、三丁目、かな」

 途端に二人の顔色が感心したように変わった。

「渋いな、おまえ」

「なんと言うか、三丁目は実に捨てがたいものがあるからな」

「いや、実を言うと、俺も三丁目は結構好きなんだよな」

「俺もだ、柊。実を言うとな」満足そうに鳳が忍の方へ向き直った。「忍、おまえはどうだ」

「私は二丁目ですね」

「そんなものは!」

「ねえ!」


「戦うバトルガールか。そりゃいい」

 食堂で光輔と向かい合って座り、桔平がゲラゲラと声を立てて笑う。

 隣では雅がにこにこと、桔平から奪い取った小倉トーストを食していた。

 通り過ぎる他の職員達は、毎度のことだと何事もないかのごとくにスルーを決め込んでいた。

 予想以上の食いつきに、やや引き気味ながらも、光輔がおもしろそうに笑った。

「ね。変でしょ」

「ん? ま、あいつにぴったりだけどな」

「そうすかね」

「へんちくりんなとこがな」

「ま、へんちくりんですよね」

「はっはっは……」ひとしきり笑いあげ、疑問点へとたどりつく。「ありゃ? バトルって戦うって意味もなかったか?」

「……はは」

 苦笑いの光輔もさておき、桔平が隣の雅と目を合わせた。

「しかし学生さんもセンスねえな。俺から見たら、毒舌への字口ネコ娘ただ今参上、って感じだけどな」

「もう何が何だかさっぱりですがな~」

「それで何がキャッチできるんすか」

「確かに何もキャッチできねえな」

「さすが桔平さん。あいかわらずのセンスゼロカロリー」

「あいかわらずカロリー計算にはキビシーな、みっちゃん」

「むっしゅむらむら」

「おお!」

「何が……」

「あれ、それ俺が買ってきたのに!」

「ば~れ~た~か~!」

「口の中ぐちゃぐちゃだけど……」

 光輔と桔平に小倉トーストを一切れずつ差し出し、雅が楽しそうに愛想を振りまいた。

「いいな~、あたしもキャッチほしい。歌うウタヒメとか」

「おい、また言ってやがるぞ、光輔」

「なんのためのキャッチなんだろ……」

「そのポジションだけはゆずれねえんだな。オンチなのに」

「あら。なんの根拠があってそんな言いがかりをつけるのかしら。悔しかったら証拠を見せてごらんあそべよ」

「いや、ちっとも悔しかねえが、ただただ腹立たしい」小倉トーストを口に含み、腕組みの桔平が残念そうに唸った。「歌ってるとこをライブで本人に聞かせられねえのが実に残念だ……。うめーな、これ!」

「あ」小倉トーストにかぶりつき、光輔がポンと頭の上に電球をともす。「今度歌ってるとこビデオで録画しておけばいいんじゃないすか。そうすりゃ、いくら本人でも……。ウマッ!」

