第三十話 『フェイク』 1. 戦うバトルガール
山凌学園高校チンプン部、もとい新聞部の部室内では、今、一つの結論が導き出されようとしていた。
今月号のトップ・コンテンツである。
校内閲覧はもとより、本人了承のもと、学園ウェブにも載って一般公開されることになる。
熱気あふれる企画会議の中、ややテンションを押さえた様子のメガネ女子部長がギラリと周囲を見渡した。
「最終確認だけど、本当に今回の目玉企画は彼女の特集ということでいいんだよね?……」
「賛成!」
「今回のメインは、体育大会で一躍脚光を浴びた彼女でズバリ決まりでしょう」
「よし、早速インタビュ~だ」
「二ページブチ抜きでいこう」
「紙面全部だな」
「つうか、他にネタがないすなあ」
「もともと某のプラモ講座エクセレンツでもっていたようなものでござるからな」
「あ、それ評判悪いから先月で打ち切りな」
「なぬう!」
「この、『馬ヅラ暴走特急田村、真昼の絶叫大惨事』は却下されたしな」
「別に大惨事でもなかったし、第一、見出しがマズいわな」
「暴走特急がか?」
「特急に罪はない。それで不愉快な思いをする人達もいるだろ」
「確かに過大な誇張表現はジャーナリズムのモラルに反するよな」
「よかった。リレーで優勝してたら、『馬ヅラ超特急田村』の特集になるところだったからな」
「実際、こんなのにインタビュ~したくねえよな」
「したくねえ、したくねえ」
「顔がホームレス○学生にそっくりだからな」
「本人は自称なんたらベネディクトとか言ってるらしいところがまたムカつくところだな」
「マジか。輪郭以外はカスりもしんだろ」
「いや、アゴも微妙に割れてる感じだぞ」
「アゴで真剣白羽ドリができますってのはどーだ?」
「却下だ、却下!」
「普通に記録連発の穂村なんたら君の特集組まないとこが俺ららしいな」
「だって地味だしな」
「うん、地味だな」
「地味だ、地味」
「地味すわ」
「ふわ~あああ……」
「静かにしろ!」
『ひいいいっ!』
突然の部長の机ドンに、メガネ部員達が震え上がる。
チャキッ、と指でメガネのポジションを整え、部長がコホンと咳払いした。
「それはいいが、それだけ引っ張れるネタがあるのか」
ノリノリの部員達に対し、部長が苦言をていする。
「部活にも入っていないみたいだし、他に連続成績トップってだけじゃ、それこそ地味じゃないか? あ、それはそれですごいか。むしろそっちが」
「いや、彼女に関するとっておきのネタがあります」
「何?」
ふふふ、と笑い、参謀担当のメガネ部員がキラリとメガネを光らせ、ネタ帳を取り出す。
「私のリサーチによると、彼女はメガルの関係者で、しかも現役のメック・トルーパーなのだそうです。これは久々のスッパ抜きですぞ」
「ああ、それは有名な話だよな」
「何!」
「ああ、俺も聞いたことあるよ」
「メガルのホームーページに出てたよな。訓練生紹介って」
「まだ右も左もわからないけれど、先輩達を見習って頑張るにゃあ! って書いてあったな」
「なんですと!」
「頑張るにゃあ?……」
そのやり取りを黙って傍観していたメガネ部長が、ため息をついてメガネ部員達を眺め渡す。
「それはあんまり触れちゃいけないとこみたいだね。今年になって突然露出しだしたから、一応はオフィシャルってことなんだろうけどね」
「マジかよ、俺達暗殺されるかもな」
「マジかよ」
「マジかよ」
「マジかよ」
「静かにしろ!」
『ひいいっ!』
一喝の後、あきれるようにメガネッ子部長が腕組みする。
「おまえ達がいつもそんなだから、うちはよそからチ○ポン部とか呼ばれてバカにされるんだ」
「いや、チンプン部ですけど」
「一緒だ!」
「いえ、激しく意味が違ってきますが」
「どっちでもいい。しっかりしろ、この変人どもが」
「んも~、自分はドジッ娘のくせに」
「はあああっ!」
「ひいいーっ!」
何とか感情を制御し、深呼吸してメガネ部長が平静さを取り戻す。
「一度私から先生に確認とってみるから、企画だけは進めといて」
「ラジャー!」
「で、見出しはどうするの? もう決まってるの?」
