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第三十九話 『ゴルディアスの結び目』 11. 消耗戦

 


 夜の街にガーディアン、グランド・コンクエスタが降臨した。

 間髪おかず、もう一体のグランドタイプが出現する。

 おおよそ一キロメートルの距離を隔て、鏡と向かい合うように対峙する二つの巨大なシルエット。

 遥か彼方の安全地帯から様子を見守るギャラリー達にとって、それは到底受け入れがたい状況だった。

 だのにそこからは傍観者であること以外の感情を見出せない。

 日常に比して、異質であればあるほど、かえってリアリティを持たない作り物のような印象を与えてしまっていたからだった。

 集団での避難行動、慌しく行き交いするヘリや車両の数々、狂騒的な警告の類ですらも、自分達が守られているという安心感へとつながっていく。

 巷にあふれる仮想世界と同様、どこかで見たことのある場面を想起させるそれは、眼前の小さな液晶画面を通して眺めるフィクションの世界と大差なかったのである。

 イベントに盛り込まれたアトラクションを遠巻きに眺め、この持て余すほどの群衆の中、まさか自分がそんなことには、という弛緩に浸りつつ。

 それは光輔らにしても同じことだった。

 それまで数々クリアしてきたプログラムに対しても、どこか人ごとのように感じていたせいである。

 その理由は竜王やガーディアンといった絶対的な安全地帯に保護されていたこともあるが、プログラムが攻撃対象を直接自分達に特定していなかったことが大きい。

 今、目の前にいる相手のように、明らかな敵意を抱いて向かってくる事態を受け止めきれず、また彼らも画面の中の出来事のように感じていたのである。

 成功か失敗かではなく、生きるか死ぬかの瀬戸際に置かれたことにも気づかぬまま。

 敵ガーディアンの両眼が妖しく発光する。

 途端に周辺の空気が一変した。

 そこが現実世界のテリトリーの中であり、もうどこにも逃げ場がないことを傍観者達に悟らせぬまま。

 街を踏み砕きながら前進し始めた敵を見据え、ようやく光輔らがことの重大さに気づいた。

「ここじゃまずいな……」

 礼也の呟きに二人が顔を向ける。

 すぐさま夕季が追従した。

「桔平さん、この川の先には海があるの」

 それに対する答えは、ニュアンスを察した忍の口から聞くこととなった。

『その川は五キロくらい先で他の川と合流している。海はかなり先になるよ。外海までおびき出せたとしても周辺海域の状況が不確定だから、外部を巻き込む可能性が高い』

「他に被害を押さえられそうな場所は」

『南東に十二キロほどいくと山間の場所がある。そこなら半径三キロ以内はほとんど家もないし、もう避難もすませてあるから』

「三キロ……」しばし考え、礼也が再度口を開く。「避難済みは三キロだけか」

『その外周二キロ圏内にも要請を出してあるけれど、すべての移動が完了するにはまだ三十分はかかると思う』

「あんま、でっけえ技は使えねえな。メガルの近くまでひっぱってくのは無理か」

『言いたいことはわかるけれど、なるべくその範囲内で立ち回ってほしい。もっと広い場所が見つかったらすぐ教えるから』

「わかった。なんとかやってみる。頼んだって」

『了解。がんばって、みんな』

 回線を保留したまま、礼也が光輔と夕季に振り返る。

「やるぞ!」

「おっし」

「了解」

 徐々に間合いを詰める敵を狙い打つように、正拳突きのかまえから礼也が右の拳を発射した。

「青釭斬!」

 それは陸竜王のバーンクラッカーによく似た技だった。違うのはナックルの鋼板ではなく、高熱を発する拳そのものが無限伸縮チェーンの誘導によって撃ち放たれることだった。

 そして。

「倚天斬!」

 避けられた右拳をフェイントとして、左の拳を同様に発射する。

 移動した巨躯の胸部に炸裂した倚天斬は、インパクトの瞬間膨大な熱量をともなって爆発を巻き起こした。

 後方に数百メートルも吹き飛ばされ、なぎ倒した複数のビルのクッションに埋まる敵ガーディアン。

 むっくり起き上がるそこにほとんどダメージもみられなかったが、かまえ直した相手をあざ笑うように礼也達はエアタイプへと集束し、空高く舞い上がった。

 ガーディアン、エア・スーペリアを追うべく、同じ形態となって飛び上がる偽ガーディアン。

 そこから十キロメートル以上離れた決戦場を目ざし、白く巨大な二体の荒鷲がチェイスを開始した。


 背後から斬りかかる敵に、空中で振り返った夕季が牽制のローズ・ピアスを放つ。

 手首から一直線に放たれた極細のレーザーは敵エア・スーペリアの頬をかすめて、その勢いを押しとどめることに成功した。

 同じ技を繰り出す相手に対し、のけぞるように体をかわし、バック転の体勢のまま夕季らが下降していく。

 木々をへし折り大地に立つエア・スーペリア。

 そこが忍が示唆した決戦の地だった。

「いくぞ!」

 礼也の呼びかけによって再度グランドタイプに集束した。

 ほぼ真上から高速で突入してくる敵エア・スーペリアを、組み合わせた両拳を突き出して礼也が待ち受ける。飛び込んでくるタイミングに合わせ、頭上に振りかぶったナックルボンバーを、竹刀を打ち下ろすように振り落とした。