「そんなの信用できないよ」ぷんすかぷーと雅が頬を膨らませる。「編集で何とでもなるじゃない」

「いや、それこっちのセリフなんだけど……」

 二つ目の小倉トーストに手を伸ばそうとした桔平が、雅の平手ブロックによって阻まれる。

「って! ま、編集するっつったら、画面の下の方に字幕スーパー入れるくらいかな。ぼえ~、って」

「あ、やっぱ、ぼえ~、すか」

「ぼえ~、だろ」

「ぼえ~、すね」

「何言ってんの」トーストを口一杯に頬張り、雅が不快そうに眉を寄せる。「それだとヘタウマみたいになっちゃうじゃない。マスコミの思うツボだよ。んがふんぐ!」

「いや、そう言ってんだけどね。ヘタウマ? マスコミって……」

「幸せだな、みっちゃん……」

「てへへん」

 苦々笑いの桔平が、ふいに真顔になってため息をついた。

「それにしてもよ。あいつ、最近口きいてくれねえんだよな」

「夕季すか」

「おお。なんでだろうな」

「当然ですね」

「ん?」ん~と首を捻る。「確かに勝手にホームページに載せたのはマズかったかもしれんが、そんなに怒らんでもなあ」

「いや、あれは怒るでしょ」

「どうしてだ」

「だって、頑張るにゃあって……」

「あ、それ、あたし」

「……」トーストをくわえたままでの雅のカミングアウトに目が点になる。「……犯人はおまえか~」

「そうですよ。朴さんと一緒に考えたの」

「え? え? 何が? 何が?」

 あっけらかんと答えた雅とあきれ顔の光輔を、桔平がせわしく交互に見比べる。

 そんなことなどまるでおかまいなし、雅はそりくり返るほどに胸を張って得意げに続けた。

「特技は眉間のシワで真剣白羽ドリすることです、っていうやつも考えたんだけど、朴さんからインパクトにかけるっていちゃもんつけられて泣く泣く挫折したの」

「それ、百パー、嘘じゃん」

「そらそうですがな」

「なんだそれ……」

「プロパガンダムってやつかな」

「どういう意味」

「わかりません」

「おまえ……」

「朴さんは、怒ると相手が硬直するビームが結構目から出ます、って書きたかったみたいだけど、それだとリアルのまんまじゃんって二人で大笑いになって頓挫したの」

「ひどいな、二人とも……」

「えっへん」

「え? 何が? 何が?……」


 通路の向こうに夕季の姿を見かけ、桔平が大声を張り上げる。

「お~い、夕季、おまえカレーが好きなんだってな。光輔から聞いたぞ」

 他に誰もいないその場所で、夕季が不機嫌そうに振り返った。

 そんなことなどおかまいなしに、近寄った桔平が、自分だけが楽しそうな会話を続ける。

「だからカレー色が好きなんだな」

「……」

「なんだかんだよ、おまえもまだまだ子供だな、しょせんは。だがな、カレー好きなら俺も負けねえぞ。こう見えても俺はハルク一番の激辛千五百グラムを十分で完食した男だ。……その後おかわりした綾っぺには完敗したがな……。今度勝負してもいいぞ。どっちが本当のカレー・ライサーだかはっきりさせようじゃねえか。勝ったら空竜王を黄色に塗ってやる。黄ぃ・竜王だな! あっはっはっ!」