「よしきた!」ダテメガネ部員が意気揚々と立ち上がる。拳を胸の辺りで差し上げ、男前の顔を作った。「山凌学園の戦うバトルレディってのはどうでしょう」
「戦うバトルレディ、ってのは変じゃないの?」
「んじゃ、戦うバトルガールは?」
「同じだ、同じ!」
「いや、俺はバトルガールの方がいいと思うが」
キリッといい顔で別のメガネ部員が振り返った。
それにキリッといい顔を返す、他のメガネ部員達。
「俺もだ。レディじゃアダルトな感じだしな」
「ガールの方が親しみやすい感じがするな」
「ポップだよな」
「おいおい……」
「さすが部長だな。指摘が鋭い」
「いや、問題はそこじゃなくてだな……」
「じゃ、戦うバトルガールでいこう」
「賛成だ」
「よし、決定だな」
「はああっ!」
その時、地震が起こった。
「ひいいいっ、地震だ~!」
「撤退しろ!」
「机の下に隠れろ!」
震度一弱の微震に大騒ぎし、机の下で頭をぶつけ合う。
「いてっ!」
「いててっ!」
地震がおさまり、くわばらくわばらと立ち上がる部員達の目には、一様にメガネがなかった。
『メガネ、メガネ……』
「……。ベタだな、みんな」
一人だけメガネをちゃんとかけ、部長があきれ顔をしてみせた。
「部長、それ俺のメガネ」
「ん? ……うわ、キッツ!」
「ちょっといいでしょうか」
校舎の連絡通路で背後から声がして、夕季がおそるおそる振り向く。
周囲には他に誰の姿もなかったからである。
「……私」
「イエス」
「……」
一目で新聞部とわかるいでたちの男達三人が、夕季にレコーダーを向ける。
中央の一人がメガネをキラリと光らせながら、最高の笑みを差し向けた。
「二年C組の古閑夕季さんですね」
「……はい」
「新聞部の者ですが、ぜひともインタビュ~させていただきたいのですが」
夕季が顎を引く。
彼らのことはみずきから聞かされて知っていた。
周囲からはチンプン部と揶揄されていて、部長以外は変な人達だから関わらない方がいいと。
「ずばり、古閑さんはメガルの関係者ですよね」
メガネを指でくいと上げ、インタビュアーがいきなりぐいぐいと核心に迫る。
「……」
「ノーコメントですか。メガルのホームページ見ましたよ。頑張るにゃあっ! って、かわいい写真が載ってましたね」
ヤバイ!
と、夕季は本能的に感じ取った。
「……。そういうのには何も言うなって言われてる、ので……。頑張る、にゃあ?……」
レコーダーが気になって、むげな対応ができない。
それを見透かすように、インタビュアーの部員はニヤリと笑って食い込んできた。
「あれ~、街で見かけたら気軽に声をかけて下さい、って書いてありましたけど?」
「……。あたしが書いたわけじゃ……」
「他の人が勝手に書いたと言うのですか? ゴーストライターですか。それはどうでしょうねえ。仮にもオフィシャルなホームページなのに。騙されたって書き込みするフォロワーも出てくるんじゃないでしょうか」
「……街じゃないから」
「はい?」
「学校だから」
「では、授業が終わってから、もう一度、外で」
「仕事が、始まるから!」
「五分だけでも」
「忙しいから!」
「では時間のある時にあらためて」
「ないから!」
「は?」
しどろもどろだった。
振り切っても振り切ってものろのろと追尾してくる、不快な誘導ミサイルのような新聞部員達を引き連れ、夕季が渡り廊下を足早に歩いていく。
その異様な光景に、何があった、と次第に周囲の注目が集まり始めていた。
「すいません。あとは勤務先の責任者をとおしてからにしてください」
「事務所をとおせってことですね。タレントさんみたいですね」
「そうじゃないけど!」
辛抱たまらず、夕季がダッシュを敢行する。
当然、文科系まっしぐらの彼らが、それに追従できるはずもなかった。
「待ってください! 最後に一言だけ!」
倒れ込みながら、根性のジャーナリズムでレコーダーを突き出す。
「好きな食べ物は?」
「か、カレーライス……」
「……そう言って彼女は風のように我々のもとを去って行った。……。なんだ、こりゃ……」