 グランド・コンクエスタの両拳の先から数百メートルにも及ぶ光の剣が、月夜目がけて撃ち上がる。

 それを滞空中に強制ブレーキをかけることで、間一髪、敵エア・スーペリアがいなした。

 ゼロ距離制動からの猛突進を敢行し急降下する間に、敵ガーディアンもグランドタイプに移行、地上に降り立つ勢いもろとも組んだ拳を礼也らに向けて叩きつける。

 そのナックルボンバーを、両腕をクロスさせて礼也は真正面から受け止めた。

 打ち止められたエネルギーは大地に楔となって突き刺さり、爆発するようにグランド・コンクエスタの後方の山を真っ二つに割った。

 相手を弾き返し、礼也達が間合いをとる。

 まばたきする間も与えられない攻防の末にようやく一時の調整時間を得た彼らの顔は、しかし苦悩に満ちたものとなっていた。

 その心中を見透かしたように光輔が先陣を切る。

「これって……」

「ああ……」いつものように気を張ることもなく、顎の汗を拭い取って礼也が続けた。「なんもかんも向こうが上だな。なまじっか同じ技で比べられると、はっきり見えてきやがる」

「スピードもパワーも防御も向こうが上」夕季が礼也をじろりと眺めた。「単純に向こうの方がこちらの上位互換になってる」

「こっちが劣化版だってはっきり言えよ」

「……」

 余裕すら消えうせた状況で、礼也が光輔ににやりと笑ってみせる。

「なんつったかな、こういうの。なんとかモデルって言ってなかったか」

「あ、えーと……」

「モンキーモデル」

「それだ」夕季をちらりと見やり、礼也が真顔になった。「やってくれたぜ、博士もよ。最初から俺らに安物つかませて知らんぷりしてやがったんだ。そうとも知らずに、俺らはドヤ顔で正義の味方気取って、盛大に踊らされてたってわけかよ」

「そうとも言い切れない」否定のその後に、希望のない憶測を夕季がつらねていった。「私達からフィードバックされたデータをもとにして、第二、第三のガーディアンが作られたと考える方が妥当。それならば試作品より性能が高くても当然だから」

「つまり、試作品のデータをもとに作られた量産品は、こん中にある欠点をほぼ取り除いてあるってことか」

「おそらく」

「んじゃ、欠陥品にゃ到底勝ち目ねえな」

「……」

「だったら、なんでそんなに嬉しそうなんだよ」

 含み笑いの光輔の一言に振り返る二人。

 真顔の夕季とは対照的に、礼也の顔には光輔の言うとおりの笑みが見てとれた。

「そりゃおまえ、あれだ」横目で夕季を確認してから、にやりとする。「どうせやるんなら、強い奴との方がいいに決まってんじゃねえか。あえてハンデつけてやってるってシチュエーションが、余計に燃えるだろ」

 それに思わず、くっ、と噴き出す光輔。

「博士も予想してなかっただろうな。こんなことで喜ぶ奴が俺達の中にいるなんて」

「そういうてめえもだろうが」

「いや、俺は別にそういうのはないんだけど」

「ま、いーわ。んじゃ、ぱっぱとカタつけっか」

「そうしようか。観たいテレビもあるし」

「また心霊特番じゃねえだろうな」

「そう、それ。さっき一穂からメールきてた」

「だから早く帰って来いって言ってやがったのか!」

「クリスマス特別企画で二週連続だって」

「容赦ねえな! ……クリスマス特別?」

「一穂、礼也と観るの、楽しみにしてたみたいだけど」

「ざけんな! そろってへたれのくせによ。また眠れなくなるぞ」

「俺は大丈夫。夕季んちで一緒に観るから」

「聞いてない!」

「あ、ごめん。これ終わってから言おうと思って。……帰れなくなるかもしれないけど」

「……」

「はっはっはー! 仲いーな、てめーら!」

「一穂も礼也と一緒に来るって言ってた」

「初耳だって!」

「おわかりいただけただろーか」

「……」

 言葉もない夕季の前で、他の二人が不敵に笑う。

 はあ、とため息をつき、夕季も肩の力を抜いた。

「てめえもやっとこ、ハラ決まったみてえだな」

 じろりと礼也を見る夕季。

「なんだか真面目にやってるのが馬鹿らしくなってきた」

「あれ、俺いたって真面目なんだけど」

「俺もいたってだって、バカヤロー!」

「実はさっきちょっとヤバいかもとか思ったんだけど、でもやっぱりちっとも負ける気しないんだよな。なんでだか知んないけど」

「けっ、おきらく野郎め」嬉しそうに礼也が笑い飛ばした。「実は俺もちょっとだけヤベーかもって思ってたがよ。ほんと、ちょっとだけだがよ」

「あ、やっぱり」気遣うように、やや控えめに夕季の顔を眺めた。「……え~と」

「……何」

「……いや、別に」

「……。いやな感じ」

「無駄だって。こいつにゃ、そんなデリケートな感情、イチミリもねえ!」礼也が豪快に笑う。「どうせ自分だけは一生死なねえとか思ってんじゃねえのか」

「意味がわからない」

「はあ!」

「俺もわからない」

「なんでだって!」礼也が首を傾げた。「……あら?」

「はは、は……」

「……。さっきの断ってもいい?」

「え? え? なんの話?」

 腑に落ちない様子で礼也が仕切りなおす。

「しゃっ! とっととカタつけっぞ、てめーら!」



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