「うるさいっ!」

「おおっ!」


「どうしたの、夕季」

「別に」

 休息所で飲料水を片手にずっとぶすっとしたままの夕季に、何事かと気にかけて忍がたずねる。

 それをちらと見ようともせずに、夕季が先のように答えたのだった。

「……別にって、何だかすごくへこんでるじゃないの」

 心配そうに見つめる忍に根負けし、ふ~ん、と鼻から息を噴き出す夕季。肩をなだらかに下げ、少しだけ困った顔を忍へと向けた。

「……桔平が変なこと言うから」

「……」はっ、とふいをつかれたように笑う忍。夕季の口からその言葉が出たのが滑稽でおかしかったのである。「どんな」

「言いたくない」

 またもやそっぽを向いた夕季に、やれやれと忍。

「なんだかよくわからないけれど、あんたにかまってほしいんじゃないの? もっと優しくしてあげたら」

「……」ちらと目線だけを向ける。「だっていつも子供扱いするし」

「仕方がないじゃない、まだ子供なんだから。あの人から見たらあたしだってそうだよ」

「……自分だって子供っぽいくせに」

 そう言い、口を尖らせてふさぎ込んでしまった夕季を、忍がおもしろそうに眺めた。

「そういうこと言うんだね、夕季も。結構かわいいとこあるじゃんか」

「だって……」

「うふふ、……って、呼び捨ては駄目でしょー!」

「……」

 そこへ原因の男がやって来た。

「お~い、夕季。カレー買ってきてやったぞ」

 嬉しそうにレジ袋を差し上げながら飛び込んで来た桔平に、夕季がガン無視を決め込む。

 それを気にとめるより先に、桔平は向かい側に忍がいることに気づいた。

「あれ、しの坊もいたのか。弱ったな。もう一個買っときゃよかった」

「何がですか」

「ジャッキーもビックリのキャッチで有名な、蛇鶴八軒のカレーだ。激ウマだぜ~」

「あたしはいいですから」

 忍が苦笑いする。

 ようやく隣でそっぽを向く夕季の態度に気づき、もう一度桔平が忍に向き直った。

「しの坊、何が好きだっけ」

「私はオムライスとか好きですね」

 はきはきとそう答えた忍を、桔平が微笑ましげに見つめる。

「なんだよ、しの坊も結構ガキんちょだな。俺も好きだけど」

「本当ですか。今度作ってきましょうか。結構自信があるんですよ」ドンと胸を叩いた。「おっほ!」

「いいねえ。デミソースとか洒落たのじゃなくて、やっすいケチャップがドバドバかかってるようなのがいいな」

「つまり綾さんが作るのと同じということですね。オム綾ライスと」

「オム綾ライス?……。まあ、なんとなくイメージはわくな。それを綾っぺは二口で食うわけだな」

「さすがに三口くらいですかね」

「さすがだな。そういや、木場もオムライス大好物なんだぜ。あとハンバーグとかタマゴ焼きも。子供が好きなモンばっかだな。でけえ図体して味覚が発達してないんだろうな、あの野郎は」

「本当ですか」あっはっはと笑う桔平に、嬉しそうに忍が食いつく。「また作ってあげようかな」

「喜ぶぜ、きっとよ。あと赤いウインナーな。今度よく見てみろよ。食堂でナポリタンのオマケのやつ、最後まで大事そうに取っといてから食ってやがるから。タコになってたらテンションマックスだぜ」

「マジですか!」やや引きつり気味の口もと。「……たこすか?」

「な、キモいだろ」

「ええ……。いいえ、特に問題ありません!」

「何の問題?」

 その時だった。

 ふいに立ち上がった夕季が、桔平からカレーを奪って身を翻したのである。

「いただきます」抑揚のない声でそう告げて逃げる。「お姉ちゃん、後で一緒に食べよ」

「夕季!」

「ああ、いいわ、いいわ」

 去って行くその背中を追いかけようとした忍を、桔平が引き止めた。

「そのつもりだったからよ」

「すみません」


 メック・トルーパーの待機所で書類の整理をしていた桔平が、大きく伸びをする。

 辺りはすっかり暗くなり、そろそろ切り上げようかとしょぼついた目を指でこすっていた時に、その気配に気がついた。

 振り向くと事務所の入り口に夕季の姿があった。

 気まずそうな顔で近づいて来る夕季を、何気なく見続ける桔平。

 夕季の手には、砂糖たっぷりオーレが入った紙コップが見えた。

「おう。まだいたのか」

 いつもの調子で桔平が声をかける。

 夕季はコーヒーを差し出すと、やや顎を引いて桔平を注視した。

「おう、さんきゅ」

「……。カレーおいしかった。どこのお店の」

 紙コップに口をつけた桔平が一瞬動きを止め、にやりと夕季を見返した。

「また今度連れてってやるよ」

「うん……」

 小さく夕季が頷いた。


 夜もすっかりふけた頃合い、その日の業務を終えた木場が事務所に戻ると、机の上に巨大な箱が置いてあるのに気がつく。

 風呂敷をほどくとどうやら重箱らしく、中に忍の手紙が添えてあった。

『毎日遅くまでお疲れ様です。よかったら食べてください』

 中を開けると、巨大なオムライスとハンバーグとタマゴ焼きが、層のそれぞれにビチッと収められていた。ハンバーグのそばでは赤いウインナーが彩りを添え、オムライスのケチャップで木場の似顔絵が書いてあった。

 いわゆる一つのキャラ弁を、戦慄の表情で木場が畏怖するように睨みつける。

「何故俺の好物ばかりを……」箸で赤いウインナーを持ち上げ、ぴくぴくと眉を震わせた。「……タコか……」

 同じ頃、その半分のサイズの同じものを三田が広げ、一度だけ眉を寄せてからすべて平らげたことを誰も知るよしもない。


「何かわかったのか」

 出張から戻ったあさみを司令室別室で出迎え、桔平が早々に問いただした。

 それに対するあさみの答えはノーだった。

 ゆるやかに首を振ったあさみを見届けてから、暗い海に視線を向け、桔平が難しい顔で腕組みしてみせる。

 それをちらと見て、上着をハンガーにかけながら、あさみが慎重に切り出した。

「私達のあずかり知らない場所で、まったく別のプロジェクトが進行しているのかもしれないわね」

 桔平は何も答えようとはしない。

 憂うような表情を差し向けるあさみを知りながら、あえて海の彼方を見続けるように。

「どう動く……」

 小さくそう呟いた。





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