校内新聞を広げ、素っ頓狂な顔で眺める光輔を、仏頂面の夕季が顔を赤らめ睨みつける。
が、新鮮な驚きがすべてに勝り、光輔の押し切り勝ちとなった。
「てかさ、おまえカレーが好きだったのかよ。初耳だぞ」
「……うるさぃぃ……」
「いつも黙って食ってるから、好きなのか嫌いなのかよくわかんないよ! ほとんど表情かわんないし。福神漬けとか入れすぎだろ。好きなのかよ!」
「どうして光輔にそんなこと言われなくちゃいけないの!」
「いや、だって俺が入れようとしたらさあ、なくって!」
「自分で持ってくれば!」
「んじゃ、今度買ってくから! コンビニのでいい!」
「いいけど!」
二人のやり取りを横から眺め、みずきが気の毒そうな顔で割って入った。
「やめなよ穂村君。ゆうちゃん、かわいそうだよ」
「みずき!」
その優しさがあだとなり、夕季は赤面状態を黙って受け入れなければならなくなった。
ここぞとばかりか、天然か、光輔の攻撃はなおも続く。
「だってさ、カレー好きな人のポジションって、黄色の太った人って昔からさ……、あ! だからおまえ黄色が好きなんだ! 太ってないけど!」
「……」
「何が言いたいのかちっともわからないけど、穂村君だってカレー好きなくせに」
「いや、俺はもともと黄色い人のポジションだからいいんだけどね。太ってないけど」
「……」残念そうに目線をずらした時、夕季の顔が視界に入ってきた。「あ、ゆうちゃん、すごく怒ってる」
光輔がビクッとすくみあがる。
ご機嫌を覗うように、そろりとそれを口にした。
「確かにしぃちゃんが作るカレーはおいしいからね。あれって自分で作ってるの?」
「市販のルーのやつ」
「ん~、どおりで……。綾さんの作る安っぽいカレーにそっくりだもんね」
「お姉ちゃんに言ってやる」
「いやいやいや! おいしいってことなんだけど! 豚肉たっぷりだし! いきなりごてごてだし! 礼也なんてカレーの専門店に行って、なんか違う! って怒ってたし。……綾ーライス出せって、意味わかんないよ……。また食べにいってもいい!」
「……」
「よく、ゆうちゃん、オーケーしたよね」みずきが気の毒そうな顔を向ける。「こんなの、取材拒否にしとけばよかったのに」
本人の申し出でによりインタビューこそそれ以上は敢行されなかったが、記事は夕季の連続成績トップや体育大会での活躍に触れ、数々の写真が紙面を飾っていた。その中にメガルに関する記述もあり、『戦うバトルガール』の珍表記もデカデカと取り上げられていた。
「……。後で部長さんが謝りにきてくれたから……」
「そういえば来てたね」悲しげに告げた夕季に、みずきがふいに真顔になる。「武藤ちゃんのことゆうちゃんだと勘違いして、めっちゃ謝ってた。全然顔違うのに」
「でもあんなに何回も謝られると断りづらくて……」
「メガネがどっかいっちゃってって、メガネおでこにのっけながら言い訳してたし」
「……うん」
哀しそうな顔で見つめ合う二人に、思わず光輔が苦笑する。
「写真も変だよな。いろいろ撮ってたみたいだけど。ん? このゴール前でぶっとばされてるの、俺か!」
「幅跳びで優勝した時の写真、カッコいいよね」
「んんん……」
「それはいいけど、こっちのジャージでほっかむりしたようなのは何? どの場面? ……なんだ、このプラモ講座ダイナマイツって。つまんね~」
「それはね、じゃみらだよ、穂村君」
「じゃみら?」
「うん」眉間に皺を寄せ、困ったような顔でみずきが夕季を見た。「ね」
同じ顔で夕季が見つめ返した。
「ははっ……」苦笑いの光輔。「ちなみに俺と礼也はメガルのホームページには載ってないんだよね。……夕季も断ればよかったのに」
「……。そんなの聞いてなかった」
「え? でも、夕季はオーケー出したって聞いて、俺すごいなって……」
「誰が?」
「……誰って」
「誰」
「……誰だろうね」
「……。わかってるけど」
「ははは。でも頑張るにゃあってのはどうだろね……」
「はああ! 頑張るにゃあっ!」
同じ頃、闇に浮かび上がる三つの影が、三対の光を放とうとしていた。
紅く、蒼く、黄橙色の妖しげなそれらが、ゆがんだ世界を見下ろすように。