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第三十九話 『ゴルディアスの結び目』 5. ラストプログラム

 


「今なんて言った! もっぺん言ってみろ!」

 桔平に真顔で返され、夕季が顎を引いて口もとを結ぶ。

「……。何となく思っただけなのに、そんなふうに言われても……」

 困惑する夕季に、やや軽率だったことに気がつく桔平。

「いや、すまなかった。突然変なことを言い出したから、こっちもびっくりして」

「うん……」上目遣いに桔平を眺める。「もしかして、本当なの。プログラムがもう終わっているかもしれないって」

 その問いかけに、一拍おいてから桔平が答えた。

「そういう噂はある。あくまでも噂の上での話だがな。ここんとこ静かだから、上の方でもそんなことを言い出す輩が増えてきたのは確かだ。俺だってそう思いたいのはやまやまだが、根拠がないだろ」思考を立て直した桔平が鼻で笑ってみせる。「実際のところ、もしそうだったらいいなってくらいの与太話にすぎない。残念ながらプログラムはまだ終わっていない。これも聞いた話だが、おまえ達の次の次の世代まで食いっぱぐれがないくらいの予定がすでに入っているらしい。誰が言い出したのかは知らんが、所詮都市伝説レベルの無責任な吹聴だろうな」

「……」

「おまえ、それをどこで聞いた」

 夕季の疑問をそこへと導こうとする。

「……前に綾さんにそれっぽいことを……」

「ああ、あいつな……」やっぱり、といった顔になった。「あいつなら言いかねんな。妄想癖があるみたいだし、そういうことあれこれ考えるのが好きそうだからな」

「……。ベリアルプログラムって、何」

「!」

 途端に桔平の表情が豹変した。

「それもあいつが言ったのか」

「……う、ん。……」

 夕季としては綾音の名を免罪符にしてもう一つだけカマをかけたつもりだったのだが、桔平のリアクションからそれが踏み込んではいけない領域であることを即座に感じ取った。

 桔平が泳がせた視線の先を目で追う。

 ふいに鼻で笑い飛ばして、桔平があきれたように話し始めた。

「そいつはもっと無根拠な類のやつだ。なんでもかんでもおもしろおかしく無責任に結びつける人間が勝手に語ってるだけだろう。それこそ口にするだけで笑われるレベルの……」

 それ以上は何も聞く必要はなかった。

 これではっきりしたからである。

 湖邨界という人物が自分達よりも深い情報を持っていることを。


 桔平は木場とともに夜更けのメック・トルーパーの待機所に詰めていた。

 木場の当直の日に、宿舎で寝泊りする桔平が顔を出した形だった。

「あいつの様子が変だ。やっぱり何かあったのかもしれない」

 他に誰の人影もないことを確認し、桔平がそれを口にする。

 朴から譲り受けた盗聴妨害用の機器のスイッチをオンにした状態で、それが指し示す名前も出しはしない。それでもそこでの会話が筒抜けであることすら前提の上で、二人は話を続けるのだった。

「あの事件のことなら、よく覚えていないはずじゃなかったのか」

「ということにはなっている。あいつ自身も今いち調子が戻っていないようだしな」

「しの、……聞いた話では、ショックを受けた時に怖い夢でも見たんじゃないかってことだが」

「そういうことにはなっているが、どうもひっかかる」

「例のアレか」

「ああ」重々しく桔平が頷く。「何を聞いても要領をえないし、別段とぼけている様子もない。念のために、余計な誤解を招くおそれがあるから二度とそのことは口にするなと釘をさしておいたら、本当に心当たりがないのか、ぽかんとしてやがった。自分が口にしたことすら忘れてしまったみたいだ」

「確かにそう言ったのか」

「聞いたのは俺だけだがな。それとなくしの坊にも確認してみたが、何も聞かされてないってよ」

「それを博士達には」

「報告はしていない。あさみにも」

「おまえ……」

「今は言うべき時ではないと判断した。カウンターのエラーでアザゼルプログラムが反応したことだけは報告書に書いておいた。適当なでっちあげもつけ加えてな。騙されてくれるとは思ってないが、俺達の報告次第で、夕季の身に危険が及んでいたことは確かだ。おまえも知っているとおり、あの後何回も調査チームがやってきて脳波の鑑定までしたが、さんざん調べた結果も嘘は言ってないってことで決着した。問題は、伏せていたはずのそれを何故あいつが口にしたかだ。知らないはずのそれを」

「……」

 戦慄するように見続ける木場の顔を、正面から見つめ返す桔平。

「あれがもし額面どおりのアザゼルであったのなら、聞いていた時期より発動がかなり早い。正直に報告すべきかどうか、あさみも最後まで迷ってやがった。結局、起こったままを正確に伝えることにしたようだ。綾っぺからの情報リークは当然バレているだろうからな。カマをかけられている可能性がある以上、ヘタなかけ引きはしない方がいい。解せないのは、何故博士がこの段階でアザゼルの名を使ったかだ。表立って起きるはずがないそれを」

「それこそが奴らのカマだという見方もできる」

「なんのためのだ。何故夕季にだけその片鱗を見せる必要がある。アザゼル計画は博士が用意した人為的なプログラムだ」桔平の顔が険しくゆがむ。「ガーディアンを消滅させるための」

「……」木場が不本意そうに眉を寄せた。「アザゼルは本当に起きるのか」

「起きる。確実にな」

「何故博士はそれを伏せていた。俺達や、他の人間達を欺いてまで」

「それに関しちゃ、一つの結論に容易にたどりつく。俺達がその情報を知るに足りえない人間だったということだ。最終段階を迎えるにあたって、戦力として計算されないくらい小さな存在だからだ。腹立たしいことだがな。今じゃ博士に直接会うことすらできなくなったのを考えても、間違いないだろう。或いは、博士達ですら他の何かに欺かれていたと好意的に捉えるべきか」

「……他の何かとはなんだ」

 じろりと木場を見やる桔平。

「確信はないが、考えられることならある。先日の騒動の何一つすら彼らが関知しておらず、別のものと勘違いしていた可能性だ」

「……まさか」

「そう、そのまさかだ」

 木場の疑念を受け止め、桔平の両眼が怪しげな光を帯びた。

「ラストプログラムの名称はずっと伏せられてきた。それがアザゼルのことだと知ったのは、ごく最近のことだ。綾っぺが教えてくれなければ、俺達はいつまでも博士達に欺かれ続けていただろう。そしてそのダミープログラムとして、知る人ぞ知るという形で噂だけが先行していたのが」桔平の瞳の奥が暗く淀む。「ベリアルだ」

「……」ゴクリと生唾を飲み込む木場。「ベリアルはブラフではなかったのか」

「そう思わせなければならないほどのトップシークレットだったと見ることもできる」

「……。おまえ、何を考えている」

「自分でもよくわからん。ただ、ベリアルプログラムについての疑問だけは付け加えておいた。本当にやってくるのかってとぼけてな。アザゼルとは何か、ともな。このことを知っているのは、俺とおまえだけだ」

 その問いかけに、木場が重々しく頷いてみせた。

「博士側からの回答は」

「ない。俺が外つらの情報を鵜呑みにせずに、真実を探り出そうとしている意図は遣いの人間に伝わったようだ。これから起こることはすべて未知の領域だ。他の奴らにも言い含めてある。しの坊も理由も聞かずに承知してくれた。本当のことをおまえだけに話した理由もわかるよな」

「……それで彼らを欺けるのか」

「わからん。他の誰も知らない情報ならば、切り札になる可能性があるかもしれんと思っただけだからな。そいつを隠すことがどんな意味を持ち、どんな利益や不利益をもたらすのかまったく想像がつかん。わかっていることは、すべてを把握する彼らの中に唯一存在しない情報を俺達が持っているということだ。切り札にならなかったとしても今はそれを秘めておく。どんな結果になろうと、もとより俺達には髪の毛一本分の希望すらなかったんだからな」

「彼らを出し抜けるかもしれない、唯一の可能性ということか。最悪の場合、俺達の中だけで完結させることもできる。……彼女らは」

「残念だが、関わってしまった以上、逃れることは無理だろう。俺達がいるうちは責任を転嫁させることもできるが、もしそれがかなわなくなったのなら腹をくくってもらうしかない。もしそれが奴らの耳に入れば、夕季だって帰ってこられる保証はないからな」

「……。ベリアルとは、いったいどんなシロモノなんだ。名前くらいしか俺は知らんが、本当にプログラムの類なのか」

「俺だって同じようなもんだ。俺が知るベリアルプログラムは、かつて幾多の文明を崩壊に導いたラストプログラムというだけで、誰もその実態を知らない。名前くらいなら夕季や礼也ですら聞いたことあるだろうが、多くのダミープログラムの中に埋もれた、可能性の一つにすぎないと言ってもいいくらいの突飛なものだ。次のプログラムを予想考察する際に、それが上位に上がってくることはまずない。理由はおまえも知っているとおり、その内容が今の俺達がアプローチするにはあまりにも現実からかけはなれているからだ。今までのプログラムがあくまでも人間の思考の中から生み出されたものだとしたら、ベリアルプログラムは明らかに異なる。神や悪魔のしわざか、或いは子供のたわごとかと一笑にふされるレベルだろう。神話や伝記みたいなくくりで扱われている印象すらある。それだけにもし本物だとしたら、それを知ってしまった人間の存在自体が抹消されるほどの、極秘中の極秘事項である可能性が高い。ごく一部の人間だけがその内容を把握しうるような」

「……。大丈夫なのか、おまえは」

「こうして今も生きていられるんだから、消さなくてもいい理由があるんだろう。おまえも同様にな。何らかの目的でまだ俺達は必要とされている。或いはそんなことすらどうでもいいほど俺達の存在がゴミみたいなものか、俺達の浅はかな考えじゃ到達できないほど闇が深いものなのかもしれない。もしそうだとしたら、何故そんな無駄なカマカケを博士がしたのかだ。それまでノーモーションの発動が何回もあったのにもかかわらず、一切のアプローチをしてこなかった彼らが」

「……」ごくりと唾を飲み込む。「どういう意味だ」

「奴らは今までのプログラムに関しては、どんな些細なことまで逐一把握していた。俺達がのたうちまわるのを平然と、いや悠然と眺めながら、何一つアクションを起こそうともせずに。全部承知の上でのことだったからだ」

「そんな馬鹿なことがあるわけないだろう! そんな意味のないことが……」

「意味ならある。俺達がしてきたことが、奴らにとってはとるにたらないほど些細なことだったからだ」

「な……」思わず絶句する木場。「……ならベリアルは。……ベリアルとはどれほどの……。待て、すべてのプログラムを把握しているはずの彼らが、何故今さら……」

「ようやく気づいたか」桔平がにやりとする。「おまえのおつむの鈍さにゃ、毎度毎度あきれるよ」

「桔平!」

「何故奴らがそれをベリアルだと勘違いしたのか。それは奴らに本当のベリアルの情報がなかったか、もっと他の理由があったかが考えられる」

「!」

「考えられる二つの理由。プログラムはすでに終わっていること、そしてベリアルはプログラムですらないということだ……」


 夕季はホテルの前にいた。

 無言でそれを見上げる。

 そしてこれからある人物と会うために、そこに足を踏み入れた。





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